• 05 Jun
    • たかが「置き去り」

      北海道で林道に「置き去り」にされた男の子が、精神的虐待を受けた可能性があるとして、警察が児童相談所に通告したという。これ以上、父親を苛めるのはやめてほしい。そもそもこの「事件」は、父親が息子の捜索を依頼したときに、正直に「しつけのために」と言ってしまったことが発端だと思っている。メディアは挙って「しつけと称して置き去り」という言葉を使った。「しつけと称して」という言葉は、これまで「本物の」虐待事件を報じる際に、枕詞のように使われてきた。この枕詞で報じられてしまったために、この父親の印象は頗る悪くなってしまった。他人やよその車に石を投げている子どもがいて、注意しても聞かないとき、それを無責任に放置している親と、何とかしようとする親と、果たしてどちらがまともか。それに、車から降ろして反省を促すというのは、殴ったりするよりもよほどソフトな気がする。わたしも昨日、勝手に自転車でコケた娘に道端で拗ねられ、先に帰った。そこは熊が出るかもしれない林道ではなかったが、やったことは同じ。この男の子はいわゆる「悪ガキ」なのだ。置き去りにされれば、普通は車を追いかけたり、そっちの方向へ歩いたりするだろうが(父親もそのつもりだったに違いない)、この子はそんなタマではなく、6日間も大人しく「隠れていた」のだ。親を恋しく思うどころか、困らせようとしていたのではないかと勘繰ってしまう(それにしても、子どもに簡単に「突破」されてしまう自衛隊施設って……)。診察の結果、この子は心理的ダメージは受けていないとのことだが、子どもより親を心配してほしい。わたしには、子どもによる親への虐待に見える。メディアは、子どもをきちんとしつけようとした極々まともな父親を叩きすぎ。警察も児相に通告するなんてやりすぎ。今後、この父親が息子を叱ることができず、この子がとんでもない人間に育ってしまい、大犯罪を犯したとしたら、誰が責任とるのかしら。追記)6月6日の夕刊によれば、男の子はわざと車と反対方向へ歩いたわけではなく、泣きじゃくって方向感覚を失ったとのこと。また「隠れていた」わけでもないらしい。こういう解釈をする人間もいるということで、ご理解ください。

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  • 12 May
    • 『大家族 石田さんチ』

       子どもが成長し、一時は終わりかと思われた『大家族 石田さんチ』が完全復活を遂げた(5月9日放映)。 最近は『痛快!ビッグダディ』や『貧乏に負けるな!2男12女ワケアリ大家族(渡津家)』などの〝毒系(これは必ずしも悪い意味ではない)大家族〟の陰で目立たない印象だったが、やはり「家族愛」を謳う〝正統派〟は強い。 離婚や再婚、娘の非婚出産などの「事件」が起こるのが当たり前で、何も起こらないと物足りなさを感じてしまう「ビッグダディ」や「渡津家」と違って、何も起こらなくても満足できるのが「石田さんチ」。むしろ何も起こってほしくないと願ってしまう。 今回はお父さんが脳梗塞で倒れるという「事件」があったが、幸い軽症だった。 末っ子隼司が成人したことで石田家の子育てが終わる、というのが今回の大テーマ。したがって冒頭から隼司ネタが多かった。 まず、成人式の様子。友人たちと揃いの金色の袴姿で、二台のリムジンに分乗して成人式会場へ向かう様は、水海道(茨城県)にヤンキーが健在であることを世に知らしめた。隼司以外の仲間は、みな居眠りしていたとはいえ、式典にきちんと出席しているところがかわいらしい。 隼司は石田家の7人の息子たちの中で間違いなく一番の「悪ガキ」だったが、美容師の国家試験に合格し、就職も果たした。ぎりぎりの成績で合格し、やっと就職できたのかと思いきや、ちらっと映った就職先の会社は、大手の美容グループなのである。配属先の店舗も紹介されていたので、これが四男智広だったら、指名予約して出かけたかもしれない。 そう、私は石田家の息子たちの中で智広が一番好きで、もっと出番を増やしてほしいと思っている。ぜひ智広を主役にすえて番組を作ってほしい。いい人だけど全然面白くない(そこが面白いといえば面白い)長男のダラダラ話より、お父さんの血を最も色濃く受け継いだ智広のキレのあるコメントが聞きたい。 残念なのは、お父さんとお母さんの諍いに関し、息子たちがお父さんの肩を持とうとすること。 長男いわく、「ウチ(自分)は社会に出てるからさ、親父びいきに話を聞くんだ。親父のほうがまともなこと言ってると思うよ」「オカンはずーっと子どもを育ててきてさ、世の中みたいな、常識みたいなのから逸脱したようなところで(中略)育ててきたわけだ」 子育て中の母親が「社会」から逸脱しているという見方は間違っている。「保活」一つ採っても、子育ては社会との格闘なのだ。拙著『オバサンはなぜ嫌われるか』に書いたが、ママ友つき合いや夫の転勤などによって、主婦の社会性は否応なく培われる。 隣に子育て中の妻がいるのに、そんなことを言ってのけてしまう長男こそ、大丈夫か社会性。 そして、そんなことを言われても無反応の妻、洋子さん。お似合いの二人が、一人娘の入学式に参列したところでエンディングへと向かう。 それにしても、長年連れ添った夫からは顔を合わせるたびに罵られ、息子たちからは軽んじられるお母さんは、これでいいのだろうか。お母さんの本音やいかに。(敬称略)

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  • 19 Feb
    • 乳児を抱いた女性の自殺

      17日午後3時10分頃、JR天王寺駅にある環状線のホームで、乳児を抱きかかえた30代くらいの母親と見られる女性が線路内に飛び込み、停車しようとしていた関西空港発天王寺行きの快速電車と接触。女性は全身を強く打つなどして意識不明の状態で、病院に搬送されたが死亡。生後3ヶ月くらいと見られる乳児は、体をすりむくなどして軽傷。警察は事故の経緯について詳しく調べている。(毎日放送)亡くなった女性を妊娠させた男は、どこで何をしているのだろう。女性には、身内や友人など頼れる相手はいなかったのだろうか。この出来事を〝産後うつ〟などの言葉で安直に片付けて欲しくない。

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  • 13 Nov
    • 「キレる老人」は増えているか?

