南後志に生きる〜忘れられた日本人

テーマ:
山本竜也さんの「南後志に生きる」を読み出す。

{B5A51AFE-EE40-4CE5-9C0F-EB3F43536A3C}

609ページの大作。一気に読了とはいかない。少し少し拾い読みしていきます。前作の「寿都五十話」もこのぐらいの分量でした。

寿都、島牧、黒松内と北海道の人にとってもマイナーな地域に対する、著者の尽きない探究心にまず、驚かされます。

(しかし、寿都は気象関係者の間では強風の記録を持つ町として全国的に結構知られている)

全然関係ないが、知り合いに島根県で養鶏業の人がいる。23歳で稲作から転業した時、この商売をやるからには、ニワトリを愛さなければならない、好きなぐらいではダメと、「愛鶏」を自分に課した。感謝と協調と創意工夫を経営理念に据え、以来45年、日本で有数の養鶏経営者になりました。

この作品もその前の「寿都五十話」も、寿都への愛情がなければ世に出ることがなかったでしょう。

著者が聞き取りした53人の古老や女性の中には、私の知り合いの人もいる(島牧村の2人)。寿都の町並みをはじめとする資料も歴史的な価値が高い。

登場人物は80代から90代の人たちで、戦前戦中、戦後復興のまだ賑わいがあったころや、高度経済成長で人口流出が本格化した衰退期に現役だった人たち。戦争に大なり小なりの影響を受けた。

読書半ばだが、心に残った人をあげておきます。

作開村の老農夫は、東京大空襲の窮民対策で都が募集した北海道帰農団に応募し、一家挙げて入植した。終戦間際の8月に上野駅を立ち、玉音放送を聞くこともなく函館に降り立って、寿都を目指したという。入植後は困難の連続で、離農する人がほとんどの中、農業で自立した。

明治初期の入植は知っているが、戦中戦後にもあったとは初耳。それも、東京大空襲と関わりがあるとは。埋もれた歴史的事実の発見といえます。

寿都初の保健婦や養護教諭として生きた女性、京都からたった一人で疎開のために汽車を乗り継いで寿都に戻った女性、親子2代で上の教育を望みながら家業のために諦めざるを得なかった女性。さまざまな女の一生が寿都を舞台に繰り広げられたんですね。

民族学者の宮本常一に「忘れられた日本人」という名著がある。昭和35年に刊行され、明治時代に島や辺地で生きた無名の人たちの歴史を浮かび上がらせた。

著者の試みは、南後志版の「忘れられた北海道人」の再現かもしれない。

これから、どんな人の歴史に出会えるか楽しみです。


ついでながら、戦前戦後の人たちが波乱万丈だったのだから、本州から北海道に渡った移住一世の世代はもっとすごかったでしょう。




















AD