晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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先週土曜日のセミナーは
9名の参加で
今回は、質疑応答、意見交換の時間がありました。
こういった時間は
自分の講座に気づかされる、よい機会となりました。


写真図 表紙


早速、村尾清一郎会員から
メッセージ性の濃いレポートが届きました。
以下、村尾レポートを貼り付けます。


●今回は道中膝栗毛浪花見物の都市民俗です。
 知っているようで知らない内容。
 庶民が観光のための旅が広まる風潮
 机上での旅も楽しむ時代、社会現象である。
 京都から大阪にきて
 長町の分銅河内屋に泊まる。
 そして、大阪の観光ルートがでてくる。
 坐摩社での空籤騒動では
 「侍」の居ない大阪の町に
 「棒突き」が出てくる。
 河内屋主人に富籤が外れたことを話し
 協力を得て江戸に帰ることになる。
 野次喜多の旅には
 近世大阪の実像が
 色濃く我々に迫ってくると
 先生から熱っぽく語られた。
 次は、その当時の「男の世界」、
 「女の世界」など、
 もっと面白い内容があると
 先生は期待をかけさせる。


以下、田野による書き込み。
今回、村尾レポートにあります
「近世大阪の実像」について
若干、補足させていただきます。


社寺における「棒突き」の存在は
たしかにボクは
近世大阪を見るのに
恰好の材料として強調しました。
空籤騒動の時の「棒突き」は
社寺に雇われる警備員というべきでしょうが、
自警組織が近世大阪にはあったのです。
江戸や時代劇に演出される
「侍」が風を切って鞘当てしあうような
物騒な町ではありません。
そういうことがお好きな向きもありましょうが・・・。


「実像」をめぐって
当日、日下宗大会員から
高津社の遠眼鏡屋の触れ込みの個所で
『膝栗毛』の「描写」について質問を受けました。
この質問と絡めて意見を述べます。

まずは高津社の遠眼鏡屋の
触れ込み文句は以下のとおりです。
●サア見なされ、見なされ。
 大阪の町々蟻の這ふまで
 見へわたる。
 近くは道頓堀の人群聚、あの中に 
 坊さまが何人ある。
 お年寄りにお若い衆、
 お顔のみつちやが何ぼある。
 女中がたの器量不器量、
 ほつこり買ふて喰てござるも、
 浜側でしゝなさるも、
 橋詰の非人(ルビ:みだれ)どもが、
 襦袢の虱なんぼとつたといふまで、
 手にとるやうに見ゆるが奇妙。(以下略)


たしかに、この記述には
暮らしの微に入り細をうがつ描写が認められます。
道頓堀の橋の袂に
群れ集うさまざまな人々の
さなざまな仕草に
都市の情景を見ることができます。


情景描写とみるのもさることながら、
換喩の連写とみるのもおもしろそうです。
如何にも「浪花」いうカットを
モンタージュしたもののようにも思えます。
この修辞に
私たち読者は「実像」を見たような
気にさせられるものです。


最後に村尾レポートにあります
当時の「男の世界」、「女の世界」についての
「期待」に水を差しておきます。

一九の記述には
今日を生きるボクの感性では
受け入れがたい性表現が多々みられます。
それが戯作たる所以でもありますが、
歪んだ好奇に駆られて
洞ヶ峠を決め込むことはなかなかできせん。

小学館本の校注者・中村幸彦氏の付記に
次の記述があります。

●この一論は、一九の戯作調に引かれて、
 校注者もついわざくれの語が多くなった。
 不謹慎と叱責の向きもあるかもしれないが、
 一九の追随者ならずとも、
 近づく者に、そうした気持をいだかしめ、
 そうした軽挙の心をこそぐるのが、
 戯作文学であると、
 大目のご宥恕を請うものである。


