晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

「桜満開」は、
移り気な人の心もさることながら、
気がかりなことです。


おととい2018年3月27日(火) の光景が
もう疾くに過去のものになってはいないかと。

「鷺洲」の読みを確かめるための
調査の日が
桜満開の時季と重なりました。

 

現在の町名の「鷺洲」ではありませんが、
この界隈の桜の名所となりますと、
JR神戸線のガードを潜っての
浦江公園(北区大淀南)を挙げます。

写真図1 ガードの先の桜

浦江公園の桜は
ABC朝日放送が北区大淀南にあった頃、
お花見のロケ地であったとか・・・。

写真図2 浦江八坂神社の参道

浦江の八坂さんの参道を挟んで
見事に咲き誇っています。
週末でもない昼日中に
お花見をされてます。

 

鷺洲に戻って、
浦江の聖天さんの桜が気になるところです。
山門を潜ると、この光景です。
写真図3 浦江の聖天さんの桜

芭蕉句碑の立つ池の畔の桜も
気になるスポットです。

 

他に鷺洲での桜といえば、
鷺洲中公園にも植わってます。
写真図4 鷺洲中公園の桜

鷺洲中公園は近世の古地図では
「古田蓑島」と表記される場所です。
当時、井路川に囲まれた田圃であった
この場所に
歌枕「田蓑の島」を語るモノはありません。

 

その鷺洲中公園を南に行った
昭和50年まで「鷺洲南一の一」だった街角に
懸案の「さぎしま」を刻む石があります。
ボクの子どもの頃の記憶でも
現在の場所か否かは定かではありませんが、
この辺りに、その石はありました。
写真図5 「さぎしま」を刻む橋柱のある街角

正面の道路を出た所で、
公園西側交差点からの道路を渡って、
関西スーパー福島店に出ます。
橋柱は写真の右隅で
黄色のペンキが塗ってあって
町内のゴミ収集の場所とのことです。
写真図6 「さぎしま」を刻む橋柱

「□ぎしまは」とは読めても「□ぎすは」とは読めません。
「さぎしま」であっても「さぎす」ではありません。


この「石」については、
「鷺洲衛生組合二十年史」1933年出版の付図にある
「鷺洲橋」と推定されます。
このことにつきましても
いずれ《「鷺洲」考》に記すことにします。

 

《桜満開の「鷺洲」での再発見》は、
再発見を目論んで歩いた時季が時季で
桜を訪ねましたが、
桜は、この地区でも随所に見られるものの
ガードの先の浦江公園に若くは無しということで
お仕舞いにします。

 

今回の「さぎしま」探訪は、
明後日3月31日(土)
福島区歴史研究会のセミナー
「浦江マチ歩きの栞
 -鷺洲界隈の再発見-」で話します。
詳しくは、
  ↓ここをクリック
https://ameblo.jp/tanonoboru/entry-12359318555.html
《忘れかけている福島区の「浦江」(1)
 :2018-03-11 10:07:12》を
ご覧ください。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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