      今朝の『羽鳥慎一モーニングショー』は、「キレる老人」を取り上げていた。私は常日頃、ただ単に短気な人も、私利私欲関係なく言うべきことを言っている人も同じように「キレる」と表現することに抵抗を感じているが、さらにそういう高齢者が増えてきているかのような印象を与える「キレる老人」もしくは「キレやすい老人」という言葉もどうかと思う。そういう高齢者が増えているような気がするのは、高齢者人口、つまりサンプル数が増えたからに過ぎない。「キレる老人」の例として、スタバなどの店で先に商品を買わずに席に着き、「いったいいつになったら注文を取りに来るんだ!」と文句を言った男性客が挙げられていた。しかしこの客は、店のシステムを知らずにそう言っただけである。「キレる老人」の例としてまったく相応しくない。むしろ、客は店のシステムを知っていて当然、というこういう店の態度の方が傲慢だ。また、ゲストのノンフィクション作家の経験として、高齢者に取材中、何度も同じ話をするので、「それはさきほども伺いました」と言ったら、相手が怒り出したという例も挙げられた。取材させてもらってるんだから、何度同じ話をされても辛抱強く聞け、と言いたい。こうした例がいくつか挙げられたあと、あの方が「この問題については、俺の中で答えが出てる!」とまるで教室の小学生のように声を上げ、「認知症で脳が萎縮してるんだよ。脳には油が必要なんだ。油を取ればいいんだ!」と得意気に発言。あなたの脳ミソこそ油が必要だよ、と突っ込んでいると、スーパーで食料など1000円弱の商品を万引きした男性高齢者のVTRが。これは「キレる老人」問題ではなく、貧困の話ではないか? 案の定そのあと、男性の万引き理由の第一位が「生活苦」で、女性の場合は「高揚感」だという説明が(犯行理由は往々にして誘導されるので、データを鵜呑みにはできない)。 最後にノンフィクション作家が、「老人」が「キレない」ためには社会的に孤立しないことが大事だから、「町内会の活動に参加するなど社会の一員であることを自覚してもらうような施策を行うことが国家的急務」だと発言。1人で豊かな時間を過ごしている高齢者もたくさんいるのに、「1人暮らしの老人=孤独=キレやすい」という偏見を撒き散らし、国が強制的に町内会活動に参加させろとは。どれだけ恐ろしいことを言ってるんだか。 この流れでは、今後「キレる老人」は治療を施すべき病人と見なされ、収容されるのではないだろうか。全国の頑固おやじ、偏屈おやじ、クレームおばさん(私か)たち、気をつけましょう。

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  • 25 Sep
    • Nスペ『老衰死~穏やかな最期を迎えるには~』

      NHKスペシャル『老衰死~穏やかな最期を迎えるには~』 治療の限りを尽くし、とりあえず延命するということに重きを置いてきた従来の医療のあり方に対する反動かとも思うが、最近、延命治療を批判する本や雑誌記事が多数出ている。 いわく、たくさんのチューブにつながれて人生の最後を過ごすいわゆる「スパゲティ症候群」は「非人間的」であるため、延命装置ではなく、家族に囲まれて「人間らしく」死ぬことが望ましい、と。 こうした説に接するたびに私が感じるのは、延命治療にお金をかけてもらえるなんて、羨ましいなということ。最低限の医療しか受けられず、放置されるより、チューブでつながれるほうにむしろ家族の愛情を感じる(自己満足に過ぎないとしても)。 今回のNスペは、延命治療を行わず、自然と寿命が尽きるのを待つ〝老衰死〟を「穏やかな死」と捉え、理想の死に方であるというメッセージを発信していた。 何事も疑ってかかる私は、これってこの先の超高齢化社会で医療費を節約するための策略ではないか、と感じた。 現代の日本人は、生まれたときから医療漬けであり、それが当たり前となっている。なぜ延命治療だけが嫌悪されるのか。「非人間的」だから? 健康や長寿に固執する姿こそが「人間的」であり、自然に近い状態のほうが「非人間的」だと思うのだが。 番組では、欧米の「死の質(QOD)」を高めるための活動も紹介していた。イギリス人の終末期ケアの講師が、「私たちは死を拒否し、まるで永遠に生き続けられるように思いがちです。死は負けだと考えるが、そうではありません。安らかに死ねないことが負けです」と語っていた。 別に永遠に生きられるとは思っていない。ただ、一度死んでしまったら二度と生き返れないので、少しでも長く生きていたいと思うのだ。それに「安らかに死ねないことが負け」という言葉も、聞き捨てならない。人の死に方を勝手に評価するな。 延命治療を施さない〝老衰死〟をよしとする都内の特別養護高齢者ホームも紹介され、そこで90代の母親を看取った男性が、「やさしい母親でしたから、自然の中に終わっていったというのは、いかにもぴったりでした」と語っていた。 亡くなった人は何も語らないし、結局は残された者の気持ちの問題だろう。 私もできれば長生きして穏やかに死にたいけれど、普段全然穏やかに生きていないのに、死ぬときだけ穏やかに、というのは虫のいい話だという気もする。

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  • 13 Jul
    • P&Gの月経不浄視撲滅CM

      インドでは、月経不浄視がいまだ根強く、月経中の女性は男性の前に出てはいけないとか、外出してはいけないといった慣習がある(日本でも月経不浄視がまだ残存している)。 女子児童も初潮を迎えると、1ヶ月に4日間ほど学校を休むことになる。すると、卒業までに男子児童よりも登校日数が200日も少なくなってしまい、当然ながら勉強が遅れ、ここから男女の格差が広がる。 不浄視のほかに、生理用品の不備も、女性たちが学校や仕事へ出かける際の足枷となっている。 インドでは、いわゆる使い捨てナプキンを使っている女性は、全体の1割という統計がある。これは、貧困や不浄視といった理由のほかに、「生理用品に対するタブー」が影響している。 例えば、「使用済みのナプキンを豚が踏んだら結婚できない」とか、「使用済みのナプキンの上を蛇が通ったら姑と喧嘩をする」とかいう話が信じられている。(普通、使用済みナプキンは外に捨てない。たまたま捨ててあるのを踏んでしまった人が、腹立ちまぎれに言い出したことなのか?! その辺は不明) そのインドで、使い捨てナプキン「ウィスパー」を販売するP&Gが、月経不浄視撲滅コマーシャルを放映し、世界最大級と言われる広告祭でグランプリを受賞した。 インドの月経不浄視に基づく慣習の中で最も一般的なのは、「月経中の女性がピクルスの入っている壺に触るとピクルスが腐る。だから触るな」というもの。このコマーシャルでは、月経中の女性がピクルスの壺に触りまくってて痛快である。 http://www.movie-times.tv/purpose/buzz/6588/ (情報提供:山浦麻子さん http://nunonapu.chu.jp/naplog/ )

