2016-03-12 12:14:12

5年

テーマ:ブログ
2011年3月11日。

東日本大震災。

あの日から5年が過ぎました。

今年も気仙沼を歩き、安波山で黙祷してきました。
2016031111000000.jpg
IMG_1181.jpg
実はあの日、我々が避難していた安波山のふもとの道を一本挟んだとこまで火災が来ていたそうです。

そこで消防隊の皆さんが山火事にしてはいけないと自分の家が燃えていたり、身内の方が行方不明になっているのに命がけで火災を食い止めてくれていたことを知りました。

そして実は震災前日の夜にロケの順番が変更になり、本来なら14時46分には岩井崎という気仙沼湾の最南端の海の目の前にいたかもしれなかった、ということ。

辺りには高校くらいしか高い建物がなく、17メートルの津波が来た場所です。

もしその辺りにいたらまわりに人もいなかったので、逃げるよりもロケを続けていたかもしれません。
IMG_0285.jpg
まだ知らないことも沢山あるに違いありません。

5年だから何かが終わるとか何かが始まるわけではないし、被災地を見ればまだまだ通過点に過ぎません。

まだ何万人も仮説住宅に住んでる方がいますし、人口流出という問題が出てきています。

今まで住んでいた場所が危険区域とされて住居を建てられずに高台に移らなくてはならない。

でも全国にいるその土地の所有者全員に会って承諾を獲なくてはならなかったり、土地の所有者が亡くなってしまっていたり、山を切り崩す岩盤が固くて想定より時間がかかってしまったり、さらに建設業の人手不足や資材不足による値上がりなどで復興住宅の建設も遅れ、仕方なく街を離れる人が増えています。

このままだと復興住宅は出来たものの、肝心の住む人がいない…ということになってしまうのではないか、という問題も浮上してきています。

一方で新しいスタートをきって歩き出している人や街もある。
IMG_2567.jpg
震災をきっかけに気仙沼をはじめ被災地となった地名を知ったり、ボランティアや旅行で訪れてくれた方、そこから人の繋がりができて何度も来てくれたり、さらには住んでしまった!という方もます。
2016031110480000.jpg
IMG_3042.jpg
気仙沼の魚屋さんは言います。

『来てくれたら美味い魚もあるし必ず満足させる自信はある。聞かせろと言われれば震災の時の話もする。これからも色んなことを仕掛けてまずは来てもらえるようにしないとね!』

僕らもまだまだ伝えていかないと。



なかなか被災地に行けないという方やこれから行こうと思っている方もいると思います。

映画や本もあるので正しく知ってもらうことが大事です。

ぜひこちらも見てみて下さい。

■『大地を受け継ぐ』
2016031101540000.jpg
福島第一原発の事故後、福島で苦悩しながら農業を続ける家族と東京の若者たちとの対話を描いたドキュメンタリー映画。

2011年3月24日、原発事故を受け、農作物出荷停止のファックスが届いた翌朝、農家の男性が自ら命を絶った。

残された息子の樽川さんは、母と畑を耕し続けている。

東京からやって来た学生たちを前に、終わりが見えない現在進行形のさまざまな葛藤が語られていく。

「戦争と一人の女」(監督作)、「アジアの純真」(脚本作)などの井上淳一監督による初ドキュメンタリー作品。

■『知ろうとすること。』 (新潮文庫)
早野 龍五 (著), 糸井 重里 (著)
2016031101530000.jpg
「本屋で積んである雑誌を買うとき、つい、いちばん上にある本じゃなくて、何冊か下にある本を買ってしまうんです。いちばん上の本が汚れてなくても、下のほうから取ってしまう。これって、科学的じゃないですよね?でも、ぼくだけじゃなく、多くの人は、科学的じゃない判断をしてしまう。そういったことを、前提として理解しつつ、それでも、ぼくがこころから思うのは、ほんとうに大切な判断をしなければいけないときは、必ず科学的に正しい側に立ちたいということです」
と糸井重里さん。

科学的に正しいことのみを絶対的なものとして列挙するのではなく、かといって、科学的におかしいことを曖昧に肯定するのでもなく。
現在の早野さんの活動の原点になった「1973年の東京における放射性降下物測定の話」、そして、糸井さんの素朴な疑問からはじまり、予想外に早野さんが大きく展開させてしまった「138億年前の水素の話」などは、帯や紹介文などには書かれない、この本の隠れた読みどころとなっています。

サンドウィッチマン 富澤たけしさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

読者になる
最近の画像つき記事
 もっと見る >>

コメント

[コメントをする]

