NPO法人青少年自立援助センター/多文化子ども・若者日本語教室・田中宝紀-IKI TANAKA

NPO法人青少年自立援助センター定住外国人子弟支援事業部統括コーディネーター。
NPO法人多文化共生子ども・若者プラットフォーム理事長。
隠れイクメンの「ダンナサン」と共に、5歳の愛息「イツクン」、2歳の愛娘Sayaの子育て業兼任NPO女子生活。


テーマ:
昨日、スタッフの一人がネットニュース記事を共有してくれました。
(この元の記事については後半の論調が賛同できないのでリンクは貼りませんが、引用元としてタイトルと執筆者名のみ掲載:「【川崎事件】18歳少年が率いた“ハーフ軍団”「札付きではなく弱い子の集まり」取材・文/浅間三蔵)


記事の内容は、


・川崎での13才の男の子が殺害された事件で、殺人容疑で逮捕されたグループが「ハーフ軍団」と呼ばれていたこと

・「不良の集まりという感じではない。それとは逆で『弱い子の集まり』という言葉のほうが正しいと思う。学校でいじめに遭ったり、周囲となじめずに不登校になった子どもたちが自然発生的に集まっていたというのが実情です」という住民の方からのコメント

・「ハーフの子が多かった」という事実は、彼らが疎外感を感じやすい環境にあった可能性があること

・安部政権下で外国人労働者の活用が謳われている昨今、日本社会の大きな構造変化の可能性があり、移民政策が採られれば、2世、3世が(社会)不適合を起こすのではないか(」移民問題に詳しい社会学者」という方のコメント)


と言ったことが主でした。

後半以降の内容は匿名の学者(誰やの?)のコメントを引用し、さらにISILと関連付けるなど軽率にまとめられている印象を禁じ得ませんが、前半部分、「ハーフ」の子ども達が疎外感を感じやすい環境にあった可能性を取り上げ、そうした状況が積み重なった上に今回の事件が起こったのではないか、という論調には一定程度同意できるものでした。

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<第2、第3の悲劇を防ぐことについて考える:一人の大人として>

あらかじめお伝えしておきたいと思いますが、以下に記述することは
一切、今回罪を犯してしまったとされる少年たちを擁護するものではありません。
殺人をおかした事が事実だとしたら、それは決して許されることではありません。
子どもを育てる親の一人として、今回殺害されてしまった男子生徒の事を思うと、胸が締め付けられ、関連するニュースを直視することすらできないくらいの気持ちを持っています。

しかし一方で、私は「ハーフ」を含む、外国につながる子どもたちが直面する様々な困難を間近に見、彼らを「支える」ことを生業としている(おそらく一般の方々より彼らの事をよく知っている)以上は、今回起きた事件について発言をする責任があるのではないか、第2、第3の悲劇を生まないためにできることを考える必要があるのではないかと感じています。同じことを、伊勢崎でフィリピンにルーツを持つ男子児童が亡くなった時、三鷹で外国につながる若者が殺人を犯したときにも考えていて、このエントリーを何日か悩んだ末にやはり今回は書いてみることにしました。

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外国につながる子ども(日本国籍/外国籍に関わらず保護者のいずれか、または両方が外国出身者の子ども等)が日常生活で体験する困難については12月8日のエントリー「伊勢崎の小6フィリピンルーツ男子転落死―日本語ができない外国にルーツを持つ子どもたちの学校生活」で取り上げました。(*追記あり:2015年3月10日)

伊勢崎で亡くなられた男の子は来日して間もなく、「日本語ができない」ことが周囲にとっても明らかな状況でした。日本語ができない事が主となって本人にも周囲にも「大変」な状況を生みだし、誤解や行き違いが積み重なり、いじめ、という行為につながった可能性や、自ら命を絶つという痛ましい状況を引き起こした可能性が考えられます。


今回川崎の事件で許されない罪を犯してしまったとされる18歳の少年は、外国につながる子どもではありますが、報道などを観ている限りは「日本語ができない」と認識される状況ではなかったようです。(その他の「ハーフ軍団」と呼ばれた子ども達の日本語の状況などは全くわかりません)

