日本人が風呂好きの民族であるとすれば、俺は間違いなく日本人でしょう。

一日が終わり、湯につかる。湯上りに麦茶を飲む。幸せを感じますねえ。

*ビールは飲みません。だって未成年だから。……ああ、白けないでください。アルコールは一人では飲まないんですよ。俺は雰囲気に酔うタイプなので。


疲れていたり、いやなことがあった日には入浴剤を入れます。ほとんどもらいもの、あるいは99円ショップで3つセットで売っている奴ですけどね。

独り暮らしを始めてはや三ヶ月。ようやく風呂掃除の楽しさがわかりました。きれいにするのは楽しいし、何より後できれいな風呂に入れると思うと、こする手にも力が入ります。

さてさてそんな毎日を送っているのですが、最近はてな? と思うことがありました。

「なんで体洗うのが疲れるんだろう」

体も髪もシャワーを使って洗うんですが、家族とともにいた頃には感じなかった疲れ、というか面倒くささを感じるようになりました。それで、よくよく考えてみると……。

イスがない!

そりゃ立ったまま洗うのは疲れますな。特に足の裏なんか洗うときには。体中にシャボンをつけたままバランスを保つのは苦労します。とりあえず洗面器を裏返しにして座ってみたのですが、

痛い!!

洗面器の裏には滑り止めの突起がありますよね。わっかになっているやつ。それが尻にあたる。当然裸だから直に皮膚にささって痛い。なんとも間抜けな図です。

そこで本日近所のスーパーで浴用イスを買ってきたしだい。


それにしても3ヶ月近くも気づかないとは俺はぼんやりした人間です。我ながらあきれました。


この例にあるように、俺が世の中で一番信用していない人間、油断がならない奴は俺自身なんです。

「自分以外は敵だ」

「他人は信用できない」

とおっしゃる方が時々いますが、俺は逆。

「自分は敵だ」

「自分は油断がならない」


以前フーシェ、タレーランというHNを俺の中の知性と感性を代表させたものだ、と書いたことがありますが、より正確に言えばストイックな部分がフーシェで、享楽的な部分がタレーランです。これは歴史上存在したジョゼフ・フーシェシャルル・モーリス・ド・タレーラン=ペリゴールの性格に準じてます。


フーシェ 【Joseph Fouch】 (1759-1820)

フランスの政治家。ジャコバン派の恐怖政治下、反革命派の大量処刑を行う。テルミドール反動に暗躍。ナポレオンの片腕となるが、没落後は王政復古に協力。謀略政治家の典型とされる。

タレーラン 【Charles Maurice de Talleyrand-Prigord】 (1754-1838)

フランスの政治家。司教だったが革命を支持して教会財産国有化を提案し教皇より破門。革命時代・ナポレオン帝政時代・ブルボン王政復古時代を通して数度外相となり、ウィーン会議では正統主義を唱えてフランスの利益擁護に活躍。

[ 大辞林 提供:三省堂 ]


簡単に言えばフーシェは警察大臣(内務大臣)、タレーランは外務大臣として、フランス革命からナポレオン帝政を経て王政復古にいたる激動の時代を常に政界に身をおき活躍した人物であります。異なる体制下で活躍したので、フーシェのみならずタレーランも変節漢、陰謀家と言われています。

辞書に書いていないことを付け加えると、タレーランはその長ったらしい名前からお分かりの通り貴族の出身で、アンシャン・レジーム(革命前の時代)からいい暮らしを送っておりました。ですから当然のように各種芸術に理解があり、浪費家で、また女性関係も派手。

彼の肖像を見ると晩年の、太ったものが多い。加えて小児麻痺(あるいは馬車の事故とも言われている)により、片足が不自由でした。現代風に言えばルックスがよいわけではない。それでも彼には周りの人を楽しませる話術、相手の気持ちを推し量る心の広さを持っておりましたから、モテました。そして不思議なことに過去関係のあった女性の誰からも恨まれることなく、友情を永続させている。彼女らの子供たちも――それは必ずしも「彼の」子供ではないのですが、ちゃんと支援している。ここらあたり、塩野七生さん描くユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)に似ています。そういえばカエサルもルックスはぱっとしない。はげてやせたオヤジでした。若い諸君、ルックスよりも中身を磨くことが大事ですぞ!