36 ■無題

3.11に気仙沼大島へ行く船着場で富澤さんの温かさにパワーを頂いた者です。
あの日、一服されている富澤さんに気づいて、これから始まる移動やロケの合間のひとときにお声をかけては失礼だと思いながらも、気仙沼人として震災で大事な家族や家を失った者として、ずっとサンドイッチマンさんのお二人から元気を頂いていたのでどうしても感謝の気持ちをお伝えしたくてお声をかけさせて頂きました。
カメラが回っていなくとも、嫌な顔一つせずに握手までして頂き感謝の気持ちが溢れとっても嬉しかったです
。富澤さんの手はとっても温かな手でした。本当にありがとうございました‼︎
私はこれからやっと自宅再建に向けて進み出すところです。
元の環境に戻れない悲しさは消えないと思いますが、自分の生活環境を整え保育士として自分の出来る限りのことを精一杯励みサンドイッチマンさんのように被災地を大切にしてくださる方に恩返しをしていくのが夢です。
蘇っていく気仙沼にまたいらして頂けたら嬉しいです‼︎

35 ■無題

こんばんは。はじめまして、わいこです!(*^▽^*)


私は宮城北部の出身であの日はたまたま休日で家にいました。

被害は軽いものでしたが、5年経った、今でも昨日のことのように思えます。


最近、サンドイッチマンさんのラジオを聞いて、嫌なこと全部忘れてしまいました。(笑っ

冨澤さんがいてくれて良かった。
伊達さんがいてくれて良かった。

心からそう思っています。(^_^)

笑いをありがとうごさいます!
癒しをありがとうごさいます!

今、資格取得で忙しいのですが、合格できたら、仙台のライブに行きたいです!





34 ■震災芸人。

ANN聴かせていただきました( ^ω^ )

心ないひとたちにこんな呼び方されても、忘れないでいてくれるなら構わないって……
やっぱトミーかっこいいわ*\(^o^)/*漢だわ♡
そだね。こうなったら逆手にとって、そう呼んだ可哀想なひとたちも取り込んじゃいましょねo(`ω´ )o

東北を背負って立つ、
日本一の漫コン師☆いや、
日本一真面目な漫コン師☆☆いやいや、
日本一真面目なのに超面白い漫コン師☆☆
ついていきまっす*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*

33 ■今年も安婆山

毎年、安婆山で黙祷してます。今年は名久井ちゃんではなくなったけど、新たに袴田アナとも話せて良かったです。「ぼんやり~ぬ」の収録したり、22時にはラジオ、次の日の「ウオッチンプラス」さらに名取からのNHKと、なんと多忙なんでしょ。ホントお疲れ様です

32 ■無題

漫才サミット ご苦労様でした。主人と2人で御殿場から行かせていただきました。のし梅は我故郷の小田原にもあり知っていましたが、チョコ付きは初めてでしたので買ってみました。その土地の企画良かったかも知れません。 しかし、ものスゴい運命というか使命というか巡り合わせでサンド様は存在しているのですね。人の運命とは…… いずれにしても前を向かなければなりませんね。

31 ■無題

あの日、あれから命をかけてどれほどの人が人々のために闘ったのだろうと、すごく胸が痛くなりました。

今も多くの人が終わらない闘いをしてるんですね。
私も絶対これから先、その方々のことを心の片隅に置き、自分が社会人としてどうあるべきか考えたいと思います。

30 ■山形 到着しましたぁ


トミーさ~ん
去年の仙台単独ライブ以来、
初めての山形に足を踏み入れ、
会場に到着しました!

会場前では、コジマさんが、お姉さま方に囲まれ、にこやかにお話してましたよ
いやぁ コジマさんも大人気です

トミーさん、伊達ちゃん
もうすぐ開演 楽しみです


先月 一足早く、
仙台から 行きは はまなす
帰りは カシオペアで、
函館に行ってきました

29 ■5年…

この数日間、民放各局で流れた震災関連番組を見ながら、もちろん風化させてはいけないのだけれど、なんか違うよなあ…と居ごこちの悪さを感じてました。
たぶん、現実は複雑に絡みあっていて、単純に切り取って分かったつもりになってはいけないんでしょうね。
震災後、私の中で一番変わったのは、なるべくサイエンスをベースに物事を判断しようというところかもしれません。複雑で割り切れない状況だからこそ…。それには早野先生と糸井さんの仕事が大きく影響しています。富澤さんがこの本を紹介してくれて嬉しいです(^ ^)
もうすぐ山形に着きます。楽しみです!

