3年前のしこうの楽しみ

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他責の発想が出てきた関係から、ふと疑問に思ったことがありました。
それは、単純に自責にベクトルを変えればいいのかということです。
例えば、仕事が思い通りに進まないことがあって、いつの間にか人や状況のせいにしてしまっていたとします。
そちらに意識を向けていれば、仕事がうまくいかない理由はたくさん出てくるでしょう。

しかし人や状況はコントロール不可能であり、仕事をうまくいかせたいと思ってもそういう要因の影響は入ってくるのが世の常と気づいて、うまくいかない理由を自分に求めるようにしようとします。
そして、自分にある原因を見つけ出し、改善したとしましょう。
状況を改善していくプロセスとしては、他責になっていたものを自責ととらえることで、状況を改善しやすくなることは確かでしょう。
そのような意味において、他責になっていたものを自責としていくことは重要であり、主体的に生きるという観点においても必要なことでしょう。

しかし、これは本質的に正しいのかと思ったのでした。
もちろん、間違っているということはないでしょうが、より適切なとらえ方があるような気がしたのです。
なぜなら、多くの場合、自分に責を問うということには自分を責めるというニュアンスが含まれそうに思ったからです。

つまり、うまくいかなかった現実を変えることができる一方で、自己否定を拡大させる可能性があるということです。
潜在意識的に自分は間違っているという立ち位置にもなりかねません。
精神的に依存している段階においてはこれも必要かもしれませんが、自立している段階になったら逆効果の可能性もあるでしょう。

自立できたら自分を認めていきたいものです。
そう考えていると、ある段階において責をどこかに求めるということ自体を手放す必要があるように思えてきました。
人にも状況にも自分にも責を求めない立ち位置です。
こちらの方が、精神的にフラットな状態であることは確かでしょう。

ひとまず、責という概念の外に出てみたいと思ったのでした。

谷孝祐
2014.4.16 10:32

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