晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

先日、福島区歴史研究会の
展示用写真撮影の帰りに
大阪民俗学研究会会員である
高津吉則氏と
二人で鼠島の跡から野田新家を歩きました。

ボクにとりましては
高津会員と歩くことによって
ボクに見えなかったモノを
求めての散策です。


彼からメールが届きました。
彼にとっては字数制限が
厳しいらしく
不本意ながらの寄稿で
あったようですが、
期待どおり
ボクの見えないモノが
彼には見えていたようです。
改行して掲載することにしました。


鼠島。
半世紀前にその島は在った。
福島区と此花区の境界に
その痕跡を探るのは容易ではない。
その地に広がる団地群の寂寞たる情景は、
はじめて訪れる者に言いようもない
「寄る辺なさ」を感じさせる。
それは、海や河であった場所に
人が住まう事の「寄る辺なさ」。
あるいは、
消し得ない負の記憶がもたらす「寄る辺なさ」か。
半世紀、それは海や河の痕跡を消し去るには
十分な時間であるが、
人々が地に根を張って
生きた証を残すには、あまりに短いのかもしれない。


「鼠島」につきましては
本ブログ
  ↓ここをクリック
①http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-11436183908.html 
②http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-11444819840.html
③http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-11558917928.html
④http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-11550662224.html
⑤http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-11544015416.html
⑥http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-11543947369.html
⑦http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-11543853989.html
⑧http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-11543723908.html


①地蔵堂は記憶遺産
②鼠島残影
③「鼠島野田新家いまむかし」ご案内
④「鼠島」関連表示・記述年表
⑤鼠島・野田新家の文献資料
⑥鼠島・野田新家マチ歩き
⑦鼠島野田新家いまむかし
⑧鼠島・野田新家の地図

よくまあ、昨年は歩いたものです。
それでも見えなかったのが
高津会員の云う「寄る辺なさ」です。
なるほど、儚い場所に
身を寄せ合っている若い家族たちです。


鼠島の痕跡?
そんなのありますか?
その場所は
江戸時代、蘆間に出来た島で
野田村の漁師たちの漁場であって
明治になって
伝染病患者家族の隔離所となって
戦争中
施設がすっくり焼けてしまって
戦後のドサクサ時代
バラックが建ち並んで
水門で遊んでた兄弟が
渦に巻かれて見えなくなって
みんなで地蔵を建てて
そのうち川が埋め立てられ出して
対岸の野田新家と地続きになって
その頃から
大開住宅が建ちだして
誰かが気づいた時
そこには
「団地群の寂寞たる情景」が
広がっていたというのです。


どこにでもありそうな
小さな島の物語なんです。
場所を定点観測する時
見えてきそうな近代なのです。


渡り鳥たちは
そんな感傷的な物語に
お構いなしに
羽を休めにやって来て
そのうち、どこかに
今よりも、
もっともっと
幸せな暮らしがあると信じて
飛び去ることでしょう。
それは渡海です。

それが都市というものなのでしょう。


究会代表 田野 登

AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:

いよいよ3学期は
学校現場におきまして
起立すること、歌うことを
伴う式典が行われます。
卒業式です。


次に示します*本書の記述は、旗と歌の持つ
集団間の意味を考えさせます。
  *本書:*ポール・コナトン著・芦刈美紀子訳
     2011年『社会はいかに記憶するか』新曜社
儀礼の形式主義をめぐる記述から引用します。
まずは、儀礼を挙行する人への
冒涜となる行為への戒めです。


●儀礼は単なる形式ではない。(中略)
 そして、しばしば儀礼は
 「本物」あるいは「真正」と
 いわれる行為や発話と対比される。
 しかし、これは誤解を招きやすい。
 というのは、つねにそうであるとはいえないが、
 儀礼を挙行する人はそれを
 義務と感じているのであり、
 したがって儀礼的価値を与えられた行為に
 干渉することが、
 個人間や集団間に、
 耐えがたい傷を与えてしまうこともあるからである。
 他者にとって神聖な信条を
 単なる空想と思うことがあっても、
 実際の表現を冒涜するのは
 ささいな問題ではすまされない。


引用個所下から4行目の「他者」は、
「儀礼を挙行する人」であります。
続く「単なる空想と思うことがあっても、
 実際の表現を冒涜する」とありますのは、
著者を想定しても良いわけで
「ささいな問題ではすまされない」と
述べている主体は、もちろん
著者です。


著者は、他者による神聖な信条に基づく
儀礼を尊重すべきだと述べています。
価値観の多様性を認め
自身とは異なる信条による「表現」を
認めているのです。
その上で、次の記述が続きます。


●また逆に、ある儀礼を実際に行うことは
 ある意味でつねにそれを事実として
 認めることになるので、
 自身の考える「真実」と相容れない異質の儀礼に
 表面上でも従うことは拒否される。
 愛国者に国旗を冒涜させたり、
 異教徒に洗礼を受けるよう強いたりすることは、
 彼らの尊厳を侵害することになる。


