晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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前回の《近世絵地図の「田蓑島」(1)》に
伝承上の「田蓑島」と
近世絵地図の「古田蓑島」と表記された場所について
次のように記述しました。

 

◇当代においては、すでに
「田蓑島」と称する「島」として
見なされる場所でなかったと推測します。
「古田蓑島」と表示された場所は、あくまで、
尚古的な文人・知識人によって
古代の歌の名所・歌枕の「田蓑島」を
比定された場所でしかないのです。

 

たしかに
尚古的な文人による「田蓑島」の表記は、
この地に見えます。
浦江聖天こと了徳院(福島区鷺洲)の池に、
今日も芭蕉句碑が建てられています。
写真図1 了徳院の池畔の芭蕉句碑


句碑は左手前の石造物です。

この句碑には次の鐫刻が見えます。
◇杜若/語るも旅の/ひとつ哉/はせを
文化十一年甲戌九月、月夜庵社中建之/松井三津人/
親かともおもふ夜もあり山の月

 

この句碑を建立した月夜庵の句集に
『和麗東倭礼』(われとわれ)があります。
この書は文化13(1816)年刊行で
奈良県天理市の天理大学内天理図書館綿屋文庫に所蔵されています。
この句集の秋の部「山の月」に句碑建立の経緯について
次の記述があります。

 

◇田ミの島より百歩はかり北なる
浦江邑てふ了徳精舎の境内の池に
杜若をあまた植られたれハ
其の国に名高し
幸ひに翁の句碑を爰に営む
燕子花語るも旅のひとつかな

 

句碑を営んだ、この場所の記述に注目します。
「田ミの島より百歩はかり北なる
浦江邑てふ了徳精舎」とあります。
浦江村了徳院の場所を
田蓑島より百歩ほど北と記しています。
百歩は約180mです。
前回、示しました
「文政新改摂州大阪全図 文政8(1825)」
(大阪市立中央図書館所蔵)の
「古田蓑島」と句碑建立者の「田ミの島」と一致します。

写真図2 「文政新改摂州大阪全図 文政8(1825)」
       (大阪市立中央図書館所蔵)

「古田蓑島」の上方(北)に「了徳院」が見えます。

 

蕉風の俳人である松井三津人の記事でのことです。
当時の文人の知識として
浦江の地が、古今和歌集の紀貫之らに
詠まれた「たみの(の)しま」に比定されていたのでしょう。

 

だからといって
この地が伝承古代の「田蓑島」だったと
断定はできません。
地形が1000年近くを経て、河口部の「島」が
そのままの形で残っているなど
なかなか証明することは困難なことです。

もし、「田蓑島」がこの地であったなら
この地・福島区鷺洲は田鶴が鳴き渡る渚であったことになります。

 

今回は、近世文人の知識に沿って
近世絵地図「古田蓑島」を考察してみました。

 

究会代表 田野 登

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本ブログ《近世の「田蓑島」浦江説(4) 
2016-09-20 21:57:41》に
「往古図」を謳うものは
 みんな「偽作」で 偽る気がなくても
「想像図」であると記しました。

 

そこで「往古図」ではなく
近世当代の絵地図における
「田蓑島」を探りました。


それを時系列に沿って表にしました。
写真図1 近世絵地図の浦江・大仁

調査の対象とした地図は
『大阪古地図集成』(玉置豊次郎解1980年、大阪都市協会)所載の
『大阪建設史夜話』附図です。

 

本題の「田蓑島」は、
「浦江村」に位置する伝承があることを、
このブログで再々、取り上げました。
表に取り上げました「大仁村」は
浦江村の北東に位置します。

項目として挙げた「田蓑島」「鷺島」は
いずれも「浦江(村)」に表示されています。
「王仁塚」は「大仁(村)」に表示されています。
「梅田墓」は「大仁村」の更に東に表示されています。

 

『大阪建設史夜話』附図を読む限り
「浦江」に「田蓑島」が表示されるのは、
《地図6》で「摂津大坂図鑑綱目大成 享保末 1730年頃」です。
「古タミノノ嶋」の表記です。
それ以降、《9図裏面》の《地図10》を除き
カタカナ表記を含めて、いずれも「古田蓑島(嶋)」です。

