晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

 

9月10日(日)14:00~16:30
大阪ガス実験集合住宅NEXT21における
上町台地・今昔フォーラムにて
大阪のお地蔵さんの歴史・民俗を基調講演します。

 


写真図 チラシ

 

昨日2017年8月1日、
大阪ガス(株)エネルギー・文化研究所
弘本由香里さまと打合せをしてきました。

そこでボクは発奮しました。
歴史をちゃんと話さなアカンと。

 

『大阪のお地蔵さん』が渓水社から出たのが、
1994(平成6)年8月5日です。

すでに20年以上、経って、

ついつい情報更新に焦ってしまっている
自分に気づかせられました。

 

早速、拙著2007年『水都大阪の民俗誌』和泉書院で
「地蔵」を検索しました。
最初に出てくるのは次の記事です。
◇私の生まれ育った「場所」は、
 2,30軒もの家屋が軒を連ねる

 戦前からの長屋であった。
 昭和30(1955)年頃、町内には、
 たくさん子供たちがいて、
 二筋裏の長屋には地蔵さんが祀られ、
 毎年の地蔵盆にはお堂の前で踊ったりもした。
 そういったマチを

 子供の視点に立ち返って捉え直す時、
 そのマチが

 どのような民俗的世界を呈するものであったのだろうか。

 

序章《はじめに 「水都」周縁のマチの心象地図》からの
引用ですが、
ボクが、この方面に興味を抱いたのは、
このような環境のせいかも知れない。

序章には、数珠繰りの体験も記しています。

 

◇浄正橋筋を南にまっすぐ交叉点に出ると、
 天台宗・光智院(現在は単立)がある。
 西から入って右手の薄暗いお堂には、
 お地蔵さんなどの仏像が安置され、
 左手の段の上に本堂がある。
 8月23、24日の地蔵盆の宵には数珠繰りがある。
 本堂では大きな数珠を
 子供たちが「ナンマンダースッポンダー」と唱えながら廻し、
 親玉が廻ってくれば、
 数珠を額に付け、「アン」したものである。
 帰りにオサガリの入った袋を戴いて帰る。
 だから地蔵盆の宵は楽しみだった。

 

けっこう、ボクの子ども時代の
地蔵盆は忙しかったようです。
拙著から「地蔵」検索して
そのうち、拾いあげたのは25項目です。
当日、1時間の中で、
到底全部は話せないと思いますので、
随時、このブログで紹介します。

 

このフォーラムの会場は
大阪ガス実験集合住宅NEXT21
天王寺区清水谷町6-16
問い合わせ先は、
CEL弘本さん(電話06-6205-3518)まで。

ご参加をお待ちしています。

 

究会代表 田野 登

 

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

田夫野人(田野 登)さんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。