ほいみんの のんびり日記

人生は旅である。誰もが言っているつまらない言葉だけど
本当なんだからしょうがない。


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会社を辞めるために必要なあと一回の「山」は、当時は

新興IPOを手がける人なら誰もが意識した、12月1月の

IPOの「お祭り」以外にはありません。


11月くらいから、IPOの数と内容、それと需給の変化を見ていて、
それまでの2年間ぐらいの動きとほぼ変わっていないことを確認し、
これならなんとかなると思って準備を始めました。


年々この時期のIPO市場の動きが過熱してきていたのは

わかっていますから、例えばこの年のIPO祭りが11月ぐらい

から先取りして始まってしまうような状況になれば、勝負をする

のはやめようと思っていました。しかし、大丈夫だとは思って

いました。当時は、今ほどはIPO市場参加者が多くないからです。


12月に入って、どうやら盛り上がりそうなIPOも多数上場してくる
事を確認し、計画を実行に移しました。当時は今と違って、IPO
市場を揺るがすような大きな不安要素は無く、最悪でも元を割る

ことはない、と言えるような、超強気で問題の無い市場でした。

もっとも、問題ない、と判断できるかどうかということ自体は

誰かから保障されているようなものではなく、そう判断できること

自体が重要なのですが。


現物信用あわせて3億ぐらい、一部を回転させてはいますが、元々
私はこまめに売買する能力は持ち合わせていないので、底から

反転するタイミングと、一斉に崩れるタイミング、そこだけに神経を

集中して売買しました。



200512


結果、最後によけいな事をやって減らした分を差し引いても、1億

近い利益が出て、目標を達成することが出来ました。


この年の春に、私はリタイア生活をすることを決め、資産

ポートフォリオを安定収益型に変えて行きました。もう、大きな

リスクをとる必要はありません。チャンスにだけ対応できる

ようにして、短期売買、IPO売買では、大きな損失を食らわない

ことを第一の売買に変えていきました。


ベンチャー市場が創設された直後にITバブルが崩壊し、そこから

立ち直る過程で、新しいビジネスモデルを持つ企業が多数出現し、

個人投資家に対する環境も激変し、そこに生じた数年間の

チャンスを幸運にも掴むことが出来た結果、私は念願のリタイア

生活を送ることができるようになりました。


当たり前ですが、最初からそのような結果を目差していたわけでは

ありません。ただ、可能性があると分かった時に、他の(仕事を含む)
ほとんどの事を犠牲にして株の世界に注力していなかったら、今の

私はなかったと思っています。


いつもあるわけではなくても、株式投資の世界には、夢ではない、
現実のチャンスがたくさん転がっています。5年、10年のスパンで

見た時、必ず、(誰でもとは言いませんが)ある程度の犠牲を払って

努力をした人の中から、大きなチャンスを掴む人は沢山出てくる

はずです。


「市場は繰り返す」


今は厳しい環境ですが、また必ずチャンスはやってきます。



(このテーマ2年ぶりの更新、かつ最終回です。)

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9月のIPOは総括的に言ってしまえば
「危険ばかりで得は無い」月だと言えます。

特に飛び乗り飛び降りを嫌う私にとって、少し長めの
スパンでとれるような銘柄は9月には少なく、その
少ない銘柄のみを的確に当てて利益を出そうというのは
頭の良いやり方ではないからです。


しかし、そのような状況の中でも、「絶対に騰がる!」
という確信を持てるような銘柄がごくたまにあります。
2004年9月に上場したサミーネットワークスは、
まさにそんな銘柄でした。


REITに入れていた分も一部は即金用に回し、ここぞと
ばかりに買いまくりました。300万超えの世界なので、
ビビリも入ってこまめに売買はしましたが、一時は40株
以上も抱えていました。


e37452


3745e


予想通り(というか当たり前のように)この銘柄は上昇し、
とても大きな利益がでました。ただ、お決まりのように調子に
乗って他の銘柄に手を出して損はしましたし、最後は
下に突っ込む過程で手仕舞いしましたから、会社を辞められる
ほどにはなりませんでした。


3745m


この過程で、ようやく本気で会社を辞めた場合の事を考える
ようになっていました。自分の人生設計において、株式に
依存することなく生きていくための条件などを考えていました。
(株式で稼ぐことが条件の生活など毛頭考えていません
 でしたし、今も考えていません)


安全ラインに達するまでは、あと1回の「山」が必要でした。
もちろん、今の資産を減らさずに「山」を迎える必要があります。
10月後半からはそんなに簡単に利益を出せないことはわかって
いました。だから私はここからのトレードは控えることにしました。
ただし、もう一回の「山」を確実に取りに行くための準備はして
いました。


私には「あと1回だけ」であれば、確実にその山を捉える自信が
ありました。2回は無理でも1回なら。
私はそのチャンスに大きな勝負を挑んで、結果、勝利することが
できました。


(本編は事情により、しばらくお休みします。次回は最終回です。)


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資産が2億を超えたといっても、それは単に一瞬で増えた
含み益、しかも利確するタイミングもわからないので、
お金に対する実感もなく、そのまま持ちっぱなしで5月の
研修に参加し、新興大暴落を食らいました。


私にとってその研修はあまり意義のあるものではなかった
ため、ごくたまに携帯を見ながらイライラするやら発狂
しそうになるやらで、生きた心地がしませんでした。


最高到達点は預け入れ額ベースで2億2千万ぐらいだったと

思いますが、結局騒ぎが一段落した時点で9千万ぐらいに

なってしまいました。
年初から考えれば相当な利益とは言え、頭の中は5億10億と
舞い上がっていましたから相当なショックでした。


とりあえず新興を再度チャレンジする元気もなく、また6月
以降は新興は厳しいことを予想していたため、アーバンの
上方修正に乗っかって、信用で1億近く買っただけで、
あとは記憶に残らないような銘柄(余り思い出したく
ないので調べません)を持っていました。


(全くの結果論ですが、何もしないでそのままでいれば
 今は資産が6億以上という事になります(笑))

何度経験しても、このやり方では、結局スッ高値から
10%20%の損で撤退するのは無理だとやっと気づきました。

これだけの資産を新興で回すのは私の実力では無理だと
感じたため、現物のほとんどをREITに回すことにし、
信用の余力だけでトレードをするようにしました。リスクを
減らすことと、このパターンで配当を確保しつつ、もう1回
2回資金を増やせれば会社を辞められるという事を考えて
ややリスク回避しつつ資産を増やす方法を模索しました。


このやり方はそれなりに成功だったと思います。自分の
能力で運用できる以上の資産で強引に運用して失敗する
事を回避できたのは、結果的によかったと思います。
なぜなら、アーバン以外のほとんどの銘柄で、8月まで
損を続けていたからです。


「あと1,2回のチャンスで」
その1回目は2004年9月でした。




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