28 ■復興

今日のNHKの番組を見ました。

仮設住宅に暮らすことの大変さ。
地域によって新しい住宅地の計画が進んでいる町と、お役所仕事でなかなか進まない町があること。
放射線の危険が減ったからといって直ぐに生活できるわけではないこと。
なのに国からの助成金が打ち切られてしまうこと。
まだまだ知らないことがたくさんあります。
分かりやすい紙芝居で教えてくれて
ありがとうございました。
町作りのキーパーソンを
「どの方ですかねー?」っての、
ツボでした(笑)

5年前のあの日、もしかしたらサンドさんも危なかったんですね…(>_<)
復興のために今も頑張ってるお二人を見越して、神様が助けてくれたのかも。


27 ■サンドさん大好きです!

気仙沼の天婦羅丸子さんにも是非お立ち寄り寄り下さい(o^^o)

26 ■お疲れ様です。

富澤さん、お疲れ様です。震災に関するお話を、ありがとうございました。3月11日は自分は職場にいて、帰宅困難で職場に泊まったのを覚えています。
私の被災などはまだ軽いものですよね。
まだまだ大変な生活をされている方が沢山いるということ。忘れてはいけないし、一人一人がなにができるか、考えていかないといけないですね。

25 ■忘れられないあの日、そして夢。

悪夢のような現実が起きた2011年3月11日。

本物の希望=夢を叶えて行きましょう。


私達は夢を叶える力をココロの奥に持っています。

富澤さんと伊達さんのご活躍に感謝しております。
いつもお元気でいてください。
合掌。

24 ■テレビみるね(´-`)

黙祷。天国の方々が、安らかなお顔をしていることを想像してさせていただきました。いつだって正しいことがわからない。

からだ大丈夫ですか?
さっき無意識ですがナポリタンを作りました。震災当日、仕事先で、電気水道ガスが徐々に止まってくなかでなんとか作ったナポリタン。作り終わった時には全て止まりました。品薄になったスーパーで知らない主婦の方と小麦粉わけあったこと。こういうことで震災を覚えていたい。

テレビで流れるリアルな揺れの映像、海の映像。私は必要ないと思っています。ストレスを感じるかたは…などの前置きはありますが、まだまだ流すには早いし、違う方法があるんではないかなと思います。
テレビを作ってる方にすみません。

池上さんのテレビみました♪テーブルジョーク、あの空気のなか、大事なことをまじえて笑いにしているトミィさんはさすがだなと思いました。池上さんも受け止めていたし(^^)

テレビ始まったのでまた。あ、トミィさんエーサーークの髪型!

できること、続けていきます。

23 ■無題

私も宮城県出身です。地震があって、親に電話が繋がらなかった日不安でした。親は平然と電話にでましたが。まだ地元に帰れない。変わった風景を見るのが怖いんだ

22 ■無題

関東在住の東北に縁がある者です。第一回の復興旅行に参加させて頂きテレビ等で伝わらないものを直に感じて以来、何気ないことで反射的に、「ありがとう」と言うことが、なぜか増えました。


忘れろと言われても無理なものがあります。
応援しています。

21 ■ありがとうございます

気仙沼に来てくれてありがとうございます。被災地をたくさん訪れてくれてくれているお二人に感謝の気持ちでいっぱいです。

20 ■「5年」

あの日の事を思い出すと

本当にお二人が今ここにいて

コメントを

笑顔を

本当にうれしく思います

何か変わったのかな

変わってなくはないんだろうけど

昨日の14時46分は忘れてはいけない日

だと心にいつも思いながら生きてます

更新ありがとう

風邪に気を付けてね



19 ■感謝

お二人が助かったのは、偶然ではなく、自分の知らない沢山の方々のおかげだったんですね。
そして、私も知らない誰かに助けられて今、ここにいるんだ・・・と、このブログ読んで再認識しました。
これからは3.11は、感謝の気持ちも込めて黙祷します。

明日山形漫才サミット行きます(^^♪
楽しみにしています

18 ■無題

『聞かせろと言われれば震災の話もする』想いの熱さに目頭が熱くなりました。辛い思いを乗り越えるだけでも想像もできない苦労があったと思います。なのに乗り越え次に繋げるちから。風化させてはいけない。自分のできるところから支援する。改めて考えました

17 ■無題

毎年気仙沼に来てくれてありがとうございます。サンドのお二人には本当に頭が下がります。あなた方の力はとても大きいと思います。
本当に感謝です。


昨日3、11。気仙沼では夜に防災無線から見上げてごらん夜の星をが流れ、光の柱が照らされていました。見上げた夜空は、あの日と同じ満天の星空でした。

16 ■無題

昨日のラジオで電話していただいた石巻市出身の大学生です

こんなにも被災地のことを考えて、情報を発信してくださるお二人の姿に感動します。
地元を離れた東北民としてとても嬉しく思いますし、心のどこかに安心感がわいてきます。

