晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。

「阪俗研便り」希望者受付
大阪民俗学研究会では、講演、マチ歩き情報満載の「阪俗研便り」配信の登録を受け付けています。
ご希望の方は、氏名、電話番号をお書き添えの上、tano@folklore-osaka.org
まで、直接メールいただきますようお願いします。毎週無料でメール配信します。 田野 登


テーマ:

『大阪春秋』170号の特集は
*一枚地図の無い村です。

  *(注)千早赤阪村まちづくり観光課から

    「千早赤阪村周辺地図」が

    ブログアップ直後に送られてきました。

特集のタイトルは
「千早赤阪-大阪唯一の村」です。

 

今号の表紙は、
棚田での早乙女の田植えです。
写真図1 棚田での早乙女の田植え

「千早赤阪-大阪唯一の村」特集は、
まず村長さんのインタビュー記事から
読まれるのも一興。
副題は
「感激をお金にかえる千早赤阪村の野望」で、
棚田を見ての感激を
如何にしてお金にかえるかの大事も述べています。

 

その千早赤阪には、
名所・旧跡が散在しているのですが、
*役場に問い合わせても
「千早赤阪村」全体を版図とする一枚地図は
無いようです。

 *(注)のとおりで、

  「千早赤阪村周辺地図」の読図を

  ブログアップするつもりです。

勿体ない限りです。

 

それを繋げるのが『大阪春秋』です。

中島大侑「大阪府内唯一の過疎地域
  ~過疎脱却をめざして~」の
「千早赤阪村都市計画図」
「表 地域公共交通」なんぞ
一枚地図と云えなくもありません。

 

和泉大樹「地域資源考
 ─地域は楠木ゆかりの史跡とどう向き合うか」に
述べられているように、
今後の可能性を孕む、観光途上の空間のようです。

若干の記事を挙げましょう。

 

吉光貴裕「千早赤阪村の文化遺産」には、
言い伝え等の伝承で残る
古墳、城跡、古塚を載せています。
神様の声を聴きに行きたくなる「不本見山」など
パワースポットにもなりそうな神奈備山です。

 

北浦秀明「金剛山と山上の施設・四季」は、
金剛山を取り上げ
「信仰の対象から登山の対象へ」として、
歴史ある寺社による年中行事のほか、
山の自然を生かしたイベントなど、
新しい趣向を綴っています。

 

伏井信之「大阪府民の森ちはや園地」の

 ネイチャーウォッチング」は
金剛山の星空と自然を紹介する
「ちはや星と自然のミュージアム」の活動を取り上げ、
住民参加の観光を通じて
生きがいのある地域づくりと
農林業の振興を目指すも
道半ばと述べられています。

 

「村で暮らそう
 「 なんにもない」の魅力を発信する
  ちはやあかさかくらすの挑戦」中
囲い込み記事の田中力哉「私の村民脱出計画」は
昔ながらの伝統や
おばあちゃんの生活の知恵袋を挙げ、
“辺鄙が最先端”と
現代の都市生活で忘れかけている何かを
思い起こさせるエッセイです。

などなど編集の都合で取り上げられなかったけれど、
一枚地図の無い村「千早赤阪」を
熱っぽく、あるいは資料性ふんだんに
論じる記事が盛りだくさんあります。

 

写真図2 170号「千早赤阪-大阪唯一の村」チラシ

いつもの『大阪春秋』編集の
何でもありの妙を
堪能してください。
お買い求めは、
お近くの書店で注文するも良しです。

 

究会代表
 『大阪春秋』編集委員
 大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 


テーマ:

阪俗研会友でもある、
難波宮と大阪・熊野街道連絡協議会事務局の
島田浩三さんからのご依頼で
「やじきた浪花の旅」を話します。

 

今朝方から久々に
十返舎一九『東海道中膝栗毛』八編上中下を
小学館日本古典文学全集で
通して読みました。


講演の副題は「近世大阪の都市民俗」です。

今や学界では「都市民俗」という領域が
忘れ去られた感がします。
近世にあって三都および城下町は
周辺の農村とは一線を画す空間でありました。
弥次喜多が
高津社の高殿の遠眼鏡で
眺めたモノは、いったい何だったのでしょう。
写真図 「やじきた浪花の旅」表紙

弥次喜多を待っていたのは
遠眼鏡の触れ込みであった。
あまり上品ではないが、
市井の暮らしの細部までが
覗き見ることができると
触れ込んでいる。
◆遠眼鏡の言ひ立て
 「サア見なされ、見なされ。
 大阪の町々蟻の這ふまで見へわたる。
 近くは
 道頓堀の人群聚、
 あの中に坊さまが何人ある。
 お年寄りに、お若い衆、
 お顔の*みつちやが何ぼある。
  *みつちや:あばた

