晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

市岡新田大堤痕跡探索は、
まあ、このようなものかいなぁと思いながら、
大堤跡を尻無川に向けて歩きました。

 

三ツ樋橋が架かっていた場所から
東西に堤跡があります。
これは編集主幹氏もあまり興味を示しません。
三十間堀川跡の堤で、
海に向かって築堤されたものではありませんから。

 

しかたなく甚兵衛渡しまで出て
渡船に乗って大正区側に渡ることにしました。
何年ぶりでしょう。対岸に渡るのは。
ともかく船上からの市岡新田に狙いを定めることにしました。
残念ながらブログアップは諦めました。
護岸壁の先の、往時の新田風景など望むべくもございませんた。

むしろ大正区側で上陸してびっくりしたのが、
この錦絵です。

写真図1 甚兵衛渡船場大正区泉尾側の錦絵

「浪花百景「しりなし漆づゝみ甚兵衛の小家」」です。

この場所近くには
川守子安地蔵が渡し場に祀られていました。
たしか木でできた案内板はありました。

錦絵にはプレートが貼られています。
写真図2 錦絵のプレート

「平成20年3月 大正区役所」と刻まれています。

 

この同じ錦絵については
     ↓ここをクリック
http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-12269070311.html
《 甚兵衛小家って江戸時代の「大正区」の風景?2017-04-26 09:50:44 》に
取り上げました。

その際、取り上げた大正区側の錦絵は
「財団法人大正区コミュニティ協会」設立20周年を記念し、
平成17年12月に
「江戸時代の大正区の風景」のパネルが設置されたものでした。

コミュニティ協会が設置して
約2年後に区役所が設置しているのです。
逆ではありません。
区役所が追随しているのでしょうか?

 

港区側の名勝地が
大正区側で顕彰されているのです。
何気なく訪れた人、今、流行のマチ歩きの人たちは
「しりなし漆づゝみ甚兵衛の小家」が
かつてあった場所を勘違いしないとも限りません。
観光の仕掛けの罠には気をつけたいものです。

 

この後、大正区コミュニティ協会前の
錦絵を求めて大正通まで出ながら
千島公園の昭和山に登ってしまい、
もう一つの「甚兵衛小家」の錦絵を確認できずに、
編集主幹を徒労に終わらせて
少しは申し訳なく思っています。

写真図3 昭和山からの眺め

港区側を眺めました。
手前の橋が、なみはや大橋、
背後の橋は港大橋です。

昭和山を下りながら森林浴でも
多少出来たかな?

 

結局、JR大正駅まで歩きました。
この日、マンションに帰って
携帯電話の歩数を見れば3万歩を越えていました。

そのつもりではなかったのですが、
初夏の好天に恵まれてのマチ歩きの一日でした。

 

究会代表 田野 登

 

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