竹取物語の謎を「うら」読みで解く

かぐや姫は、なぜ竹から生まれて月に帰るのか?
かぐや姫、竹取翁…、名前は何を表すのか?
蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣…、宝物に隠された意味とは?

古典には、ときどき「うら」が隠されています。

本音が言えないとき、表はうまく書きながら、さりげなく秘密を潜めたりします。


隠し方は、けっこう常識的です。 わかる人には、わかってほしいのですから。


 例えば、竹と月が並べば、かぐや姫を連想できるでしょう。

そんなふうに、お互いに知っていることを使っています。


もしも、古代の人たちの常識を私たちが知らなかったら、通じません。

  千年前に、カボチャとガラスの靴と言っても ??? になるのと同じです。

古典の謎のいくつかは、案外それで解けるかもしれません。


ではご一緒に、「うら」読みの世界へ。

竹取物語の5人の貴公子の最後が、石上(いそのかみ)中納言でした。
さかのぼるかたちで、まず、石上氏を取り上げます。


石上氏は、もともと物部(もののべ)氏の傍系。物部氏についての伝えは、次のとおりです。


祖神はニギハヤヒ。天皇家の祖ニニギに先立って、河内に降臨しました。初代天皇の神武天皇が九州から大和に入るにあたり、抵抗していた長髄彦を殺して帰順したといいます。

古代ヤマト朝廷で、軍事・刑罰と祭祀を担当しました。石上神宮には、朝鮮半島から渡来したという七支刀がおさめられています。6世紀には、大連(おおむらじ)として中央の権力を握りました。

ところが、伝来した仏教の受け入れに反対して、大臣(おおおみ)の蘇我氏と対立。いわゆる「崇仏論争」をくりひろげます。
用明天皇(聖徳太子の父)崩後の皇位継承問題で、大臣蘇我馬子・聖徳太子らの連合軍と戦います。敗れた物部氏本流は、滅亡してしまいました(587年)。

蘇我氏本流が大化改新で滅ぼされると、傍流が史上に返り咲きます。壬申乱の後は石上朝臣として、中央政界で高官を出しました。


さて、ここで、竹取物語を思い出してください。
石上中納言は、燕の子安貝を取ろうとして鼎(かなえ)の上に落ち、それがもとで死んでしまいました。

この話のご紹介のとき、*は、推古天皇・聖徳太子・蘇我馬子の共同統治を示唆している、と考察しました。
史上の物部本流は、馬子と聖徳太子を中心とした軍に滅ぼされたのでしたね。
石上中納言は、鼎に殺された格好になっていますから…。

ここでも、竹取物語は、日本書紀の記述を踏まえて設定を行っているようです。
そういえば、鼎も属でできた古代中国の鍋でした。小道具も、話の内容と氏族に合わせています。


そして、軍事担当の物部と七支刀で有名な石上神宮は、武器=金物と関係しています。
物部氏(石上氏)は、五行*「金」 *にふさわしい氏族 だといえましょう。


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大伴氏です。

参考文献:
坂本太郎、他『日本古代氏族人名辞典』吉川弘文館、1990年。

イラスト:あおい
紫字
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