この個所の一連の行為に想定される主体は、
儀礼を挙行する集団内の人ではありません。
「自身」は、「「真実」と相容れない異質の儀礼」と
考える人です。

その人たちにおいては
「表面上でも従うことは拒否される」とあります。

具体的には、
「愛国者に国旗を冒涜させ」る行為、
「異教徒に洗礼を受けるよう強いたりすること」です。
強制することは、
「彼らの尊厳を侵害することになる」と述べております。


この著作を読み、
改めて学校現場における
「国歌」としての「君が代」の問題は
教職員を職制によって
「強制すること」に問題があると
ボクは思いました。


なお今シリーズでは
ヒトラーの記念式典を
学校現場に照らして考えましたが、
《『社会はいかに記憶するか』
第2章 記念式典》の記述には
地域の寺院における宗教行事を
読み解く方法が秘められています。


宗教上の問題を「単なる空想」としているとの
誹りを受けるのを憚った末、
今シリーズでは、転じて
ヒトラーを「ある為政者」になぞらえ
その政治手法を危惧する記事になりました。


いずれは、誤解されることをためらわず
年に一回の宗教行事を場にして
物語化された出来事の記憶を
再生産し続けている寺院の仕組みを
論究したいものです。


究会代表 田野 登

AD
いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)

テーマ:

前回は、記念式典による社会の記憶は、
視覚・聴覚への刺激によるもので
その演出効果を取り上げました。


たいまつの火、旗による視覚的効果
葬送の曲、厳かな鐘の音、大砲の音による聴覚的効果。
それらは何を忘れさせ
何を想起させたのでしょう。

*本書には次の記述があります。
*本書:*ポール・コナトン著・芦刈美紀子訳
     2011年『社会はいかに記憶するか』新曜社


●この場所で、世俗的な違いは否定され、
 同一の「真の」「本物の」現実が
 毎年明らかにされるのである。


冒頭の光や音は
本物の現実を想起させ
世俗を忘却させるための
仕掛なのです。

それでは、いったい、この祭典の趣旨は
何だったのでしょう。
改めて、冒頭部分によって確認をしておきます。


●*この記念祭は、
 宗教的語彙をふんだんに借用した
 異教のキリスト受難劇といえる。
 ここに見られるナラティブは、
 ある歴史上の事件を伝えるものである。
 が、その事件とは神格化によって
 絶対不変の実体へと変貌を遂げた
 歴史上の事件なのである。
  *この記念祭:「血の洗礼」を記念する祭典


歴史上の一事件が
民衆の視覚・聴覚への刺激を介して
民衆の記憶に残るべく
祭典として繰り広げられたのです。

著者は、単に繰り広げられたとは
述べておりません。
この節の結びの記述は以下のとおりです。


●ドイツには長い間存続している-と認識されている-
 traditio(伝統)というものがある。
 それはある意味で
 遂行的に存続させられているといえる。


伝統とは遂行され続けることよって

伝統となるものなのです。
ただの一回限りの語りではないのです。
行事の場において

身体的行動を伴って
声を出す、歌を歌う、曲を奏でる
旗を振る、たいまつを掲げる・・・
等々の繰り返される
パフォーマンスなのです。


次回は、このシリーズの最終回で
ヒトラーの記念式典の意味を
今日の日本の教育現場での
式典における歌に照らして
考えてみることにします。


究会代表 田野 登

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

記念式典による社会の記憶を述べるには、
その演出効果を取り上げねばなりません。
視覚・聴覚への刺激が
記憶として残るものでしょう。


*本書には次の記述があります。
*本書:*ポール・コナトン著・芦刈美紀子訳
     2011年『社会はいかに記憶するか』新曜社


●1923年の一揆〔訳注 ミュンヘン一揆〕、
 「血の洗礼」を記念する祭典ほど、
 強烈にカルト的パワーを吹き込まれた例はほかにない。
 記念式典のテーマは犠牲、苦悶、
 そして、国民社会主義の「古参闘士」による
 最終勝利であった。(中略)
 そして、次の日の11月9日には、
 古参闘士はビュールゲルブロイケラーから
 将軍廟まで、1923年の行進を儀礼的に復元して、
 たいまつで彩られたルートを葬送の曲と
 厳かな鐘の音と
 1919年以降に党の任務中に殺された
 すべての人の名前を朗誦する声に
 送られながら行進するのである。


ここでは、目を凝らし耳を澄ませてみましょう。
「たいまつで彩られたルート」とあります。
夜なのでしょうか?
翳されているのはたいまつの火です。

聞こえてくるのは・・・。

葬送の曲と
厳かな鐘の音と
1919年以降に党の任務中に殺された
すべての人の名前を朗誦する声。


記念式典のテーマは
「犠牲、苦悶、
 国民社会主義の「古参闘士」による
 最終勝利」とあります。

死者を*英霊として悼むに
相応しく音の装置が
仕掛けられています。
*英霊:訳文中に「英霊寺院」の記述あり。
出来事を儀礼的に復元するには
光と音による記憶の再現に
注意が払われます。


