晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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妙寿寺住職から、9月の浦江塾の案内が届きました。
はがきの全文を以下に紹介します。


郷土誌を見直す『浦江塾』のご案内
福島区の人々は、この区が一番だと理由の無い誇り
を持っていましたが、以前に西淀川区の郷土史を知り
見識を変えざるを得なくなったことがありました。
 今回は此花区の郷土史を発表して戴きます。さらに
我々の偏った誇りが覆されそうですが、ご期待下さい。   
 日時 9月7日(土曜日)午後7時より9時迄
 場所 妙壽寺(福島区鷺洲2-15-10)駐車可
 テーマ「此花区の歴史」
      此花区郷土史研究会 村尾清一郎先生
終了後、情報交換等の雑談を行います。ご参加下さい。
『浦江塾』で発表されたい方を募っております。
以上が住職からの届いたはがきです。


以下、田野 登のコメントを書きます。
確かに、隣接する地域は、
時には利害の対立もあり、それを反映してか、
真逆の「歴史認識」を持つことがあります。


前回、ボクは、境界近くの鼠島を
福島区側からの認識で話しました。
一度、逆に此花区側の人が、
どのように認識しているのか知りたいものです。


福島区側の人は、鼠島を此花区側の人より早く、
漁場への拠点にしていた時代があったとの

記録が残されていると「認識」していますが、
此花区側の記録では、いかがでしょう。


鼠島に限らず、
此花区は、ボクにとって、近いようで遠い地区です。
是非、此花区側の人に多数、
福島区に押しかけていただきたいものです。
認識を改めるべくは、改めたいと期待しております。


もちろん、西区の方も、北区の方もお越しいただき
福島区歴史研究会の方たちと意見交換できれば
楽しいことです。

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本日、大阪あそ歩委員会から

プログラムが届きました。
プログラムの全てを4頁に分けて載せます。


その前に、代表理事から

「来春以降の印刷パンフ停止のお知らせ」の
メッセージの一部を記します。

「いままで大阪市によって財政的に

支えられてきた「大阪あそ歩」ですが、
その事業予算が見直されることになり、
私たちの活動方法も再検討が迫られています。
その結果、いままで印刷物を製作して、
みなさんに郵送で

お届けしていたパンフレットも、
来年の春のプログラムから、
製作と郵送を

停止せざるを得なくなりました」と。


今回から、参加申し込み方法が変更されています。
参加希望の方は、

必ず4頁目をご覧下さい。
ガイドをする者からしますと、
スタッフへの負担を極力避けるため、
①のインターネットの

ホームページからのお申込みをお願いしたいと思います。
今までどおり「大阪あそ歩」検索で
アクセスしていただければよいのです。


田野 登のガイドする日程は、予告どおりです。

    ↓ここをクリック

2013年秋の大阪あそ歩の日程



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写真図1 1頁目:表紙


晴耕雨読 -田野 登-



写真図2 2頁目:9月から10月15日までのカレンダー


晴耕雨読 -田野 登-



ボクがガイドしますのは、
10月8日(火)の海老江・鷺洲コースと
10月12日(土)の福島コースです。


写真図3 3頁目:10月15日から12月までのカレンダー



晴耕雨読 -田野 登-


ボクがガイドしますのは、11月16日(土)の市岡コースです。


写真図4 4頁目:参加申し込み方法


晴耕雨読 -田野 登-



なお、わからないことなど、ございましたら、
阪俗研または田野 登まで直接、お問い合わせ下さい。

「大阪あそ歩」も、他の文化事業同様、
市政の方針が変わり、試練の時を迎えています。
ふるって、ご参加いただき、為政者に対し、
心意気を示したいものです。

何はともあれ、楽しく充実したマチ歩きをしたいものです。

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いよいよ9月3日 火曜日の
エル大阪文化芸術サロン
「大阪における都市民俗」の講座が迫ってきました。

PowerPoint作成もほぼ完了しました。
95コマ中、写真は40コマ。


一部、アップしようと思いますが、
写真は知的所有権の関係で、
自分が撮ったものの他は、
撮影者・所蔵者の許可がないとアップできません。


表紙にあしらった、昭和初期大阪の歓楽街の写真など、
残念ながら、手続きの時間がありません。
講座の際、見てはいただけます。
写真撮影はできません。


最新情報として、固まったのをアップします。


写真図1 コンテンツ
晴耕雨読 -田野 登-


「4 近代大阪の都市民俗」は、金太郎飴のようなものです。
どこから切り取っても「近代大阪」なのです。
どんな論理で動いている社会を想像されますか?