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  • 11 Jul
    • ETV特集『頑張るよりしょうがねえ』

      天邪鬼なので、まわりが意味もなく(意味はあるんだろうが)盛り上がっていると、逆に白けてしまう。 だからオリンピック招致が決定したときのあの映像は、私を最大級にドン引きさせた。やがて区民体育館に「2020年東京オリンピック」の横断幕がかかり、商店街に同様の幟が飾られ、街中がオリンピック歓迎ムードに?! これがあと5年も続くとは、苦痛だ。 6月13日に再放送されたETV特集『頑張るよりしょうがねえ――福島・南相馬 ある老夫婦の日々』。 南相馬で暮らす80代後半の老夫婦は、東日本大震災の津波で家を流され、頼りにしていた58歳の息子も失った。 夫婦にはもう1人、息子がいたが、20歳で夭折していた。 妻は段差の多い借り上げ住宅で転倒して腰を傷め入院。元気だった頃は、日本舞踊の師範をしており、80人の弟子がいた。 夫は、妻の食事の介助をするため、朝、昼、晩と1日3回、軽トラを運転して病院へ通う。 退院後は、近所に新しくできる介護施設に妻を入れようと見学に。ホテル並みの設備を見て、「こういうところさ入れてえなあ」。 しかし、施設は完成しても介護の人手が足りず、ベッドは空いているのに入所できない。 借り上げ住宅もあと1年で出て行かなければならないので、夫は人生最後の大仕事に乗り出す。コツコツと貯めた農協の積立金をすべて解約して土地を購入、家を新築することにしたのだ。 実は新築の最大の目的は、妻を元気づけることにあった。 息子を二度も失った妻は、うつ病も発症していた。毎日、息子の夢を見て涙を流す。 妻に生きる希望を与えようと、夫は自分で図面を引いた。妻のための完全バリアフリー住宅。歩行訓練ができる長い廊下と手摺り。料理が楽しくなるようなアイランド型のキッチン。 「あなた専用の介護のできる家を作るんだから、頑張れよ。家が完成しないうちは、あの世に行ってはダメだ。自分の家からあの世に行きましょう」 夫が自分のために頑張っている姿を見て、「死ぬよりほかない」が口癖だった妻が、「家を建てたら(息子の遺影を)飾ってみようかなと思って楽しみなの」と。 妻の退院後は、借り上げ住宅での老々介護。 夫も体が悪い。歩行用カートを使ってやっと歩いている状態。「俺が参ったら、どうしようもない」と整骨院に通いながら介護を続ける。 2014年4月に建築が始まった家は、9月に完成の予定だった。しかし、災害公営住宅や東京オリンピックに向けた建設ラッシュに人手を奪われ、工事が遅々として進まない。そして、妻は家の完成を待たず、震災から3年半後の9月11日に亡くなった。 「希望なんて何にもないよ。何のために家を作ったかわかんない。家なんてつくらないでお金持っていたほうがよっぽど皆に大事にされたべ」 オリンピックを招致したらこうなることはわかっていた。加えて国立競技場は大幅な予算オーバー。東京オリンピックっていったい……

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  • 19 Feb
    • パートナーシップ証明書

      同性カップルに対し結婚に相当する関係を認め、「パートナーシップ証明書」を発行するという方針を東京都渋谷区が表明した。 性的マイノリティに対する差別を理不尽だと感じてきた私だが、この方針についての報道には些か不満なのだ。 2月15日の朝日新聞の社説は、「現実に、ともに暮らし、強い結びつきをもつ同性カップルは少なくないが、法律上の結婚はできない。男女間の結婚のように関係を証明したりする施策はなく、さまざまな不便や不合理を感じている。そんな人たちを支えようと、自治体でできることを模索し、新たな一歩を踏み出そうとする取り組みを評価したい」と諸手を挙げて賛成している。 私は、結婚制度に「乗れない(同性)カップル」同様、「乗りたくない(事実婚)カップル」にも「パートナーシップ証明書」が発行されるのかどうか?という点が気になったのだが、新聞やニュースはこれについて全く言及していない。 仕方なく渋谷区役所に問い合わせたところ、同性カップル限定とのこと。 結婚制度に「乗りたくない」だけなら「乗ればいい」のだろうが、「乗りたくない」のには理由がある。 とはいえ、役所の人を困らせるのが目的ではないので、それについては触れなかった。ちなみに朝日新聞掲載の世論調査では半数以上が渋谷区の方針に賛成しているが、「わざわざお電話くださる方は、ほとんどが反対の方です」とのことで、毎日全国から「お叱りの電話」がかかってくるらしい。 朝日新聞の社説には「諸外国では同性間の結婚を認める国が増えつつある。生殖医療を利用したり養子を受け入れたりして、子育てするカップルもいる。人権や多様な生き方を尊重する流れの一つだろう」とあるが、同性婚の認否以前に、国によって結婚制度やそれに伴う諸事情(例えば、夫婦別姓など)が異なる。 当然ながら「結婚しないと損をする国」ほど、婚姻率が高い。 真に「人権や多様な生き方を尊重する」社会を目指すなら、結婚制度の間口を広げるよりも、「結婚しなくても損をしない社会」にするべきなのだ。 でもそうはならない。国が最優先するのは子どもを増やすことであり、そのためには現行の結婚制度が有効だとされているから。 「生殖医療を利用したり養子を受け入れたりして、子育てするカップルもいる」というくだりには、同性カップルも子どもを増やすことに貢献しますよ、というニュアンスが感じられる。穿ちすぎだろうか。 数日前、NHKの夕方のニュース番組枠で、「ある結婚相談所」(「ノッツェ」の文字が思いっきり映っていたけど)が主催した婚活イベントを取り上げていた。 「育児」を通して相手を知り、よりよい結婚生活を目指すというコンセプトで、小さな子どもたちが集められ、参加者たちは育児の真似事をしていた。 出産、育児を前提として結婚相手を選ぶということになるが、それならば女性の参加者には年齢制限があるのだろうか。結婚したら必ず子どもが生まれるとは限らないのに。 結婚も出産も人生の選択肢の一つに過ぎないと考えるような人間は、この国では最早「非国民」なのだろう。

