2016年04月14日

新入社員

テーマ:雑記



かなり遅れましたが・・・
弊社は4月1日に4人の新入社員を迎え入れました(^_^.)

福岡から2名
東京から1名
岡山から1名

と、採用の守備範囲も広くなってきました。

新入社員に対して毎年入社式で話をしているのですが
実は十年以上毎年同じ話をしています。それはどんな話かというと

「20代前半の働き方でその後の人生が決まる」

私自身、学生時代には将来の事なんて全く考えていなかったし、
出来れば社会人になりたくないと思っていました。当然ベンチャーなんて興味のかけらも無かったです。

でも大学4年の就活終了後に始めたアルバイトがたまたま「広告」で「ベンチャー」だったのです。

時給を得るために働き始めたので、仕事の内容は何でもよかったのですが、その仕事内容がたまたま「飛び込み営業」でした。

やり始めると欲が出てくるもので、受注したいと思うようになり、受注したら「もっとレベルの高い仕事がしたい」と思うようになり、どんどん仕事に嵌って行きました。

旅行会社の内定はあっさり辞退し、卒業式よりも営業のアポを優先させて、その会社にそのまま入社しました。

とにかく目の前の事に夢中で、正直言うと大したことも考えず、体力の続く限り走り続けました。徹夜仕事は当たり前で、きついという感覚よりも「プロになりたい」「もっとレベルの高い仕事がしたい」とか、気力の方が完全に勝っていました

多分無駄な事も多かったと思いますが、量をこなすことで効率の悪さをカバーした、そんな感じでした。一週間分の服を持ち込んで、銭湯と会社を往復しながら結局2か月近く家で寝ない日々があったり、なんというか全部ひっくるめて若かったなと。

でも振り返ってみると、あの時のとてつもないハードワークと、経験も知識も無いうちにいろんなことにチャレンジしてきたあの20代前半の仕事があるから、今があるんだと確信しています。

中途採用の面接をしていて、30代後半を過ぎてノンスキルだけど「今から死ぬ気で頑張ります」
って人で本当に頑張った人を見たことがありません。

逆に20代のうちに実績を積んできている人達は全く新しい事に取り組んでも、成果を出す「再現力」が身についています。勘所がわかっているんでしょう。

優秀なビジネスマンになるのにセンスとか、学生時代どうだったかは全く関係ありません。特別に選ばれた人が一流になるのではなくて、視点を高く持つ人、誰よりも努力する事にコミットしている人がなれるのです。

新入社員諸君、自分が優秀になれるかどうか不安に思っているとすれば、それを覆いつくすくらいの努力をしましょう。

期待しているよ!共に頑張ろう(・∀・)





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2016年02月11日

知恵を絞る

テーマ:雑記
弊社も設立して17年と半年が過ぎました。

思えば設立当初は、家に帰る時間ももったいなくて、銭湯に行きながら1か月半くらい会社に籠って仕事してたり、徹夜の2日3日は当たり前。

一日のうちに札幌ー福岡ー沖縄と営業に行ったり、広島にある大企業に飛び込み営業して5千万の仕事を取ってきたり、その時は目の前の事に必死で、とにかく「誰よりも働く」という事だけにコミットして働いてたような、そんな感じでした。

それは私に限ったことではなくて、当時いた社員は好む好まざるを関係なしに、巻き込まれていました。

18年目になった今、ふと当時の事を思い出すと、「よくあんなことが出来たな・・」と思うのと同時に危機感が私を襲ってきます。

「フツーの事をフツーにしかできなくなったらベンチャーではない」

とはいえ、あの時のような動きは今の私には到底できないし、それこそ現在は労働基準法の順守も厳しいので、そんなマネジメントできません。

でも人に負けないくらい知恵を絞る事は出来るはずです。資本力の無い会社が戦っていくには知的資本のフル活用しかありません。

気のせいだと良いのですが、なんとなく全体の思考が悪い意味で常識的になってきている感じがするので、ここで立ち止まらないためにも知恵を使える組織に再構築したいと思います(・∀・)