 

例えば《地図12》である
《文政新改摂州大阪全図 文政8(1825)》の実物を挙げましょう。

 

写真図2 文政新改摂州大阪全図 文政8(1825)

      大阪市立中央図書館所蔵 翻刻許可済


大阪市立中央図書館蔵書 翻刻許可済

 

次の写真の地図を読んでのとおり

たしかに地形的には北方は不明確ながら

井路川に囲まれた場所を「古田蓑島(嶋)」と
表示しております。
写真図3  同図の「古田蓑島」の部分

        大阪市立中央図書館所蔵 翻刻許可済       


 

「古」を冠するところからしますと、
当代においては、すでに「田蓑島」と称する「島」として
見なされる場所でなかったと推測します。


「古田蓑島」と表示された場所は、あくまで、
尚古的な文人・知識人によって
古代の歌の名所・歌枕の「田蓑島」を
比定された場所でしかないのです。

なぜ、この地に比定されたのでしょう。
 

この「古田蓑島」探索は、
「鷺島」とも絡めて
当時の地誌などの記述を探ることによって
同時代人の情報環境を知ることが
肝要となります。
まだまだ、気の長い道のりです。

 

究会代表  田野 登

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浦江塾で昭和30年代の長屋の暮らしが聴けます。
昨日、浦江塾のご案内のハガキが届きました。
写真図 浦江塾のご案内のハガキ

文面の「山崎務師匠」はまちがいで
「山神務師匠」です。
住職は彼を「師匠」になさったんですが、
名字をまちがえはったようです。
以下、訂正した文面を記します。

 

郷土誌を見直す『浦江塾』のご案内
11月は落語です。子供の頃の長屋での生活が落語の
世界と同調していて皆さん共感するところがある様です。
鍋やコウモリ傘の修繕、化粧品の量り売り、氷の配達や
朝のシジミ、アサリ売り等の声、懐かしい庶民の生活が、
今や古典落語の世界に残っているのです。乞ご期待。    
 日時 11月5日(土曜日)午後7時より9時迄
 場所 妙壽寺(福島区鷺洲2-15-10)駐車可
 テーマ 「楽しかりし長屋の暮らし
       ―落語「道具屋」の一席の後」
      素人寄席天満天神の会
       天神亭神山 山神 務師匠

 

以下、田野による書き込み。
「素人寄席天満天神の会
       天神亭神山 山神 務師匠」は、
ボクの鷺洲小学校の同級生です。

 

山神務氏とは
近所の鷺洲中一公園(鷺洲中公園)の土俵で
相撲を取った仲です。
ノッポの彼に
晩生で、ちっちゃなボクが
しつこく食らいついては負かされてました。
そんなある時、ハプニングがありました・・・・。
昭和30年の半ばの頃のことです。

 

その彼が大阪区民カレッジで一席しやるということで
年賀状だけのお付き合いでしたが、
また「再会」しました。

 

たった今、彼から、こないだ10 月17日実施の   
受講者による「一口レポート」が届きました。
ちょっと紹介します。
l 好きこそ物の上手なれ、素人寄席は面白かった。
l 天満天神の会、面白そうですね。
  神山さん、さすが話上手で感心しました。
l 「笑う門には福来る」とても皆さん上手でした。プロ級!
とか・・・、

 

ボクは昨秋、彼の高座を
鴻池新田会所寄席での取りに
「千早ぶる」を聴きました。
さすがでした。
    ↓ここをクリック
http://www.bunkazaishisetsu.or.jp/kaisho/events2015f.html

鴻池新田会所のHP

 

子だくさんの末っ子やったせいか、
しっかり者で話上手やった
彼の口演は、おみごとでした。

 