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  • 30 Jan
    • 『激闘大家族』濱本家

      長い間更新していないのに突然アクセス数が上がったのは、一昨日放送の『激闘大家族スペシャル』の影響に違いない。 朝日新聞の「試写室」(番組紹介欄)には、「15歳で大量の料理を準備する次女、12歳で下の子をあやし続ける長男、不幸な過去を胸に子には無限の愛を注ぐ母。ついに家族が増える場面では、見ているこちらも胸がいっぱいになった」とある。 前の渡津家のこともあるので(http://ameblo.jp/tanakahikaru77/entry-11934308305.html )あまり参考にはならないが、ビッグダディや渡津家のような「毒系」大家族ではなく、石田さんチや加藤家のような「ほのぼの系」大家族なのだろうと予想し、録画を観た。 主役は34歳のお母さん。1歳のときに実母が出奔。父親が再婚し、継母の虐めに遭って児童養護施設に入所。実母が迎えにきて出所するが、今度は実母の再婚相手である継父の虐待に遭い、15歳で家出、結婚、17歳で長女を出産。4人の子どもをもうけたところで離婚。その後、現在の夫と出会い、さらに2人出産、計6人の子の母となった(番組の最後にもう1人産んで7人に増える)。 つまりお母さんは、「実父・継母」「実母・継父」の2組の親のいずれからも虐待を受けたことになる。そこから脱出し、おそらく生きるために結婚、離婚、再婚し、現在は子宝に恵まれて幸せなようだ。 渡津家のお母さん同様、結婚すればどうにか生きられるということを教えてくれる。実にありがたい教えである。 「今度はいつにする? 夏生まれは3人いるから、今度は秋にしよう」「次で最後にしよう」と言った会話から、意外にも濱本夫妻が計画的に子作りをしていることがわかる。 また、濱本家は子どもの教育費は一切かけない主義のようだが、その分(?)生活費を切り詰めている様子なない。 したがって、私流「大家族モノの条件」(http://ameblo.jp/tanakahikaru77/entry-11238954563.html )に照らし合わせると、「計画的大家族」で経済的に余裕があり、夫婦仲がよい濱本家は、大家族番組としてはつまらないということになる。 しかしそれはビッグダディ家や渡津家のような「毒系」に慣らされてしまったからであり、本来こうした「ほのぼの系」こそが大家族モノのあるべき姿なのかもしれない。 お母さんが17歳のときに産んだ長女が、今回17歳で非婚初出産。このあたり、渡津家の三女と相通ずるものがあるが、育児放棄した渡津三女と異なり、濱本長女は生まれてきた子どもを大切に育てている。 そして、大家族番組史上、一番いい子かもしれないと感じたのが15歳の次女。 スタッフの問いかけに、汚れた大人たちにとっては想定外の言葉を返していた。 (次女)「最近、お母さんに似てるって言われる」 (スタッフ)「(太ってるオバサンに似てるなんて失礼だよね)うん、それで?」 (次)にこにこ笑いながら「うれしい」 (ス)「お姉さんが17歳で妊娠したって聞いたとき、どう思った?」 (次)にこにこ笑いながら「子どもからしたら、若いお母さんがいいと思う」 (ス)長女が無事出産したと聞き、料理をしながら涙ぐむ次女に「(お母さんがお姉さんに付きっ切りで留守だったから)毎日家事をして辛かった?」 (次)「違う。安心して涙が出た」 とまあ、こんな感じ。 次女は家計を考えて、中卒で就職。そして、番組の最後、丸刈りで登場。 お母さんによれば、遊びを優先して仕事を辞め、勝手な外出を繰り返すことへの罰として丸刈りにしたという。 スタッフは突っ込まなかったが、次女の顔は腫れ、痣もあった。 やたらと逞しいビッグダディ家や、軽い取っ組み合いはあっても一方的な暴力はなさそうな渡津家にはない「暗いもの」を見た。「ほのぼの系」どころか、最悪だ。 お母さんは17歳で出産したとき心細かったから、長女には同じ思いをさせまいと、産院にずっと付き添った。でもこのままでは次女が家を出て、お母さんと同じ思いをすることになるのでは? 番組スタッフ、どう思う?

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  • 05 Dec
    • 大川小学校―遺族たちの3年8ヵ月