昨日のラジオでお二人とお話しできたことが嬉しかったです。(私の拙い言葉に丁寧に傾聴していただきありがとうございました…)
「あなたの地元はとってもいいところなんだよ」という言葉が何よりも心に残っています。
なんだか勇気をもらえました。東北がもっと好きになりました。
私ももっと情報を発信して、地元の復興に少しでも貢献していこうと思えました。

原発問題や住民の暮らしなど、目を背けずに考えなければならないことはまだ沢山ありますが
私にできること、まず行動に移せることからやっていこうと思います!

そしてこれからも東北とサンドウィッチマンさんを応援します!



長文で失礼しました


15 ■NHK

今ね伊達ちゃんとTOMYの出演番組見てるよ~
サンドウィッチマーン最高です

14 ■職場にて黙祷…。(-.-)

館内アナンスがあり、14時46分全員で行いましたよ。

震災時、仙台で独りで過ごした日々は辛かったですね。実家に両親、妹家族は別の場所へ。
家族とはなかなか連絡もとれず(・・;)。

ガソリンも緊急車両が優先で、手に入らないから、車はあっても使えなかったです。地下鉄もストップ。その当時の勤務していた職場は、代行バスとリュックサックを背負って、徒歩でした。(だからかぁ…。痩せてましたね(^^ゞ)

最初に水道から水が出て、電気は6日くらいかかりました。ストーブが使えず寒かったなぁ…。最後に20日くらいでガスがきて、お風呂に入れました‼それまでは、カセットコンロで鍋にお湯を沸かしたり、ティファールでお湯沸かして、身体を洗いましたけどね…。(*_*)

昨日オープンしたイオン仙台店。その当時から今までダイエーでしたね。震災後、すぐに開店してくれた唯一の大型店。1時間半並んで手に入れた魚や肉類がありがたかったですね~。( ̄^ ̄)

当たり前なことが、震災を経験して当たり前じゃなかったんだ、恵まれていたんだと気づいた時、本当にいろいろと考えさせられました。

忘れてはいけないし、風化させてはダメですよね?皆で頑張ろう‼東北o(^o^)o~~。

13 ■はじめまして!

昨日、1日テレビを観ていて、復興された場所、5年前のままの場所があることを知りました。東北に戻る選択、戻らない選択。色々ですね。行方不明の方も多数。5年前のあの日まで、誰もこんな現実を知るよしもなくて…。私は、北海道のオホーツクに住んでいます。もっと言うと、竜巻の被害にあった佐呂間町若佐地区の近くに住んでます。すくそこにある災害。同時に、あのとき、失われた命と生まれた命があります。北海道東川町での「希望の君の椅子プロジェクト」。生まれた子に木製の手作り椅子をプレゼントするプロジェクト。5年前の3.11に生まれた子達にもプレゼントされました。あの日「おめでとう」と言ってよいか迷ったお母さんも居たそうです。そのお母さんは、母親の命日と子供の誕生日が同日になりました。いくつもの選択の中で、いつか東北が元気になるといいな(*^_^*)

12 ■これからも

被災地の復興とこれからの平和を共に願い、頑張りましょう!

11 ■無題

サンドのお二人もあの時ご一緒の撮影隊さんも語り継ぐためにロケ地変更になったのですね。……そして今。これからも。 東北代表としてよろしくお願いします。 年末から福島産りんごを美味しく頂いてます!

10 ■無題

5年前、一緒に助かって避難した母が1月に亡くなりました。
昨日は一人で迎え黙祷を。

お二人の活動には頭が下がります。
今後の活躍をお祈りしております。

9 ■無題

私は沖縄に住んでいます。学生ということもあり、言い訳に聞こえるかもしれませんが、今まであまり力になれませんでした。でも、大学生になるのでお金を貯めて東北へぜひ足を運びたいと思っています。これからも東北魂で頑張っていきましょう!!