自分まで下卑るのは慎みたいものの
テキスト世界を想像せねばなりません。
滑稽文学の両刃には気をつけたい。

俗言、卑語が平気で交わされます。
その「俗」を研究対象の一角に見据えつつ
房事に関わる表現をいかに解釈するかは、
講座本番をご覧いただくことにしましょう。


次回、講座は第4土曜日ですので
10月25日です。


究会代表 田野 登

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今宵、手許に
図書館から借りだしたCDが6枚あります。
名付けて「今宵のジャズ・ナンバー」の
ラインナップを紹介します。


大阪府立からは4枚です。
バドシャンクのチュニジアの夜。
 アラブ世界の異国情緒を想像します。
チャーリー・マリアーノとマル・ウォルドロンの
Floating Cherry Blossomsもよい。
 ピアノが繊細に奏でる日本美を想像します。
チャールス・ロイドのForest Flower。
 なぜか夕暮れの光景が目に浮かびます。
MJQのコンコルド。
 澄んだヴァイブの音色が洒落ていますね。


大阪市立からは2枚です。
ソニー・ロリンズのテナーマドネス。
 コルトレーンとの絡みにスリルがあります。
おしまいは
ジョン・コルトレーンの至上の愛。
 讃美に至るまでの求道行為に惹かれます。


なぜ今宵、A Love Suprmeなのでしょう。
単なる気まぐれです。
儀式を挙行するわけではありません。
強いて理由付けをすれば
自分から逃れたいからでしょうか。


摂州浦江村 

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今回から
ジェイムズ・クリフォード著『文化の窮状』本論の紹介をします。
「序章 純粋なものが、狂ってゆく」から始めます。


「純粋なもの」とは何でしょう。
序章の冒頭は
「エルシー」という「インディアンの血」をもった少女について
書いた詩から始まります。

この少女が「純粋なもの」の換喩なのです。

エルシーは
1920年頃、ニューヨーク市近郊のニュージャージー州の町で
若き医師ウィリアム・カーロス・ウィリアムズによって
雇われてい
ました。
彼女の容貌は、冒頭の詩においては
「不恰好な尻とだらりとたれた乳」と
記述されています。


そういったエルシーに対して
西洋人が抱いたであろう感情を
著者は次のように推察しています。
●「インディアンの血」をもち、
 魅力的とはいえない女性の姿をした、
 なにか不明瞭な存在であるこの問題の人物に、
 西洋のブルジョワ社会において
 周縁化され、
 沈黙を強いられた集団を代表させてみよう。
 「ネイティヴ」、女性、貧しい人々。
 この詩人の眼差しのなかには、
 暴力、好奇心、憐憫、欲望が混在している。
 エルシーがさまざまな感情を喚起する。


「ネイティヴ」、女性、貧しい人々である
このような西洋のブルジョワ社会において
周縁化された人々は
1920年代には都市やその近郊、
ブエノスアイレスのような多文化的に展開する都市では
ローカルな真正さが互いに出会い、
混じり合ったとも記されています。

なぜなら20世紀は移動の時代であったからです。
●そのなかには、ツーリズム、季節労働者、
 移民、都市の拡大なども含まれる。
 ますます多くの人々が
 公共交通機関、自動車、飛行機などを利用しながら、
 「居住している」。


そのような状況の下、
彼ら・彼女たちの純粋なもの、真正さは
崩れていったのもこの時代です。
●20世紀のアイデンティティを考えるに際し、
 もはや継続的な文化や伝統を
 前提とすることはできない。
 個人や集団はいたるところで、
 外国のメディア、象徴、言語などを引用しながら、
 (再)収集された過去を使って
 地域的パフォーマンスを即興で展開する。


継続的な文化や伝統を
アイデンティティの前提でなくしたのは
メディアの発達によります。
ナマでない民族音楽が「地域的パフォーマンス」として
いくらでも放送されています。
今日、著者の云う「場所の感覚を失うこと」に
しばしば遭遇します。


