晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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このほど近畿民俗学会年次研究大会の時程が
大会実行委員会から
はがきで届きました。

写真図 はがき





期日 1月19日(日)
会場 大阪歴史博物館 4階第1研修室
開会 10時20分(中略)
11時30分 ③願掛け習俗を商品化したビリケン観光
       :田野 登
  (12時昼食 中略)
14時~15時 シンポジウム「生業と民間信仰」
15時15分から16時15分
 特別講演会
  奥村隆彦「民間信仰という言葉」
16時30分 閉会


なお、一般の方は
当日費用として500円が要ります。


「ビリケン観光」?
そうです。
ビリケンさんは
通天閣観光株式会社が演出する
見世物なんです。


四天王寺の撫で布袋さんと
違うようでいて、似ています。
四天王寺と通天閣は似ています。

四天王寺でも住吉大社でも
今や参拝客参加型の願掛け装置に
人気が集中しています。


そのへんの「真正」なる民俗への
疑問を超えて、
「民俗」の新たな視座を提示します。
“folklore”か“folklorism”(民俗擬き)かの
不毛な思索に耽るつもりはありません。


海に沈む夕日を毎年、見にでかけるのは、
“folklore”ですか?
それとも“folklorism”(民俗擬き)ですか?
手を合わせるわけでなし、
ましてかしわ手を打つこともしない。
だから“folklore”ではない??


このような疑問は、
社寺仏閣や堂祠
にのみ
神仏諸霊がやどり

信仰が生じるとする考え方に
由来するものです。
新たな視座で捉え直してみたいものです。


観光という領域は、実におもしろい領域です。
社会学、人類学、宗教学、経営学、地理学など

ボクは民俗学の立ち所から

願掛け習俗」に注目して
それを商品化して
客寄せをする生業を考察します。


ボクの発表は、PowerPointで86コマ。
25分で、いかにこなすかがポイントです。
文字情報は配布プリントにしてありますので、
そのあたりを丁寧に発表しようと思います。


今年最後のブログになります。
また来年も気が向きますと
アップします。

今年も
例年通り、大阪市福島区鷺洲の実家で
静かに年を越します。

近くの寺院から
聞こえてくる除夜の鐘を

耳にしながら。


究会代表 田野 登

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昨日、感動のうちに終了しました。
会員(今回入会を含む)15名、
一般7名の参加でした。
何度、歩きましても発見はあるものです。
以下、印象に残りましたスポットを
取り上げます。


その一つが、正月を前にした
伝法港です。
昔、家族連れで正月に
伊勢志摩を訪ねた時も、このような光景を目にしました。

写真図1 漁港




大漁旗は漁師にとって、
吉事を祝う時の徽章です。
日章旗もはためいています。  
ハレの時を迎える準備万端整っています。


早足で駆け抜け
ゆとりを持って乗り継ぎ
渡し船に乗船。
「早や日も暮れぬ」と
渡し守に急かせたりはしませんでした。

伊勢から来阪した大学時代の友人と
海遊館やUSJの話をしました。
40年前の学生時代、そんなのは、
まだありませんでしただけに
声弾ませて話しました。

写真図2 渡船




雲のいずこに
日がやどるのでしょうか?


夕日を見る会の常連の
早川貴正会員からは
今年は、大丈夫ですよと
夕日を見られるのに太鼓判を
捺されました。
彼の落日占いは、能く当たるのです。


渡船は、荒波を蹴立てて
僅かな間に天保山に着きました。

渡船場を出で
すぐの公園で村尾清一郎会員に
労をねぎらい、
みんなで大きな拍手を送りました。

ここでバトンタッチして
ボクは、
例の海に没した天保町の話を
地図を交えてしました。
見えないものは、お見せするもんです。

夕日を待ち望まれる方々を前に
信じていただけないような話を
たっぷり、やらせていただきました。


いよいよゴール寸前です。
スポーツをするのが嫌いで苦手の
ボクが、表現するのは
いかがなものかと思いますが、
まるでオリンピックスタジアムのゲートを
潜る思いです。