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2016年01月05日

2016年

テーマ:ブログ
2016年 あけましておめでとうございます。

1998年に創業しましたので、今年で18年目。私も今年で43歳になります。
そう考えると、若い時に創業して良かったな、とも思えるのですが、「焦らず急ぐ」一年にしたいと思います。

今年(今期)のテーマ

①人治会社から法治会社へ

現在の弊社のガバナンスは、ある一定のルールは存在しているものの、現場の責任者の判断に委ねられている部分が大きいです。機動力という観点では良いと思っていますが、ベクトルを共有出来て信頼できるリーダーが存在することが前提です。拡大する組織を統制するという観点で言うとルールをきちんと定めた中で、機動力を維持すべくガバナンスを強化する必要があると感じています。

②普通の人が「働き続けたい」と思う会社へ

優秀な人が「働きたい」と思うのは、ある意味当然の事です。そう言う人はセルフスターターで、自分の現状を自分で打破できる人なのです。しかしながら、中間層を増やしていかないと、組織は拡大しません。誤解の無いように明記しておきますが「働きやすい会社」と「働きたい会社」は違います。私の解釈では、「働きやすい」は受け身で、与えられるもの(休日、福利厚生等物質的なもの)という感じがしますが、「働きたい」とは主体的に取り組もう、というニュアンスを含んでいます。
その為に、時短勤務や勤続年数に応じた定期昇給などを今年から取り組み始めました。

そんな弊社ですが、2016年は成長軌道にドライブがかけられるように役職員一同頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします(・∀・)
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2015年11月17日

うまいと超うまいの間

テーマ:雑記
私は食べる事が好きで、物好きが高じて現在はリプライオリティの子会社という形で食品の通信販売をしています

http://ウェルネス百貨店.com

全国の美味しい物で、且つそこらへんでは買えないような商材もしくは質、安価な値段のものを取り扱っています。当面の目標としては、地方で埋没している優秀な食材を消費者にお届けする、いわゆる第6次産業の確立を目指して仕事しています。

そんな仕事の関係で、色んな地方に出向いて、いろんなものを食すのですが、先日は札幌の寿司屋に行ってきました。

鮨一幸
http://www.hokkaidolikers.com/articles/2365

ココの大将は2代目で、最近情熱大陸にも取り上げられた32才、新進気鋭の若き寿司職人。食べログの全国ランキング7位という、最も注目されているお店のひとつです。話題が圧倒的に先行している中、どんなものかと思って、半分斜に構えて訪問してきました(・Θ・;)

お味の方は・・・とっても美味しかったです

私はカウンターで、料理人のこだわりとか、考え方とか、食材についてとか、勉強がてら聞くことが多いのですが、食材に対するこだわりがとても強くて、その理想を実現するためにどんな努力も惜しまない信念を持った料理人だと思いました。

いつも思うのですが、いわゆる「美味しいお店」はたくさんあるのですが、感動レベルの「超うまいお店」は数少ないです。でもそのちょっとの差に天地ほどの努力の差があるのです。

私たちがやっているビジネスの世界もおんなじで、堀江さんの発言が最も的確に言い当ててると思いました

起業して成功しない人の要因は?
http://matome.naver.jp/odai/2133467557079849401

能力のある人、センスのいい人はたくさんいると思うのですが、いわゆる「成功」している人はその上に圧倒的な努力をしているのです。料理の世界も同じなんですね。仕事だから当然ですね

出現率のイメージです。世の中の90数パーセントの会社は利益を出すだけで精いっぱいで、上位1%くらいの会社だけがそこそこの利益をだし、上位コンマ数パーセントの会社のみが潤沢な利益を出していると思います。もしかしたら実態はもっとシビアかもしれません。

ただ、創業経営者はプレーヤーとしてビジネスの遂行能力は皆優秀です。プレイヤーとしての仕事もままならない人はそもそもスタートアップできません。



ビジネスモデルが時流に乗っていると、短期的には利益が出せますが、ビジネスモデルだけで続いた会社は見たことがありません。

実力のある組織が圧倒的な努力を継続出来て初めて成功を収める事が出来るとってもシビアな世界ですが、ハードルが高い分だけチャレンジの価値があるので、コンマ数パーセントの世界を目指して頑張ります(・∀・)



