戦車のブログ

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札幌は夏へ逆戻りしたかのように暑くなりました。

 

暑い・・・夜は涼しい・・・寒暖差がありますね。

 

札幌はオスプレイの飛行反対のデモが行われました。

 

 

オスプレイの反対に熱心な人達に聴きたい、今は北朝鮮のミサイルの脅威もあるのになぜ北朝鮮への抗議のデモや集会はしないのか?

 

 

 

オスプレイ反対デモはしても日本の領土領海を侵犯し「戦争」を起こそうとする支那共産党へのデモはなぜしないのか?

 

反日的活動をして戦争を誘発せんとする国に対してなぜ抗議集会やデモで抗議しないのか?

 

つまりオスプレイがあると困る人達や国のためにでもや抗議をしているのであって、オスプレイが落ちるとか危険なんだと煽っているだけなんじゃないのか?

 

 

暑い日に夏季休暇返上で日米共同訓練をしている自衛隊・米軍の足を引っ張ることが何を意味するのか?

 

日本に仇なす国は喜んでも真の日本人には決して良くない。

 

これだけ国際情勢が危険な事態になっているのに理解できないという日本人は気の毒だが、そういう勢力に取り込まれてしまっている愚か者だね。

 

それにしても韓国人と左翼は昔からデモ好きだね。

 

デモ好きな人の正体って本当は・・・・・・・・・。

 

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悲しい事故だ。

 

しかし、事故原因の究明としっかり調べ公表し後々までこういう悲劇が起こらないように出来るかは事故を教訓、戦訓として伝えることが大事なのだから。

 

 

以下産経ニュースより転載

 

 

 

静岡県・伊豆半島沖で6月、米イージス艦とコンテナ船が衝突し米兵7人が死亡した事故で、米海軍高官は17日、記者団に「ある時点で明らかに艦橋部からの警戒監視に怠りがあった」と米艦側の過失を認めた。

 

海軍は同日、イージス艦の艦長ら十数人の乗組員を処分すると発表した。

 

海軍高官によると、衝突原因の調査は現在も続いている。

 

艦長を含む同艦幹部3人については、統率能力に関して疑義が生じたことを処分理由としている。

 

 

調査を指揮するアーコイン第7艦隊司令官は日本時間18日に3人の更迭を決定。

 

 

軍法会議にかけられるかどうかは明らかではない。

 

 

 海軍が17日に公表した報告書によると、イージス艦とフィリピン船籍のコンテナ船は6月17日午前1時半ごろ、伊豆半島・石廊崎の沖合で衝突した。

 

 

当時、海は穏やかで月も明るく、視界に問題はなかった。

 

 

イージス艦は誘導灯のみをつけて夜間航行していた。

 

 

(産経ニュース)

 

 

 

戦時でもないのにコンテナ船に衝突されて犠牲者を出した過失は指揮官として処罰されるべきことである。

 

それくらいしないと責任感もない出世だけしたい指揮官が現れるかも知れない。

 

韓国じゃ転覆した船から真っ先に逃げ出す船長、船員がいたからね。

 

「あり得ない!」じゃなくあり得るのだから。

 

 

 

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こういうのを見ると悲しくなるね・・・・・。

 

日本でも一輌くらい占守島から里帰りさせてやりたいね。

 

このままだとロシア本国に士魂の戦車が全て持ち去られるよ。

 

以下産経ニュースより転載

 

 

 

 日本の太平洋戦争降伏後の1945年8月18日に旧ソ連軍が千島列島北東端のシュムシュ島(占守島)を急襲し、武装解除中の旧日本軍守備隊と交戦してから18日で72年。

 

 

ロシアでは近年、両国兵士の遺骨や兵器の残骸などを回収する活動が地道に続き、旧日本軍の戦車の展示も相次ぐ。

 

強調されるのは戦後の戦闘の悲劇よりも軍国主義国家、日本に対する勝利だ。

 

 

 

 占守島の旧日本軍の戦車はモスクワ市内の勝利公園で1990年代から展示され、現在は九七式中戦車と九五式軽戦車が計5両ある。

 

