2009-11-03 09:47:02
思考のめぐらし
Theme: いろいろ
目指すべきはなんでしょうか。
とてもすがすがしい休日の朝からこんなことを書いてみる。
何も目指さないで気楽にやってればいいような気もするんだけど、ある程度の通過地点は自分で決めておいたほうが生活にハリが出るし、やる気も出る。
毎週の目標を決めて達成できるようにするのもありだけど、自分自身そんなきっちりできないので1年後にはこういうことができるようになるとか、何年後にはこうしたいとかいうようなちょっとした欲みたいなものを目標にしている。
仕事、プライベートと分けずにごっちゃな感じで、一年後には木造、RC、S造の住宅については一通り計算できるようになっていたいとか、200人くらい入るクラブでイベントを開催したいとか考えてたりする。
行く行くは個人で独立して事務所を構えて・・・とかも漠然と思っている。
その前に国内においては一級建築士・一級建築構造士をとらないとだめなんだけれど。
意匠設計において評価されるには、正直なところいいものを作るだけでなく何かしら賞や論考で評判、知名度をあげないと難しいところである。じゃあ構造設計者としての評価は何で決まるのだろうか、間違いなく技術力による。単に技術力といっても計算能力が高いだけではなく、構造の知見はもちろん、デザイナーの考えを実現させる力、潤滑油のように全体をうまく進める力、コミュニケーション能力、読む力、挙げればキリがないほどの能力が必要になる。
知名度を上げるということもある意味必要なことかもしれない。
姉歯事件以降(もう3年も経つけど)間違いなく建築業界外の人には構造というと姉歯というようなイメージがついてしまっている。あれ以降建築雑誌なんかでは構造設計者が取り上げられることも増えて業界としては認識されるようになった気はするけど、まだまだ一般的な知名度はないんじゃないでしょうか。
力のない人がメディアに出て構造家と名乗るようなことがあってはほしくないけれど、能力があって評価されるべき人が世の中において認められないというのは改善されていくべきなのかなとも思う。
うまいことメディアを使って構造技術者という肩書きが知れ渡るようにできれば仕事環境も少しは変わるだろうし。
好きなことをやれる環境だから金銭面の妥協は仕方ないと思う人が多いように思うんだけれど、もっとビジネスライクにしっかり主張してもいいんじゃないと思うこともある。まだ自分は一年目ではあるけれども、こちらが自分の能力を主張していかない限り立場が保証されないし、おそらく主張しなかった結果有能な人が潰れていっていることもあるように思う。
洋服と同じで、いい物を作るにはそれなりのお金がかかることは当然だと思うし、金銭に見合った仕様というのも
調整していかなきゃいけない部分である。
そりゃ、ユニクロの値段でヴィトンは買えないわけで、建築においてはそのあたり混同されてしまっているような感じもする。大きなものであるが故、日常から離れた物量、金額が動くことになり感覚がわからなくなってしまう部分はあるとは思うが、だからこそ、建築業界がちゃんとした認識をしてコントロールして教えていかないといけないんだと思う。
ビジネスライクにというのはこういう部分も含めてである。
そういった部分も含めて設計するのがプロといえるでしょう。
個人のコレクションになるようなものであればパトロンがいて好き勝手やれるかもしれないけど、何十年と残るものを地球に残すわけだからちゃんと価値を考えて作り、少なからず周囲を考えなきゃならない。
もしスモールライトで手持ちで運べるようになったとしたら世の中の名建築は壊されることなく残るはずなんだけど。
そんなことできないから老朽化し、解体されちゃう。
メンテナンスも含めて設計をしないともちろんだめなんですね。
上に書いたようなことをまずはきっちり説明できるような技術者になれるよう日々精進です。
技術者は賞・肩書きなんかよりも経験を積まなきゃね。
てことで下に一つ画像載せます。
じーっと見てると何かが起こる?
どうでしょう?見えました?
単なる黒一色です。
すいません。
ここでいいたいのは
いまは何かが見えるかどうかが重要なのではなく見ようとする姿勢が重要だということ。
いろんなところに首を突っ込んで、本質を見る姿勢を持っていれば結果はついてくる。
やるっきゃない!
