Seize the Day

23歳で将来ビジョナリーカンパニーを創ることを志した若者の人生記


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2016/09/19。月曜祝日。

今日はバイト。一昨日も。
ちょっとした交際費を作りたく、プライドすてて挑んだ。

普段なら、確かに生活費の足しにしたい気持ちもあり、
土日も暇なことも多いが、やはり精神的なダメージが結構あり、
なかなか取り組めないアルバイト。

けれど、誰かのためであれば、
そんな小さなプライドなど吹き飛んだ。


ぶっちゃけてしまうと、
転職のタイミングの関係で、今月分の生活費は非常に限られており、
今日の時点で財布の中身は32円だった。わー

といっても、明日と明明後日?にバイトの入金があるので、
まぁセーフではあるものの、何ともギリギリな毎日に少し焦りを感じていた。


さて、そんなバイトあがりの今日この頃。
外は台風が迫っているためか、小雨ながらも
くぐもった表情。


ふと、Facebookを開く。
大学時代に普及したFacebook。
僕ら世代はmixiやモバゲー、グリー、インスタ、twitterも含めて
SNSの発展の中にいた。(と思う)


昔ほどログインしなくなったものの、
未だに三日に一回はチェックする。

自身も仕事や人生の転機などに、
そこそこ長めのメッセージとともに投稿をするが、
今日はやけに友達の結婚式が目に付いちゃった。


地元から同期で同じ大学に入った数少ないメンバーのひとりだったが、
「呼ばれてないぜ、おれ」

でも正直なところ、呼んでくれたとしても、
今の俺には祝ってやれる余裕が面目無いながらなかった。。


そんな状態なのが人づてに伝わったからなのか、
それとも大学時代の僕の横行から、「もうそれくらいの仲」に
なってしまっていたのか(確かに卒業以降はめっきり連絡もとってない)


出身が同じ地元同士で卒業旅行にいった夏。
何も準備していなかった(というか留年で卒業ですらなかった)俺も誘ってくれて、
いろんな宿の手配から何からしてくれたあいつ。


そんな中、(ちょっと部活の大会運営の仕事が忙しかったとはいえ(当日は事務所で朝を迎えた))旅行の集合にも間に合わず、宿先ではノリ悪く別部屋で一人で寝るし、おまけに財布も忘れていたなぁ。


あの時に一緒に行ってくれたメンバーには本当申し訳ない。
サイテーだったなぁ、おれ。ごめんよ。

でも結婚式、とても幸せそうな様子だったらしく、
そこは素直におめでとうと言ってあげたい。

人望もあつくイイ奴だったので、
奥さんもきっといい人を見つけたのだろう。


最近、地元の友達が(ついに男まで)ガンガン結婚していくので、
さすがに焦ってくるものがある。


そして、Facebook。
友達の結婚式に呼ばれなかったのは自業自得として、
他の人の投稿も、なんか華やかで楽しそうで、壮大で。

ふと、目の前の恋愛だなんだにやっきになっていた自分が
なんかちっぽけに見えた。


でもこれ、客観的にみるとSNSのデメリットを
単に受けてしまっているだけのようにみえる。

すなわち、隣の芝の青さを見て、劣等感を感じてしまっっている。


他人と比べることは、僕自身は悪くないと思う。
やっぱり、かけっこでも勉強でも、他人と競って勝利を目指すのは
それはそれで必要だと思う。

でもいけないのは、自分を悲観的に見て、自分を認められなくなってしまうこと。

それだと思う。



Facebookが流行りだしてから2年後くらいに、『Facebook疲れ』 なるものが
世の中でよく言われるようになった。


これまでの人生でもちょいちょい、それは感じていたが、
今さらになって、再度のその波が押し寄せたようだ。
はじめて「Facebookやめようかな」とも思えた瞬間だった。