 

サハリン州ユジノサハリンスクの博物館でも2010年から九五式1両を、モスクワ郊外の軍備展示公園「パトリオット」では15年に島で見つかった九七式と九五式各1両が昨年から展示されている。(モスクワ共同)

 

 

 

 

占守島から士魂の戦車が無くなる前になとかしたいものだ。

 

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台湾は親日というけれど大陸の親支那共産党主義者だっているし、南京大虐殺の証拠とされる捏造された軍刀を「国軍歴史文物館」で展示していたりする一面もあることは知っておいた方がいい。

 

 

以下産経ニュースより転載

 

 

 

【台北=田中靖人】台北市内にある台湾の総統府で18日午前10時15分ごろ、刃物を持った50代の無職の男が侵入を試み、警備の憲兵に切りつけた。

 

憲兵は首や手などにけがを負ったが命に別条はない。

 

 

男はその場で拘束された。刃物は近くの「国軍歴史文物館」から盗んだ旧日本軍の軍刀で、かばんから中国の国旗や中台統一を求める「遺書」が見つかった。

 

 

 

 男は直前に文物館から軍刀を盗み、総統府に向かった。

 

 

軍刀は柄と刀身の間の切羽部分に「南京の役 殺一〇七人」と刻まれており、1937(昭和12)年の南京攻略戦の「百人斬り」の“証拠品”として展示されていた。

 

 

台湾メディアの一部は軍刀の由来に注目しているが、文物館のサイトには「九八式軍刀」との説明書きがある。

 

 

事実であれば九八式の制式化は昭和13年のため、偽物の可能性が高い。

 

 

(産経ニュース)

 

 

台湾にも支那人が多くいる。

 

台湾の人に以前言われたことがある。

 

台湾人と呼んで欲しい中国人と一緒にしないでと。

 

つまり、大陸の支那人とは違うのだということだ。

 

それでも最近、台湾内で日本縁の物を破壊する事案も起きている。

 

台湾にも支那と統一することを望む台湾人がいるということなのだろうか?

 

 

 

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18日は占守島戦が起きた日でしたが、北海道はオスプレイの話題でもちきりでした。

 

天気も良くて空を眺めていましたがオスプレイは見られませんでした。

 

ニュースで恵庭市民にインタビューするも「大賛成だよ大いにやってくれ!」というおっちゃんがいて大笑いしてしまいましたね。

 

恵庭市は3つの陸上自衛隊駐屯地がある街で自衛隊城下町ですからね。

 

 

それでも反対意見を探していたのでしょうラジオを聞いていたらオスプレイ反対の意見ばかり・・・やらせでしょうね。

 

それかそういう意見しか放送しない。

 

「大賛成ですね大いにやってくれ」っていう意見も間違いなくあるのに変な話だよ。

 

恵庭市でオスプレイ反対って主張する人って・・・・・・。

 

自衛隊関係者が圧倒的に多い街だからね。

 

しかし、テレビの報道や新聞に書かれていることが正しい情報で間違いないかと言えば全くの嘘だよね。

 

 

 

「大賛成」という意見が多くても「反対」だという意見しか残さなければ「オスプレイ反対ばかりだった」なんて後世の人達はみんなそう思うよ。

 

つまり証言を語った、記録を残した者の「歴史」となってゆくのだ。

 

 

占守島での戦闘が起きて72年。

 

 

ここ10年くらいで占守島の戦闘も知られるようになったけれどそれ以前はほとんど知られていなかった。

 

ブログで取り上げた小田英孝陸軍伍長のような少年兵より後備役の老兵が占守島に多かったのも原因だろう。

 

元々年配者が多く、多くを語らないままに亡くなっているからね。

 

ただ補充兵じゃなく歴戦の兵が多かったのもソ連軍をさんざんに懲らしめることが出来た要因でもある。

 

証言者がいなくなるともう忘却の彼方の歴史の一ページとなってしまう。

 

そうなると歴史を残した証言者の記録がそのまま「正史」となり後世に語り継がれることになる。

 

戦死者は何も語ることはできないから生き残った者の歴史になるのだ。

 

我々の世代だって今の日本の現状をちゃんと記録して後世に残す必要がある。

 

 

戦争体験じゃなくても平時には平時の戦いの記録があるのだから。

 

テレビや新聞の偏向報道だけが記録じゃないし歴史になる訳じゃない。

 

我々は我々の歴史を残そう、そうしなければ日本の歴史は反日左翼の歴史になってしまうからね。

 

 

オスプレイに「士魂」の「士」のマーキングが・・・・。

 

十一旅団と演習するから気を使ったのかな?

