アイデンティティー とは
「自分は何者であり、何をなすべきかという個人の心の中に保持される概念」(Wikipediaより)
1989年にこんな裁判があったようです。
米大手会計事務所PwC(Price Waterhouse Coopers)においてパートナー候補にまでなった超優秀な女性社員ホプキンスさん
その女性社員の昇進を「女性らしさの欠如」を理由に見送ったっていうんです。
After her promotion was postponed for the first year,
Hopkins met with the head supervisor of her department, Thomas Beyer,
who told her that to increase chances of promotion she needed to
“walk more femininely, talk more femininely, dress more femininely,
wear make-up, have her hair styled, and wear jewelry.” (Wikipediaより)
Wikipediaによると、当時の上司であるトーマスさんは
昇進したいのであれば、
「歩き方をもっと女性らしく、話し方も女性らしく、服装も女性らしく、化粧をして宝石も身につけ、美容院に行って髪も整えるように」と助言したようです。
これを、性差別だとしてホプキンスさんが同社を訴えたというお話。
そりゃ訴えられて当然やで!
こんなことで仕事の評価が左右されてたまるか!
って僕もそう思いますけど、でもこれってそんな簡単な話じゃなさそうです。
つまり、「男性」はこうあるべき、で「女性」はこうあるべきだ、みたいな
たとえ理不尽なことであっても暗に期待されている アイデンティティー があって、
仕事の評価に影響を与えているのかもしれません
よくよく考えてみると性別以外にもたくさんありそうです。
夏の暑い日であってもネクタイを締めなきゃいけないとか、
社内でも髭を剃って清潔感のある格好をしておかないといけないとか、
若手社員は忘年会のときに下座に座らないといけないとか、
上司の言うことは「絶対」なのかもしれないし、逆に率直に意見を言うべきなのかもしれない
もしかしたら、結果重視の成果主義社会で働く人にとっては理解されにくくて
逆に、古き良き日本の年功序列社会で働く人にとっては、
期待される アイデンティティー に応えることがむしろ異常なほどに当然になってしまっているような気がします
自分の価値観に照らし合わせながら、
その期待されているかもしれないアイデンティティー に応えることと、
応えることによって得られる効果とを比べて、
最低限これぐらいはしたほうがいいだろうけど、さすがにここまではする必要ないだろう
そういう線引きを、私たちは無意識にもしているような気がします。
その 「線引きがうまい人」 = 「仕事ができる人」 という評価を得ているのかもしれません
仕事の成果だけではなく、こうしたアイデンティティーの表現、つまり無意識にも発信している自分の価値観までもが、
良くも悪くも自分の仕事の評価に影響を与えているのかもしれないですね