それでも、一時的に心が暗くなってしまった自分は、
敬老の日ゆえに実家に電話しようとも思っていたこともあり、
電話を手に取った。


最初は祖母が出て、
なんや話したが、耳がもう遠くなっていて
上手く会話が出来ない。

ただ、やはり「実家に帰ってきてほしい」というのは
いまだ変わりないようだ。

そして、耳が遠くて会話が成立しないので、
母に途中から変わった。

祖母と直前に「今の悩み」について会話していたので、
そのまま母に悩みを少し話すこととなった。

「友達との差を感じて苦しい」と。


けど、案の定、(親にネガティブなことを言うといつもそうだが)
「それは分かってたことでしょう」
という、なんともトゲのあるボールが帰ってきた。

本人はトゲのあるボールだとは思っていないが、
やはり、ちょっと慰めて欲しくて電話した自分には
なんとも苦々しい見返りを受け取ってしまうこととなった。


まさに「甘えるな」ということかも知れない。


が、ここで親に「なんでいつもそんな言い方しかできないんだ!」
なんて怒鳴っても、何も変わりはしない。


自分の身の回りで起こったことは、どんなことであっても、
少なからず自分にも責任がある。


つまるところ、やはり「親に甘えるな」ということだったんだろう。

普段は「感情的にならないように」と
冷静な自分とは切り離していた、心の部分。

それをオープンにして頼ろうとしたせいで、
逆にグッと心が傷ついてしまった。

こうも感情的になったのは、少し久々だ。
なんとも言えない悔しさのような、寂しさのような、
そんな感情とともに、目頭が少し潤んでいた。

楽しいこともあるが、やはり厳しいこともある。



けど、やっぱり、
少し、鎧の紐解ける場所が欲しいなと、
そう思う今日この頃です。



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こんばんは。
今日は重い話題に見えますが、それよりも
ちょっと不思議な体験・気づきをしたのでブログを書かせていただきます。

特にもし今、恋人や想い人のことで
心を患っている方がいたら、そんな人に伝えたいです。


2016/09/13、今日は夜にちょっとショックな出来事があった。
最近何かと出会いなどが増えてきて、周りの方々のご支援?もあって
なんか春の気配が感じられていた今日この頃。

「ついにモテ期到来か?!」

なんて心の中で、まんざらでもなく思っていた。



仕事はまぁボチボチといった具合だったが、
ストレスのかかる役割も何とか乗り越えていっており、
この半年、一応計画通りに進んでいる自分にとっては
悪くない進捗具合であった。


また、最近いろんな方と知り合う機会を与えられ、
自身の考え方に変化が起ころうとしていた。
それはBe-Do-Have(なる-する-持つ)の考え方との出会いだった。

簡単に言うと、多くの人はHave-Doの順番で人生を考えがちで、
「幸せになりたい-その為に努力する、仕事頑張る」といった、
ある種、目的と目標(行動)という論理にかなった考え方をする。

けれど、お金持ちであったり、自由であったり、人徳がある人というのは
Be-Do-Haveの順番で考えるという。

すなわち「人としてどうありたいか」から入るという考え方だ。

※「幸せになりたい」というのは一瞬Be(こうありたい)に見えますが、
Beというのは「人としての在り方」なはずなので、ここではHaveの部類に入ります。


言葉ではわかっても、
肌感としてイマイチ、ピンと来てなかった。



それが今日、ふと、少しわかった出来事があった。

実は少し気になっていた人の過去を、
お節介にも偶然にも?ふいに知ってしまったのです。


人間が好きな人に抱くイメージというのは勝手なもので、
自分の勝手な妄想?によって膨らませたイメージと現実が違ったとき、
そのギャップに勝手にショックを受けてしまうようです。


俺は昔の恋愛でも、
相手の過去を受け入れられなかったことがあります。

その時と一緒で、
ズキッというショックとともに、
胸のみぞおちの奥が重くなり、
まるで鎖や鉄のフックが引っ掛けられたかのように苦しくなりました。

それが辛くて、
先ほど深夜の都内の街を猛ダッシュしてきました。

ジョギングと違い、数100mの坂道をダッシュで登る。
脳や身体が忘れていた、昔の陸上部で苦しんだ練習の記憶が蘇ります。

「こんなキツくて吐きそうな練習に比べたら、日々の勉強の辛さなんて!」

そう、高校のときに思っていたのを思い出しました。

けれど、
そのキツさよりも、今は胸の苦しみの方がまだ勝っています。



初めて人を心から好きになったとき、
同じく胸の奥が本当に痛みました。

人間の感情というものが、
物理的な胸の痛みを生むことには驚きの体験でした。

その幸せの痛み(上向きか内向きにかかる感じ)と同じように、
悲しみの苦しさも、同じ場所に下向きにギュッとのしかかります。

その苦しみから逃れたくて、
もしくは「受け止められるくらい器のデカイ男になろう」として、
必死にもがく。

でも、心の中では「とうてい受け止められる自信がない」、

そう感じていました。



これは経験則ですが、
自分の中で「分からない」ならまだしも、
「できる自信がない」と少しでも思っていることは
やはり本番でも出来ない気がします。



だから、今回も胸の苦しみを消す、もしくは受け止めきれる自信がなく、
苦しくて苦しくて、今まで大切にしてきた
『誠実』や『正直』、『努力』といったものが
全て馬鹿らしく思えるほど、感情を制御できなくなりました。