      東日本大震災のとき、石巻市の私立幼稚園の送迎バスが津波にのまれ、園児たちが亡くなった。親たちが幼稚園側を提訴していたが、幼稚園側が「防災体制が不十分だった」と認め、和解が成立した。   ひるがえって、同じ石巻市で74人の児童が津波で命を奪われた大川小学校。 地震発生から津波にのまれるまで50分間もあったのに、なぜ児童たちは避難することができなかったのか(させてもらえなかったのか)理由を知りたいという親たちに対し、市、教育委員会、学校、そして第三者による検証委員会のすべてがろくな対応をしてこなかったため、今年になって親たちが石巻市を提訴した。市は争う姿勢。   NHKスペシャル『悲劇を繰り返さないために――遺族たちの3年8ヵ月』を観たが、行政の対応が酷すぎる。   石巻市の教育委員会は当初、親たちの求めに応じて説明会を開いたが、二度で終わりにすると宣言。 親たちは、地震から津波までの50分間について、助かった児童や地域住民から聞き取り調査した結果、複数の児童、教員らが、早い段階で避難を進言していたということを知った。これらを報告書にまとめ、教育委員会へ提出した。   説明会が再開されたが、教育委員会が作成した報告書には、避難を進言した人がいたという児童の証言が記載されていなかった。そのことを親が指摘すると、「私たちは、記憶は変わるものだというふうに思っています」とのたまう教育委員会側。 そんな言い分が通用するなら、世の中のあらゆる証言が無意味だということになる。 さらに教育委員会側は、助かった児童たちから聞き取りしたメモは処分してしまったので、もう確認することができない、とも。   これでは埒が明かないと、親たちの求めで、国も関与しての第三者による検証委員会が設置された。 委員長は、「阪神・淡路大震災を経験した防災の専門家」であるという人の良さそうな男性。感じは悪くない。踏み込んだ調査を期待する親たち。 しかし、検証委員会が一年かけて作成した報告書には、避難が遅れた理由について、「教職員が避難を決定したことが遅れたこと」とあった。 なぜ、教職員たちの決定が遅れたのかが知りたいのだ。これには当然ながら親たちも失望。 委員長は、十分な証言を得られず、理由を明らかにするには限界があったというが、そんなことは最初からわかっていたはずだ。調査の限界について、委員長は笑顔で(!)番組スタッフにこう説明した。忠実に再現する。私は何度読んでも意味がわからない。   「発言することで、教育委員会や学校の先生を責めることにつながるんじゃないかという思いから、発言を控える。それは日本の社会全体が、こういうときに“犯人を捜さないといけない”“誰か悪者にしないといけない”そういう社会的な風潮があるなかで、自分たちが悪者にされるのではないかという危機感があると、なるべく自分たちを守ろうとする」   「犯人捜し」を日本社会全体の風潮のように言ってるが、そうなのか? 少なくとも大川小の親たちは、みな口を揃えて、「理由が知りたいだけ」「誰かを責めたいわけじゃない」と言っている。これではまるで、親たちが「犯人捜し」をしているように聞こえる。 番組は、検証委員会と委員長を難じてはいなかったが、彼らは相当罪深いと思う。   大川小で6年生の娘を亡くした佐藤さんは、中学校の教員である。 佐藤さんは、学校側を提訴したメンバーには入らず、説明会などで学校側と対話する道を選んだ。それは教師として、少しは教育委員会や学校を信頼していたからだろう。しかし――。 説明会で「子どもたちは逃げたかったのに、先生たちの指示がなかったから、逃げられなかった。違いますか?」と問う佐藤さんに、学校側は、「必ずしもそれだけではないと思う」。さらに、「裁判に影響するので、公開の場で話すことは控えさせてもらう」の一点張り。 佐藤さんが、教育委員会の一人として正面に座るかつての同僚に、「○○先生個人としても、同じお考えですか」と尋ねても、まったく要領を得ない言葉が返ってくる。 人間は、組織に同化してしまったら終わりだな。   佐藤さんは、児童の避難が遅れた理由について、教職員たちが津波がきた場合のことよりも、津波がこなかった場合のこと――山へ避難すれば服が汚れる、怪我をするかもしれない等――にとらわれたためではないかと分析する。 つまり「事なかれ主義」。たしかに今も、石巻市、教育委員会、学校側は「事なかれ主義」に徹している。   今、佐藤さんは、全国をまわり子どもたちの命や災害について話をしている。 津波で娘を亡くして変わったことは、「生徒が命に見える」ようになったことだという。 もし、大川小の教職員たちが同じように生徒を「命」と見ていたら、ためらいなく目の前の山に避難させていただろう。  

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  • 04 Oct
    • 親戚気分で楽しめる?「大家族渡津家」

      『貧乏に負けるな! 2男12女ワケアリ大家族 13』   今回は『朝日新聞』「試写室」(番組紹介欄)が「渡津家」を取り上げていたので、ちょっと意外だった。 記者いわく「子どもたちを見守るお父さんとお母さんの視線があたたかい」「お金はなくても、笑顔あふれる渡津さん家族。一人暮らしのあなたも、子どもが独立したあなたも、親戚気分で楽しめること請け合いだ」 親戚気分で楽しめる?   果たして視聴。 今回も「ワケアリ3女」で引っ張る作戦。なにしろ渡津家で本当にワケアリなのは、この人だけなので。それなのに、引っ張りに引っ張った挙句、3女については「次の放送で!」とは。こういう作り方がいけ好かない。   でも「ワケアリ3女」に深入りしなかったため、今回の「渡津家」は大家族の平凡(?)な日常を追うにとどまり、その結果「渡津家」初心者の記者の目には「笑顔あふれる渡津さん家族」に映ったのだろう。   番組は今回も、3女が施設に預けたまま引き取ろうとしない長女には触れず。でもよく観れば、3女が「次女」と「長男」しか育てていないことは明らか。記者にはぜひ「長女はどこに?」と突っ込んでほしかった。   「渡津家」は「2男12女」と言いながら、実際には上の子どもたちは独立している。渡津父と渡津母が、3女が産んだ長女を引き取って育ててもいいのでは?と思わずにはいられない。   以前TBSで放送していた「大家族青木家」の長女は、大家族番組に食い物にされ、本当に気の毒だった。 彼女は両親に施設に預けられたまま成長し、ようやく自宅で暮らせるようになったときには、下に弟や妹がたくさんいた。以後、弟や妹の世話をすることが彼女の仕事となり、それが美談として放送された。 そして今、渡津家の3女の長女が、青木家の長女と同じ道を歩み始めている。全国に開かれた渡津家なのに、この状況は放置されたまま。臭いものに蓋をして「親戚気分で楽しめる」わけがない。   同じ大家族モノでも、「石田さんチ」のように本当に親戚気分で楽しめる番組もある。 「渡津家」はもう「ワケアリ3女」には頼らず、長女や5女、6女、9女、10女、11女あたりを中心に構成すれば、俗悪視されなくなるだろう(されてないか)。 実は「渡津家」では、一切テレビに映らない子どもも何人かいて、その点にはスタッフの良心を感じる。     ●これまでの「渡津家」 http://ameblo.jp/tanakahikaru77/entry-11212716973.html http://ameblo.jp/tanakahikaru77/entry-11238954563.html http://ameblo.jp/tanakahikaru77/entry-11369348309.html http://ameblo.jp/tanakahikaru77/entry-11503258582.html http://ameblo.jp/tanakahikaru77/entry-11625495212.html