本題の「楽しかりし長屋の暮らし」ですが、
昭和30年代までは
街角には、いろんな稼業の人たちが
大きな声を張り上げてやって来たものです。

「鍋やコウモリ傘の修繕、化粧品の量り売り、氷の配達や
朝のシジミ、アサリ売り等の声」が
今も耳の底に残ってます。
これも忘れかけた「都市民俗」です。

 

落語ファンはもちろん、
福島区の歴史に関心のある方々、

昭和の暮らしを懐かしむ皆さんも
ご参集ください。

いつものとおり、
参加費無料、手続き不要です。
配付資料は30名しか用意しません。
お早めにお越しください。

 

究会代表 田野 登

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昨年度に引き続き
新いちょう大学校講座で
5回連続の話をします。
今日は朝から何を話そうかと
いつものPowerPoint版を開けてました。

30本ほどあるなかで
新いちょう大学校に相応しいメニューを選びました。

 

11月22日(火)新いちょう大学校講座①
:島洲の街・大阪―伝承古代から現代まで―
12月3日(火)新いちょう大学校講座②
:梅田「牛の藪入り」の世界―近世都市の民俗―
1月10日(火)新いちょう大学校講座③
:「正月」の都市民俗―商人による演出―
1月17日(火)新いちょう大学校講座④
:浪花浦伝説―水辺の異界を探る―
2月7日(火)新いちょう大学校講座⑤
:合邦ヶ辻界隈の解釈―折口信夫の理論の検証―

 

講座①では
手始めに、これからお話しするステージを話します。
「水都大阪」は埋立都市です。
生成と消滅をくり返し発展してきた都市の
伝承古代から現代までを「島洲」を切り口に話します。

 

講座②では
今日、梅田は再開発が進行中です。
近世の梅田は農村とマチの境界にありました。
そこで繰り広げられていた奇習を取り上げます。
知られざる「梅田」をご覧に入れます。

 

講座③では
昨年に続き、「正月」を演出する商人に焦点を当てます。
「商都大阪」の舞台裏の歳時をご覧に入れます。
当たり前すぎる「都市民俗」を殊更、取り上げます。

 

講座④では
民俗学の真骨頂は伝説です。
水辺は異界の出入口です。
大阪の伝説にはなぜか、菅原道真や渡辺綱が登場します。
舟運に携わる民の伝承をご覧に入れます。

 

講座⑤では
大阪の周縁部に生まれ育ち、
異才を発揮した折口信夫の原風景を訪ね、
「まれひと」論の原点を探ります。

 

どれもこれも歩いてみたくなる場所です。
新いちょう大学校の講座の受付は終了しております。

なお大阪区民カレッジ北校では
12月5日に「大阪のお地蔵さんの世界」を話します。
これの方は来年度の受付も終了しております。

 

今回のブログは、こんなこともやってまっせーという
ボクの宣伝でした。
お付き合いありがとうございました。

 

究会代表 田野 登

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前回は、「義民」ならぬ「義猫」の
伝承のある猫塚を紹介しますという予告で締めました。

 

義民と仰がれた人物が
死後、祀られる話は枚挙に暇がありません。

中島大水道開削時の尽力した庄屋の話を
《中島大水道の義民伝承 2016-07-13 04:18:05 》に取り上げました。
関連記事は
「ECOまちネットワーク・よどがわ会長 一栁正義氏に聞く
 ―中島大水道と東淀川の原風景」(『大阪春秋』164号、206年秋号)に
書いています。

 

中島大水道開削をめぐりましては

後世、「三義人」「四義人」などの「伝承」を発生しました。
不遇ともいえる自決を遂げたままでは祟ります。
 「祀り込めたので、
 霊験あらたかにも
 当地の発展に寄与」したとのことのようです。

写真 さいのき神社(大阪市淀川区西中島7丁目)

新幹線「新大阪駅」で、発展しましたものネ。
 典型的な人を神として祀る御霊信仰でした。

猫の場合も同じです。
 

化け猫ではゾッとします。
前回、雨乞いの祈禱の時、霊異を示した
愛猫「トラ」の話を取り上げましたが、
今回、取り上げますのは
人間を悩ます老ネズミと奮戦して
討ち死にした猫たちを祀る猫塚の話です。
《⑨猫塚峠  福岡県宗像市野坂》です。
「*猫塚―福岡県の郷土のものがたり」です。
     *猫塚・・・:http://seesaawiki.jp/fakuokakyoudo/d/%C7%AD%C4%CD