ましてや、Beを大切にということで、
人のために時間を使って親切にしていた矢先のことだったのです。

「結局おれは、ただのいい人だったのかな…」

走っても走っても、
右太ももが痙攣しかけても、胸の苦しみが消えることはありません。

途方にくれつつ、疲れてただ道路を歩いていたとき、
ふと心に

「おれって、浮かれてたんじゃないだろうか?」

という言葉が思い浮かびました。


その瞬間、胸に刺さっていた重い鎖がスッと消え、
急に軽くなるのを感じました。


言われてみれば、
この数週間、色々と苦労はあれど、
人にチヤホヤされたりすることが多かった。

それで、さっきも書きましたが

「ついにモテ期到来か!?」

なんて、明らかに浮かれていたのです。


そのことに気が付いたとき、
今まで自分は、どこか“相手を変えようとしていた”ことを
少なからず認識しました。


「相手の過去を変えようとするから(変わるわけないので)苦しむ」


そんな気がしたのです。



最近、職場の上司にコーチングをされる機会が多く、
その極意である“気付く”を、まさに体験した感じでした。

この気付くというのは、営業においても、お客さんを動かす際の
重要なファクターであります
(この場合は相手を変えようとしているんじゃなく、気付かせているだけってことか?)


少し話がそれますが、
私が好きなベンチャー企業や起業家などの世界では
「世界を変える」
というフレーズが頻繁に飛び交います。


でも、Be-Do-Haveの考えを説いている
『金持ち父さん』の本では、

「彼らは他人を変えることばかりを考え、結局何者にもなれずに終わる」
「自分を変えようとはしないからだ」

という教えを説いています(この本の著者が良い悪いは置いといて)。


確かに

「他人を変えることは出来ない。変えられるのは自分だけだ」

そんな言葉もよく耳にするものです。



そんな気付きがあったとき、
これまでピンと来てなかったBe-Do-Haveの考え方が
ちょっとだけ肌感で分かった気がしました。


何というか、
今までは「幸せを手に入れたい(Have)」とか、「素敵な彼女が欲しい(Have)」とか、
また「この苦しみを乗り越えるにはどうすればよいか(Do)」、
ということが第一に頭に思い浮かんでました。


それ自体が悪いことではないのですが、
このHaveやDoが、考え方の起点になってしまっては、
なぜか望みの解決にまで辿り着けないのです。

そうではなくて、
(幸せが手に入るか、苦しみを乗り越えられるかの保証はないが)←ここ重要
それでも、私は人として「こうありたい(Be)」と思うこと。

見返りの保証がなくても、人として自分が正しいと思える、
信念に沿う「ありかた(Be)」を決め、そうなる“勇気を持つ”ことで、
実は、それがDo-Haveにつながるのだ。そんな感じだと思えました。


何というか、まるで聖人君子になるような教えですが、
僕個人の解釈としては「幸せを掴みたい(Have)」という思いや欲は
必ずしも捨てる必要はないと感じます。

また、その欲を諦めて人生を受け入れたら、逆に望みの物が手に入った、
という形・流れでもないような気がします。


この辺は最近お会いした方に言われたことですが、
感情という、論理では説明がつかない部分なのだと思います。

論理や科学は、確かに現代社会のこれまでの発展を支え、
仕事においても重要な考え方、スキルだと思います。

また、右脳的なイマジネーションやインスピレーション?も、
論理とはまた別の、仕事や人生における重要なものだと思います。

「右脳でリードし、左脳で検証する」

と言ったのは、金持ち父さんだったか、7つの習慣だったか・・


いずれにしろ、その2つのスキル、脳の使い方の他に、
人間にはやはり、心、つまり感情という要素が重要なキーになっていると、
やはり、思うのです。


宗教的で少し肌寒い?ですが、
うん、やっぱり、論理でもイマジネーションでも上手く説明できない、
そういう部分が、人間にはあると思います。


長くなりましたが、
つまるところ、私自身もHaveである幸せや欲に囚われすぎず、
Beである
・誠実である
・毎日をワクワクして過ごせる人になる
・家庭を大事にする
・天狗にならない
・自分磨き、努力をし続ける
・人生を楽しむ
・Win-Winの関係を保つ(←相対的なBe)
・人に尊敬される人になる(←相対的なBe)
といったミッションステートメントを大事にしていこうと思います。


