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それから取調べは所轄を刑事課に移され会を追うごとにそれは厳しさを増した。私は何度も仲間のために頭の中で例のシュミレーションを繰り返さなければならなかった。日を追って徐々に身体は軽くなってくるのだが、相変わらず痛む頭と様々な不安に思いをめぐらせるのは骨の折れた。何より何度眺めても何の救いもない病室の風景と、酔っ払いが宿命的にトイレに行くようにやって来る事務的な看護婦や医者たちの態度とその病的なまでの正確な時間には本当にうんざりさせられた。痛む頭で不安を抱えながら向かい合っていた刑事たちのほうがリアルな存在に思えた。とはいえ、取調べは並大抵のものではなかった。当初の計画通り「誰といたのだ?」という問いに対しては「良く覚えていないが一人だった」という答えを一辺倒に通した。日本の警察というのは「・・・だったと思う」という答えでは納得しないらしく、至極まともな一大学生の言葉にもかかわらず、いつしか彼らの中には苛立ちが芽生え増幅し、自らにも抑えられぬほどの憤りを傷ついた青年にぶつけなくてはならなかった。 彼らは原因追求の名の下に必要書類をまとめ、報告書を作成しなくてはならないのだ。そしてその後には一日の疲れを癒すビールと暖かなシャワーと彼らのあどけない子供たちと過ごす幸せな時間が待っているのだ。私には私の事情があるように、それは誰のもとにも存在する。しかし私はまぎれもなく重要参考人であり、少年グループのリーダーに大怪我を負わした容疑者である。



「お前、必ず後悔するぞ!何でも良いから思い出すんだ。言え、言うんだ!!」


寄ってたかって荒々しく詰め寄られる日々だったが、本件は裁判所へと移され煩わしさはひとまず去った。



それから数日過ぎ、私の身柄が警察病院に移された頃、国選の弁護士がつけられ裁判に臨む準備が始まった。弁護士は目の前にして一瞬目を閉じただけでもその顔が思い出せないほど何の特徴もない中年の男だった。


弁護士にはこれまで刑事たちに話した事柄を慎重に話した。彼は何の疑問も含みもなく裁判の準備を進めてくれた。結局私は

「不良グループに関わり身を守るために起こった事件のため情状酌量の余地はあるが、記憶の不鮮明な部分や相手の怪我の具合から考慮してその罪は実景に値する」


というような旨の判決を受け実刑3年を言い渡された。


私は仲間のことがうまく隠し通せてほっと胸をなでおろした。


そして私は刑務所に送られた。

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