晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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今度の浦江塾の葉書をいただいてきました。
写真   浦江塾のご案内のハガキ

以下、文面を載せます。
郷土誌を見直す『浦江塾』のご案内
青ヶ島をご存知ですか。伊豆諸島南端の小島です。
その島で長年民俗調査をされてきた成果を発表して戴
きます。が、絶海の孤島であったその島は、現在殆ど
伺えない様です。どう変遷していったのか。興味津々。
離島に現代日本を見出すのも民俗学の一分野です。    
 日時 5月6日(土曜日)午後7時より9時迄
 場所 妙壽寺(福島区鷺洲2-15-10)駐車可
 テーマ 「絶海の孤島」と青ヶ島
        -フィールドワークを通して-
          佛教大学大学院博士後期課程
                 宮澤 早紀先生

 

発表者の宮澤早紀さんは、
2月の「『民俗学の招待』-世代間の対話-」で
発表していただいた、
気鋭の民俗学研究者です。
2月のシンポジウムのお話のうち、学会発表に
差し障りのない範囲で
人類学や民俗学で行うフィールドワークの
実体験をお話ししていただくことにしました。

 

ネット情報で「青ヶ島」を検索しますと
「人口165人。日本で最も人口の少ない村」で
「青ヶ島行き方」「青ヶ島観光」とかがヒットします。
ツーリズムの対象であるらしい。
民俗学研究者のまなざしで、観光・ツーリズムを
照射していただけるのも楽しみです。

ツーリズムとフィールドワークは、どのような点が共通し
どのような点が異なるのか?
観光戦略によって創出される
「絶海の孤島」イメージが
どのような関係性のもとに成立するのか?

ハガキには
「離島に
 現代日本を見出すのも
 民俗学の一分野です」とあります。
みなさんは、
私たちの住む都市空間にあって、
やっぱり「青ヶ島」にもあると
ご自信を持って言い切れるモノは何でしょう。

 

昨年5月、人工埋立島の「舞洲」を探検したボクの関心は
「舞洲」になくて「青ヶ島」にあるモノにも興味があります。
ネコは舞洲にもいましたネ。
翻って、「人口165人」の暮らしを支えるためには
何が必要な施設なのでしょうか?

 

「現代日本」が炙り出される可能性を秘めた発表に
昔からの民俗宗教への興味は、
この際、封印しましょう。
どこまで聴けるか?
そのせめぎ合いは、
当日の参加のみなさんと
発表者の宮澤早紀さんとの関係次第です。
どのような展開をするか
ハラハラ、ドキドキで予測出来ません。

 

観光旅行・ツーリズムが成立するのは
無事に元の場所に戻ってこれる保証があってのことです。
フィールドワークはいかがでしょうか?
研究者でしか体験出来ない領域、その醍醐味を
追体験しませんか?

いつものように
参加手続き不要、無料です。
今回も貴重な調査データを
PowerPointに載せての発表です。
お早めに会場までお越し下さい。

 

究会代表 田野 登

 

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観光立国が謳われて
多くの外国人客が
関西空港におりたち
大阪市内でも外国からの観光客を
暖かく迎えることは
自文化を見つめなおす機会ともなって好ましいことです。

 

ただ観光の罠に陥らないように心がけたいものです。
山本幸三地方創成相の、観光に前のめりがためか、
学芸員への理解のなさを露呈した発言など
言語道断でありますが、
けっこう、「地元団体」の建碑にも
首をかしげることがあります。

 

甚兵衛小家って「江戸時代の大正区の風景」なの?
この疑問は、『大阪春秋』の原稿「新田のまち市岡」には
現地での確認をしていないこともあって
書けなかった問題です。

 

「江戸時代の大正区の風景」のパネルについてのHPです。
http://www.city.osaka.lg.jp/taisho/cmsfiles/contents/30

◇30 「江戸時代の大正区の風景」のパネル  噴水広場 千島3
 大正区コミュニティセンター前噴水広場の南側花壇に
 「財団法人大正区コミュニティ協会」設立20周年を記念し、
 平成17年12月に

  「江戸時代の大正区の風景」のパネルが設置されました。
 

浪花百景「しりなし漆づゝみ甚兵衛の小家」(左側の図)
 尻無川両岸に築かれた堤防には黄櫨漆(ルビ:はぜうるし)が

 植えられ、
 秋には紅葉を愛でる多くの市民でにぎわった。
 また甚兵衛渡しの小家(渡船待合所)では、

  蜆汁などが振る舞われた。
 

  大坂大湊一覧(中央の図)   省略
  浪花百景「木津川の千本松」(右側の図)   省略

 