8 ■早野先生と糸井さん

早野先生と糸井さんの行動は、震災後、放射性物質の飛散にどう対処していいか分からなかったとき、大きな拠り所になりました。
震災発生後の日本に、このお二人がいてくださって、本当に良かった…。
『知ろうとすること。』に、早野先生が、自分は子どもをちゃんと産めるのかと心配する女子中学生へかける言葉が載っています。
“まずは自信を持って「はい。ちゃんと産めます」と答えます。躊躇しないで。間髪を入れずに。”
読んでいて泣けてきました。
福島県の震災というと原発事故の批判や問題提起で終わるだけの情報が多いなか、きちんと「不安はない」と答えてくれる人たちがどれだけいたか。
人間が、理不尽な運命と闘い、それを乗り越えていこうとするとき一番必要なのは何か。
直後から陰膳調査やベビースキャンの活動で福島県に入られてきた早野先生だからこそ出てきた言葉なのだなと深く感じ入りました。
何より確かな科学の裏付けがあるのが心強いです。
そしてもうひとつ、2011年4月糸井さんがツイッターに投稿した次の言葉はいまも、様々な情報に接するときの指針です。
これをほぼリアルタイムで読んだときも深く感動しました。
“ぼくは、じぶんが参考にする意見としては、「よりスキャンダラスでないほう」を選びます。「より脅かしてないほう」を選びます。「より正義を語らないほう」を選びます。「より失礼でないほう」を選びます。そして「よりユーモアのあるほう」を選びます。”
糸井さんがサンドウィッチマンを好きなのも、こういうことから来ているのかなと思っています。
明日の漫才サミット、楽しみにしています。

7 ■5年が過ぎて

あちらこちらの海沿いで、巨大な堤防が造られているみたい・・・本当にそれで良いのか。
この避難タワー、これじゃ一時しのぎにもならないよね。

あの未曾有の震災後、人間は大きな自然の前で右往左往しているように感じてしまいます。

でもでも、実はまだまだ知らなかったことがいっぱいなのですね。

3.11を前に報道が一斉にあの震災後になりました。
当初違和感を感じてしまったのですが、見るともなく聞くともなくしている中で、ふと画面に見入る、耳をそばだてる・・・泣いてしまったこともありました。

思いを寄せる、大切だと思います。
誰にも気付かれない見向きもされないなんて、悲しすぎるし生きてはいけなくなります。

亡くなった命を前に涙しどうすればよかったかと考える。
生かされている命の重さを実感する。

自然の脅威の前に立ち竦むことも多々ありますが、そこからまた前に進めるのが人間なのでしょう。

本の紹介、ありがとうございました。

6 ■お富~

東北魂続けているお富に感謝☞体に気い付けてガンバってやぁぁ☞~

5 ■こんにちは。

3月11日が訪れると、祈りと共に改めて色々な感情が巡る中、やはりお二人がご無事でいらした事を噛み締めずにはいられません。
なので、昨晩のGOLDで震災前日にロケの順番が変更になっていた話を初めて聴いた時は、その気持ちが一層強くなりました。

なかなか被災地に足を運べない身としては、メディアが映し(写し)出す姿に現状を知る術を頼る所が多くなってしまいますが、人や街の数だけ復興への道のりも問題も異なるこの震災では、それでもまだ一部をフォーカスしているだけなのでしょうね・・・。
これからもお二人から届けられる、その都度変わり行く被災地の今に精一杯心を寄せていきたいと思います。

4 ■あの日

TOMYちゃんblog更新ありがとうございます!!
あの日を忘れない!
被災者の方々の復興を1日も早く御祈り申し上げます!!

3 ■無題

サンドウィッチマンの二人がテレビに映ると家族がときどき言うのが
「生きて帰ってきてくれて本当によかったね」

きっと生かされたんだと思います。

被災地の現状を伝えてくれるサンドウィッチマンに感謝m(__)m
トミーと伊達ちゃんの言葉や気持ちが全国の人にも伝わってほしいです。
なかなか伝わりにくい被災地の方の分まで…。

復興がもっと早く進みますように。

あの日生きて帰ってきてくれてありがとうございます。

2 ■行きます!

四月に仙台に行きます。震災後は初めてです。しっかり仙台の今を見て来ようと思います。
サンドウィッチマンさんの東北魂は伝わってます。
頑張れ東北!旨いぞ、笹かま!

1 ■昨日、安波山の8号目で黙祷してました。

縁は無いのですが、黙祷の10分前位になると、自然と涙が出てきました。家内に見られてたらちょっと恥ずかしなと思い、隣の家内を見たら、ボロボロ泣いてました…笑
黙祷を終え、少し下ると音楽を奏でてるグループが居ました。その中で踊ってる女性が1人。追悼の意味を込めていたのでしょう。とても綺麗で感動しました。あの寒空でノースリーブのドレスで……

コメント投稿

コメントは管理者により確認されています。
掲載されない場合もありますので、あらかじめご了承ください。

Ameba芸能人・有名人ブログ

芸能ブログニュース

ランキング

  • 総合
  • 新登場
  • 急上昇
  • トレンド

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。

Ameba芸能人・有名人ブログ 健全運営のための取り組み