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2015年10月31日

第19期スタート

テーマ:雑記
ちょっと遅くなりましたが、弊社は9月末をもって第18期が終了しました。

新しい期ももう既に1/12過ぎているのかと思うと、この期は大型の投資と新しい組織の構築の年なので、気ばかりが急いてしまいますが、しっかりと基礎固めをして次のステージの準備をしたいと思います。

さて、18期ですが、色々と問題はありながらも堅調な決算を迎える事が出来ました。
無茶なストレッチはせず、健全な財務体質を保ったまま成長させていきたいと常々思っているので、そういった意味では及第点なのでしょう。

しかしながら、計画していたことが全く出来ていないことも多く、堅調な決算だったのですが、「社員の頑張り」だけで創った業績だと経営者の私としては反省しています(´・ω・`)

私が何がしたかったのかというと、会社を次のステージに導くための管理体制創りだったのです。項目を書きだせばキリがないのですが、人数、拠点が増えても統制が効く組織づくりの実現を目指していましたが、何もできませんでした。ゼロ点でした。

この期は前期に出来なかったことを再チャレンジすべく、走り出しています。予算もそんなにストレッチはしていないので、この期は確実に「ギアチェンジ」出来るように私を含めて各人が役割を全うすべく努力していきたいと思います

ここ数年増収増益のトレンドを辿ってきている弊社ですが、私は10年前に最高益の翌年に1億の大赤字を経験しているので、自分への戒めも含め、ここにメモしておきます。

全体の結果が出ているときには将来、事業のボトルネックになるであろう病巣が無視されがちです。結果が出ているから、問題があるのを気が付いていても「まぁいいや、結果オーライだから」となってしまうと、10年前の二の轍を踏むことになります。良い時期だからこそ、将来への投資をしっかりとして、強固な地盤を創らないと、事業が逆回転した時に制御不能になるので、その危機感の共有を組織全体でして、前に進みたいと思います。
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2015年08月27日

福岡支店

テーマ:雑記
終戦記念日の8月15日、世間様がおやすみなので、そのタイミングで弊社の福岡オフィスは天神から中洲川端に引っ越しをしました合格












天神オフィスを新設した時は150坪。今回の中洲川端オフィスは270坪。ほぼ倍の増床です。

天神の時も移転したての時はオフィスがすっからかんで、かなり焦りましたが、今回はもっと焦っています・・・・

この規模をクリアしていけば、次の展開が見えて来ると思うので、分水嶺だと自覚して頑張ります!








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2015年08月14日

リニアモーターカー

テーマ:ブログ
先日、山梨県にあるリニアの実験センターに行ってきました

私の幼少期は宮崎にあったのですが、いつの間にか山梨に移設されたようです(・_・;)



夢の超特急ですね。40分で名古屋まで着くらしいです

実験センターでリニアの開発年表を見ていたら、な、なんと開発開始が1962年。そして実用化が2027年。65年の歳月を経てデビューするとの事

何でそんなに時間がかかったんだろうか、と思い、日本の新幹線を調べてみたら

着手~開通まで6年

中国リニアに至っては 着手~開通まで3年 ちなみにドイツのリニアを採用しています

本格的に実用されているのは中国の上海のみ。。

最高時速は600キロとの事

なるほど、そりゃリニアは必要ないし、実用化もされなかったワケです。

リニアは専用線が必要なので、インフラは全部新設でしょうし、在来線との乗り入れも出来ないはずです。

しかもフランスの新幹線、TGVは530キロの走行を記録していますので、リニアほどではないにしても乗り入れを考えたらTGVの方が、使い勝手がいいし、結果的に目的地に早着すると思われます。莫大なコスト負担を考えれば新幹線をブラッシュアップした方がいいかもです