 

こういうのはいいね。

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このニュース北海道ではライブ映像でやってたよ。

 

なんか悪いものでも来たかのようにさ・・・。

 

でも恵庭市民のインタビューはさすがに自衛隊の街だね。

 

賛成の声しかなかったよププ━(〃>З<)━ッッ!!!

 

反日新聞やテレビ局はそれでも嘘を垂れ流しするんだろうけど・・・。

 

以下産経ニュースより転載

 

 

 

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)所属の新型輸送機オスプレイが18日、北海道で10日から実施されている陸上自衛隊と米海兵隊の共同訓練に参加し、報道関係者に公開された。

 

 

5日のオーストラリア沖での墜落事故後、オスプレイが日米共同訓練に参加するのは初めて。

 

 

事故前の計画では、訓練初日から参加予定だった。

 東北防衛局などによると、18日午前10時40分すぎから、オスプレイ2機が訓練中の拠点となる青森県三沢市の米軍三沢基地を順次離陸。

 

 

1機目が11時半ごろ、北海道大演習場(恵庭市など)に到着した。

 

 

 陸自北部方面総監部によると、共同訓練には陸自側約1300人、米軍側約2千人が参加し、北海道大演習場や上富良野演習場などで28日まで実施する。

 

 

防衛省関係者によると、オスプレイの夜間飛行も計画されている。

 

 

(産経ニュース)

 

 

オスプレイが到着する映像は物凄い土埃が舞っていた。

 

画像のような感じじゃなく土埃でオスプレイが見えない状態だったよ。

 

この北大演は戦車や重車輌で細かくパウダー状になった土になっているので土埃が凄まじいのところなのです。

 

雨が降ったらドロドロだし・・・。

 

そんな中で演習しているのです。

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この問題は深刻である。

 

数年前には帰化した支那人が少年工科学校(現・少年高等工科学校)に入校し防大へ進み優秀な成績で卒業したという話もある。

 

防大在校中に同期生に盛んに共産主義の研究に誘ったり休暇には「中国へ行こう」と誘っていたというのだ。

 

外国人と結婚するという意味が自衛官には意外と危機管理もなく多いというのは残念な話だ。

 

 

以下選択出版(株)より転載

 

 

 

中国人を筆頭に外国人の親を持つ日本国籍の自衛隊員、異国の血脈を受け継ぐ配偶者や内縁の妻と暮らす自衛隊員の急増している――。

 

 

俄かには信じがたいが事態はすでに深刻化しており、自衛隊はスパイ行為の可能性に危機感を強め、親や配偶者の国籍を報告させているが、あくまでも自主申告。

 

 

二〇一三年に報じられたデータによれば、二十万人を超える自衛隊員のうち、総計で八百人の隊員の配偶者が外国人で、このうち七割弱を中国人が占めた。

 

 

しかしある防衛省OBは「(この数字は)実態を反映していない」と語る。

 

 

 

 二〇〇七年一月、神奈川県横須賀市の海上自衛隊第一護衛隊群に所属する二等海曹がイージス艦情報を含む「特別防衛秘密」を持ち出し、自宅のフロッピーディスクと大容量のハードディスクに保存。

 

 

その妻が中国人で不法滞在者だったことが発覚の端緒となり、神奈川県警と海自警務隊が捜索を行うという事件があった。

 

 

 

 この事件後、防衛省・自衛隊はすべての隊員に定期的な身上調査で、これまで名前だけだった配偶者の国籍も明記するよう変更した。

 