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  • 29 Sep
    • 京王百貨店屋上遊園

      休みだけどとくに予定がないとき、ふらっと出かけて楽しい時間を過ごすことができた新宿の京王百貨店屋上遊園。 今日、数ヵ月ぶりに行ってみた。 すると、なんと遊具の撤去作業中。 ええっ、まさか無くなる?? 関係者らしき方に恐る恐る訪ねてみると、やはり無くなるとのこと。 しかも、昨日が最終日だった。 いま中学生の姪を連れて行ったのが最初で、かれこれ10年以上のお付き合い。 係の方が親切で、ユーフォーキャッチャーで景品がとりやすいよう、ガラス戸を開けて景品の配置を変えてくれたり、いろいろと親切にしていただいた。 池袋にはまだ屋上遊園のあるデパートがあるらしいが、うちは池袋まではなかなか出かけない。 渋谷、新宿では、京王百貨店が最後の屋上遊園だった。 少子化だし、同じスペースを割くのであれば、もっと儲かることをしようというのが屋上遊園減少の理由だろう。 屋上遊園を屋上庭園にリニューアルするデパートも増えているが、洗練された庭園より活気ある遊園がいい。 デパートの好感度は屋上で決まるとさえ思っていたのに……。 最後の写真を撮っていて、屋上の正式名が「スカイガーデン」で、遊園が「スカイプレイランド」だったと初めて知る。ま、名前なんてどうでもいいのだけど。 あのなんとも言えないのどかな時間が、もう味わえないとは。 私にとっての一時代が終わった気がする…… 週末によくいらした恰幅のよい男性係員さん、ロングヘアの女性係員さん、お世話になりました!お元気で!

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  • 27 Sep
    • 『花子とアン』総括

      毎回、突っ込みどころ満載だった『花子とアン』。 書くと切りがないので今日まで書かずにきたが、最後の最後にきてついに限界。 堪忍袋の緒を切ったのは、一昨日(9月25日)出版社社長役で登場したモギケンの超大根演技。 すでに野中さんのブログ(http://ameblo.jp/sawa1808/entry-11929937419.html )を読んで予備知識はあったものの、これほどまでとは! あまりのヒドさに唖然としていたら、なんと花子の娘がモギケンに「ヒドすぎます!」と叫ぶのでびっくりしたら、セリフだった。 今度はモギケンが「自分に腹が立ってしょうがない!」と言うので、そりゃそうでしょうと思ったら、それもセリフだった。 前に、花子の兄吉太郎と、花子の友人醍醐さんをくっつけるため、周りの人たちが一芝居打つという話があった。素人芝居らしく、どの俳優もわざと下手な演技をするのだが、ものすごく不自然。それを見て、わざと下手な演技をするというのは、とても難しいのだな、と感じた。 そういう意味では、モギケンの演技は誰にも真似できない天性のものだといえる。 それにしてもこのドラマ、男女関係が安易すぎた。 結局、醍醐さんが花子の兄吉太郎と結婚。その醍醐さんは、かつて花子の夫英治のことが好きだった。英治の弟は関東大震災で亡くなったが、花子の妹かよと結婚する流れにあった。ほとんど近親相姦的な至近距離での恋愛関係ばかり見せられたが、現実の世の中もこんなものだろうか。 姉弟となった醍醐さんと英治が過ちを犯さないことを祈るばかり。 それから、男性の老けメイクが下手なのは、NHK朝ドラの伝統なのか? 『おしん』の頃から全然進化していない。老人というより病人。とくに英治。 英治はいつも花子を背後から見守る優しい夫という役柄だったが、私には全然いい人に見えなかった。英治を演じた鈴木亮平は率直に言って悪人顔であり、『阪急電車~片道15分の奇跡』で演じたような役柄が合っている。もういい人役は諦めて、悪役を極めてほしい。 英治は、かなり非常識な妻花子をいさめるべき立場にありながら、何でも許してしまうので、私は「イエスマン英治」と呼んでいた。花子がラジオで軍用犬の話を勝手に変えてしまったときも、結局はいいことをしたと認めてしまった。 こういうのを理解ある夫とは言わない。卑屈だ。花子に何か弱みでも握られていたのか? 半年耐えたのに、モギケンのせいでいろいろ書く羽目になってしまった。 (文中、人によって敬称略)

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  • 06 Aug
    • 「対馬丸事件」から70年

      NHKの『地方発ドキュメンタリー』。 8月5日の放送は「対馬丸 消えない傷 ~沈没70年目の告白~」。 1944(昭和19)年8月22日夜、沖縄から長崎へと航海中だった疎開船「対馬丸」が、アメリカの潜水艦に撃沈され、子どもや引率の教師ら約1500人(2004年時点で氏名判明者1418人)が犠牲となった。 那覇市の「対馬丸記念館」には、70年を経た今になって次々と事件の生存者や遺族から手記や遺品が寄せられている。 対馬丸事件について国が布いた緘口令が長い間尾をひいたこと、生存者や遺族が高齢化したこと、そして今の時勢などが関係している。 沖縄に暮らす99歳の女性は、70年前、国から勧められて家族を対馬丸で疎開させたことをいまだに悔やみ、「私がバカだったと思う」と繰り返す。 当時すでに多数の民間船が撃沈されていたにもかかわらず、国はそれを隠し、「安全だ」と説明した。しかし大陸へ3000人以上の兵隊を輸送していた対馬丸は、出航前から狙われていた。 また、国が沖縄からの疎開政策を進めていたのは、住民の安全のためではなく、沖縄が戦場となったとき高齢者や子どもが足手まといになると考えたからだった。 女性にとって、70年経とうが100歳を目前にしようが、決して風化しない記憶となった対馬丸事件。 児童たちとともに対馬丸に乗船し生き残った女性教師は、保護者たちから責められることが恐ろしく、栃木県で一生を暮らした。 事件から60年以上を経た晩年、部屋の隅に亡くなった教え子たちが座っていると話し、家族が否定しても、そう言い張ったという。死後に残されたノートには、教え子たちへの思いが綴られており、60代の娘がその思いを伝えるため、今、遺族たちを訪ね歩いている。 ここでも70年という時間の経過は、まったく意味をなさない。 沈没後、夜の海に投げ出され、漂流の末に救出された男性は、長い間、事件について聞かれるだけで「総身が毛立つ」ほどの拒否反応が出たが、今になって体験を手記にまとめた。 一番の動機は、子どもや孫たちに自分と同じ体験をさせたくないから。 「今の社会状況に対しては怖い思います。今の状況見たら、我々が経験したことが、あの世の中がまたやってくるのか、と」 体験者にしかわからないこの感覚は侮れない。 歴史を振り返ると、恒久平和などありえないことがわかる。しかしだからこそ知恵を振り絞って平和を維持する努力が必要なのだ。 日本という国で1945年以来続いている平和は、少し長めの戦間期にすぎないのだろうか。

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  • 18 Jul
    • ビッグダディ家の三男、武志くん

