晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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禅寺で「日想観」?
「日想観」って西方浄土やないの?
妙壽寺のご住職から、案内のはがきが届きました。


写真図 案内のはがき




以下、はがきの文面を記します。
郷土誌を見直す『浦江塾』のご案内
 大阪の夕陽は街中では余り気にしませんが、港の辺り
では素晴らしい風景です。西門では「日想観」の信仰が
今も続けられているように、海に沈みゆく夕陽の前には
自然に敬虔な気持ちと感謝の念が起こるのは世界共通の
心でしょう。大阪の歴史にその情景を探索してみます。
    
 日時 3月5日(土曜日)午後7時より9時迄
 場所 妙壽寺(福島区鷺洲2-15-10)駐車可
 テーマ 「大阪の夕陽信仰-水際の情景-」
大阪民俗学研究会
 田野 登先生
終了後、情報交換等の雑談を行います。ご参加下さい。


以下、田野による書き込み。
「大阪の夕陽信仰-水際の情景-」の
タイトルはご住職に決めていただきました。

大阪の民俗文化を
「夕陽信仰」を切り口に読み解きたいのです。

大阪は西向きの街です。
今も四天王寺西門では彼岸の中日には
「日想観」の勤行があります。
ボクなど禅宗寺の檀家の一人ですが、
檀那寺の法要の後、
西門に向かって
おおぜいの参拝者に交じって
般若心経を唱えながら
西に入る夕陽を拝んでいます。
はがきにありますように
きっと「敬虔な気持ちと感謝の念」なのでしょうネ。


四天王寺西門の「日想観」は
謡曲「弱法師(よろぼし)」の舞台でもあります。
この上町丘陵西斜面一帯は
地勢的に「日想観」の聖地となる
条件を満たしているのでしょう。
法然上人が開かれた浄土宗・一心寺。
藤原家隆の臨終の地と伝承され
夕陽丘の町名の由来となる夕陽山。


国文学徒の端くれにいたボクは
この辺の事情をくどくどと
文献をあげつらいますが、
西門から船に乗って往生を遂げようとした
浄土信徒の記事なども紹介します。


とはいえ今日、夕陽丘界隈から
海に沈む夕陽を拝むことはできません。
どこまで出かければ
海に沈む夕陽を拝むことができるのでしょう?
天保山のサンセット広場、
舞洲新夕陽丘。
黄金色に染まる
水際の情景をご想像ください。

いつものPowerPoint版で
ご覧に入れます。


今回は宗教の原点となる心意を探り
ひょっとすれば仏教以前の
古来の世界観が見えてくるかも知れません。


禅寺で話す「夕陽信仰」にお越し下さい。
参加費、参加手続きは不要です。
配付資料は30名しか用意しません。
「妙壽寺」は
    ↓ここをクリック
http://zazen-ozaki-syokaku.c.ooco.jp/myoujuji.html


究会代表 田野 登

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恒例の大阪城南女子短期大学での
公開講座で「大阪の民俗」を話します。
今年は8月23日(火)12:00~14:00です。


短大から与えられている
「大阪の民俗」とは、
また大きなテーマです。
70字程度の内容を求められて
提出しました。


●大阪の歴史・文化を
 民俗学の視点で捉え直す。
 口承の他、
 文字情報、写真絵画をも資料として取り込み、
 大阪論の新たな領域を構築したい。
 講座では視覚教材を駆使する。


まず「民俗」から切り出しませんでした。
ボクのやっているのも
「民俗」と云えるかどうか?
「歴史文化」は怪しい表現で
『広辞苑』にも載ってませんが、
「歴史」や「文化」を対象としていますと
まずはお答えします。

「歴史」といっても
戦国武将のことを調べている訳ではありません。
人間の普段の暮らしの変遷を調べております。
見方を変えて「文化」といえば、
人間の生活様式全般を指し示し

その範疇にはおさまります。


「民俗学」はあくまでも切り口です。
いつもの持論で
現在から始まって
過去をグルッとめぐって
現在に戻るといったものです。
人の住まない新開埋立島に「過去」があるのン?
来島者の行動にツーリズムを重ねたりします。
物見遊山や行楽など
ボクの興味対象です。


「口承」は挙げています。
古老に聞くことは
民間伝承を研究する有力な手段でした。
しかし、「書承」といった「文字情報」や
「写真絵画」といった視覚資料からも
人間の行動を読み解くことができます。

ここで「大阪論」を謳いました。
「大阪」は短大からの要請でもありますが、
ボクのフィールドを規定するもので
「大阪論」の一分野をめざすものです。


「視覚教材」の駆使と記述したのは
PowerPointに錦絵や名所絵における
人びとの行動や
諸々の文献資料を
可視的に提示しようと思っているからです。


おおまかな表現ですが、
ボクの「大阪の民俗」講座の趣旨は
このようなものです。


究会代表 田野 登

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今回も2月21日午後、
舞洲の海岸を歩いた記録の続きです。
いよいよクライマックスの時を迎えます。

村尾清一郎さんのレポートには
「時間が日没に迫っていたので
新夕陽ケ丘へ走る」とあります。

新夕陽ケ丘に向かって走ったのは
事実です。
Peter, Paul & Mary ~ HURRY SUNDOWN が
鳴り続けていたとまでは言いません。


緑の屋根の休憩所からは
磯を離れて南に出ました。
右に行くか、左に行くか
一瞬、迷った末、左(東)を選びました。
新夕陽ケ丘へは遠のくコースです。
この薄暗がりの中でも
旺盛に舞洲の現在を
探検してみたかったからです。