これらを頭で理解して、
意識して大事にしようとしても、
例えば今回のように、必ずしも胸の苦しみが消えたり、幸せを掴める
という訳ではないと思います。

こうだからこうなる、という1:1の絶対的な公式には当てはめられない
ものなのかも知れません。

それでも、
自分に負けないよう、勇気を持ってBe(ありたい姿)になることを
決意するしかないのかも知れません。


今日の一件で、
僕は心の、感情の変化を体験しました。

これが明日になって、「やっぱダメだぁ…」となっているかも知れません。
深夜の、アドレナリンによる、一時的な勘違いかも知れません。

それでも、
今の僕は、その気になる人のことを、イメージや聞きづてではなく、
ちゃんと知ろうと思います。過去ではなく、目の前の君をちゃんと知りたいと
思います。

僕はBeの中でも特に「毎日をワクワクして生きる」ことを大切にしたいと
思います。

だから、すぐに辛い壁に直面する可能性も大いにあるけど、
自分が素敵だと思った人にしっかりアプローチしたいと。

それでいてダメだったら、ご縁がなかったとスッと引いて
次にいこうと思います。

今日の気付きが良き経験となりますように。
おやすみなさい。
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眠れない…

最近は規則正しい生活が馴染んでいたのに、
何かふとしたきっかけで気分が落ち込んでしまったとき、
昔ながらの体質のせいか、全然眠れなくなる。

気分が落ち込んだのは、多分食事をちゃんと取れなかったせい。
前日の夜はペヤング大盛り焼きそば…
今日に至っては夜までサンドウィッチ一切れしか口にしていなかった。

運動は週2で欠かさずジムにいっているものの、
夏バテの影響もあって食欲が減っており、炭水化物や野菜を摂る量が
減ったように思う。

気分が落ち込んだ時は、やっぱり他人と比較してしまうというか、
過去を思い出して、少しシュンとなってしまう時が多い…


他人と違う人生を歩む自分。
意図しなくても、そうでしか歩めないとも言えるほど、
物が人と違って見えたり、人が疑問に感じないことを疑問に感じてしまう。

それゆに、人が当たり前のようにやっていて、
普通のことだと思っていることが、結構できなかったりする。



仕事のタスク管理や、スケジュール化、物やデータの整理整頓。
職場の関係者との意思疎通や交渉。そういったものに自信はある程度あって、
最近まで

『そういった事が出来ない人が多いんだ!(だから出来るように変えたい)』

なんて完全上から目線で口走っていたのが恥ずかしい。



ネットの記事を読んでいて「伊藤忠の初年度ボーナス60万!いぇい!」なんて
情報を見てしまうと、

『なにやってんだろうなぁ、自分』

とは、やっぱり思っちゃうよ。



少なくとも、大学在学中に

『働くとはどういったことで、世の中にはどんな雇用体系があって、
大企業と零細企業では収入や待遇にどれだけ差があり、
新卒というチャンスを逃すと、どれほどのリスクがあるのか』

そんな情報をもっと知れていたら、僕の人生選択は
また大きく変わっていたのかもしれない。
調べているつもりだった…知っているつもりだった。


『他人の芝は青く見える』

これは、僕らが想像するレベル以上に、結構的を得ていると思う。


大企業では大企業なりに、
各世代ごとの苦労があるはずだ。

長い労働時間、周りとの派閥争いなんかはよく耳にする話だ。
自分がやりたい仕事をできている人なんて、それこそ一握りだろう。
(まぁ、結局は百聞は一見に如かずで、見てみないと分からないのだが。)


それでも、特に収入の面では…(ここでは、女々しいが正直に書こう)
僕よりも多くを獲得してるんだろう…

ボーナス…

正直、これを貰ったことがない(というより、その概念がない)僕にとっては
やっぱり時々、無性に憧れてしまう響き。


夏のボーナス数十万を貰って、
お盆休みに実家に帰って、
甥っ子たちにお小遣いをあげつつ、
実家の飯を食べながら、
午前中などはサーフィンに興じることもできる…のだろうか。


最近、『自分が旅行したい!何が欲しい!あれ食べたい!』っていう欲はあるものの、
家族に『あれしてあげたい』とかを、やや強めに思うようになった。

それを直接言うのは、ムズムズしてウザくって嫌なのだが、
・親や祖父母が年を取ったと感じるとき
・子供の頃にしてもらったことをするのが、経済的にどれだけ大変かを身にしみて実感するとき
結構、『まぁ好きなもの食わせて、好きなとこ旅行いかせて、くらいはしてやりてぇな』と思う。(というか、周りの奴らは既にやってんだろうなぁ…もう26だもんな)


学生時代、勉強や部活や生徒会関係など、客観的に見ても
結構努力してきた方だとは思う(ただの良い人だった面も大きいが…)

大学でも、学校の講義に価値を感じられずとも、
期末テストや卒業研究、院試に対しては、やはり納得いくまで
勉強する所はするので、やはりそこそこ努力してきたとは思う。

でも、それは金を払ってやってたこと。



で、社会に出たら、それらの王道ルートを一回捨ててるわけで、
そんなに収入が高いわけではないわけで(北の国から?)