写真図3 サンセット広場



ようやく、サンセット広場です。
前方に広がるのが
ページェントが繰り広げられる会場です。

はたして今年は、いかなる結末が
控えているのでしょうか?
靄の立ちこめる水面での出来事は
予測不可能です。


写真図4 サンタマリア号





今年もサンタマリア号が
港内遊覧を終えて
寄港しました。

さぞ、落日ツアーにでも、
お出かけだったのでしょう。


いよいよ始まりました。
終章の始まりです。
太陽は音もなく沈みます。
会員に申し合わせて
静かに迎えましょうと。
乾杯はやめておきましょうと。


それでも、
いい年をした男性たちから
「歓声」が上がります。
参加者それぞれの思いで
この時を迎えたことでしょう。


今です。
撮影するのは。
今まで何度も
音もなく沈む太陽に
裏切られてきただけに。
今年のボクの
ギリギリの時がこれです。


写真図5 落日





群雲から顔をのぞかせた
お天道さまに感謝。


音もなく靄に包まれたまま
日は沈みました。
何もなかったように
この年が暮れたのです。
お天道さまに感謝。


究会代表 田野 登

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「明日(あした)は月の上で」という
アダモが歌った曲が
今から50年程前に
流行りました。

その頃でしたか、
ボクは『星の王子さま』(Le Petit Prince)を
テキストに授業を受けていました。
王子さまは何回も夕日を見ることのできる
星をも訪ねたのでした。


いよいよ明日12月30日、
天保山で夕日を見に行きます。

先ほど、日が沈む頃、
参加申込みの電話がありました。

明日は、旧友にも会えるのが楽しみですが、
昨日から、部屋の片付けをしておりましたところ、
掘り出し物を見つけました。


それが、次の写真です。
自分の撮った写真ですから、
申請なしでアップします。
写真図





サンセット広場からの光景です。
何年の撮影?
推定1999年以降の12月30日です。
『大阪春秋』の2000年3月号
「冠辞「水都」考」にも載せています。
アングルが全然違いましたので、
1999年と断定できませんでした。


12月30日は、確かです。
一度、30日が残念でしたので
31日に行ったことがありますが・・・。
ボクは30日に決めています。


画面左中央に
小さく燈台が見えます。
中央やや左に太陽が見えます。
そして中央やや右に燈台が見えます。
この2基の燈台を一対にみて
その間を*「大関門」と称しています。


南(写真左)の燈台は咲洲の先、
北(写真右)の燈台は夢洲の先。



*「大関門」:以下、大阪市HP
http://www.city.osaka.lg.jp/hodoshiryo/port/0000102148.html
 大関門(だいかんもん)
  明治38年大阪港建設時に
  天保山の西南西約3kmの沖合に
  築かれた防波堤の切れ目で、
  大阪港への入港航路となっており、
  通称「大関門」として市民に知られている。
  北側に白灯台、南側に赤灯台が設置されている。
  *大関門南側赤灯台については、現在改修工事中です。


とのことで、今年は、
画面左中央の燈台は見られそうにありません。
心で観てください。


写真に戻ります。
その左は淡路島の島影です。
淡路島の島影が中央右に伸び
神戸、須磨、明石の影が中央左に伸びます。
そのくびれが明石海峡です。
晴天時には、橋柱が確認できます。

日没からは明石海峡大橋がライトアップされるようです。
これまた、楽しみです。

ただ、お断りしておきますが、
なかなか夕日が水平線に接する瞬間を
写真に撮るには難しいものです。

いくらか晴れていましても
海面に靄のようなのが立ちこめるからです。

それに絶好のシーンを狙っておりますと、
どこからともなく、貨物船が過ぎったりしまして
ため息が漏れた年もありました。

夕日が見られなくとも・・・
今は言うまい。
・・・風情はあるものです。


今はただ、祈るばかりです。

参加申込み済みの方は

JR西九条駅改札口

午後1時出発です。


究会代表 田野 登

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事務局の方からの
「ビリケンさんと民俗学ー都市民俗学の民俗宗教ー」の
提案に乗りませんでしたが、
事務局の方とのやりとりに
今回のシンポジウムのテーマが
「生業と民間信仰」ということで、
ビリケンさんを生業としてはいかがかとの旨の
示唆をいただきました。


