2010-09-23 19:57:17

第110回_田口利八_心を奮い立たせる花・福寿草

テーマ:物流

「踏まれても、踏まれても強く野に咲く福寿草」この句の作者は月賦で買った中古トラック1台を持ってトラック運送業で身を起こし、西濃運輸を創業する田口利八(たぐちりはち)である。

 

「木曽路はすべて山の中にある・・・一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いた」これは、島崎藤村の「夜明け前」の書き出しであるが、この山深い長野の木曾谷(現南木曾町)で田口は明治40年(1907年)に生まれ育った。この付近に春一番に福寿草という花が咲くらしい。福寿草は長い冬の間、いくたびも雪に押しつぶされながらも、じっと耐え抜いて、やがて花を咲かせて人々に春が来たことを知らせる。この福寿草に自分の歩みを重ねて作ったのが上記の句である。


田口は23歳の時に中古トラック1台から運送業で身を起し、その後数々の苦境を乗り越えて業界トップ企業となる西濃運輸を育て上げた。戦時中は本社のある岐阜県大垣市が大空襲で焼け野原になった。本社構内の倉庫に2発、修理工場に3発を含め計42発の焼夷弾を落とされた。これを全員でぬねむしろでたたき消して戦火を免れた。

戦後はいち早く名古屋━東京間の長距離運送をはじめるため運輸省(現国土交通省)に免許の申請をする。今でこそあたりまえであるが当時は業界の常識を逸していた。長距離運送の行政は鉄道を中心に行っており、燃料も車も道も悪いこの時代にトラックの長距離運送は夢物語であった。運輸省に直談判するが当然取合ってくれない。しかしトラックの長距離運送の必要性を感じている田口は諦めない。また来たかといやな顔されても粘りに粘り、課長、部長、局長と厚い壁を一つずつ突破していく。通い詰めて20日ついに「まあ、検討してみるから正式申請を出すように」とついに運輸官僚を説き伏せて長距離路線の認可を勝ち取ることに成功する。かくして田口はわが国トラック業界の長距離輸送時代のパイオニアとして経済史に名を残すことになった。




「創業から今日まで、苦しいことの連続だった。それを克服することができたのも、あえて困難な道を選んだのも、春を告げる花・福寿草が教えてくれたものだ。踏まれれば踏まれるほど、たくましく育つ福寿草。私はこの野に咲く福寿草が、好きでたまらない」と後に田口は述懐する。 




福寿草精神の句は田口の生き方、歩んできた人生そのものが凝縮されていて何とも味わい深く心打たれる句である。私は福寿草の花を見るたびにこの句を思い出し心が奮い立たされる。




文責 田宮 卓





参考文献

青野豊作 「名言物語 人生の極意、経営の勘どころ」講談社

日本経済新聞社 「私の履歴書 経済人15」日本経済新聞社

島崎藤村 「夜明け前 第一部(上)」 新潮文庫












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