 

そして特に中国人と結婚した隊員は「暗黙の了解」で防衛機密と全く関係のない任務にしか就けないようになった。

 

 

ただこれも自主申告であり「隊員が情報関係の任務を希望する場合、虚偽の報告をする可能性は捨て切れていない」(自衛隊OB)。

 

 

また、内縁の妻が外国人のケースは調査から漏れる。

 

 

 防衛省・自衛隊にとって盲点になっているのは、インテリジェンスを担う情報本部の専門職員の採用と、幹部隊員を養成する防衛大学校の入学生。

 

 

ここに親が中国籍の人間が潜入しているといい、日本の防衛機密は危機に瀕している。

 


選択出版(株)

 

 

ハニートラップに引っかかった話なんて珍しくないくらい海自の隊員は甘いと以前聞いた。

 

国際結婚するのにも反日教育を受けた支那人と結婚すること自体おかしいと思うのだが。

 

支那では「一人っ子政策」で男子と女子の産み分けもあって女性が異常に少ないのだ。

 

そんな支那人女性がわざわざ日本人のしかも海上自衛官と結婚する違和感を考えたらもう「スパイ」という警戒感くらい持っていなくてどうする。

 

私なら幾らでもハニートラップを引き受けると何度も言っているのに10人でも20人でもかかってきなさい。

 

でも一行に来ないな・・・・・、私に怖れをなしたな!支那人め!!(*’艸3`):;*。 プッ

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8月18日はソ連軍が昭和20年8月18日未明に北千島の北端にある占守島へ上陸し占守島で日本軍と終戦後に戦端が開かれ戦闘が行われた日である。

 

その占守島へ今年民間の慰霊団が慰霊祭を行った。

 

72年目の今日、占守島で戦った少年戦車兵の証言を紹介する。

 

 

以下相原秀起著『一九四五 占守島の真実』(PHP新書)より抜粋

 

 

 

小田英孝陸軍伍長(旧陸軍元少年戦車兵出身)は戦車前方の車載機関銃を握っていた。

 

だが、周囲は低木のハンノキやハイマツが茂り、小さな覗き窓から前を確認しようとしたが、木々の枝が視界を遮り、何も見えなかった。

 

 

併走しているはずの第四中隊の他の戦車の位置もまったくわからなかった。

 

97式車載重機関銃は20発入り箱弾倉(カートリッジ)を使用する。

 

撃発機構は単、連発を手加減で行う引金式を採用し、引き金を引きっぱなしにすると連射が可能だった。

 

ところが、1回に発射する弾数を多くすると、照準線が乱れて次第に弾は狙いを大きくずれるという欠点があった。

 

連続発射の限度は約300発とされ、それ以上の連続発射は銃身が過熱して焼けつく危険性もあった。

 

 

このため、銃手は引き金を一度絞っては離し、一度に3~5発ずつ発射する「点射」を心がけた。

 

 

伊藤は「弾薬は豊富にある。万一、戦闘になったら弾薬のことは遠慮せずに撃ちまくれ」と常に訓示していた。

 

 

機関銃弾のカートリッジ75個は機銃の近くに並んで差し込まれ、床下に置かれたものも含めて、機銃弾の総数は約4000発にも達した。

 

 

小田にとっては初の実戦だったが、不安は感じなかった。戦車帽をしっかりとかぶった。

 

 

戦車第11連隊にとって初めての本格的な戦闘が、当初の「仮想敵国」のソ連軍と満洲の平原ではなく、この北千島で相対することになったのも運命のいたずらと言えた。

 

 

小田からはハンノキが遮って前が何も見えなかったが、一段高い砲塔にいた車長兼砲手の宮沢は周囲が良く見えた。

 

 

軽戦車の車長には座席はなく、立ったまま指揮を執り、肩から上を砲塔のハッチから出して周囲をうかがい、操縦手の金谷に向かう方向を指示した。

 

 

言葉だけでは騒音で聞き取れないため、右に旋回する場合は操縦手の右肩を足先で蹴り、左旋回は左肩を蹴った。

 