とてもすがすがしい休日の朝からこんなことを書いてみる。
何も目指さないで気楽にやってればいいような気もするんだけど、ある程度の通過地点は自分で決めておいたほうが生活にハリが出るし、やる気も出る。
毎週の目標を決めて達成できるようにするのもありだけど、自分自身そんなきっちりできないので1年後にはこういうことができるようになるとか、何年後にはこうしたいとかいうようなちょっとした欲みたいなものを目標にしている。
仕事、プライベートと分けずにごっちゃな感じで、一年後には木造、RC、S造の住宅については一通り計算できるようになっていたいとか、200人くらい入るクラブでイベントを開催したいとか考えてたりする。
行く行くは個人で独立して事務所を構えて・・・とかも漠然と思っている。
その前に国内においては一級建築士・一級建築構造士をとらないとだめなんだけれど。
意匠設計において評価されるには、正直なところいいものを作るだけでなく何かしら賞や論考で評判、知名度をあげないと難しいところである。じゃあ構造設計者としての評価は何で決まるのだろうか、間違いなく技術力による。単に技術力といっても計算能力が高いだけではなく、構造の知見はもちろん、デザイナーの考えを実現させる力、潤滑油のように全体をうまく進める力、コミュニケーション能力、読む力、挙げればキリがないほどの能力が必要になる。
知名度を上げるということもある意味必要なことかもしれない。
姉歯事件以降(もう3年も経つけど)間違いなく建築業界外の人には構造というと姉歯というようなイメージがついてしまっている。あれ以降建築雑誌なんかでは構造設計者が取り上げられることも増えて業界としては認識されるようになった気はするけど、まだまだ一般的な知名度はないんじゃないでしょうか。
力のない人がメディアに出て構造家と名乗るようなことがあってはほしくないけれど、能力があって評価されるべき人が世の中において認められないというのは改善されていくべきなのかなとも思う。
うまいことメディアを使って構造技術者という肩書きが知れ渡るようにできれば仕事環境も少しは変わるだろうし。
好きなことをやれる環境だから金銭面の妥協は仕方ないと思う人が多いように思うんだけれど、もっとビジネスライクにしっかり主張してもいいんじゃないと思うこともある。まだ自分は一年目ではあるけれども、こちらが自分の能力を主張していかない限り立場が保証されないし、おそらく主張しなかった結果有能な人が潰れていっていることもあるように思う。
洋服と同じで、いい物を作るにはそれなりのお金がかかることは当然だと思うし、金銭に見合った仕様というのも
調整していかなきゃいけない部分である。
そりゃ、ユニクロの値段でヴィトンは買えないわけで、建築においてはそのあたり混同されてしまっているような感じもする。大きなものであるが故、日常から離れた物量、金額が動くことになり感覚がわからなくなってしまう部分はあるとは思うが、だからこそ、建築業界がちゃんとした認識をしてコントロールして教えていかないといけないんだと思う。
ビジネスライクにというのはこういう部分も含めてである。
そういった部分も含めて設計するのがプロといえるでしょう。
個人のコレクションになるようなものであればパトロンがいて好き勝手やれるかもしれないけど、何十年と残るものを地球に残すわけだからちゃんと価値を考えて作り、少なからず周囲を考えなきゃならない。
もしスモールライトで手持ちで運べるようになったとしたら世の中の名建築は壊されることなく残るはずなんだけど。
そんなことできないから老朽化し、解体されちゃう。
メンテナンスも含めて設計をしないともちろんだめなんですね。
上に書いたようなことをまずはきっちり説明できるような技術者になれるよう日々精進です。
技術者は賞・肩書きなんかよりも経験を積まなきゃね。
てことで下に一つ画像載せます。
じーっと見てると何かが起こる?
どうでしょう?見えました?
単なる黒一色です。
すいません。
ここでいいたいのは
いまは何かが見えるかどうかが重要なのではなく見ようとする姿勢が重要だということ。
いろんなところに首を突っ込んで、本質を見る姿勢を持っていれば結果はついてくる。
やるっきゃない!