つくづく、お金に対する“上手さ”がないなぁと自分でも思う。
だって行った努力を効率良く利益に変えられてないんだもの。。

でも、それでも“努力の方向性”が間違っている、とは思えなんだ。

『成果=能力×行動量×考え方』

と良く言われ、3番目の考え方が間違っている(=マイナス)と、
どんなに能力が高くても、行動量が多く(努力)ても、
成果は上がらないと言われている。


それでも、若いわりに頑固と言われるけども、
この考え方が間違っている(=マイナスである)とは思えなんだよ。。


少し勘違いと見られるかも知れないけど、
アインシュタインは『優れた人間になろうとするんじゃなく、価値がある人間になりなさい』といった。

スティーブ・ジョブズも、彼の伝記やらスピーチやら、映画なんかを見る限り、
『他人のノイズに惑わされず、自分の大好きなことをやり』、また『本質的な価値』を何よりも重視した人だったと思う。

いわゆる典型的な理想主義者だが、
それでも、一度そう思ってしまったのなら、もうそれ以外の道を歩めなくなる。
価値を感じれないんだ。たとえ、それが(短期的に)収入が少ない道でも、
他の大勢の人が進む道でも。



偉大な功績を残し、偉大な人物になるためには、
それ相応の痛みが必要なのだろうか?

その痛みや苦しみこそが、後に尊大な人格を形成するのに
不可欠な要素なのだろうか。

貧しさや悔しさを経験せねばならないのだろうか。

何かを犠牲にしなければならないのだろうか。

僕が知る、貧しさや痛みを経験した偉大な人物は

リンカーンやクリス・カードナーくらいしか知らないが、

後に偉大になれたとしても、彼らの人生は幸せだったのだろうか。



それとも、夢見がちな若者の、ただの勘違いな妄想だろうか。



気持ちが落ち込み、考え込んだときには
よく次のようなことをするように心がけている。

・都会に行く(刺激を受けると心が変わる)
・音楽を聴く(音楽には人を変える力がある)
・予算を気にせず美味しいものを食べる(食は人の根幹)
・買わなくていいので服や雑貨を見に行く(欲しいワクワクによる発散)
・掃除や断捨離をする(物が整理されることで気持ちもスッキリ。風水的に◎)
・目標が明確になっているか再確認する(目指す光があれば人は歩いていける)


でも、寝る前にお腹も空いていない今、
正直何をしたら気が晴れるか、分からなかった。(だからこそブログを書いた)

時間は午前3時。
明日はもちろん仕事だが、時間を売って給料が上がる職場ではない。

指示されたことの先を見て、優秀に仕事をこなしても給料は上がらない。
自分で価値あるサービスを創らなければ、いわゆる旧帝大の同世代たちが
もらっている給料を越すことはできない。そういう契約だから。


やりたいことをやれても、貧乏であれば意味はない。
孤独では意味がない。
社会に好影響を与えられなければ意味がない。
それによって、家族や趣味が犠牲になるのは(僕にとっては)意味がない。

成功とは「原則を中心にして仕事、家族、趣味、友人、地域貢献などのバランスをとり、かつ社会的に貢献度の高いことを成し、それが皆に評価されている状態」のこと。

そのために逆算と計画立てを頑張ってはいるのだが、
途中途中の環境がちょっと精神的にグラつくほどに過酷すぎるかなぁ。。

せめてもうちょっと、
生活にゆとりを埋めれば、仕事以外のことも円滑に回りだしそうなんだけども。

そのもうちょっとのゆとりを生み出すために、
視野を狭くせず、頭が凝り固まらないように注意しつつ、行動しなきゃなぁ。

もうあんまり寝る時間ないけど、
目がブルーライトに晒されまくってるけど、
睡眠とって、頑張って明日早く起きて、週の計画を立てて、
“もうちょっとのゆとり”を生み出すために考えなきゃなぁ。


くそ。
もうちょっと、もうちょっとだと思うんだけどな。

もうちょっとしたら、長いもやっとしたトンネルを抜けて、
一気に、加速度的に、グッと流れが来そうではあるんだけど。

くそ、絶対見返してやるからな。

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