 

高津社から道頓堀の芝居町を
ご両人は眺めております。
この歓楽街には
さまざまな人たちが蝟集していました。
その空間は
人の気をそそる巷でした。

 

◆・・・まだまだ不思議は、
 此の眼鏡をお耳にあてると、
 芝居役者の声色、
 つけ拍子木の
 かたりかたり、
 残らず聞こへて見たも同然。
 お鼻を寄すれば、
 大庄の鰻の匂ひ、
 ふんぶんとあがつたも同然。
 ただの四文では
 見るがお得じや。
 千里一目の遠眼鏡
 これじやこれじや。・・・

 

 「かたりかたり」とは
舞台裏の効果音です。
役者の立ち回りや駆け足が聞こえてきます。
食欲をそそる鰻を焼く匂い・・・。

近世の大阪人の暮らしぶりを
江戸っ子を弥次喜多の失敗談をとおして
相対化して見つめます。
彼らにとって大阪の習俗は
異文化であったはずです。

 

コンテンツは以下のとおりです。
 1 はじめに
 2 やじきた『道中膝栗毛』浪花の世界
 3 装いの不思議
 4 不思議な食い物
 5 住まいの不思議
 6 生業の不思議
 7 むすび

 

当時の暮らしぶりを解くのに
三都の習俗を記録した
喜田川守貞『守貞謾稿』(『近世風俗志』)を援用します。

はたして、そこから「都市民俗」が
再構築される可能性が見出せるか否かは
ボクのプレゼンテーション能力に
掛かっています。

申込み締切は本日消印有効です。
    ↓ここをクリック
https://ameblo.jp/tanonoboru/entry-12367485217.html

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 


テーマ:

阪俗研会友でもある、
難波宮と大阪・熊野街道連絡協議会事務局の
島田浩三さんからのご依頼で
「やじきた浪花の旅」を話します。


2014年の秋、阪俗研セミナーで話した
「弥次喜多道中の都市民俗」を
リニュアルして臨みます。

写真図1 「やじきた浪花の旅」表紙

やじきた浪花の旅
~近世大阪の都市民俗~
難波宮と大阪・熊野街道連絡協議会講演
2018年4月28日(土)pm2:00
阿倍野区民センター
大阪民俗学研究会代表 田野 登

 

表紙の背景に使った挿絵は
大阪府立中之島図書館所蔵の
『滑稽膝栗毛』です。
近世後期から
近代初頭にかけて
十返舎一九『東海道中膝栗毛』になぞらえて、
いくつもの道中記が書かれます。

その一つの『滑稽膝栗毛』は
奥付には「東海道中」を冠して
「東海道中滑稽膝栗毛」とあります。

 

「発起 栃面屋 弥次郎兵衛
 講元 神田八丁目
    栃面屋 喜多八
 世話人 諸国本屋仲
     同 板元」とあります。
講元なんぞ、ふざけた名前ですね。
出版年月日は記載されていません。

 

どうも怪しげな版本ですが、
これには一九の『東海道中膝栗毛』の挿絵にない
場面が描かれています。
『滑稽膝栗毛』の挿絵には、
髙津社から遠目で
道頓堀界隈を覗く
弥次喜多が描かれています。

「高き屋に登りて見れば」と来れば
仁徳天皇の国見歌ですが、
ご両人は、はたして
浪花の如何なる
国ぶりを眺めたのでしょうか?
たっぷり「近世大阪の都市民俗」を
画像を駆使してお話しします。

 

島田さんたちの一連の企画は、
弥次・喜多珍道中を
追体験する趣向のようです。
写真図2 「なにわの弥次・喜多珍道中」のチラシ

 

主催・宛先・問い合わせ先
事務局 島田宛(06-6309-3590)まで。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 


テーマ:

昨日2018年4月7日、
大阪あそ歩で市岡界隈を歩きました。
参加者は会友の桧垣宏之さん一人でした。
桧垣さんはリピーターというより
この界隈の情報提供者です。


これ幸いと
一緒にマチの変化の調査しました。

弁天埠頭ターミナルビルの変化です。
現在も港名品店協同組合が
同ビルの中央部にしっかりと
営業を続けていますものの、
東側の加藤汽船の待合所跡が
向かいの旅館の駐車場となったのに続き、
西側の関西汽船の待合所跡は、
トラック駐車場となりました。

 

今まで注視していた
大阪案内板もなくなっているのを
今回、確認しました。
2013年春撮影した場所と見比べます。
写真図1 2013年春撮影の弁天埠頭ターミナルビル

