2.26事件を語ろう

226おたく、フィギュアスケートおたくなので、手持ちの書類や証言を整理して公開しておきます。ここでは小説のような作り話ではなく、ノンフィクションのような事実だけを書いておこうと思います。

 226おたくであり、陸軍おたくではありません。でも、安藤輝三が門限に遅れた部下を信じて、雪の日に外で立ったまま待ち続けたというエピソードがたまらなく好きです。シロクマみたいになって、部下を抱きしめたそうです。

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「赤い夕陽の満州野が原に」

 

 張作霖を殺して、満州事変を起こしたとされる河本大作の外伝。ものすごく野球が好きだった人なので、野球のOBから武勇談をいろいろ聞いたことがあります。

 時期的には坂の上の雲の日露戦争から、第二次世界大戦終わりまで。

 愛媛出身で秋山兄弟ときわめて近しかった白川義則がたくさん登場。河本とはよくなかったようです。

 何かと影の薄かった阿部信行もたくさん登場。筆者は子孫と同じ幼稚園だったし、226事件のとき幕僚とされたから興味をもっています。勉強家でしたが、字を書くのが嫌いで、資料はほとんど残していません。彼も河本とはよくなかった。

 ちょうど日露戦争の頃、張作霖はもともとロシアのスパイでしたが、田中義一に命を助けられ、児玉源太郎のもと、日本軍の防諜(スパイ)として、雇われます。
 このへんは浅田次郎の「マンチュアリ」を彷彿させるくだり。



 「おらが宰相」と知られる田中義一総理は、来栖三郎の著作にも気さくなおっさんとして登場しています。「さるとび佐助」を読んでいたとありましたが、この本でも「講談倶楽部」のファンだったとあります。

 満州某重大事件の後、昭和天皇から「陸相(白川)と首相の話は違う」と怒りをかい、田中は総辞職してしまいます。

 その2か月後に狭心症で急逝してしまうので、昭和天皇も西園寺元帥に説教され、かなり反省して口をはさまなくなってしまいます。

 この本を読むと、田中の本宅は青山にあったが、麹町番町に妾宅があり、明け方5時に亡くなったのは妾宅のほうでした。
 愛妾おふみさんは色白で小柄な美人で、御大礼の式典で京都へ行ったときも、執事の反対を押し切ってどうこうさせたそうです。

 民政党の野村嘉六が面白半分に、「田中は果報者よ。馬上死なんて死に方は極美だというからな」としゃべったため、パッと広がりました。

 他にもこの本からは引用したい部分がいくつもありました。が、きりがないので、このへんにしておきます。

 

 この寺内の息子が寺内寿一で、典型的なバカ息子でした。

 学生のときからひどかったし、金使いも荒く、芸者遊びで借金つくって、父親に泣きついたりしていました。式典どころか、南方戦線にも芸者をつkれていき、前線にでることなくゴルフ三昧。

 

 二二六事件のときは決起将校たちにお世辞を言ったりしていたのですが、終わってしまうとサーベラをちゃかちゃか鳴らして外務省に来て、広田弘毅の組閣をジャマして、さらにハラキリ問答で解散に追い込みます。

 

 さて、悪口はさておいて、 脈絡なく最近読みまくっている本たち。

 

 農村の大麻について、意外な事実が書かれていました。

 

 昭和ドキュメントNHK本には、来栖三郎と車産業のことがでています。

 

スポーツの宮様といわれた秩父宮殿下の外伝。写真も何点かのっています。

 

 これは前にも読みました。おそろしいけど、いい本です。

 

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