晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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前回、*論文「鯉に乗る神覚書」の「鯉」を
 *論文「鯉に乗る神覚書」:
 『久里』第27号、神戸女子民俗学会、2011.1、巻頭論文
ボクの間違いで、「亀」としておりました。
まずお詫びと訂正をします。


今回から、御影史学研究会名誉代表理事である
田中久夫先生から論文「鯉に乗る神覚書」の
詳細にみられる知見のおもしろさを
拙著に記しました大阪のデータを交えながら
探ってみることにします。


拙著2007年『水都大阪の民俗誌』和泉書院からの
引用は特に断りません。

論文の《はじめに》7頁に


 ●京都の人にとっての鯉は
 食物として馴染み深い魚であることは確かである


と書かれてあります。
そしてまた《二、鯉は儀式用の魚》8頁には


 ●それでも、京都では鯉は高価な魚であり、
 鯉は儀式用の魚の観がする。


とも記されており、
京都では鯉にある種の気高さ・気品を
感じていたのでしょうか?

河口に位置する大阪ではいかがでしょう?

まず、昭和初期の料亭の十八番をあげます。


 ●須磨対水「上方料理屋の特色」(『上方』24号)に、
 当時、庖丁調理の特色が廃れつつある中での
 料理屋の十八番物を記す。
 大阪でとりあげられている料理は、
 網島・鮒宗のもろこ、同地・岩国家の鯉の汁、
 浪花橋・網彦のきも吸い、
 今橋・つる家の鯛の頭の木の芽焼、
 鶴家のロース、博労町・魚利のロース、
 森吉のなまこの和らか炙り、
 伊勢屋の鶏ももと海老いも、
 高津表門・八百勘の吹寄なますである。


茶道・歌舞伎の世界で有名な日本画家・須磨対水が
9品挙げた料理うち、
もろこ、鯉の汁、きも吸い、鯛の頭の木の芽焼、
なまこの和らか炙り、吹寄なますが
魚介を調理した料理で、6品にものぼります。

そこには鯉の汁も挙げられています。
河海の幸に恵まれた大阪では、
魚料理が文化人からも評価されていたのでしょう。


遡って、近世大阪の住人の食料としての鯉は、
いかがなものでしょうか。
安政年間未刊*『摂津名所図会大成』巻之二の「川魚市場」に
鯉は記述されています。
*『摂津名所図会大成』:『浪速叢書』第7巻、1927年)


 ●川魚市場《半角割注:京橋の北詰ニあり
 佃大和田の漁師江河池沼に諸魚を漁り
 朝毎ニ持来りて市に販く其交易いと目ざまし》
 諺に云市の次第ハ鯉をもつて第一番とし
 鮒を二番とす鰻鱺を三番として
 夫より其余いろいろの川魚を売たて
 就中鼈をもつて終りとす(以下略)


鯉は、川魚市の次第の筆頭に売り立てられております。
もっとも、手近な川魚であったのでしょう。

この手近な鯉は、即席に料理もされていました。
*喜多川守貞『近世風俗志』に次の記事があります。
喜多川守貞著・宇佐見英機校訂『近世風俗志』(一)
 (岩波文庫、1996年)

 

●(京坂の鰻蒲やきの記事に続いて)
 しかも普通の料理屋とは別にて、鯉のみそしる、
 鮒の刺身等河魚を専らとし、また海魚も交へ用ふ。
 しかれども掛行燈には、必ず万川魚と記せり。
 俗にこれを号して生洲と訓ず。
 また大坂には、諸川岸に屋根舟二、三艘を並べつなぎ
 一艘にて割烹し、二、三艘あるひは一、二艘を

 客席とするものあり。
 これを船生洲とす。京都にもこれなし。


鯉をはじめとする川魚は、
近世大阪におきましては、

生け簀からから引き上げられ
即席料理として食されていたのです。


上方では、鯉は味噌汁の具材にもされますが、
生け簀に生かして蓄えられていました。
江戸、京都になくて大坂にあったのは、
川岸に係留された屋根舟の船生洲でした。


そのような大阪では身近な川魚である鯉ですが、
『摂陽見聞筆拍子』には、「鯉の昇天の事」といった
怖い記事があります。


その前に次回は、論文の《二、鯉は儀式用の魚》に
沿って、儀式に供される鯉についての、
大阪における事例を挙げて

傍証してみようと考えています。

いよいよ論文「鯉に乗る神覚書」の
醍醐味に迫ります。


究会代表 田野 登

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宇治平等院の「触れ仏」公開中です。

「触れ仏」って何?

