2012-05-27 22:42:54

第218回_生活保護に頼るな

テーマ:食品

「死んでないやつには、まだチャンスがある」

レバノン共和国の格言



レバノン共和国、通称レバノンは西アジア・中東に位置する共和制国家であるが、行ったこともなければ知り合いもいないので、私はこの国のことは良く知らない。どういう国か分からないが、日本の方が遥かに経済的にも物質的にも豊で医療制度も、社会保障制度も充実していることだけは確かであろう。それだけに日本より過酷な環境を生き抜いてきたレバノン人のこの各言には生きる逞しさを感じる。


私はピンチに陥る度に思い出す言葉がある。このブログの第214回で取り上げたアシックスの創業者、鬼塚喜八郎の「命まで取られへん、だめならやり直せばいい」とこのレバノンの格言である。


今、あるお笑いタレントの母親が生活保護を不正に受給していたのではないかという疑惑が明るみになり問題になっている。結局、不正受給なのかどうか事実関係は私もテレビや新聞などで報じられている以上のことは分からない。


このニュースを知って思うことは、我々国民は行政や政治家の無駄使いを厳しくチェックすることは必要だと思うが、その反面、不正に生活保護を受給していたり、必要もないのに保護を受けている人がいるという事実である。生活保護は、本当に困窮している人にはしっかり届くように手当をすべきだと思うが、行政の調査範囲が限られているため、どうしてもこういう不正事件はおきてくる。国民の側も必要もないのに「貰えるものは貰っておけ」こんな感覚でいたならば社会保障の財源はいくらあっても足りなくなるだろう。


さらに分析を加えてみると、頑張れば生活保護を受けなくても済むのに、保護を受けられるからそれに甘えて頑張らない。こういう人も結構いるのではなかろうか。このことは自身の飛躍のチャンスを自ら放棄しているようで非常にもったいないことに思えてならない。


昔から「火事場の馬鹿力」という言葉があるが、人間窮地に追い込まれると自分でも考えられない力を発揮することが良くある。古今東西の偉人となった人をみても禍をチャンスに変えて飛躍したケースは実に多い。


日清食品の創業者、安藤百福(ももふく)が世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」の開発に成功したのは昭和33年、安藤48歳の時であったが、開発にとりかかった時は無一文に近い状態であった。人に頼まれ不慣れな信用組合の理事長を安請け合いで引き受けたところ、倒産してしまい無一文となってしまったのだ。整理を終え心身ともに疲れはて大阪府の池田の愚居に引き籠った安藤であったが、「失ったのは財産だけではないか。その分だけ、経験が血や肉となって身についている」そう開きなおり自らを奮い立たせた。


そして手掛けたのが即席ラーメンの開発であった。それまで安藤は靴下の販売や機械、製塩、炭焼きと幅広く事業を展開してきたが、ラーメンの製造の経験は皆無であった。即席ラーメンの発想は戦中、戦後に飢えを凌ぐために人々が食糧を求めて争う姿を目当りにしたことに起因する。戦後大阪梅田駅の裏手でラーメンの屋台に長い行列が出来ているのを見た時に、人は一杯のラーメンのためにこれだけ努力するのかと感動を覚えたという。池田の愚居のどん底で。「食のありさまが乱れていたら国は衰退する。食品会社はきわめて社会貢献度の高い仕事である、食が文化、芸術、社会のすべての原点である」という考えに至り、今まで何度となくぼやっと考えては消えていたアイディア「いつでもどこでも食べられるメンを大量生産する」で再起をはかることを決意する。


腹が決まると自宅の裏庭に小屋のような作業場をつくり、開発の目標を「美味しい、保存性、便利、安価、安全」と5つに定め、ラーメンの開発に集中する。もちろん社員などいない。手伝ってくれるのは妻と子供だけである。朝の5時夜が明けると研究室にこもり夜中の1時、2時まで研究は続く。一日の休みもなく研究を続けついに安藤は「チキンラーメン」を完成させた。チキンラーメンは爆発的に売れ、即席メンの生産は、昭和33年に13百万食、35年に15千万食、そして37年には10億食、38年には20億食と倍増していく。「チキンラーメン」を開発してわずか5年で東京と大阪の両取引所に上場を果たす。現在世界で最も流通している食品が、安藤が開発した即席メンである。窮貧からの出発にもかかわらず、短期間でここまでの成功をおさめた経営者はほかにはいないだろう。


安藤は後に「事業と財産を失い裸一貫、絶対の窮地からの出発であったからこそ、並ではない滞在能力が発揮出来たのではなかろうか。逆説的に言えば、私に事業失敗がなければこれほどの充実した瞬間は持てなかっただろうし、即席メンを生み出すエネルギーも生まれなかっただろう」と述懐している。


また安藤は

「人間その気になれば、一日で一ヶ月分の仕事ができる」

「発明や発見には立派な設備や資金はいらない」

ともいう。

 

