晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

神は細部に宿り給うものなのでしょうか?
「田蓑神社御旅所跡碑」が見つかったのは、
 阪神本線千船駅東の植え込みの中でした。
写真図1 田蓑神社御旅所跡碑

ボクは昨年、この地を訪ねた時には
見落としていました。
自転車群に埋もれて
ひっそりと顕彰されていました。
崇敬者の心意気に動かされて
碑文の全文を記録しました。

◇此の地(佃三丁目十三番地附近)は、
 昔清き波に洗われる、難波八十島の一つであり、
 氏神田簔神社の渡御の神事が伝えられる旧跡である。
 渡御の神事とは、
 慶応元年まで永年田簔神社の重要神事として
 近辺住民の尊崇を集めてきたもので、
 神社本宮から此の地御旅所との間約八百米を、
 報知太鼓を先導に
 神官、巫女、氏子連に護られた神輿が練り
 この御旅所で御休息と神輿洗の神事を営み
 夕刻に還幸される儀式であった。
 この神事は
 慶応二年の水害により中止となり今日に至った。
 今此の地は清き水は変り町のあり様も移って
 昔を偲ぶ面影もないが
 変らぬ情に篤い人々の平和と健康を願い
 新しい町の発展を言祝ぎここに碑を建立するものである。
 昭和六十一年四月吉日 建立
 奉納 医療法人愛仁会 千船病院

 

裏面には「田蓑神社 御旅處 附近」と刻まれています。
写真図2 顕彰碑裏面

たまさか、他所から来た者が
評することなど慎むべきです。
しかしながら、冒頭に
「昔清き波に洗われる、難波八十島」を
謳いつつ
「清き水は変り町のあり様も移って
 昔を偲ぶ面影もない」と
歎嗟するの情には忍びない。

 

少しは、この地に関われば
この街の変貌を理解出来るかもしれません。
その名に「千船」を負うこの地です。
「煙の都・大阪」を謳歌した
近代の悲惨の一端を
奉納者である病院に訊ねようとして
病院のHPを開きましたところ、
新病院建て替えのニュースが報じられています。
   ↓ここをクリック
http://www.chibune.aijinkai.or.jp/new/purpose_of_rebuilding.html

この碑の所在もまた心許ないものです。

 

宮司さんの言葉の端に聞いた
今後の御旅所の場所への懸念が
ブログを書く今になって理解されました。

事情も分からないボクは
神崎川右岸を溯り
「田蓑」の文字を求めて
御幣島に向けて歩きました。

 

究会代表 田野 登

 

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