 

急停止は後頭部を小突くのが合図だった。

 

 

現在の戦車のような防音対策などもなく、小さな戦車内の3分の2はエンジンが占拠していた。

 

 

操縦手の左右には、現在の自動車のサイドブレーキのようなレバーがあり、「操向制動連動機」と呼ばれ、レバーはクラッチとブレーキに連結されていた。

 

 

手前に半分だけ引くと半クラッチ状態となり、さらに引くとブレーキが掛る。

 

 

左右それぞれが、左と右のキャタピラを制御しており、例えば右のレバーだけをいっぱいに引くと、左側のキャタピラだけが駆動するため、戦車は右旋回した。

 

 

軽戦車は通常の道を走るだけならば、操縦は難しくなかったが、戦闘中の操縦は高度の技術を要した。

 

 

敵の砲弾を回避しながら、自車から発射する砲弾の命中率を高めるために安定走行をしなければならないからだ。

 

 

 

宮沢は中隊を代表する射撃の名手だった。

 

 

37ミリ砲を肩に担ぎ、体を動かして砲に備え付けられた照準用の眼鏡を覗き込み、真ん中の十字に照準を合わせ、引き金を絞り、次々に砲弾を放った。

 

 

「スターン」というかすかな音が砲塔内に響いた。

 

 

「小田。なにやっている。撃て、撃て」宮沢は怒鳴った。

 


「敵が見えません」

 


「見えなくてもいい。前は全部敵だらけだ。撃て。どこでもいいから撃て。乱射せい」

 


その声に応えて、小田は車載銃を右から左へ、左から右へと振り向けながら機銃弾を放った。

 


「当たっている。当たっている。そのまま撃て、撃て」

 


宮沢の絶叫が聞こえた。

 

 

キャタピラによってずたずたに折られた枝が吹き飛び、戦車に踏みつぶされたソ連兵の体がちぎれて飛んだ。

 

狭い軽戦車内は砲煙と機銃の白い硝煙が充満して、小田は喉がひりひりし、目も痛かった。

 

足元には砲弾と機銃弾の空薬莢がバラバラとはねて転がった。

 

 

ソ連軍の小銃弾が戦車の装甲を削り、火花とともに細かな鉄粉が飛び散った。

 

 

それが小窓から飛び込んで硝煙の煙と入り混じって目に入り、痛くて、小田は何度も目をしばたたかせた。

 

 

小田は「戦争とはこんなに息苦しいものなのか」と思った。

 

ソ連軍が攻め込んできた竹田浜

 

 

砲弾は、着弾時に炸裂して鉄片を四散させる歩兵攻撃用の榴弾と、対戦車用の徹甲弾との2種類を装備していた。

 

 

砲弾は砲塔部の内側の砲弾収納スペースに1発ずつ格納され、榴弾が90発、徹甲弾20発だった。

 

 

これらは、ばね仕掛けで砲弾の尻を押すと砲弾が飛び出す。

 

各砲弾は通常、安全ピンによって暴発を防ぎ、戦闘直前に安全ピンを抜くことになっていた。

 

 

徹甲弾は地面に突き刺さって爆発しないため、宮沢は榴弾を選んだ。

 

 

戦車隊の猛攻にソ連軍は四嶺山からじりじりと後退した。

 

 

突然の戦車の来襲にソ連軍は動揺を隠せなかった。

 

 

この第一次攻撃は約40分間にわたって続いた。

 

 

各戦車は四嶺山の山麓に戻ってきた。

 

 

その時、小田は雷が落ちたような豪音を耳にした。

 

 

同時に地面が大きく揺れ、戦車が一瞬、地面から浮き上がったような気がした。

 

 

四嶺山の山麓に設置されていた日本軍最新鋭の96式15サンチカノン砲の砲声だった。

 

 

砲弾はロパトカ岬のソ連軍陣地に向けて発射された。

 

 

同砲の砲身は口径149ミリ、全長7メートル86センチ、重量6.781トンあり、93式尖鋭弾、95式破甲榴弾、96式尖鋭弾を発射し、最大射程は26.2キロにおよんだ。