人間、命さえあれば、まして五体満足であるならば国の保護など必要ないはずだ。人は死にもろ狂いで頑張ればやってやれないことはない。


関連サイト

レバノン語録 http://bit.ly/Kv4bvB

安藤百福(日清食品創業者)語録 http://bit.ly/y7esyk

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2012-05-12 22:48:03

第217回_経営者の成功する必須条件とは

テーマ:ブログ

船井総研(東証1部)の創業者、船井幸雄は経営コンサルタントという職業柄、数千人の経営者と膝を突き合わせて本音で語りあってきている。浅い付き合いの経営者を多く知っている人はいても、経営者との深い付き合いを船井ほど多くしてきた人間はそうはいないのではなかろうか。そんな船井が上げる経営者の成功する条件は、「プラス思考」「素直」「勉強熱心」の3つだそうだ。


私も既に故人となっていて直接会ったことはないが、書物や直接会ったことのある人から昔の創業者、名経営者のことを聞き、多くの人物を調べてきたつもりである。この船井の上げる3つの成功の条件は過去の偉大な経営者に照らし合わせてもほぼ当てはまるのではないかと思う。そしてこの3つの中でも経営者に絶対に欠かしてはいけないのは「勉強熱心」ではないかと思う。私なりの分析を加えると「素直」というのは「勉強熱心」に含まれると思うし、船井いわく「大企業の社長や会長は、私の知る限り、本当に皆謙虚」というが、この謙虚というのも「勉強熱心」に含まれると思う。素直で謙虚な人というのは皆、勉強熱心である。


では、成功する経営者の条件で「勉強熱心」が何故欠かせないと思うかというと、企業は経営者の器以上にはならないからである。経営者の成長が止まると企業の成長も止まるし、企業が成長しているときは経営者が必ず成長しているはずである。そう考えると経営者に勉強心が無くなると企業は衰退に向かう。それだけではなく、創業者にしろ、サラリーマン社長にしろ、最後の最後で失敗し失脚するケースが少なくないが、それまでどんなに輝かしい実績や業績を築き上げてきた人でも「勉強心、素直さ、謙虚さ」というものが無くなった時に番節を貶(けな)す結果になるのではなかろうか。


そのことを象徴するエピソードをコンサルティング会社、ドリームインキュベータ(東証1部上場)の創業者、堀紘一の著書「人と違うことをやれ」(PHP文庫)に書かれているので引用してみたい。


イトーヨーカー堂グループ(現セブン&アイ・ホールディングス)の創業者、伊藤雅俊とダイエーの創業者、中内功はとにかくメモ魔であったという。伊藤名誉会長は食事中でも、仕事に関係ないことでもとにかく気になることや、これはと思った話は直ぐにメモを取る。中内も50代の頃、息子ほどの年齢差がありまだ無名のコンサルタントだった堀の話をとても熱心に聞き、2時間ほどの話しでメモを20枚以上も取っていたのでその謙虚さというか学習意欲には驚いたと堀は述べている。


ところが、その後の中内は60代半ばにさしかかる頃から堀と会うとメモを取るどころか説教をするようになったという「世の中とはこうこうこういうものなのだ。君、こういうことが分かっているか?」「堀君、君よりもオレの方がよっぽど優秀なコンサルタントだろう? オレを雇ったらどうだ?」こんな調子でそれまでの謙虚さや飽くなき学習意欲がなくなり変身していったように映ったという。


ダイエーは戦後、一時は小売業界の頂点を極め中内はカリスマ経営者と持てはやされたが、終番になるとライバルのイトーヨーカー堂が堅実に成長を続けるのとは裏腹に、中内のダイエーは衰退の道を辿っていった。堀は中内の変身と合わせるようにダイエーの低迷が始まったと指摘している。


中内・ダイエーの衰退の原因は「ダイエーはバブル時代に多角化経営で本業以外に手を出しすぎた」「中内は伊藤雅俊でいう鈴木敏文(セブンイレブン創業者)のような片腕、後継者となる人材を育てられなかった」等、研究者やジャーナリストが様々な理由をあげており、どれもこれも正いと思うが、私が一つ理由を上げるとすれば、堀が指摘したように中内に「勉強心」無くなったことが大きな原因ではないかと思う。「勉強心、素直さ、謙虚さ」が無くなると、ことごとく判断が狂う。善悪の区別がはっきりしなくなる。悪に対しても弱くなり、弱くなると、やがて逃避的か迎合的になる。これは非常に恐ろしいことであるが、このことは何も社長に限らず、社員であっても責任の重さが違うだけで同じことがいえるだろう。


そして私は、逆に生涯、最後まで「勉強熱心」を持ち続けたのではないかと思う人物がいる。それは松下幸之助(現・パナソニック創業者)である。幸之助は父親が米相場で失敗、破産したため尋常小学校を4年で中退し、9歳で丁稚奉公として働くことになった。ろくに学校には行っていない。しかし学校に行くことや読書だけが勉強ではない。幸之助の凄いところは自分以外の物を全て師と思い学び続けたことではないかと思う。私はそのことを幸之助が遺した「学ぶ心」という詩に集約されていると思う。PHP文庫を買うと「しおり」にも載っているので読んだことのある人も多いと思うが、この詩に幸之助の人生観が凝縮されており、常に素直に謙虚に学ぶ気持ちを持って生きてきたことが垣間見える。私はこの詩がこよなく好きである。是非ご覧いただきたい。


松下幸之助詩集(学ぶ心) http://bit.ly/pxwfLX


関連サイト

松下幸之助語録 http://bit.ly/oO0kre

伊藤雅俊語録 http://bit.ly/wrEHOc

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