私たちの運営する教室にも、伊勢崎の男の子のような「長く外国に暮らしていて来日して間もなく、日本語がわからない」お子さんもいれば、川崎の容疑者の少年のように(おそらく)日本で生まれたり、幼少期に来日して日本語の日常会話に不自由のない状態、というお子さんもいます。

「日本語ができない子ども」は日本の学校や生活で大変な思いをしそうだ

ということは、比較的みなさんの同意を得られ易く、外国につながる子どもの事を良く知らない方でも想像しやすい状況だと思います。

一方、「日本語の日常会話に不自由しない外国につながる子ども」が、日本社会の中でどのような困難を抱えやすいのか、それはなぜなのか、ということについては様々な要因が重なり合う部分でもあり、簡単には理解を得られない。だからこそ困難である、と言える状況です。

「あの子どもは見た目は「外国人」だけど日本語ペラペラだから大丈夫ですね」

というような反応は、学校の先生方や新たに支援現場にやってきた新任職員にすら見られます。


<日本語が”できる”外国につながる子どもの物語:最大限の想像力と共に>

ここから先は、以前の伊勢崎のエントリーと同様に川崎の事件とは切り離してこうした「日本語が”できる”外国につながる子ども」が日本社会の中で体験する可能性のある事柄を、「最も望まれない反応/状況」を複数の事例から物語として再構成してみようと思います。

とても大雑把に再構成したものなので、これが決して全てではありません。ただの事例を寄せ集めたストーリーにすぎません。
また、以下はいわゆる”ハーフ”のお子さんの状況を念頭にまとめますが、主に母親が東南アジア出身の外国人で、父親は実父/義父/養父に関わらず日本人男性である場合を想定します。


<幼少期>

こうした子ども達の家庭の中の言語は、日本人男性(実父or義父or養父あるいは母親の恋人)の存在により「日本語」が主たる言語となる場合が少なくありません。

日本で生まれ育った場合または幼少期(概ね7~9歳より以前)に来日した場合、家庭内で母語(母親が最も上手に話せる言葉:この場合東南アジア言語)が使用されない状況であると、母親の国の言葉がほとんど理解できない、あるいはそれまで話していた外国語を簡単に忘れてしまう、という「母語喪失(*1)」と呼ばれる状況や母語不確立(*2)の状況が発生します。

また、母親は日本語がネイティブ並みに得意、ということは少なく、限られた単語量で日常生活を過ごしています。日本語(特に漢字)の読み書きもできず、日本人の夫が頼りです。

子育てでも、子どものした事が「ダメ」であったり「悪い」という事は伝えられるが、それが「なぜダメなのか、なぜ悪いのか」は説明できなかったり、絵本を読んであげられなかったり。自らの母語で子育てしている場合と比較し、親から子へかける「言葉」や「表現」が限定的になります。

一方、こうした東南アジア出身の女性と結婚する日本人男性は、ブルーカラーの男性や比較的高齢の男性が多く、子育てや家事などに主体的でないことも少なくありません。
絵本の読み聞かせや宿題のフォローなどを日本語ネイティブである男性が積極的に担わないことで、さらに子どもの日本語の言葉の量や表現の幅が限定されてきます。
(保育園や幼稚園で触れている分量だけでは不十分なことも)



<小学校時代>

学校に上がってからも母親が子どもの宿題を見て上げられないだけでなく、日本人の夫の協力がなければ学校から渡された「お手紙」に書いてある重要な事(●日までに××を学校へ持ってきてください、と言った連絡から集金のお知らせなど)が理解できません。
夫は子どもの事は母親に任せる、というスタンス。

すると、この外国につながる子どもは持ち物を「忘れ」たり、宿題(家庭でフォローしてもらえない)をやってこないことが多くなります。

次第に周囲から「よく忘れ物をしたり、宿題をやってこない困った子ども」として認識され始める一方で、子ども自身は「自分だけ○○がなくて恥ずかしい」気持ちや母親に対する怒りを体験することに。

また、日本語の表現力や言葉の絶対量が少ないため、自分の考えをまとめたり、気持ちを伝えたりすることが苦手になり、何かトラブルがあった際に「なぜそうなったのか」などの理由をうまく伝えられない、気持ちをうまく表現できないため、暴力的になったり、じっと黙りこんだりすることが度々起こります。