●1923年の歴史的行進は毎年繰り返される。
 そして、1923年に16人を
 死にいたらしめた銃撃になぞらえて、
 毎年16発の大砲が鳴り響く。
 完結した事件を
 振り返るための印としてではなく、
 その事件と同一化した遺品として
 旗が毎年振られる。


この件の聴覚を刺激するのは
鳴り響く大砲の音であって
視覚を刺激するのは旗です。

前者は擬えです。
16人を死にいたらしめた銃声を
16発の大砲の音が擬えています。
後者は「同一化した遺品」とありますように
事件の真正性を証明するための視覚的道具です。


この祭典の趣旨とは、何だったのでしょう。
民衆が記憶するには

どのような行為を

ヒトラーは求めたのでしょう。

ヒトラーが求めたその行為は

何を意味するのでしょう。

それらを再確認して、

次回、結びとしましょう。


究会代表 田野 登

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

*『社会はいかに記憶するか』を
読んでのメモを綴っておりますが、
 *ポール・コナトン著・芦刈美紀子訳
 2011年『社会はいかに記憶するか』新曜社
前回、「ヒトラーと記念式典」から始めると
予告しました。


国民社会主義政党を率いるヒトラーが
記念式典を利して
国威発揚を企図したことは
よく知られているところです。
1936年のベルリン・オリンピックがそうでした。


1936年は和暦では昭和11年です。
日本では、日中戦争が始まるのが
その翌年の7月のことです。


「ヒトラーと記念式典」の冒頭は次のとおりです。
●1933年1月の政権掌握から1939年9月の戦争勃発までの間、
 ドイツ第3帝国の国民は数々の記念式典によって、
 国民社会主義政党とそのイデオロギーを
 絶え間なく思い出させられることとなった。
 その記念式典の数や順序や構成は
 ただちに権威あるものと認められ、
 その形式は第3帝国消滅まで存続した。


「記念式典によって、
国民社会主義政党とそのイデオロギーを
絶え間なく思い出させられることとなった」とあります。
記念式典の意図は、そこにあるのでしょう。

オリンピックは
政権掌握から戦争勃発までの間に
開催されたイベントでした。

政党とそのイデオロギーを思い出させるとは
記念式典にどのような仕掛が施されているのでしょう。
まず、日程からみましょう。

先行行事の取り込みが見られるようです。

●キリスト教の暦が
 異教時代の季節ごとの行事と関係があったのと同様に、
 帝国の記念式典はキリスト教の暦と関連があり、
 この新しく発明された規範の影響は
 生活のすみずみまで行き渡ることになる。
 国民社会主義政党の歳時の儀式規定は
 管理の行き届いた完全なものだった。


行事を先行する体制のものと
関連づけたのです。
それはキリスト教の暦が
先行した異教時代の季節ごとの行事と
関係があったのをまねたのです。

異教徒が冬至に大々的に祝っていた習慣を
キリスト教徒はキリストの誕生祭となし
それがクリスマスとなったのでしたね。

同じように
国民社会主義政党は
キリスト教徒の暦を関連づけて
彼らによる歳時を発明したのです。

先行行事を取り入れた際
どのような加工をしたのでしょう。

●3月最後の日曜日は、
 14歳になる者が総督へ忠誠の誓いをたてる通過儀礼をもって、
 ヒトラーユーゲントに加入する日であったが、
 これはキリスト教における信仰告白式を
 正確に模倣したものである。(中略)
 5月1日に開催されるドイツ人の国民的行事は
 労働者の祭典として始まったが、
 そのインターナショナルな含みは剥ぎ取られ、
 ドイツの(Volksgemeinschaft民族共同体)の祭典という
 新しい解釈が与えられた。(中略)
 10月初旬の収穫祭の古い慣習は、
 ドイツ農民による国民社会主義祭典に
 取って代わられた。


ある行事は正確に模倣し、
ある行事は、ある性格を剥ぎ取って新しい解釈を与え、
ある行事は、新しい祭典に取って代わられています。
仮に「真正な民俗=folklore」を認める立場で考えますと
ヒトラーにより発明された祭典は
「民俗擬き=folklorism」ということになります。


人々の記憶にある行事と

似ていて非なる似非行事が

創出されたことになります。


収穫祭の場合ですと、農民が主体の民俗=古い慣習を
国民社会主義政党が主体となって

焼き直した民俗擬きを
発明したことになります。


はたして日本において
昔からの記憶に基づくものの

国家が主体となる

新しい祭典が
行われなかったでしょうか?
創始された

「伝統行事」はなかったでしょうか?

それは国家による「史実」の捏造にも

繋がる可能性もある

大きなテーマですので
別の機会に考えてみることにします。


究会代表 田野 登



いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。