長距離の移動だったら飛行機の方が速いし、今はLCCがあって安いし

つまり、開発している間に時代の化石になっちゃった感じなのです

中国がリニアを導入したのは、世界初だったから、プロパガンダ的ファクターが強かったと思います

それで、日本はなぜいまさら実用化に踏み切るのか、よくわかりませんが、人口が減少フェーズにあるのに、インフラ増やしてどうすんだろか・・・・・




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2015年07月30日

福岡

テーマ:雑記
8月16日、お盆真っ最中ですが、去年4月に開設した株式会社リプライオリティの天神センターが隣の中洲川端に拡大移転します(・∀・)

まだ内装が完成していないので、写真でお見せする事はできませんが、
150坪→270坪へと、大幅な拡大移転です合格

それに合わせて、子会社の日本ウェルネス研究所の本社機能も東京から福岡に移管します

17年前にインターンシップのコーディネートビジネスで起業した弊社ですが、
ビジネスモデルの転換や幾多もの新規事業立ち上げと撤退を繰り返して現在があります。

まさに「大量のものを試し、うまく行ったものを残す」を実践してきた弊社ですが、そのコントロールが効いているので現在の弊社があるといっても過言ではありません。

「経営者はビジネスモデルに縛られていてはダメだ」

「しぶとくあれ」

私の尊敬する先輩経営者の言葉ですが、まさにその通りだと思います。

ビジネスモデルや、マーケットの追い風だけで、長年生き残った会社は私の知る限りありません。

変化に柔軟に対応して、どんなに経営状態が悪い時でも前に駒を進める胆力が必要なのだと自分の経験を通じても感じます。
売り上げ構成も5年前と比較しても全然様変わりしています。

ところで、ここ数年、福岡と東京の二重生活を送っている私ですが、二重生活をしているからこそ、感じる事があります。それは


「福岡で学生生活送っていたら、24歳で起業していなかっただろうな」

という事です。

何をやり始めるにしても、拙速であったり、遅きに失する事は無いと思いますので、その是非を言っているワケでは無いのですが、東京にいたから起業を志向するようになったのだと思います。

あまりうまくは言えないのですが、東京の方が、リアルな社会接点が多いので、学生でありながら色々な経験を積むことが出来ると思うのです。アルバイトはどこでもできると思うのですが、ビジネスに関わるハードルが他都市に比べ、東京の方が低いように感じます。
刺激的な人とか、ベンチャーの数も違うし。

弊社は東京と福岡で事業をしているので、福岡で採用した人(特に学生)には
2拠点あるメリットを話しています。

福岡の拡大移転は嬉しいのですが、気を引き締めて、更なる事業の拡大を目指して努力していきたいと思います。









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2015年07月10日

戦争とリーダーシップの在り方について

テーマ:ブログ
日本人はなぜ戦争へと向かったのか: メディアと民衆・指導者編 (新潮文庫)/新潮社

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私が小学生の頃は「戦後40年」とか言われていたのですがf^_^;

学生の頃に教わった太平洋戦争は日本の「ファシズム」とか、「軍部の暴走」とかだったような気がしますが、この本を読んでいると、別の側面も窺い知れます。

この頃の世界情勢は混迷を極めていて、戦争の因果関係だけを見て理解するには、あまりにも不足なので、この本は相関している事象について幅広く述べてあり、大変参考になりました。

「太平洋戦争に向かっていった日本」私が解釈したポイントはいくつかあって

①商業的背景から盲目的に戦争支持をし、日本軍に都合の良い記事を書き続けて、国民世論を扇動したメディア(ラジオ・新聞)

②リーダーシップの不在


「リーダーシップ不在」って意外に聞こえますよね。だってファシズムって独裁という意味合いなんで。

でも当時の日本は陸軍があって、海軍があって、内閣があって、もちろん天皇が頂点なんですが、統治者たる「リーダー」では無くて、物事を追認するリーダーシップだったように見受けられます。

それまで日本は外国との戦争に負けたことが無く、しかも日中戦争で大量の兵士を犠牲にして、さらに世論はメディアの扇動により「絶対開戦」に傾いてて、「やっぱしやりません」といえる人がいなかった。