 

 

大阪造兵廠第一製造所が昭和17年10月に調査した完成数は計31門で、神奈川県三浦半島観音崎の東京湾要塞花立新砲台や、津軽海峡を守る津軽要塞汐首岬第二砲台、樺太南端の宗谷要塞西能登呂砲台など、国内や朝鮮半島、樺太の重要な港湾や主要海峡に置かれた。

 

 

対米戦を念頭に占守島と幌筵島にも、朝鮮半島の羅津重砲兵連隊から抽出して、両島に昭和19年夏に計4門が配備された。

 

この最新兵器が置かれたことだけを見ても大本営が北千島の防衛をいかに重視していたかがわかる。

 

 

15サンチカノン砲は、狙いをロパトカ岬のソ連軍陣地に定め、担当の砲兵らは距離や所定の仰角、方位角などの数値諸元を割り出していたが、終戦時に秘密書類とともにすべて焼却していた。

 

だがその数値を描き込んだメモが残っていた。

 

 

砲兵たちは訓練通り、カノン砲を整備し、砲身を高く上げて、砲弾を発射した。

 

 

その砲弾は、3発目がソ連軍の弾薬庫に命中、ロパトカ岬の砲声はやんだ。小田はソ連軍陣地から黒い煙が上がるのを見た。

 

 

15サンチカノン砲に続いて、10サンチカノン砲も火を噴き始めた。

 

高射砲は水平射撃でソ連兵をなぎ倒した。

 

 

小田は「これは勝ったな」と思った。

 

 

 

戦車隊の猛攻にソ連軍は四嶺山からじりじりと後退した。

 

 

突然の戦車の来襲にソ連軍は動揺を隠せなかった。

 

 

この第一次攻撃は約40分間にわたって続いた。

 

 

各戦車は四嶺山の山麓に戻ってきた。

 

 

その時、小田は雷が落ちたような豪音を耳にした。

 

 

同時に地面が大きく揺れ、戦車が一瞬、地面から浮き上がったような気がした。

 

 

四嶺山の山麓に設置されていた日本軍最新鋭の96式15サンチカノン砲の砲声だった。

 

 

砲弾はロパトカ岬のソ連軍陣地に向けて発射された。

 

九六式十五糎加農砲

 

 

同砲の砲身は口径149ミリ、全長7メートル86センチ、重量6.781トンあり、93式尖鋭弾、95式破甲榴弾、96式尖鋭弾を発射し、最大射程は26.2キロにおよんだ。

 

 

 

大阪造兵廠第一製造所が昭和17年10月に調査した完成数は計31門で、神奈川県三浦半島観音崎の東京湾要塞花立新砲台や、津軽海峡を守る津軽要塞汐首岬第二砲台、樺太南端の宗谷要塞西能登呂砲台など、国内や朝鮮半島、樺太の重要な港湾や主要海峡に置かれた。

 

 

 

対米戦を念頭に占守島と幌筵島にも、朝鮮半島の羅津重砲兵連隊から抽出して、両島に昭和19年夏に計4門が配備された。

 

 

この最新兵器が置かれたことだけを見ても大本営が北千島の防衛をいかに重視していたかがわかる。

 

 

15サンチカノン砲は、狙いをロパトカ岬のソ連軍陣地に定め、担当の砲兵らは距離や所定の仰角、方位角などの数値諸元を割り出していたが、終戦時に秘密書類とともにすべて焼却していた。

 

だがその数値を描き込んだメモが残っていた。

 

 

砲兵たちは訓練通り、カノン砲を整備し、砲身を高く上げて、砲弾を発射した。

 

 

その砲弾は、3発目がソ連軍の弾薬庫に命中、ロパトカ岬の砲声はやんだ。小田はソ連軍陣地から黒い煙が上がるのを見た。

 

 

15サンチカノン砲に続いて、10サンチカノン砲も火を噴き始めた。

 

高射砲は水平射撃でソ連兵をなぎ倒した。

 

 

小田は「これは勝ったな」と思った。

 