写真図2 『夫婦善哉』の表紙絵表裏


晴耕雨読 -田野 登-


この絵は大阪府立中之島図書館から許可をいただいいております。
左がぜんざい屋「めおとぜんざい」、右が東隣の寄席「南地花月」です。

小説「夫婦善哉」が出てくるのは67コマ目からです。


次回は、「近代大阪」を貫徹している論理というのを
アップします。
今日の大阪も少しも変わりありません。
ただ見えにくくなっているだけです。


今週のNHKの土曜ドラマ「夫婦善哉」第2回が楽しみですね。
地蔵盆の宵の痴話話が、どのように表現されるのでしょう。


ボクの講座は

   ↓ここをクリック

連続講座「大阪の民俗学」のご案内


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待望のNHKの土曜ドラマ「夫婦善哉」が始まりました。

原作にない味が出ております。

道頓堀界隈の賑わい。
その中にジャズ・トランペットの音色。
それに大道の三味線弾き。
何でもありの近代都市・大阪が表現されています。
華やいだ街角に翳りが感じられるのです。
原作に乏しいモダン都市大阪の相貌がちらつきます。


最初の場面は、道頓堀の華やぎから一転して
原作と同じく、蝶子の実家の
天麩羅屋から始まります。
貧しくても、めげることなく、
したたかに生きる家族が表現されています。
原作、テレビドラマとは別に
本ブログでは、ここまでを序言とします。


目を柳吉・蝶子に向けてみます。
柳吉役のそっけなさ、すげない表情に、クールでニヒルな感じが漂います。
その割に、原作・柳吉に感じた屈折やくぐもった凄さが感じられません。
原作の柳吉に感じた灰汁が抜かれているのは、いささか拍子抜けです。

蝶子への愛情表現も、こんなもんなのでしょうか。


大阪のボンボンがチャラチャラするのも可笑しいですもんね。
原作にあった緊張した時の吃音を差し控えた分、
どこかで原作柳吉に感じた「彫りの深さ」を示してほしいものです。
てて親からから勘当を言い渡された場面など、あんなものでしょうか?


いったい、この男の「過去」には何があったというのでしょう。
原作からは、柳吉の生いたちを知ることはむつかしい。
ドラマは、この先も、「過去」を語らないことでしょう。
きっと「過去」など、どうでもよいことなのでしょう。


写真図1 「夫婦善哉」創元社本表紙
     大阪府立中之島図書館所蔵


晴耕雨読 -田野 登-


いっぽうの蝶子の情の濃さは、どうでしょう。
これの方は、抑え気味に演じられていてよろしい。
これから先、度重なる柳吉の裏切りが控えているだけに
蝶子の心の乱れが見物です。

それでも、例の玉子入りカレーを、一人、口にしたあとの
金を使い込んだ柳吉をたたきのめす痴話げんかは、
これから先の二人を予見させます。
そこで第1話は終わりました。


舞台は大阪の近代です。
「近代」とは、どのような時代だったのでしょうか?
現代に生きる者は、「近代」を、どのように表現するのか、
興味津々です。


ボクの講座「大阪の都市民俗」は、
「食」の近代に焦点を当てて話します。

「夫婦善哉」をとろみとして味付けをします。
講座「大阪の都市民俗」
   ↓ここをクリック

連続講座「大阪の民俗学」のご案内


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8月23日、大阪市福島区の地蔵盆に
地蔵盆ナイトツアーを実施しました。

新福島駅で6時集合ということで、
大急ぎで駆けつけました。


新福島駅界隈も
ボクが子供の頃は、国道2号線が
今よりも狭く、拡幅工事で
すっかり、昔の路地が消えたかと思いきや
国道を南に入ると路地は昔のままでした。
お地蔵さんもご健在でした。

