晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

 

「田蓑の森」を校歌の2番に歌う大阪市立佃小学校と
田蓑神社を本日5月18日に訪ねて来ました。

前回同様、JR御幣島駅下車で
神崎大橋を渡ります。
このところ、上流の三国橋から
北摂の山々を眺めることが多いのですが、
神崎大橋から遙か彼方からの
眺めも気に入っています。
写真図1 神崎大橋からの北摂の山々の眺め

北摂となれば徳川家康公が
多田神社に詣でるのを案内したのが
この地・佃の漁師で
これが縁で江戸の佃の地を与えられたと伝わります。

まずは田蓑神社にご挨拶します。

今回は華表の立つ場所に下がって撮りました。

写真図2 田蓑神社

 

約束の11時ぎりぎりに佃小学校に着き
教務主任の先生に対応していただきました。
校歌の一節を小声で歌っていただきました。
なかなか歌詞の意味の指導までは行かないようです。

この学校は、東京の中央区立佃島小学校と
佃漁民つながりで長年、交流を続けています。
先頃2015年3月に『交流五十周年記念誌』が発行されました。
記念誌ブログアップの許可を得て載せます。
写真図3 『交流五十周年記念誌』表紙

この記念誌に校歌が載っています。
写真図4 大阪市立佃小学校校歌

2番の歌詞に「田蓑の森の 神さびし」とあります。
12時頃、教務主任の先生にはお礼を申して
学校を発ち、再び、田蓑神社に参ることにしました。
写真図5 大阪市立佃小学校正門

田蓑神社に参るのには、訳があります。
『大阪市史史料第65輯』2004年大阪市史編纂所編集に
採集された古文書の冒頭の
「田蓑島」の文字を確認させていただくためです。
平岡努宮司さんに閲覧のお願いをし、その上、
ブログアップの許可を得て載せます。
写真図6 古文書表紙

「摂州西成郡佃大和田住吉兼帯神主
住吉宮/平岡氏/記録」とあります。

 

写真図7 古文書の冒頭の箇所

慥かに
「摂津の国田蓑嶋庄
佃村住吉大明神」とあります。
これ以下に鎮座の由来が記されています。
『大阪市史史料第65輯』によりますと
この結語「神主謹言」の日付が
「慶長十八年丑八月十日」になっています。
慶長十八年、1613年には
田蓑神社の鎮座の場所を「田蓑嶋庄」と
称していたことになります。
近世初頭には
当所が歌枕「田蓑島」を名乗っているのです。
貴重な文書を拝見させていただきました。

 

さらに宮司さんから
『摂津名所図会』版本複写を提供されました。
同書「佃住吉神祠」記事中の
「田簔嶋の古跡にして」に始まり
「田簔の嶋のことハ佃村に相違なし」で結ばれる記述に
改めて着目しました。
ボクの視野に偏りがあったことに気づきました。

 

6月3日(土)の浦江塾で発表予定の
「歌枕・田蓑島と浦江」がおもしろくなりそうです。
田蓑島浦江説にも文献史料がありそうです。

 

究会代表 田野 登

 

 

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

田夫野人(田野 登)さんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。