思考するための言葉の不足がストレスとなり、それをうまく表現できないことがさらなるストレスを呼び、じっとしていられない/暴力的/すぐに黙る、など「問題行動」として捉えられ始めると、小学校高学年になる頃には「問題児」のレッテルが強く貼られてしまいます。

周囲の子どもが「母親が外国人であること」や本人の肌の色などを「からかい」の対象として捉え、いじめにつながることもあります。その理不尽さを上手に消化したり解消するための思考やコミュニケーション能力も育たない中で、暴力としてその気持ちを爆発させたり、内にこもり自尊心を失い人との関わりに恐怖心を抱えたり・・・


<中学校時代>

中学生になると、ぐっと難しくなる学習用語が日本語の力の発達が不十分な子どもをさらに追い込みます。
特に「母語(母親が最も得意とする言葉)と本人が話せる言葉が異なる」場合、抽象的な概念を理解したり抽象的な思考が苦手になります。

すると、「X(エックス)に代入」など「存在しない概念上のもの」を扱う事ができなかったり、漢字という”イメージ”で捉えること(月へんなら体の部位、サンズイから水のイメージなど)、などへの苦手意識がどんどん高まります。

授業で先生が話している「日本語」が捉えきれず、板書が書ききれず、試験の成績が伸びなくてどんどんと落ちこぼれていく。

学校の先生からも母親は外国人であるものの、本人は日本語をネイティブのように「話す」し、小さなころから日本で生活しているため、

日本語(言語発達)の問題

とは捉えず

ただ勉強ができない生徒

として認識します。

それに加え、感情の処理やコミュニケーションが苦手で、反抗的・暴力的だったり自傷行為などが見られたり、ほとんど学校へ足を運ばなかったり・・・

外国につながる子どもは、どんどん「浮いた」存在に。

そのことを家庭と話そうと担任の先生が足を運んでも、外国人の母親にとっては「日本語がとても上手な我が子」がなぜそのような問題を抱えるのかが、よく理解できません。
また、父親である日本人男性にとっても、その子どもは「ただ勉強ができない、不良」だったり、「わがまま」な子どもだったり「極端にシャイな性格」として捉えていることも少なくありません。

また、子ども自身も父親や母親へよく自らが思っている事、考えている事を伝えることができません。周囲へ打ち明けるための適切な「ことば」が見つかりません。時には、考えるための「ことば」を持っていない子どももいます。


<その後>
こうした子ども達は、総じて「学校の勉強」が苦手なことが多く、成績が良くない。試験でも点数を取れず、高校受験に失敗して進路未決定のまま学校から卒業せざるをえなかったり、望まないながらも定時制高校へ進学しますが中退したり、ほとんど学校へ行かない状況に・・・

相変わらず、自分の気持ちを正確に伝えたり、考えをまとめることが苦手です。
漢字は小学校低学年程度までしかわかりません。
読み書きの力も育っておらず、会社や役所の書類はほとんど理解できません。
友人は同じように外国につながる子どもとして、苦しい思いをしてきた子どもばかり。

自分は「ガイジン」なのか、「ニホンジン」なのか
「ニホンジン」なんだったら、どうしてこんなに日本語がわからないのか
母親が同じ国の友達と話す言葉もまったくわからない

どちらにも属していない、属することができないアイデンティティの揺らぎは、「日本社会に居場所のない自分」への悲しみと、「居場所を作ってくれない日本社会」への怒りが混ざり合い、そのどちらに支配されても、悲しい結末を導く恐れは小さくないと考えています。


<すでに日本社会の一員である子ども達>

こうした(移民2世と呼びうる)外国につながる子どもたちが、日本にどのくらいいると思いますか?
2014年、政府の人口動態統計によると、出生時点で父母のどちらかが日本人である小中学生は22万5千人。外国籍の5歳~14歳は2014年現在で11万人。合わせると外国籍を含めた外国につながる小中学生は、約33万人となります。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001127058より作成)

