2011-02-23 01:33:27
議論・戦い
テーマ:いろいろ
僕は原子力発電に対しては反対ではない。
専門家でも知識があるわけでもないから放射線がどうのこうのってのは正直わからない。
祝島での原子力発電所建設に関して、正直最近あまり関心を持っていなかった。
けどちらちら情報を見ていくうちになんか色々おかしなことがあるように思えてきた。
計画自体は30年前の話、情報はいっぱいあるのにマスコミは報道しない。
地元住民はずっと反対していてその割には計画にあまり根拠がない。
けどこれに乗じて原子力発電の問題として話をしてしまうのはちょっとずれる気がする。
そんなところで考えてみるんだけどまず言えることは
身を呈して守ろうとするものがあるってことはなにかがあるってことで、それをお金とか権力で
解決しようとするのは間違っている。
いくらでも作れるもの、再生するものであれば壊してもいいかもしれない。
ただ今回は漁場をつぶし、自然が育んできたものを壊してしまう。
壊してしまったらもとには戻れない。
だからこそ必死に抵抗し守っている。
それを30年と続けているのに理解しようとしない建設側の人たちには共感ができない。
それこそ建設する土地への影響とかについての検討はちゃんとされているのだろうか。
原子力発電の話でそれを論じるのは簡単かもしれないが、場所という部分が欠如してはいないだろうか。
なぜそこに作る必要があるのか。つくるのなら影響を最低限にする検討はなされる必要があるだろう。
多額の資金を投入するのであるならば、日本の知恵を用いてより良い方向に持っていく努力をしないのか。
決まったことでしか動けない、決まっているからやりますではいいものが作れるわけなんかない。
本気でいいものを、国のためになるものをつくるのであるならばもっと情熱を持つべきだろう。
対話なくしていいものが作れるわけなんかない。
今回の作る側からはそんな熱意が伝わってこない。
僕はそれが非常に残念である。
自分自身、つくる側の人間であるからこそ感じる。
もしかしたら今後、原子力発電の設計に関わること、現場に関わることがあるかもしれない。
その時に自分はどうしたらよいのか。
まずは現場を見に行くしかないのだろう。
そしてそこに住む人達と対話をする。
つくる側の熱意、情熱を伝える、そして建設される側の意見も聞く。
そういう戦いを、議論をしていかなければそもそも成立しないものなんじゃないか。
おかしいものにはおかしいと言える、各個人の判断てものが欠如してしまっているのか。
そんなんで言われたことだけやってたんじゃ何時まで経ってもいいものなんか、納得のいくものなんかできやしない。
祝島についてはしっかりとした議論、検討が行われることを期待したい。
決して強行に建設をすすめるということだけはないように。
そんなんで原発つくったって機能しないよ。
みんなでいいものをつくる信念をなくしちゃだめなんだ。
専門家でも知識があるわけでもないから放射線がどうのこうのってのは正直わからない。
祝島での原子力発電所建設に関して、正直最近あまり関心を持っていなかった。
けどちらちら情報を見ていくうちになんか色々おかしなことがあるように思えてきた。
計画自体は30年前の話、情報はいっぱいあるのにマスコミは報道しない。
地元住民はずっと反対していてその割には計画にあまり根拠がない。
けどこれに乗じて原子力発電の問題として話をしてしまうのはちょっとずれる気がする。
そんなところで考えてみるんだけどまず言えることは
身を呈して守ろうとするものがあるってことはなにかがあるってことで、それをお金とか権力で
解決しようとするのは間違っている。
いくらでも作れるもの、再生するものであれば壊してもいいかもしれない。
ただ今回は漁場をつぶし、自然が育んできたものを壊してしまう。
壊してしまったらもとには戻れない。
だからこそ必死に抵抗し守っている。
それを30年と続けているのに理解しようとしない建設側の人たちには共感ができない。
それこそ建設する土地への影響とかについての検討はちゃんとされているのだろうか。
原子力発電の話でそれを論じるのは簡単かもしれないが、場所という部分が欠如してはいないだろうか。
なぜそこに作る必要があるのか。つくるのなら影響を最低限にする検討はなされる必要があるだろう。
多額の資金を投入するのであるならば、日本の知恵を用いてより良い方向に持っていく努力をしないのか。
決まったことでしか動けない、決まっているからやりますではいいものが作れるわけなんかない。
本気でいいものを、国のためになるものをつくるのであるならばもっと情熱を持つべきだろう。
対話なくしていいものが作れるわけなんかない。
今回の作る側からはそんな熱意が伝わってこない。
僕はそれが非常に残念である。
自分自身、つくる側の人間であるからこそ感じる。
もしかしたら今後、原子力発電の設計に関わること、現場に関わることがあるかもしれない。
その時に自分はどうしたらよいのか。
まずは現場を見に行くしかないのだろう。
そしてそこに住む人達と対話をする。
つくる側の熱意、情熱を伝える、そして建設される側の意見も聞く。
そういう戦いを、議論をしていかなければそもそも成立しないものなんじゃないか。
おかしいものにはおかしいと言える、各個人の判断てものが欠如してしまっているのか。
そんなんで言われたことだけやってたんじゃ何時まで経ってもいいものなんか、納得のいくものなんかできやしない。
祝島についてはしっかりとした議論、検討が行われることを期待したい。
決して強行に建設をすすめるということだけはないように。
そんなんで原発つくったって機能しないよ。
みんなでいいものをつくる信念をなくしちゃだめなんだ。