しかし、著者は
「真正であると考えられる人間の差違」の
商品文化の中に消滅したとだけ述べているのではありません。

著者は「近代的民族誌の歴史」を次のように記述します。
●実際、近代的民族誌の歴史は、
 以下に示すような二つのメタ物語のあいだを
 振り子のように揺れ動く運命にあるだろう。
 一つは同質化の物語、
 もう一つは生成の物語。
 言い換えれば、
 一つは喪失の物語、
 もう一つは創造の物語である。

文化の「窮状」では
「喪失」に伴っての「創造」でもあると述べられています。

ネイティヴに見られた
西洋社会との接触は
非西洋人全般に及ぶ原理であるのでしょうか?


以下、日本における
民俗事象について考えます。
日本を含むアジアの諸地域にあって
純粋と思しき文化が西洋文化に取って代わられて
「喪失」したと見るのは
早計すぎるのではないか?

「伝統」は西洋社会との接触の中で
「創造」されてきたという側面の追究こそ
重要であるとボクは考えています。


究会代表 田野 登

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本日、妙壽寺住職から
10月の浦江塾はがきをいただきました。
福島区内の地蔵尊の数が聴けます。


写真図 10月の浦江塾のご案内のはがき




以下、はがきの文面を記します。
郷土誌を見直す『浦江塾』のご案内
 郷土史の研究で一番身近な研究対象は街角に見られる
地蔵さんです。先月は大阪市内の特色ある地蔵堂でした。
今月は的を絞って福島区内の地蔵を取り上げて戴きます。
区内には現在52ヶ所あるそうです。まだ見落とされたり、
既に所在不明のもあるようです。ご確認下さい。
 日時 10月4日(土曜日)午後7時より
 場所 妙壽寺(福島区鷺洲2-15-10)駐車可
 テーマ「福島区内の地蔵尊」―福島区内を隈なく走って
大阪市史研究家(神具職)
         清水 聡先生
終了後、情報交換等の雑談を行います。ご参加下さい。


以下、田野による書き込み。
清水 聡氏は、精力的に
大阪市内全域を対象に
地蔵尊、その他お神仏諸霊の祠、堂宇の
所在の分布を調査されています。

今回は、そのうち福島区内に絞って報告されるとのこと。

ボク自身、30年程前、市岡高校の生徒と
港区の地蔵尊の所在の調査、
それに引き続き
形態調査、聞き書き調査をした経験があります。
あの炎天下の調査がつい、この間のことのように思い出されます。


そのようなボクは、
今回の悉皆調査は
どのような方法でご自身、点検されたのかなど
興味があります。


それに今回は
地蔵尊の「子安」や「延命」といった異名をも
報告して下さることでしょう。
異名の集計から福島区に特徴的なのがあるのでしょうか?
これまた興味津々です。


福島、鷺洲、海老江、大開、吉野、玉川、野田といった
連合町会毎にみた場合、
分布・密度の偏りが予想されます。
歩いていての勘と
実際に調査されての実数に違いが
生じるのでしょう。
それが明らかにされるだけでもおもしろいことです。


今回、清水氏の浦江塾での発表にお願いしましたことは、
今後、調査なさることの第一歩である
地蔵尊の「所在の正確な分布」のレポートであります。

発表時間は、少し余していただき
地元の方々との情報交換をとおして
点検する機会となれば幸いです。


所在の調査は、調査の始まりでありまして
目的ではございませんので、
今後の一連の調査のための
良いスタートとなることを期待しています。


次なるステップの聞き書きによって
初めて地域の歴史が見えてきます。
地蔵堂は地域の記憶遺産です。

何よりも
福島区歴史研究会の方々をはじめ
地域をご存じの
地元のみなさんのご発言に期待しています。


究会代表 田野 登

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2014秋の阪俗研セミナー
「『道中膝栗毛』浪花見物の都市民俗」は
今週土曜日27日です。