      ビッグダディのブログの最新記事に、三男の武志くんのことが書いてある。 http://ameblo.jp/big-daddy0408/entry-11895108227.html 同じことが『ビッグダディの流儀』にも書いてあるが、そちらはもう少し詳しく、次のようなことも書いてある。 これを読んで以来、私も武志くんに一目置いている。 >(以下引用) 今、俺(ビッグダディ)が唯一尊敬する息子は、三男の武志です。1歳のときに、13段ある階段の上から下まで落ちたことがあるんです。心配しましたが、その後はなんともなく、素晴らしい感性や才能が育ちました。(中略) 実を言うと彼は幼稚園の年長組のとき、担当の先生から「小学校の普通学級は難しいかもしれません」と言われたんです。 親としてはすごいショックです。 だけど、結果的に普通学級に行けました。それでも小学校入学後もおむつがとれなくて。当然、小学校で「あー、コイツ、おむつしてる」って言われるわけです。 そんなとき武志は、「だって、俺おむつしてないともらすもん。におったらごめんね」と普通に言える子どもでした。 「武志くん、もらしたんじゃないの?」と言われると、「ほんとだ、ありがとう」と答える。 だから武志はおもらしをしても、いじめられはしなかった。 それにしても、ビッグダディ家の子どもたちは本当に個性豊かで、いったい佳美さんは何人の男と子どもを作ったのだろうとつくづく感じ入るが、両親が同じでも性格がまったく違う子どもなんていくらでもいるのだった。むしろそのほうが普通か。 テレ朝のビッグダディシリーズは終わってしまったが、こうしてブログで一家の消息を知ることができる。 美奈子さんのブログも拝読しているが、二人のブログを読み比べていると、ビッグダディがあからさまに美奈子さんを突き放しているようで、感じ悪い。 ビッグダディにもぜひ武志くんのような大らかな心を持ってほしい。

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  • 26 May
    • 親切な履物店さんから下駄について学ぶ

      また出版する当てのない原稿を書いている。過去に出した4冊ともすべてそうだった。全部書き終えてから出版社を探すというかなり能率の悪い手法をとっている。そのやり方が定着してしまった。数年かけても出版できないかもしれないというリスクはあるが、時間をかけて丁寧に書けるというメリットもある(もちろん、その分貧乏になる)。今日、明治時代の雑誌記事を引用していたら、数種類の下駄が出てきた。それぞれの違いがわからない。ネットで調べてもよくわからない。品川にある丸屋履物店さんのウェブサイトが詳しく、メールアドレスも載っていたので、図々しく質問してみた。もちろんそういう目的のためにメアドを掲載しているわけではないだろうから、もしできましたらご教示下さい云々という前置きは当然つけた。実はこの手の問い合わせはしょっちゅうしている。例えば『生理用品の社会史』を書いているときは、複数のドラッグストアに、生理用品を中身の見えない袋に入れる理由を教えてください、という質問をし、不審がられた(ちなみに私は中身が見えない袋に入れることに反対の立場ではない)。『「オバサン」はなぜ嫌われるか』を書いているときも多くの企業に問い合わせをしたが、一番親切だったのはヤクルトだった。「ヤクルトおばさん」という呼び方をやめた理由を教えてください、という質問に、丁寧に明確に答えてくださった。相手にとって何のメリットもない、しょうもない質問に丁寧に答えてくださると、とても感激する。そして今日問い合わせをした丸屋履物店さんも、メールを送るや否や、とても丁寧でわかりやすい説明を返してくださった。本当にありがたい。というわけで、今日は本文とはまったく関係ない下駄について勉強し、その経緯をこうしてブログに書くことで1日が終わった。だから1冊書くのに時間がかかるんだな、と自分でも納得。

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  • 25 May
    • 沢口靖子の「霞夕子」

      『金曜プレステージ』の「検事・霞夕子」シリーズは、2時間ドラマの中で例外的に面白い。2011年の「無関係な死」、2012年の「年一回の訪問者」もよかった。私はこういうジメジメした話に共感しやすい。今回の「不能犯」はジメジメ感はなかったが、犯人に共感した。床嶋佳子の霞夕子も悪くなかったが(桃井かおりはガラ悪すぎ、鷲尾いさ子は演技下手すぎ)、私は沢口靖子演じる霞夕子とその家族が好きだ。家事一切を取り仕切る母松原智恵子、夕子の実家の寺を継いだ夫ダンカン、小学生の娘。母と夫の仲は円満、娘は母思い。いつも見ながら最初に思うのは「ダンカン下手」。もちろん沢口靖子も下手で、以前は気になったが、あるとき『婦人公論』のインタビュー記事に“演技が下手なので努力しつづける”といったことが書いてあり、その謙虚さに恐れ入った。以来、気にならなくなった。ドラマの内容はさておき、最後に描かれる夕子の家族の光景が、今回もまた心に沁みた。事件解決後のこういう場面は、殺伐とした事件モノの口直しなのだろうが、『相棒』の「花の里」、ちょっと古いが『はぐれ刑事純情派』の真野あずさの店の場面など、要らないと思っていた。ましてや原日出子のテニスウェアとか(これも古い)。でも霞夕子家の団欒は不可欠。今回、夕子と娘の思い出の絵本として登場した『コンとあき』(林明子作)は私も大好きで、本棚にある。今日あたり、売れてるんだろうな…(敬称略)

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  • 24 Apr
    • 松本侑壬子『母娘の風景』

      映画評論家、松本侑壬子さんの著書『母娘の風景』(論創社、1988年)を読んだ。 松本さんの新聞記者時代の連載記事をまとめたものである。 最近の、成長後の娘が自分を育ててくれた母親の欠点をあげつらい、批判するという風潮を気持ち悪く感じていた私は、期待を持ってこの本を読んだ。すると期待以上の発見があった。 この本には松本さん母娘を含め、10組の母娘が登場するのだが、いずれも有名人ばかり。 桐島洋子・かれん母娘、小林照子・浩美母娘、吉行あぐり・和子母娘、加藤シヅエ・タキ母娘、津島佑子、高野悦子、伊藤ルイ、生方美智子、丸岡秀子(敬称略)。 新聞連載時が1986年とあって、すでに鬼籍に入られた方もおられ、女性史を読んでいるようだった。 しかも、思わず何でも話したくなってしまう同年代の女性記者に、本人が直接語っているのだから、貴重な一次史料である。これをもとに伝記が書けるのでは?と欲が出た。 書名からはわからない貴重な本が、まだまだ存在するのではないかと思わせる1冊だった。 ところで、私が最近の母親批判を気持ち悪く感じる理由は、虐待を受けたというのなら話は別だが、母親も人間なのだから欠点や過ちがあって当然なのに文句を言うな、というのが1割。(とくに母親の過保護を批判するのは筋違い。その過保護があったればこそ、今、好き勝手を言える「権力」を手にしているという点は否めないはず) そして、母親批判に限らないが、公に発言できる手段(権力)をもつ人(つまり有名人)が、反撃の手段をもたない人を一方的に批判するのは卑怯だというのが9割。 そういう人たちは結局、いい年をしてまだ母親に甘えているのだ。