建碑などの行為はある団体の記念に
設置されることは、しばしば、あることです。
文化の伝承を研究する者にとりましては、
建碑の主体/建碑の時/建碑の場所/建碑の名称/
これら一連の項目には
碑文の内容以前のこととして
深い関心があります。

 

ボクが首をかしげるのは、
「浪花百景「しりなし漆づゝみ甚兵衛の小家」」パネルの
設置場所です。
(
碑文、この場合の解説文は、

 別の検証を要することです。)

 

場所は
「大正区コミュニティセンター前噴水広場の南側花壇」とあります。
大正区ですね。
「大正区の風景」として
大正区内に
大正区の団体が
建碑しています。

 

団体の我田引水は
観光客ばかりか、地域住民をも
惑わせることになりませんか?
「しりなし漆づゝみ甚兵衛の小家」の場所についての
ボクの見解は
  ↓ここをクリック
http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-12267411297.html
《尻無河畔秋興(2)2017-04-20 19:20:58 》に記しましたとおり、
港区福崎1丁目とみております。
尻無川右岸、大正区の対岸です。

 

人々に自文化を知っていただくため
拵えた観光のための仕掛けに
自らも捕らわれないように
自重自戒したいものです。
ボク自身、しょっちゅう
自家撞着に陥っている自分に気づかないでいます。
今もそうだとは、思いたくない。

 

実家のある福島区鷺洲の寺院を調べていた頃の
ボクに
福島区歴史研究会を
立ち上げられた井形正寿氏から生前、
一言、さりげなく苦言を呈されたことがあります。

「自文化」と勝手に自認して
研究するボクなど観光の罠に
自ら嵌まらないように気をつけたいものです。

 

究会代表  田野 登

 

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《溜池から水を引くこと  
:2017-04-22 11:22:45 》に
えらそうなこと、
求道者を気取って書きました。
恥ずかしい。


今日は、その後の執筆の
ホンマのことを書きます。

ともかく、今日午前に『大阪春秋』編集主幹に
送ったメールで
これでいきましょうということで、
目出度く「脱稿」です。

 

「脱稿」とは、まるで脱皮したような気分です。
殻から脱けだした気分です。
考え事からの離脱です。

 

けっこう、先週の土曜日から、今日、火曜日まで
編集主幹との間にやりとりがありまして、
当初案の
「1 会所伝承」「2 新田西瓜」
 「3 景勝地」「4 都市化以後」を
次のように
はっきりと内容を示すことにしました。

「1 新田会所と三社宮」

「2 市岡茄子と新田西瓜」
「3 瑞賢山と尻無堤甚兵衛小家」

「4 パラダイス通りの繁栄」に
替えました。

 

まずは「市岡新田」についての
基本知識から起筆し、
会所の結構が明らかでない中、
三社神社を新田の中心に据えることにしました。

 

「4 都市化以後」では具体的なイメージを
喚起出来ないもので
「都市化以後」を端的に示す場所として
『三社神社誌』(1997年、三社神社奉賛会発行)に
「パラダイス通り」を見つけました。

◇この市岡パラダイスの出現は、
  また、付近の発展を促し、
  商店、映画館、市場等が続々と建てられ、
  夕凪橋通りはパラダイス通りと呼ばれ、商店街として繁栄した。

 

夕凪橋通りは、「大堤」と称された「夕凪堤」の跡であって
「大阪あそ歩」のコース設定のために
歩いた時のことを思い起こしました。


市岡新田の西の涯ということは、
元禄の世にあって、その先は
海やったんです。
この地は、海との境目に
開かれた地で
絶えず波を意識して
生きてきたのです。

 

◇「桑田変じて滄海となる」の譬えがあるが、
  開墾地が芦間に消えるなど、
  まさに、この市岡の地がそうであった。
  この地は、近世の埋立に端を発し、
  嵩上げもすれば、海成地に帰したりもした。
  もはや景観に「新田」はない。

 

この後はエンディングの100字ほどの
だらだらっとした

未練たらしい一文で結びます。

それは、敢えて伏せておきます。

 

エエイッ、こうなったら
副題を
「パラダイス通りに聴く波の音」してやれっと
あいなりました。
たった見開き2頁の小さな原稿でも苦労はあるものです。

脱稿してまだ
その残っている余韻で書きました。
5月31日 校了、6月20日 出来上がり予定らしいです。
さぁ、編集後記にかかろう。

 

究会代表  田野 

 

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今、見開き2頁の小さな原稿を書いています。
『大阪春秋』編集部からの注文は
「原稿枚数 400字詰用紙 6~7枚程度
(2500字前後)」とあります。

 