読んで字の如しで
ホトケサンに触れて、ご利益を得ることですね。

この発想は、どこかにもありましたね。
そう通天閣のビリケンさんが有名ですね。

ビリケンさんは、ホトケサンではない?

民俗学の方法では、まず、神仏の垣根を
取り払って考えます。
「通天閣のビリケン」の人気の謎を
民俗学的思考で解明します。


昨日、11月29日(日)、
通天閣界隈を歩いて来ました。
萩ノ茶屋の居酒屋に「八福神」の看板が見えます。
早速、駆け寄りました。


写真図1 「八福神」の看板1
晴耕雨読 -田野 登-



「七福神」なら知っているけれど、
一柱多い!

写真図2 「八福神」の看板2


晴耕雨読 -田野 登-

たしかに宝船に七福神に加えて、
ビリケンさんも同乗なさっていて「八福神」です。
「神様」の数は増えるものなんです。

生ビール一杯と串カツを注文しました。
西長堀の図書館から、歩いて来た者に
とりまして、のどごしの生ビールの旨いこと!

若い店の方にビリケンとのツーショットを
お願いしました。


写真図3 ビリケンとのツーショット


晴耕雨読 -田野 登-



なかなか決まっていますね。

この界隈は、以前と比べてこざっぱりしています。
「マチは綺麗になったけど、人が出て行きました」とのこと。
それに新世界の方も、すっかり観光地になり、
客筋も変化したようです。


この日は、幸いなことに
生活保護受給日の前日とて
客が空いていまして
気易く応じていただけまして、
居酒屋「八福神」の方々には感謝します。


「八福神」なら通天閣展望台にもござる。
という訳で、通天閣に向けて歩き始めました。
ジャンジャン横丁を過ぎ、左に曲がりますと
例のお馴染みのスポットです。


写真図4 フグの大提灯からの通天閣


晴耕雨読 -田野 登-

振り返りますと「ビリケン神社」です。


写真図5 ビリケン神社


晴耕雨読 -田野 登-


この日は、賽銭を上げている人に
遭遇しませんでしたが、
先達てボクは、つい釣られて賽銭を上げて
小さくかしわ手を打ちました。
どんな願を掛けたか?
それは秘密です。


界隈を一巡りして、懸案の通天閣に着いた頃は
早や日も暮れかけていて、
この日は、通天閣エレベーター前の
係員の方に、インタビューすることにしました。


年間の入場客のピークは何月でしょう?
客筋は?
何がきっかけにビリケンさんが人気を得たのでしょう?


明日、10月1日(火)、2時エルおおさかで
観光=ツーリズムの観点を交えて
ビリケンさんの民俗について
講座で話します。
当日、受講も可能です。

連続講座のチラシは
 ↓ここをクリック

連続講座「大阪の民俗学」のご案内 2013-05-29 15:01:49



いろんな方と出会えるのを

究会代表 田野 登

楽しみにしております。
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10月の浦江塾では、
前回に引き続き、此花区の歴史を
話していただきます。
講師は、此花区民学芸員の村尾清一郎氏です。

妙寿寺住職からのご案内を載せます。
詳しくは、このはがきをご覧ください。


写真図 妙寿寺住職からのご案内



晴耕雨読 -田野 登-


参加費無料。


ご存じのように
阪神高速道路淀川左岸線が開通し、
正蓮寺川が埋められ、架かっていました橋が
消えます。
今回は、消える橋についての他、
烏の宮、北港通り、嬉ヶ崎橋、六軒家川など、
前回、触れられなかった重要スポットの
説明もあります。

六軒家川につきましては、浅田伸司氏提供の
資料も用います。


なお、前回参加者は、配布されました
「このはなお宝プレミアム」および「此花ガイドマップ」を
忘れずにご持参下さい。


どんな話になるのかボクは、楽しみにしております。

福島区、此花区以外の区に、お住まいの方の

ご参加も歓迎します。



究会代表 田野 登 

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先程、大阪府立中之島図書館所蔵の
『和漢船用集』挿絵の
掲載許可が下りましたのでブログアップします。