そして言える人がいなかった為に、退却するよりもスーパー甚大な被害を出してしまったのです


このケースで言う「やりません」といえる人は、「統治者としてのリーダー」なのですが、日本にはそのポジションが無かったから、勝てない事が分かっていた戦争に突入したのだと思っています

陸軍は前線で戦っていて、沢山の兵士を犠牲にしておきながら撤退したら、散っていった兵士に報えないので撤退できない

海軍も自分達が汚れ役になれない。

つまり、部分最適の寄せ集まりだったのです。良い時はイイんでしょうけど、難しい局面になって、全ての責任を背負ってごめんなさいが出来ないのです。

勝てない事を承知していながら全体の事を考えた決断が下せない。ダメな会社を見ているようです。

撤退指揮は組織のリーダーの役割だと私は確信的に思っています。攻めているとき、うまく行っている時は比較的にベクトルはまとまりやすいのですが、撤退する局面では必ず犠牲が生じるので、部門の長では役割としてムリなんです。その人が優秀かどうかは関係ありません。


権力が集中しているとリーダーが暴走するリスクがあり、権力が分散されていると本当に重要な意志決定が出来なくなる。

正しいリーダーが正しい意思決定をする。
難しいことですが、リーダーとしての役割はまさにここにあると思います。

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2015年06月30日

サロマ湖100キロウルトラマラソン

テーマ:雑記
先日、ブログでも書きましたが、6月28日、北海道のサロマ湖で開催される「サロマ湖100キロウルトラマラソン」を走ってきました(・∀・)

練習不足と、足首の捻挫で不安もありましたが、気持ちで負けたら、ウルトラマラソンの完走はとても無理なので、イメージトレーニングをバッチリして現地入りしました。

当日の朝の気温は8度。最高気温予想は15度。ちなみに失格になった昨年は最高気温30度越えで倒れる人続出だったので、マラソンするコンディションとしては絶好でした。ちなみに経営者としてはダメな事なのですが、去年は私も後半、55キロ~90キロまで、記憶が吹っ飛ぶほど暑くて辛かったのです・・


今年は季節外れのストーブが出動



スタート地点、午前4時半



全国から、3千人の参加者。3千人も100キロ走りたい変てこな人が集結しました



結果、自己新の11時間47分でゴール!




マラソンに興味のない人にはどうでもいい話ですが、私が限られた時間しか無い中、完走に向けたロードマップと当日のプランを少し書きたいと思います。

◎長時間動き続けられるカラダ創り
走れる時間が少ない中、1回の走行距離を出来るだけ長く取りました。
42キロ走6回、50キロ1回、60キロ2回。ちなみに月間の走行距離は150キロ前後。これが精一杯でした。ウルトラランナーは300キロ走る人もザラです

◎ラップ設定
1キロ6分半ペースで、自分が設定した完走ラインとして、60キロ地点7時間は死守しようと決めていました。これがクリアできれば、残りの40キロ、体力が切れて半分歩いても何とか完走できる計算でした

◎当日の服装
マラソンは天候に合わせた服装が出来ないと体力のロスが激しくなります。そういった意味でマラソンは経験を積むほどウェアリングが研ぎ澄まされてくるのですが、当日の予報を見て、私が一番警戒していたのが「汗冷え」走り出しは発汗するのですが、徐々に体は冷えてきます。その汗冷えを回避するために「ファイントラック」というインナーシャツを着る事によって、快適にランできました。

◎補給
後半になってくると、内臓の働きが弱くなって、補給しても食べ物を消化できなくて嘔吐するランナーが必ずいるくらいです。しかしながら補給できないと完走することが出来ないので、食事を摂らなくてもいいように、消化が良くて、少量で高カロリーのエネルギージェルを沢山持っていきました。


と、そんなシミュレーションで臨んだウルトラだったのですが、そのプランがドンピシャだったので、昨年のリベンジと併せて喜び倍増でした。


私にとってマラソンは趣味であり、自己管理の手段でもあり、精神鍛錬の場でもあります。
仕事以外の趣味は違う思考回路を使うので、色んな意味でおススメです(・∀・)

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