草原の南に池がありました。
かつてボートを漕いだ池です。
まるで村里に見かける溜め池です。
振り返りますと太陽が落ちかかっています。

写真図1 かつてボートを漕いだ池



まだ冬なのか水面には
鴨が群がっています。

これから先、このエリアを
いかに苦労して脱けだしたかは
ここでは書くことはやめます。

夕暮れ迫る時、
道に迷ったことのある人には
充分、理解していただける苦労です。
泥は付いても
かすり傷もなくバス道路に出ました。

島内に2箇所あるコンビニエンスストアに
立ち寄るゆとりはありませんでした。

ここからの強行軍では
ボクは相方をほったらかして
バス道を西に歩きました。

太陽が真正面から照らします。
道の先には椰子の木、
海の彼方には明石海峡が見えます。
新夕陽丘の物見台は
道の左(南)です。
写真図2 海の彼方には明石海峡



薄暮の道で
ようやく新夕陽丘への登り口を見つけました。
一気に駆け登りました。
相方は別のコースから登ってきました。
二人揃って辿り着きました。
日没に間に合ったのです。

この時、気づきました。

アレッ、太陽が海に沈まへん。
明石海峡に沈まへん。
このまま淡路島の山並みに没するんや・・・・。
写真図3 新夕陽丘での日没



静かに太陽は
消えてゆきました。
また一つ課題を見つけました。
明石海峡に沈む夕陽を眺めることです。
いつ果たせるやら。


究会 代表 田野 登

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今回も2月21日午後、
夕陽を見に村尾清一郎さんと
舞洲の海岸を歩いた記録の続きです。

ゆり園の先(東)、磯にまで来ました。

これからしばらくは
太陽を背に
沈むのを気に懸けながらの
磯めぐりです。
磯には
流木や漂着物が散らかっています。
写真図1 磯の流木や漂着物



流れ着いた物の中に
椰子の実があったりはしません。
ここには苫屋もありません。
早春の夕暮れ方の
人工磯です。
この舞洲にないものに気づきます。

住む人です。
だから暮らしの臭いがしません。

ボクの実験は
人の暮らしのない空間に
民俗を嗅ぎ付けることです。
まだうまく行きません。
今度は漂着物のリストを作ろうか?
水上に投棄されるモノとは何でしょう。
暮らしの「海」が見えるかも知れない。
「舞洲スポーツアイランドMAP」には
「海の香りと・・打ち寄せる波の音」とあります。


ここで磯を駆ける人に出会いました。
たしかに、この場所は
人によってはジョギングするコースです。
写真図2 ジョギングコースの標識



標識によれば
このコースを12周すれば
マラソンの距離に達するらしい。


前方に緑の屋根の休憩所が見えます。
月がかかってます。
満月に近い。

写真図3 緑の屋根の休憩所




振り返れば
沈みかけの太陽です。
「月は東に日は西に」です。
蕪村の句の「菜の花」には
ちと早すぎます。


ここからは
ボクの頭の中で
Peter, Paul & Mary ~ HURRY SUNDOWN が
鳴り始めます。


ところが
急いで磯から脱け出して
夕陽に間に合うように
新夕陽丘に折り返そうと
焦れば焦るほど
道が東方向に向いていて
思わぬ光景にでくわしたりします。
次から次へと

シャッターを切ります。
この続きは・・・
次回です。


究会代表 田野 登

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今回も2月21日午後、
夕陽を見に村尾清一郎さんと
舞洲の海岸を歩いた記録の続きです。


シーサイド・プロムナードで見た木立は
黒松です。

写真図1 シーサイド・プロムナードで見た木立



  

この辺りの木立は手入れが行き届いて
大事に養成されているのでしょう。
シーサイド・プロムナードの西端まで歩きますと
懸案の明石大橋が
西方の海上にくっきりと見え出します。
カメラのシャッターを切ることしきりなれども・・・
なかなか肉眼で見えた明石大橋が
残念ながら図像として反映してくれません。


舞洲西南端の海岸線を
道なりに右(北)に曲がります。
この辺りは先日、新夕陽丘から眺めた時の
椰子の木が植わっている場所です。
太陽の広場という有料の緑地が広がります。
許されるギリギリの海際まで行き
カメラを構えて
明石海峡をうかがいます。
写真図2 西海岸からの明石海峡




群生するススキの穂先
彼方の海上に明石大橋が見えました。
歌枕の難波潟「なにわかた」は
短き芦の節目に
つかの間の逢瀬を儚むのが
歌語の世界の常ですが、
明石の海峡を
その先に見て
ここに海人の釣り船でも
配せば結構な図になるところです。
写真の画像ではいかがでしょう。
西日によるハレーションを

気にしながらの撮影で
残念な限りです。


真新しい「散策のご案内」の立て札に
地図が掲げられています。
写真図3 「散策のご案内」の立て札




かれこれ、ゆり園のある西北端にさしかかります。
知り合いとの舞洲に関する会話に
出てくる「ゆり園」ですが、
この早春、日曜日ですが
何も見られないと
思われてか人出はありません。
この静寂がボクにはありがたいのです。

相方の村尾清一郎さんが
危険を冒してシャッターを切る場所を
探っているのを諫めるボクです。

この続きは
3日前歩いた人工の磯を

再び歩くことになります。


究会代表 田野 登

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