晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

『折口信夫全集』16、中央公論社、1996年の
「第二部 日本文学の戸籍 第二章 上代歌謡」
「三、難波方(ルビ:ナニハガタ)」にある
「本 難波潟。潮満ち来れば、あまごろも
 末 あまごろも 田簔の島に、鶴(ルビ:タヅ)たち渡る」の
《[語句の吟味]○あまごろも》の記述を
引き続き小出ししながら考えます。


◇海女(ルビ:アマ)の着てゐる衣。
 それを、田簔を起す枕詞とした。
 海人は、もと海人部(ルビ:アマベ)の民を言ひ、
 普通の旧日本種族と部族が違つてゐた。

 

記述はエスニックな方面に展開します。
大阪湾の島に
「海人部」という
「普通の旧日本種族と部族が違」う民がいた?
かつてボクも「海民」について考え、
大阪市港区の三十間堀川入堀の町に
調査に出かけたことがあります。
潜水夫の集住する一画です。
初出は『大阪春秋』第91号1998年9月
「続生業の聞書-
 アジアに活躍する徳島県・伊島の潜水技術-」です。
拙著2007年『水都大阪の民俗誌』和泉書院の
《第3章 川筋の生業世界》にも記しています。

 

潜水工事に携わる人たちは、
伊島(徳島県阿南市伊島町)出身でした。
*宮本常一は、1974年「海から来た人々」に
次のとおり記述しています。
 *宮本常一:宮本常一・川添登編『日本の海洋民』未来社

 

◇大分県に海部(あまべ)郷、
 広島湾内には海(あま)郷があり、阿摩荘がある。
 淡路島南淡町に阿万、
 摂津に尼崎、徳島に海部郷がある。

 

宮本の記述は、折口に倣ったものか否かの
確認はしていませんが、
摂津国の海辺に
「海から来た人々」が集住したことは
間違いないと考えます。

 

《[語句の吟味]○あまごろも》の記述の続きに
戻ります。
 ◇此頃でも、海辺の民の様子の変つた衣服が、
 えきぞちつくな感じを与へたのだ。
 さう言ふ漁撈の為の服装をして、
 それに海人特有の簔をつけてゐたのである。
  田簔の田を隔てゝ簔だけにかゝつてゐる枕詞である。

引用文中のイタリック体は、
『折口信夫全集』によるものです。
すぐさま鵜匠の腰蓑を連想しますが、
上代歌謡の詠まれた当時の
貴族たちにとって
摂津国の「海人部の民」の
風俗への関心は異国情緒だったとでも
いうのでしょう。

 

折口は、「あまごろも」が「簔」にだけかかるについて
次のように記述します。
◇海人がたみのをつけると言ふ

 知識も残つて居ないし、
 たみのが田作りにつける簔といふ外、
 知れてゐないのだから、
 「あま衣みの」と続くものと見るべきである。

 

海女の着ているのは、「簔」だというのです。
「田簔」というモノ自体については、
「田簔の島」の[語句の吟味]にまわします。
このような歌枕の世界に入り込んでしまって、
どこまでが実体のともなう形象なのか?
折口の記述は、仔細であって

時に飛躍します。
次回、たどります。

 

究会代表 田野 登

 

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