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  • 29 Mar
    • 『大家族石田さんチ』

      27日(木)に、『7男2女11人の大家族・石田さんチが大騒ぎ! 両親への感謝SP』 (日本テレビ)をやっていた。 お父さんの退職や、お父さんお母さん揃っての還暦祝いなどがあったため、過去を振り返るような作りになっていて、感動した。 ただ、長男は酔っ払うとクドくなる。しかも話があまり面白くないのだが、いい人なので全然かまわない。 数ある「大家族モノ」の中で、『石田さんチ』は間違いなく、「好感度ナンバーワン大家族」だと思うのだが、その理由はどの辺にあるのだろうか。 そこで今日のテーマは、「なぜ石田さんチは好感度が高いのか?」。 いわゆる「大家族モノ」の「大家族」とは、単に人数が多い家族(三世代、四世代同居など)のことではなく、「子だくさん家族」のことである。 「貧乏者の子だくさん」という言葉があるが、実際にテレビの「大家族モノ」には、「子どもが多くて十分なことをしてあげられない」と嘆く親や、「きょうだいが多いから進学を諦める」と語る子どもが登場する。 子育てにお金がかかることは百も承知で、次々と子どもを増やし、挙句に「お金がないから~してあげられない」と嘆く親に、以前は「コンドームを買うお金もないのだろうか?」と感じたものだが、今ではその「無計画性」がうらやましい。 そんな大家族が目立つ中、「食べるもの食べさせて、将来自立するために、子どもが受けたい教育を受けさせてあげよう」という方針のもと、父親が必死に働き、母親がしっかりと家計をやり繰りし、子だくさんによる出費の連続を無事に乗り越えてきたのが石田家である。 1997年からすでに30回ほど放送され、最高視聴率20パーセントを記録した『石田さんチ』のお母さんは、子育てに必要なのは、 「気力・体力・経済力」であり、「特に絶対なのは経済力です」と説く。 石田さんチを知らない人には、「7男2女」を育てた経済力をひけらかしているように聞こえるかもしれないが、それは誤解である。石田さんチは、ごく普通のサラリーマン家庭で、お父さんは仕事上のさまざまなストレスと戦いながら給料を入れ、専業主婦のお母さんは限られた収入を必死にやり繰りしてきた。 成長し、独立した石田さんチの次男はこう語る。 「ここに来て気づいたことは、オヤジのすごさだね。ほんと尊敬するわ。(中略)税金も払って、何一つ滞納もなく、教育もちゃんと高校や大学に行かせているんだよ。おれも『貧乏で何もできない』とか言われて、(勉強も)何もやんないで、すぐに働きに出されていたら、ここにはいられなかった……」。 「うちは貧乏だからね~」と、ことあるごとに子どもたちの夢に水を差す「某大家族」の親に聞かせたい。さらに言えば、子どもたち全員が留学を経験する「某セレブ大家族」の子どもたちからは、この言葉は出てこないだろう。個人的には、ビッグダディ一家のように「貧乏」を悲観せず、自力で道を切り拓いていく子どもたちも好ましい。 家計に対する両親の堅実な姿勢、長じてそれを「すごい」と語る素直な子どもたち。石田さんチが「好感度ナンバーワン大家族」である理由は、両親の明るいキャラクターと、この辺の「まとも」さにあるのではないだろうか。

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  • 09 Mar
    • 震災関連『Nスペ』『ETV特集』

      上層部は問題山積のNHKだが、震災関連の『NHKスペシャル』と『ETV特集』は、さすがNHKと思わせてくれる。 7日(金)放送の「無人の町の“じじい部隊”」(Nスペ)は、他の震災関連番組と比べると、そこはかとなく希望が漂う。一重に、自称“じじい”さんたちのお人柄のおかげか。 彼らの日常を追うだけでも、十分価値ある内容なのだが、地元のプロフェッショナルならではの、高濃度汚染水漏れの原因についての指摘は、かなり重要。東電も国も、本気で取り組んでほしい。 再放送は、14日(金)午前0時40分~(13日深夜。中部ブロックは午前2時35分~)http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0307/index.html 8日(土)放送の「避難者13万人の選択~福島 原発事故から3年~」(Nスペ)。 新聞やニュースで、○○万人といった数字や色分けした地図で伝えられてもピンとこない避難者たちの現状が直に伝わってくる。 東京の人はオリンピックのことばかりで、被災地や復興のことなどもう忘れてしまっている、と語る男性。 たしかに、開催地が決定したときの報道は、そう思われても仕方がないほど偏っていた。 再放送は、10日(月)午前0時10分~(9日深夜) http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0308/index.html 震災直後から、放射能汚染について詳細な情報を伝えてくれた「ネットワークでつくる放射能汚染地図」(8日。ETV特集)。今回は「~福島原発事故から3年~」。 特筆したいのは、放射能計測の第一人者、岡野眞治博士、87歳。 独自に開発した測定器を車に積み、撮影スタッフとともに福島県内を測定して回る。 薬を飲み、杖をつきながら。見るからにご老体。しかし、岡野博士にしか成しえない調査、分析、提言がある。 エベレスト登頂よりすごい。これこそ偉業。 再放送は、15日(土)午前0時45分~(14日深夜) http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2014/0308.html 『Nスペ』の近日放送予定。 10日(月)午後10時~「被災地 心の軌跡~遺族たちの歳月~」http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0310/index.html 11日(火)午後8時~「あの日 生まれた命」 http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0311/index.html 15日(土)午後7時30分~「特集ドラマ 東京が戦場になった日」 http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0315/index.html

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田中ひかる

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