一方のフーシェは市民階級出身。タレーランとは逆に蓄財に励み、贅沢を好まないタイプ。そして妻と子供をこよなく愛していました。もちろん妻以外の女性は目に入りません。うまい食事、美しい絵画、音楽、女性、そんなものにうつつを抜かすよりは仕事に身を投じることに生きがいを感じ、陰謀をめぐらせることに生き生きとする、そんなタイプです。

フーシェはツワィク『ジョゼフ・フーシェ』で「冷血動物」とか「爬虫類のような風貌」などとクソミソに言われていますが、残っている肖像を見ると、どちらかと言えばハンサムの部類に入ります。このフーシェが選んだ女性がボンヌ・ジャンヌというオールドミス。肖像は残っていませんが、どの歴史家も一致して「醜い」と評しています。しかし彼女は夫と子供を愛し、家族をよく支えました。俺が知っている歴史上の夫婦でベスト3に入るくらい円満な家庭です。若い諸君、ルックスよりも中身ですぞ!


フーシェの恋については以前書きましたので、そちらを見てくれるとうれしいぞい

http://ameblo.jp/fouche1792/entry-10004526108.html

http://ameblo.jp/fouche1792/entry-10026296313.html



このような偉人たちに自分を比すのは傲慢の限りなのですが、俺の中にはタレーラン的享楽の側面があり、芸術(俺の場合は文学、演劇、学問と限られていますが)に浸ったり、それらに浪費をしてしまい勝ち。一方フーシェ的なストイックな面もあり、無駄遣いが嫌い、たくさんの女性と関係を持つ男は嫌いであります。


なんてね。もっともらしく書きましたけれど、「堅実に生きたい」「楽しく生きたい」というのは誰にでもあるんではないでしょうか。

そしてその二つが、あるときはこちらが強くなり、またあるときはあちらが強くなり、はたまたその次はこちらが、と、そんなこんなを繰り返しながら、全体としてバランスをとってやっているんじゃあないでしょうかね。


ともかく俺は、かっこつけて言わせてもらえば、生活臭がない貴族的なところ(ストレートに言えば未熟な面)があり、冒頭のイス問題なんかその典型ですね。

至らないところが多々ある人間ですが、至らないところがあることを知っているので、勘弁してください。


ゴミをすぐ散らかすし、面倒くさがり屋でもありますので、レジ袋や包装はお断り。飲料もペットボトルでなく、紙パックのものを買っています。

鍵をよく置き忘れるんで、キーホルダーはベルトに付けられ、チェーンが伸びる、つまりいちいちはずさなくても鍵を開けることのできるものを使っています。

服を着るときにあまり考えずに着てしまうんで、お気に入りのワイシャツのローテーションが短い、つまり襟などの擦り切れるのが早くなるので、以前は曜日ごとに色を変えてました。現在の職場はカラーシャツは歓迎されないので、襟の裏のタグみたいな布に曜日を書いてます。

靴下もそうですね。ローテーションが短いと消耗が早くなりますから、曜日によって色を決めてます。

月曜=黄色、火曜=小豆色、水曜=サックスブルー、木曜=オリーブグリーン、金曜=黄はだ色、土曜=カーキ、日曜=

という具合です。自分が感じている曜日のイメージカラーに沿っています。あまり派手なのは社会人としてふさわしくないので地味なものを選んでいるつもりですが、派手ですかね?

スーツに赤いソックスというと一世風靡セピアを思い出します。実は彼らのファッションを真似たというのが本当のところ。


かように幼稚ながらも弱点を補う工夫をしています。



昔なつかしのCMでの言葉。

悪魔のように黒く
地獄のように熱く
天使のように純で
まるで恋のように甘い


これはタレーランがコーヒーを評した言葉です。



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