引き続き、盂蘭盆の行事とかぐや姫の関連について、です。
かぐや姫は七月十五日に「いでゐて」いました。
内から出て座っていることです。
当時の姫君は部屋の奥深く、御簾の中にいるもので、外に出てくることは稀でした。
かぐや姫もそうであって、成人したあとで多くの男たちが垣間見をしようとしたときにも、帝のお使いが顔を見ようとしたときも、決して姿を見せませんでした。
部屋の外に出てきているとは、激変といっていい状態です。
…画像:PAKUTASOぱくたそ/フリー写真素材「境内にかけられたすだれ」 しおしお様の写真をお借りしました…
ここで、盂蘭盆に天皇が出御して拝礼をする、ということが思い出されます。
普段は人に姿を見られないような立場ですが、盂蘭盆の拝礼に出てくる点で、かぐや姫が帝に重なってくることになります。
物語では、帝に姿を見られてから、かぐや姫に敬語が使われるようになっていました。
このブログでは「かぐや姫に途中から敬語が使われるわけ」* として考察したことがあります。
和歌の贈答、独り寝、物思い…。帝と逢って以降、かぐや姫と帝の行為は重ねて描かれているようです。
そして、ここの「いでゐ」でも、盂蘭盆にあたって出てくることにより、かぐや姫が「ただ人」ではない存在であることが暗示されているのだと思います。
また、もともと盂蘭盆とは… ☪
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もう少し、盂蘭盆の考察を続けます。
参考文献:
片桐洋一、他(校注・訳)
『竹取物語 伊勢物語 大和物語 平中物語 日本古典文学全集8』小学館、1972年。
野口元大(校訂)『竹取物語 新潮日本古典集成 第26回』新潮社、1979年。
大野晋、他(編)『岩波古語辞典』岩波書店、1974年。
戸川芳郎(監修)佐藤進・濱口富士雄(編者)『全訳 漢辞海 第三版』三省堂、2011年。
山中裕『平安朝の年中行事』塙書房、1972年。