晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

 

先週の土曜日、7月29日、
城南女子短大での公開講座で
「お地蔵さんの世界」を話すための取材に
平野十三口の地蔵の一部を訪ね歩きました。
懸案の田畑口地蔵堂にたどり着きました。

 

地蔵堂の3軒西にお住まいのご主人に尋ねました。
場所は、現在、少し前にせりだしているらしい。
「この前は川が流れていたのでしょうか?」
ご主人は昭和33年のお生まれなので知る由はない。
「この前は、昔、町内の洗い場とお聴きしたのですが…」
こうして、粘るのです。

「そうそう。
今、ダンジリ小屋の場所は
誰の所有でもない公的な場所でした」と。
写真図1 ダンジリ小屋

ここで浅埜さんのコメントにある
「例えば一見、盛大で立派に見える祭りも内実は
 他地域からの応援も多く、
 資金的にも苦しいとのことでした」を
聞き出すことになります。

 

年金生活者の多く住む町で
ご祝儀「お花」を取り立てるのは、お気の毒だと、
ご主人は思ってらっしゃるようなのです。
少子高齢社会は、平野郷にまで及んでいるのでした。
地蔵盆もまた、然り。
昔の賑わいはなさそうです。

 

23年前の訪問の時は、
大正3年生まれのお婆ちゃんとの
次のやりとりを記事にしています。
以下、『大阪のお地蔵さん』(渓水社、1994年)からの引用です。
◇「踊らへんのですか?」
 「この辺ではどこも踊りません。」
  そうそう、ここは地蔵盆には鉦をたたくのだった。
 念仏の系統なのだろう。
 「行者さんをお祀りしてはるんでしたら、
 大峯か、どっかの山の行者が来はって
 護摩焚きをしはるんでしょ?」
 解説板には大峯山への参詣道であるとある。
 「護摩は焚きますけど、
 観音講の人たちの線香護摩ですわ。」
 「女の人ばっかり何人かの?」
 「そうです。前までは五人いてはったけど、
 今は二人になりました。」
 老齢で亡くなられ、
 櫛の歯が抜けるように減ったのだろう。

 

今日では、御詠歌をテープで流すらしい。
少子高齢社会にあって、なお
地蔵盆のお祭りが取り行われているのです。
その心はいったい、何なのでしょう。

 

ふと
田畑口地蔵堂の東(写真では右)の
路地を見やりました。
写真図2  田畑口地蔵堂

この小径の曲がり具合に
二人は環濠跡を発見したのでした。
早速、辿ることにしました。

次回、この続きを書きます。

 

究会代表 田野 登 

 

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