延命地蔵(福島3)と云われるお地蔵さんです。


紅提灯が吊られています。


「路地狭う提灯吊るや地蔵盆」の世界です。


オンカカビサンマエイソワカを3遍唱えお参りしました。
お世話なさっておられる方に尋ねましたところ、
住民の数は減り、
特に子供は、すっかりいなくなったと嘆いておられました。
昔は、この路地でも踊っていたともおっしゃいます。


路地を抜け、東を向きますと
また紅提灯がともっています。
光明地蔵(福島2)と云われるお地蔵さんです。


あらかじめ、尋ねましたところ、
「町内の大工さんが寝屋川の川床からいただいて来た」とのこと。
「お地蔵さんは、川でじっと、行をなさっておられた」とも。
さぞ、お地蔵さんは、町内で祀られて喜んでおられるでしょうと
お応えしておきました。

このお地蔵さんは、ふだんは、長屋の奥の目立たない
民家の軒下に祀られています。
地蔵盆の時は、たくさんのお参りがされますように、
表にお出ましになられるのです。


写真図1 光明地蔵(福島2)に集まる子供たち
晴耕雨読 -田野 登-


ここはまた、たくさんのお子たちが集まっていました。
お下がりをいただく時間なのです。
ここでも、また昔は踊っていたと聞きます。
地蔵盆の夜ともなれば、ほうぼうで踊っていたのです。
これからの阪俗研による調査が期待できます。


国道を渡って、北側に、昔、「大阪トヨペット」の営業所がありました。
今もトヨタの店があります。
その営業所の奥の突き当たりにお地蔵さん(福島5)が祀られています。
しかし、提灯がともっていませんでした。
守衛の方に尋ねようとしましたが、うまく通じませんでした。
お花は真新しいのが供えられています。

写真図2 トヨタ営業所の奥のお地蔵さん


晴耕雨読 -田野 登-

どなたかのお参りは、あるのです。
阪俗研の調査は、どこのどなたがお世話なさっているのかを
突き止めることから始めねばなりません。


トヨタの裏手に、昔、羅漢さんの公園といっていた公園があります。
公園の裏手の長屋奥にも、お地蔵さん(福島5)が祀られています。
長屋を突き抜けようとしましたところ、
制止されました。
町内の世話をなさっている方です。
今、お寺さんのお参りの最中とて、ぐるっと廻って下さいとのこと。
公園の方に行きますと、ここもお子たちが
長い列をつくって順番を待っていました。

お寺さんは、どなたなのか尋ねましたところ、
光智院さん(福島5)とのこと。
ああ、懐かしや懐かしや。
ボクが子供時代、地蔵盆ともなれば、
光智院さんの本堂で百萬遍念珠(数珠繰り)をしに参ったものです。
あとのお下がりが楽しみでした。
20年前の調査に参った時にも、行われていましたが、
今はなさらないとのこと。
これまた、阪俗研の調査でその事情を尋ねてもらいたいものです。

ここのお地蔵さんでも、
お子たちがお地蔵さんにアンをするのを拝見できました。
大人たちが子供たちに、お下がりをいただく前に
拝礼することを教えているのです。
これは、学校では教えないことです。

写真図3 お地蔵さんに拝礼


晴耕雨読 -田野 登-


鷺洲の聖天さん(鷺洲2。了徳院)の地蔵盆踊りを

目当てにツアーを組んだのですが、
すっかり8時頃になり、急ぎ足で福島聖天通りを抜けようとしたのですが、
ハナキンは「うれてもうらない」商店街の催しのある宵です。
「売れても占い」商店街ということで、
この商店街では、毎週金曜日には、占い師が立ちます。
しかも、夏のイベントと重なり、たいへんな賑わいでした。

写真図4 福島聖天通りの賑わい


晴耕雨読 -田野 登-

ようやく聖天さんに着いた時は、みなさん踊ってました。
本堂にお賽銭を上げ、本部席のお歴々にご挨拶し、
少しばかり、接待していただいておりましたところ、
天気予報のとおり、雨がポツポツ降り始めましたので
引き上げることにしました。
また、来年でも参りたいものです。

途中参加を入れて8名のツアーでした。

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