『和漢船用集』につきましては、
堂島の船大工にして、博覧強記なる
金沢兼光が、明和3(1766)年初版に著わした
船のエンサイクロペディアと評される書物です。

使用しましたのは、滝本誠一郎・向井鹿松編、
『産業資料体系』第11巻、中外商報社、1927年版です。


このうち、十返舎一九著、文政6(1823)年発行の
これを『萬祥廻船往来』に挙げられているものだけを
説明に用います。

思いつくままに、その一部だけブログアップします。
いずれも、大阪府立中之島図書館所蔵です。


写真図1 高瀬舟


晴耕雨読 -田野 登-


森鴎外の小説にもありましたが、
「高瀬舟」とは、河川の浅瀬を漕ぎ行く舟という説もあります。


写真図2 上荷


晴耕雨読 -田野 登-

河川の運搬に活躍した川船です。
海を渡ってきた廻船から運ばれて来た物資を積み替え
大坂市中網の目のように張りめぐらされた堀川を
漕ぎ廻りました。


写真図3 遊山船


晴耕雨読 -田野 登-

近世都市生活者にとっての遊興は
川からの眺めを
歌妓の三味線の調べに合わせて
楽しむことだったようです。

本番では、初代長谷川貞信の「浪花百景」の
錦絵も交えながらお話しします。
初代長谷川貞信の「浪花百景」は、
許可申請をしておりませんので、
残念ながらブログではお見せできません。


和船の花形は、菱垣廻船でしょう。
存外、『和漢船用集』では、そっけないものです。


写真図4 檜垣


晴耕雨読 -田野 登-

やはり順風満帆でないと、その勇姿が伝わりません。
本番では、船絵馬の図像なども交えてお話しします。

ただし、第1回目は、どこまで進めるかは、
計りかねております。
その点、ご容赦ください。


取り急ぎ、28日土曜日に向けてアップしました。

究会 田野 登

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究会「和船」セミナーは
28日土曜日7時から
福島区民センターで行います。

PowerPointは完成しました。
テキストは、これです。


写真図1 本文


晴耕雨読 -田野 登-



漢字ばかり並んでいますね。
漢文ですが、

字は固いですね。

大して崩れてませんね。
みんなルビが振られています。
変体仮名さえ読むことができれば、
すらすらと読めます。


前回も申しましたが、
変体仮名の読み方は、この際、マスターしましょう。
しかし、今回の講座は古文書入門ではありません。
総ルビ版本の講読です。

第1回目の講座は、ゆっくり進みます。
字音仮名遣いなど、なれていない方には、
最初、抵抗があるでしょうが、
傍らの漢字が読めれば見当がつきます。


講座は、PowerPointの画面に沿って展開します。
語釈には、図像を主としますが、
最初の神話伝説の舟を扱うところだけ、
『日本書紀』の本文抄出を用います。


写真図2 天磐櫲樟船・埴土之船


晴耕雨読 -田野 登-



頁右は蛭子を船で流しやる記事です。
頁左は、素戔嗚尊が埴土之船で出雲に渡る記事です。


写真図3 天鳩船


晴耕雨読 -田野 登-



大己貴神が使者を天鳩船を以て
出雲の美保が碕に派遣する記事です。


写真図4 神武天皇の船


晴耕雨読 -田野 登-



神武天皇が吉備国高嶋宮で船を装備し
いよいよ天下統一に発つところです。
この記事のすぐ後に難波碕に到り、
「浪速国」と名付ける、奔き潮(はやきなみ)に
一行は遭遇します。


あとは、本番でお話しします。
意味内容に重点を置いて説明します。

字を読むのが面倒くさい方は
気楽に図像をお楽しみ下さい。


締め切りは27日(金)じゅうです。
28日午前に資料準備をします。
飛び入りはご勘弁下さい。

会費1000円は、テキスト・資料配布時です。

お申し込みは、下記「阪俗研」アドレスまたは携帯電話
究会 代表 田野 登
―――――――
tano@folklore-osaka.org  
携帯電話 080-1418-7913

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