3ヶ月6時間の講座が始まります。
毎回のことながら講座が近づきますと
緊張します。


今朝、PowerPoint版を見直しておりまして
目次を変更しました。
写真図1 目次
行末の数字は頁数です。




0 はじめに:4
1 『道中膝栗毛』浪花の世界:7
2  『守貞漫稿』の記述:54
3 装いの不思議:60
4 不思議な食い物:73
5 住まいの不思議:92
6 生業の不思議:106
7 馬琴による大阪評定:119
8 付録『滑稽五十三駅』挿絵:138~149


第1講は《1 『道中膝栗毛』の世界》
第2講は 《3 装いの不思議》《4 不思議な食い物》
     《5 住まいの不思議》
第3講は《6 生業の不思議》《7 馬琴による大阪評定》
    《8 付録『滑稽五十三駅』挿絵》
だいたいコマ数を50に揃え
第3講ではディスカッションができればと計画しました。


第1講では 『道中膝栗毛』の記事を
『守貞漫稿』と照らし合わせをしません。
受講者の中には 『道中膝栗毛』など読み尽くして
『守貞漫稿』といった三都の習俗を記した書物が珍しいから
受講希望したのに第1講ではお預けですか?と
詰問されるのを心配して
目次のような展開に変更しました。


ということで第1講は《1 『道中膝栗毛』の世界》で
たっぷり2時間講義します。
そこで用意しましたのが弥次喜多の旅程と地図です。

写真図2 旅程①




第一日目
京・伏見→①八軒家→堺筋→
②日本橋→③長町・分銅河内屋
第二日目
③長町・分銅河内屋→④高津社→
谷町通・居酒屋→⑤安堂寺町→
⑥番場の原→⑦天満橋→
⑧天満青物市→⑨天満宮→
⑩天神橋→横堀通→⑪坐摩社→
⑫難波御堂→⑬博労稲荷→ 
⑭心斎橋清水町・呉服屋・大丸→
心斎橋筋→⑮道頓堀→②日本橋→


写真図3 旅程②






第二日目つづき
③長町・分銅河内屋→堺筋→⑯順慶町・夜店→
⑰新町橋→瓢箪町→越後町→九軒町→
⑲新町遊郭→③長町・分銅河内屋
第三日目
③長町・分銅河内屋→⑪坐摩社冨会所→
③長町・分銅河内屋→⑳高津新地→
21生玉社→天王寺西門→22四天王寺→
阿倍野道→23天下茶屋村・和中散是斎→
24住吉新家→料理屋・三文字屋→
25住吉神社→26高燈篭→料理屋・三文字屋
→③長町・分銅河内屋



虚構の世界とはいえ、
近世大阪の観光スポットが見えてきます。

神社なら 高津社、天満宮、坐摩社、博労稲荷、
生玉社、住吉神社。
寺なら難波御堂、四天王寺。
遊びどころは、道頓堀の芝居、 順慶町の夜店、
高津新地、 住吉新家の料理屋。
それに官許の新町遊郭。

弥次喜多は日本橋筋の長町・分銅河内屋を拠点に
とんでもない失敗を繰り返しながらも
河内屋の主人の好意に助けられて
一通りのスポットをめぐったというお話になります。

今日の観光都市・大阪と比べてみますと
いかがでしょうか?


写真図4 地図

拙著2007年『水都大阪の民俗誌』和泉書院、35頁による。

行動範囲をみます
北は天満、南は住吉。
東は番場の原、西は新町におさまります。
天保山がありません。
天保山が出て来ますのは
異版『滑稽五十三駅』のことでして、
天保山築造の年に一九は他界していることは
前回、記しました。


このような近世の都市空間で
弥次喜多二人組は何をしでかし
いかにして切り抜けたのか?

第1講は道中の旅程を追いながら
第2講からの京・江戸・大坂
三都の「都市民俗」の違いを探る、
そのための準備にあてることにします。


お申し込みは、急いで
   ↓ここをクリック
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究会代表 田野 登

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