確かに、今回の他の発表にある漁業や一般の商業とは
違った生業として
ビリケン像を擁する通天閣の営業を
みてとることができます。


それなら、まだ熟したことばではありませんが、
「ビリケン観光」ではと思い立ち
「民俗宗教を商品化したビリケン観光」という
タイトルをメールで送りました。

「ビリケン観光」の営業主体は、
通天閣観光という会社です。
この会社は、実際に行われている
民俗宗教を、ビリケン像に
取り込んで成功しているのです。


メールを送りましてすぐ、
「民俗宗教」と云っても
なお漠然としていることに気づきました。
もう少し具体的に「願掛け習俗」と
改めることにしました。

ビリケン像を「撫でるしぐさ」は、
四天王寺の布袋尊像にも、ビンズル尊者にも
天神の撫で牛にもみられる習俗です。
これは願掛け習俗なのです。

そこで
「願掛け習俗を商品化したビリケン観光」に
決定したのであります。


やりとりしました「生業」となれば、
観光の民俗を
見る側の民俗としてではなく
仕掛け人の側からの民俗として
捉えてみなくては、なりません。
これがまた、おもしろいのです。


実は、この手の生業は、
通天閣観光株式会社による
「ビリケン観光」の専売特許ではありません。
昔から今に至るまで、いくらもあるのです。

次回、この手の生業について
考えてみることにします。


究会代表 田野 登

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前回、「近畿民俗学会発表タイトル変更の弁」に
長々と弁解がましく
その経緯を述べました。


今回は、なぜタイトルを
「願掛け習俗を商品化したビリケン観光 」に
決定したのかを述べます。
とりもなおさず発表での主張を
固めるために記すためです。


内容につきましては
何遍も講座・講演で話してきました
通天閣のビリケンさんに関するものですが、
学会発表に相応しく
練り直すことにしました。


まず、当初の案を挙げることにします。
①ビリケン像をめぐる民俗周辺
②ビリケンさんと民俗学
③ビリケンさんのフォークロリズム
④ビリケンさんの疑似民俗
⑤ビリケンさんの観光民俗
⑥ビリケンさんと民俗宗教
⑦ビリケン像と通天閣観光


これら10案の他、次の2案を除外しました。
①ビリケンさんの都市民俗
②ビリケンさんの民俗宗教


これら10案+除外2案を
年会事務局の方にメールで
相談を持ちかけましたところ、
「ビリケンさんと民俗学ー都市民俗学の民俗宗教ー」では
いかがですかと提案がありました。
提案のあった案をも含めて
今回採用しましたタイトルに
至るまでの
ボクの思考をたどってみることにします。


ボクの主張を確認するために
これらの採用しなかったタイトルの
その理由を述べてみることにします。


①③④は、フォークロリズムといった
民俗を装った、文化事象です。
通天閣のビリケンさんの足を撫でるしぐさの
民俗としての真偽を論じるなど
今さら、学会で発表する気になりません。


学界では、
もはやフォークロリズムをめぐる論議は
尽くされています。
この議論をしますと、
民俗の定義自体が危うくなります。
そんな危険な議論をする用意はありません。
発表では、サラッと済ませるつもりです。


「②ビリケンさんと民俗学」「⑥ビリケンさんと民俗宗教」も
いかにも、ビリケンさんが
民俗の対象とならないことを取り上げるようでいて
②では「民俗」とは何か?
⑥では「民俗宗教」とは何か?
これらを定義づけねばなりません。
労を要するわりに不毛だと気づきました。


「⑤ビリケンさんの観光民俗」
「⑦ビリケン像と通天閣観光」では
観光がらみの民俗研究となります。
このあたりに、落ち着くかと
予想しておりましたところ、

事務局の方からは
「ビリケンさんと民俗学ー都市民俗学の民俗宗教ー」は
なんと、ボクが除外しました「都市民俗(学)」が
入っているではありませんか?


ボクは、「都市民俗(学)」で学位をいただいたのですが、
「中途退学」と申し上げました。
「都市民俗(学)」の「都市」の定義が定まらぬまま
「都市」を自明の概念とみて
「都市民俗(学)」を使用していた自分が
学会発表するのは、恥ずかしいのです。
ブログでは気楽に書いていますが・・・。


学会発表するには
今少し時間がほしいのです。
もう少し回り道をしてから
「都市民俗」を論じたいのです。
今回の発表も、その回り道の
一つになるのでしょう。


以下、次回に続きます。
「生業」をめぐるやりとりから
今回決めました
「願掛け習俗を商品化したビリケン観光 」に
至るまでの過程を記します。


究会代表 田野 登

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