編集主幹に、あらかじめ構想を
メールで送ったら、
「この量は入らないでしょうね。
うまくまとめてください」とのこと。
そのとおりです。
了解しました。

 

そこで、ボクのやることは、
まさに「溜池から水を引くこと」なんやと
気づきました。
奈良時代の高僧・行基菩薩を調べている時、
知ったことですが、
溜池は、掘るのでなく、
堤を築くのだということです。
穴を掘るより、しっかりとした堤を築き
水を蓄え、
そーろっと
水を下流の川、井路に引かせるものらしい。

 

昨夜の未明から、ボクは目標2500字めざして
遊んでいます。
目下のところ、2725文字です。
もともと溜池の水は、ファイル名「市岡新田記事」で
29,228文字です。
まだまだ満タンではありませんが、

〆切の27日まで時間がありませんので、
抽水をやめ、
図書館に出かけたり、

現地を歩いたりするのを打ち切りました。

下流に水を流す作業に入りました。

 

一定、水を貯蔵するタンクを設けました。
 ファイル名「メモ市岡新田」で
10,160文字です。
注文の4倍です。
昨日の午後、下書きを始めました。
ファイル名「草稿市岡新田」で
3569文字でした。

 

原稿は書くものではなく、
ぶくぶくに膨れあがり
自分でも得体の知れないままの情報から
大事なものを拾い出すことのようです。
「うまくまとめてください」の
注文を声援やと思って
減量することのようです。
屹度、その先には、読者が一人でもいるのやと思って、
身を切る思いで捨てるものは捨てることでしょう。
それをしないと骨格が見えて来ないですもん。

 

蒐集した情報も貼り付けるのではなく、
自分なりに咀嚼して
慎重に要約せんとあきません。
その先におられるはずの読者に向けて
情報発信する作業なのでしょう。

 

「新田のまち市岡-都市化以前の風景-」は
「1 会所伝承」「2 新田西瓜」
「3 景勝地」「4 都市化以後」の予定です。
これ、もしかしたら民俗学的思考?
『大阪春秋』夏号をお楽しみに!

 

究会代表    田野  登 

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尻無河畔秋興は
ビジュアルに表現されています。
芳雪による「浪花百景」の
「しりなし漆づゝみ甚兵衛の小家」が
その一つです。
写真図1  「浪花百景」「しりなし漆づゝみ甚兵衛の小家」
             大阪府立中之島図書館所蔵

前方に海が見えますので
画像上が西です。
水が右下から左上に見えますので
土手は右岸で、川の北側です。
市岡新田の側です。
画像の左下、南西に松の木があって
切妻屋根の小家が見えます。
これが「甚兵衛の小家」です。

 

櫨紅葉の下に釣り竿を担げ
魚籠を提げた男が描かれています。
釣りをしての帰りです。

尻無川堤の秋は
櫨ならぬ沙魚「はぜ」釣りでも有名でした。
夙に寛政年間刊の『摂津名所図会』巻三に
「秋興沙魚釣」と題する
絵が見開きで載ってました

画讃に
「沙魚つりや 水村山郭 酒気の風 嵐雪」とありました。

 

もう一枚「甚兵衛の小家」の錦絵があります。
写真図2  長谷川貞信「浪花百景之内」
      「木津川口甚兵への小家」
      大阪府立中之島図書館所蔵

長谷川貞信「浪花百景之内」で
標題は「木津川口甚兵への小家」です。 
この絵の切妻の小家の先にも
海が見えます。
小家の場所は川の右岸です。

画讃を読みます。

◇安治川口木津川口の両湊は

  いづれも浪花の眼目なれど
  殊に木津川は水筋深きがゆへ
  大船入津多くして賑ひいはんかたなく
  初秋の頃より沙魚つりまたは
  はぜの紅葉にめてゝ

  家形ぶねこゝにつどひて
  彼甚兵への小家にいこひて
  蛤汁に興をまし帰るを忘るもまた多かりき。

 

画題の「木津川口」を「尻無川口」と読み替えてください。
それにしても画讃と絵はつろくしてません。
水が深ければ、
堤から降りて釣り糸を垂れることなどできません。
注目しますのは
「初秋の頃より沙魚つりまたは
はぜの紅葉にめてゝ」です。
絵には両方とも描かれています。

 

現在の甚兵衛渡船場辺り(港区福崎1丁目)に
甚兵衛小家を比定しています。

貞信図よりやや川寄りのアングルです。
写真図3 甚兵衛渡船場
      撮影:2016年10月2日

市岡新田の南西端の秋興を取り上げました。

花も紅葉もないけれど、

今日も結構、いける景色でしょう。

 

究会代表 田野 登

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