 

◇若宮町と福間町の境、見坂峠への若宮側の昇り口に
 「猫塚」というバス停があります。
 そのバス停のすぐ横に小さな塚がありますが、
 それが地名の由来となっている猫塚で、
 こんなお話が伝えられています。

今から400年ほど前の春の夕暮れ、西福寺というお寺に
異様な風体の旅の僧が宿を借ります。
その旅の僧は居座り続け、やがて酒気を帯びては乱暴を働くようになりました。
怪異が生じるのは冬のことです。
◇住職が風邪をこじらせ寝こんでいると、
 旅の僧が枕辺に座り何やら呪文をとなえだしました。
 すると、住職は顔面そう白となり、いまにも息絶えそうな状態に陥りました。
 死期が迫ったことを知った住職は、
 長年、飼っていた愛猫のタキを呼び
 「あの僧はただ者ではない。
 私の死後はお前が寺を守ってくれ」と語りかけました。
 タキは一声鳴くと、いずこともなく去っていき、
 翌日も、翌々日も姿を見せませんでした。
 
愛猫タキは住職から寺の将来を託されます。
ここで不思議な事件が起きます。
◇タキが姿を消してから三日目の夜のことです。
 本堂の方でものすごい音がします。
 おびただしい猫たちの鳴き声、物の倒れる音、屋根瓦の落ちて砕ける音、
 本堂を揺るがすほどのごう音です。
 熱にうなされる住職の脳裏に、
 タキの血ぬられた姿が浮かんでは消えました。
 翌朝、ぬぐったように病いが軽くなった住職が起き出してみると、
 本堂の周りはおろか、一帯は猫の死体でいっぱいです。
 ふと見ると、愛猫のタキが、
 数百年を経たかと思われる老ねずみとかみあって死んでいます。
 以来、あの僧の姿も、ぷっつり見えなくなったと伝えられます。(中略)
 住職と村人はそれらの猫の死体を集め、一緒に埋めて塚を建てました。
 それが猫塚です。

 

実は、この話には続篇があります。
《⑫*猫塚公園  福岡県宮若市山口 宮若市観光協会、猫塚公園》
どうやら観光スポットとなっています。
  *猫塚公園・・・:http://www.wakakanko.jp/blue/18.html
愛猫タキは、異体の僧を追い出したということで
「追い出し猫」として登場します。

◇「追い出し猫」伝説の舞台となった西福寺の跡地に、
 犠牲となった猫たちを弔ったとされる猫塚があり、
 その周辺を公園として整備したもの。
 猫塚の前には、追い出し猫(招き猫側)をかたどった
 ユニークなバス停留所「猫塚公園前」がある。

 

ゆるキャラ流行りの今日、
伝説を観光協会が再利用したフォークロリズムです。
伝説はフォークロア“folklore”です。
それに“ism”が接続した“folklorism”です。
こうなれば、集客スポットとして拍車がかかります。

 

「*九州ドライブ面白スポットナビ」のHPには
「大きなまねき猫のバス停!福岡の猫塚公園」が掲載されてます。
 *九州ドライブ面白スポットナビ:http://drive-kyuusyuu.blog.jp/nekozuka.html

デカデカと招き猫ならぬ「追い出し猫」の写真が載り
読み進みますと、次の記述に行き着きます。

 

◇正義のために戦ったネコ達の功績を今に伝える、かわいいネコのオブジェです。
◇合格や必勝を招き入れる地元で人気の招きネコ!
 でっかいネコ型オブジェで有名な猫塚公園です。

 

合格祈願は太宰府天満宮やなかったんかいな?
愛猫が老ネズミと戦い、死して
合格祈願の神とでもなる勢いです。
猫塚「義猫」伝説はハッピーエンドでお仕舞い!

 

究会代表 田野 登

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