この頃はまだ、加藤汽船
関西汽船の待合所のあった建物が残っていました。
その間に2基の信号があり、
関西汽船の庇の右下(東側)に郵便ポスト、
その右に
大阪案内板が見えます。
左が赤茶け、右がブルーの傾いた板です。

 

それには次の記述がありました。
以下、
本ブログ《弁天埠頭の気になる大阪案内:2015-04-02 10:32:49》
  ↓ここをクリック
https://ameblo.jp/tanonoboru/entry-12009223523.html

◇     大阪
  大阪はその昔、“難波津”とも呼ばれ、
  古くから繁栄した庶民の町であり、
  また産業都市として
 東京と並び、
  文字通り日本の心臓部を占めている。
  面積約203㎢、人口304万(昼間人口400万)
 最新式の設備と生産方式をもつ
 各種の工場が点在する。
  林立する高層ビル、
  縦横に走る高速道路線、地下鉄網は
 新しい大阪を象徴し
 庶民的で柔らかいムードの中に
 たくましい生活力のあふれている都市である。

 「庶民的で柔らかいムードの中に
 たくましい生活力のあふれている都市」と
  あります。

 

 「人口304万」は
昭和40(1965)年から昭和45(1970)年の間と
推定します。
この推定は
「第1章 人口の推移-大阪市」の
図表の読図によります。
www.city.osaka.lg.jp/toshikeikaku/cmsfiles/contents

万国博が開かれたのは昭和45(1970)年で、
案内板の文章は
この時代の大阪を表現したものです。

 

今回、
この弁天埠頭ターミナルビルが
大きく変化しているのをまのあたりに見ました。
写真図2 弁天埠頭ターミナルビル

2基の信号の背景にあったビルは無くなり
歩道にはフェンスが張られ、
懸案の大阪案内板は見えません。

 

大阪港開港150年の今年ですが、
1995年2月で以て
*「発着する定期航路が廃止」された
弁天埠頭が一段と姿を変えてゆくのを
哀惜の思いで確認しました。
  *「発着する定期航路が廃止」:
   ja.wikipedia.org/wiki/関西汽船
   最終更新 2017年12月25日 (月) 02:31

 

磯路の桜通りは
すっかり昨夜来の風雨で
花を散らしていました。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 


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「弁天埠頭の今」を案内します。
大阪あそ歩で4月7日(土)に実施します。
磯路の桜通りも最早、葉桜でしょう。
参加者がいなければ
中止にするところ、
実施することになりました。

 

「弁天埠頭の今」の写真をピックアップしました。
写真図1 元の加藤汽船の待合所

元の加藤汽船の待合所の場所は、
旅館のお客さんの駐車場になっています。
「旅館のお客さん」は長距離観光バスの
運転手さんのようです。
弁天埠頭並びの旅館は健在です。

 

弁天埠頭は
神戸で震災のあった1995年に
定期便が廃止され、
とっくに無くなっているのですが、
名残は今もあります。
これを探るの一興です。


写真図2 バス停留所「弁天ふ頭」

場所は移動していますが、
バス停留所「弁天ふ頭」はあります。
この4月から大阪シティバスに引き継がれました。

 

いっぽう、目を転じて
安治川内港から前方の対岸を窺いました。
USJのホテル群が林立しています。
写真図3 安治川内港から前方の対岸

USJ観客の歓声は聞こえないまでも、
好対照な光景が想像されます。

 

そんな変わりゆく「弁天埠頭」の今昔を
このたび、フリーライターの木村貴由子さんが
『大阪春秋』に連載することになりました。
第1回は
第170号、2018年春号に掲載されました。
「弁天埠頭ものがたり
 -女神が見つめた50年」
《第1章 降臨!満を持して》です。

 

1965(昭和40)年7月1日、
安治川内港の旅客船ターミナルとして開業した
弁天埠頭は何も「大阪万博に備えて」の
施設ではなかったようです。
「大阪市の復興は港から」のスローガンのもと
遂行された一大プロジェクトの
集大成だったのです。

 

「大阪港よ、甦れ!」に始まり
「女神のデビューは華やかに」
「商人パワー結集!港名品店協同組合」
「別府航路の黄金時代」と
見出しは連なります。

 

4月7日(土)当日は、
懐かしの別府航路の写真、
“瀬戸内海の女王”と謳われた
観光船の優美な船体などの写真を
ご覧に入れながらガイドします。

もちろん磯路の桜通りを経て、
市岡パラダイスの
ちょっと怖い都市伝説も
お話しします。

 

大阪あそ歩「市岡安治川コース」の
詳細、お申し込みは
  ↓ここをクリック
https://www.osaka-asobo.jp/course154.html

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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