 

「相原秀起著『一九四五 占守島の真実』(PHP新書)」

 

 

 

占守島と私との縁は深い。

 

祖父は占守島で戦った。

 

私は占守島で戦った戦車十一聯隊の伝統を受け継ぐ「士魂」の陸上自衛隊第十一戦車大隊出身でかつて「士魂」の戦車に乗っていた。

 

私が居た頃は「士魂の由来」について知らなくては十一戦車大隊の隊員として恥ずかしいことであった。

 

戦車十一聯隊長池田末男大佐の遺影が大隊に飾られていたし、まだ存命だった池田戦車隊の方々を招いて講演会も開かれていた。

 

8月18日に起きた占守島の戦いのことは拙ブログでも毎年取り上げていますが、読者の皆様も忘れないでいてくれると嬉しいです。

 

 

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札幌の夏は終わったのか涼しい風が吹いています。

 

夜は肌寒い。

 

お盆が過ぎれば涼しい北海道ですが本当にそうなりました。

 

 

 

北海道は日米共同訓練でオスプレイが飛んでくるとマスゴミが騒いでおります。

 

18日はぼけーっと空を見上げでオスプレイが見えないか眺めていようかと思います。

 

見れたらいいな。

 

それにしてもPCの調子が悪いのか他に原因があるのか、突然ネットに繋がらなくなりまして、かなり深刻な状態に一時なりました。

 

ネットに繋がらないと読者の皆様とも交流できませんからね。

 

明日は天気になって欲しいな・・・。

 

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殉職者がいなくて不幸中の幸いだった。

 

海上自衛隊では10機が保有されている貴重な機体だ・・。

 

南極観測船の所属だと所属は海自でも予算は文部科学省なので・・・・・・・・いろいろ問題がありそうだ。

 

以下産経ニュースより転載

 

 

17日午後2時20分ごろ、海上自衛隊岩国航空基地(山口県岩国市)で、荷物をつり下げて運ぶ訓練をしていた海自のCH101多用途ヘリコプターが高度を下げたところ、バランスを崩して横転した。

 

 

乗っていた8人のうち、3人が打撲などの軽傷を負った。

 

海自が詳しい状況を調べている。

 

 

メインローター破損

 

 

 

 海自によると、ヘリは南極観測船(砕氷艦)しらせの艦載機。

 

 

 現場は基地の滑走路脇の南側の海に突き出した場所。

 

 

機体は横倒しになり、上部の主回転翼(メインローター)が破損し、周囲に部品のようなものが散らばっている。

 

 

 海上自衛隊のホームページによると、CH101ヘリコプターは長さ22・8メートル、幅18・6メートル、乗員は4人で、人員や貨物を運搬する。

 

 

 

海自岩国航空基地は米軍岩国基地と隣接。滑走路は共同使用で、平成24(2012)年に開港した民間の岩国錦帯橋空港としても利用されている。

 

 

(産経ニュース)

 

海上自衛隊では、AW101を掃海・輸送ヘリコプターMCH-101と呼称し、掃海機および輸送機として運用する。

 

 

海上自衛隊では、掃海機MH-53Eの減勢にともなう後継機として、護衛艦へ発着可能で掃海具の小型化に対応した新型ヘリコプターを必要とし、2003年(平成15年)予算で新掃海・輸送ヘリコプターとして初めて1機が取得された。

 

 

三代目南極観測船「初代しらせ」艦載機のS-61A-1の後継として、四代目南極観測船「二代目しらせ」用にCH-101が文部科学省予算で調達され、海上自衛隊によって運用されている。

 

 

CH-101はその任務上極寒冷地対応とされており、所定の追加装備が施されているが、外観上の変化は僅かである。

 

 

平成16年度と平成17年度に各1機、平成24年度補正予算で1機の計3機が調達された。

 

 

2007年5月にCH-101初号機がライセンス生産により川崎重工業から「しらせ飛行科」へ納入され、岩国基地の第111航空隊支援の下で試験と訓練を経て、2009年10月に「二代目しらせ」に搭載された。

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