小中学生の子ども全体の数は約1,000万人なので、およそ3%を占めています。
少なくない数ですね。

子ども日本語教室にやってくる子ども達の場合、家庭が「日本以外の国に今後住む予定や帰国する予定がない」と答えた日本永住・定住志向のご家庭が97%に上ります。
この30万人の外国につながる子ども達も、その多くが日本に定住し、日本で成長し、仕事に就き、恋をして結婚してまた新たな「外国につながる子ども」を育てます。

そう。日本社会の一員、未来を担う大切な日本の子どもとして育んでいくことが、外国につながる子ども達自身のみならず、私達の暮らす日本社会にとっても非常に重要な「社会投資」となります。

さて、ではこうした子ども達と出会った私たちは、どのような事ができるのでしょうか。
彼らが寂しさを感じず、疎外感を感じず、自らの能力をのびやかに発揮し、日本で活躍する(しかも2言語以上を話すグローバルな人財となる可能性を大いに秘めています!)ために、なにができるでしょうか。

あの事件以来、ぐるぐると頭の中を巡らせて、
これまで支援してきた1人1人の顔を思い浮かべながら
いくつか日本語教室ボランティア支援者や学校の先生方が使えそうな「できそうな事」を考えてみました。
次のエントリーでご紹介します。


(*1)「母語喪失」については、「関西母語支援協会」のホームページでわかりやすくまとめられていますので、ご参照ください。

(*2)「母語不確立」とは、ダブルリミテッドと呼ばれる状態で、母語も日本語も年齢相応に発達していない状態のことです。

この他、現場では「シングルリミテッド」と呼んでいる状況の子どもと出会う事があります。
シングルリミテッドは、
1)外国人の保護者(主にひとり親)が、
2)十分でない日本語のみで子育てをした
際に多くみられます。

家庭の中でも外でも日本語しか使用しておらず、本人の第1言語も日本語で、日本語しか話せないのにその日本語が小学校低学年程度で発達が止まっている状態です。
子育て中の言語状況の結果のものなのか、別の要因(たとえば脳機能のしょうがいなど)があるのか、因果関係などはわかっていませんが、複数の事例を経験しています。



★「多文化子ども・若者日本語教室★
NPO法人青少年自立援助センターが運営する不就学、不登校状態にある外国につながる子ども達や、学校の勉強についていけない子ども、高校進学を目指す進路未決定や15歳以上で来日した若者を学習面からサポート。2010年~2014年で400名の外国につながる子どもを支援し、高校進学率97%を達成しました。
http://kodomo-nihongo.com 東京都福生市 

★外国につながる子ども達に教育機会を!★
外国人ひとり親家庭や、困窮世帯に暮らし、月謝負担が難しい外国につながる子どもたちに、専門家による日本語・学習支援のための教育バウチャーを発行します。
皆さんのご支援が、子ども達の学ぶ機会を創出します。
~クラウドファンディング オンライン寄付サイトよりご支援いただけます~
http://japangiving.jp/p/1912  

<追記>
3月5日:ご指摘をいただき、以下を修正しました。
(誤)小中学生の子ども全体の数は約100万人なので、およそ3%を占めています。
少なくない数ですね。
(正)小中学生の子ども全体の数は約1,000万人なので、およそ3%を占めています。
少なくない数ですね。

(誤)「~宿題(家庭でフォローしてもらえない)をやってこないことが度々怒ります」
(正)「~宿題(家庭でフォローしてもらえない)をやってこないことが度々起こります」

その他、少し言葉などを手直ししました。


<追記2:2015年3月10日>
この件についてのご連絡を複数いただきました。
この男子児童が転落死した原因として伊勢崎市の教育委員会はいじめの可能性は低いことを今年の1月19日に公表しています。事故であった可能性も否定できない中で自殺を前提としていると受け取られるような表現があったことについては、私の文章力と配慮が不足していたことと受け止め、反省します。
一方で、別の方面からはこの児童のお母さんはまだ納得されておられない、という事も伺っており、真実がいかなるものであったのかまだ結論を出す段階ではないのだろう、とも思います。

一日も早くわが子を失った悲しみの最中にあるであろうお母さんの心が安らかになること、
亡くなった男の子のご冥福を改めてお祈りします。
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