無料塾 day by day

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いま一枚の申し込み用紙を見ています。

 

高槻つばめ学習会の入会申込書。

 

「参加の動機」のところに、「勉強がしたいから」と一言大きく書いてある申込書。

 

この文字を見ていると涙が出てきますが、何度も見返してしまいます。

 

「勉強がしたいから」

 

なんてまっすぐな言葉だろう。

 

これを書いたときのまっすぐな気持ちを思い出したなら、きっと戻ってきてくれる.。

 

たったひとりでも、いるべき生徒がいないと空っぽな気持ちになってしまう。

 

こんな時に連絡を取りたくなるのは、卒業生の保護者の方であったりします。

 

何げない近況を聞くだけですが、元気にされていると、自分もこうして落ち込んではいられないと思い直します。

 

きっと大変なのに、元気な文面で書いてくれているのがわかるからです。

 

高槻つばめとご縁はありませんでしたが、一度問い合わせてこられた方で、長時間労働で大変な方がいます。

 

メールを送ると、返事を送りたくても忙しくて数日送れませんでした。と返ってくるような方なのですが、気がついたら私から近況を尋ねるメールを送っています。

 

本当にどちらが頼っているんだか、今ではわからない。

 

土曜学習会で生徒たち全員の元気な顔を見ること、高槻つばめを通じて知り合った保護者の方の近況が元気であること。

 

結局それが私のやる気の源泉なのですね。

 

さて明日の講師面接。

 

志望動機が、ひと味違います。

 

すでに塾講師をしているのだけれど、自分はお金のために教えているのか、それとも生徒の将来のために教えているのか、わからなくなるときがある。

 

だから自分の本質を知るために、うちでボランティア講師をしたいという希望があるのです。

 

「労働」と「ボランティア」の違いは?

 

報酬がなくても、やりがいは生まれるものだろうか。

 

無料塾を運営する側にとっても、永遠のテーマです。

 

こんな本質的な問いかけを、正面切って持ち込んで来る人がいることもまた、無料塾の面白さかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

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少し前にテレビで『子どもを東大に入れた母親特集』という番組をしていました。

 

「小さい時から英語と日本語の両方で話しかけていた」

「小学生まで、一日のスケジュール管理を全部私がしていた」といった体験談の中で、あるお母さんが、「子どもに日本の良さを知ってもらうために、日本全国47都道府県全部を家族で旅行した」と話していました。

 

私は、まさにブルデューの文化資本の違いだなあと思って聞いていました。

 

ハワイ豪華旅行より、地味だけど実は日本全国を旅行する方が、コストも時間もかかります。

 

塾にお金をかけられるか、かけられないかといった経済格差も問題ですが、さまざまな体験の蓄積があるかないかによる文化格差も深刻です。

 

日本全国制覇は無理だけど、京都ならいろいろな文化資源があって、その中で日本的なものの真髄に触れる体験ができます。

 

ということで、生徒たちと「京都歴史体験ツアー」に行って来ました。

 

金閣寺と二条城を見学したのですが、プランを考えてくれた講師のYさんが、何かひとつ京都らしい和の体験を子どもたちにさせてあげたいと、抹茶体験を取り入れてくれました。

 

子どもたちは、二条城内の庭園に造られたお茶室で、お抹茶を実際に茶筅で立てて飲むという体験をしました。

 

金閣寺のバックの木々の緑、二条城で聞いた夏の落雷の音、そして初めて経験した抹茶の苦さ。

 

視覚、聴覚、味覚の3つで京都を堪能することができたでしょうか。

 

この京都体験は、これからも続けていきたいと思っています。

 

そしてテーマを深めていきたいのです。

 

京都の伝統工芸を知るためのものづくり体験をしたり、英語の講師さんと一緒に行って外国人観光客への道案内をしたり。

 

いま上映されている『花戦さ』がビデオになったら、それを見てから六角堂と池坊会館と大徳寺に行ってもいいかも..

 

無限にアイデアがわいてくる京都

 

そのうち、本当に伝統工芸の職人や、和食の料理人がうちから誕生するかもしれません。

 

目標は高く、「京都を究める高槻つばめ学習会」にしておきましょう。

 

 

 

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1周年を迎えました

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「高槻つばめ学習会」がスタートしてからもうすぐ1年になります。去年の6月25日に、生徒さんひとり、講師は私ひとりの1対1授業から始まりました。

 

去年の今頃は、生徒15名、講師35名の現在の活動など想像することもできず、講師の募集方法すらわからない状態でした。

 

「最初は私ひとりで少数の生徒さんを2,3年見ていこう。そうすれば、少しずつ理解してくれる人が現れるはず」と覚悟を決めましたが、一緒に会を立ち上げたメンバーはさぞ不安だったことでしょう。

 

あちこちで「無料塾」の説明行脚をしましたが、見知らぬ異国に一人で布教に来た宣教師のような心境でした。

 

その後ポツリ、ポツリと講師さんが集まるようになりましたが、肝心の生徒がなかなか増えず、生徒4人、講師18人の状態が長く続いたときには、もうダメかもしれないと何度も思いました。

 

せっかく熱意のある講師さんが集まってきても、それを生かす機会がなければ空中分解してしまう。

 

主宰者自身がダメかもしれないと思っていた時期に、本当に淡々と、でも誠実に暑い日も寒い日も教えに来てくださった18人の講師さんたち。

 

最近スタッフと話していて、「あの人たちは、苦労時代の糟糠の妻のような存在です」と言うと、「じゃあ、今来ている講師さんたちは新しい愛人なの?」と大笑いになりましたが、あの時の講師さんたちのブレない態度には、感謝してもしきれません。

 

不思議なことに、生徒数が増えなくて苦しんでいた時期に、なぜか活動を応援してくださる声を聞くようになりました。

 

そんな声を聞くと、何とか続けたいという気持ちになって、今まで続いてきたような気がします。

 

その後、ものすごいスピードで活動が変化して、それは現在進行中です。

 

最近保護者の方とメールのやり取りをしていて、最後に「末永くよろしくお願いします」と書いてこられました。

 

「末永く」

 

いい言葉だなあと思いました。

 

ここに来る生徒さんや保護者の方は、有料塾のような「お客さん」ではなく、一緒につばめ学習会を作っていく「参加者」なのです。

 

中学卒業後も、その行く末を見守りたいですし、これからいろいろあっても、どんな形でも、ここが戻ってこられる場所になるように。

 

だから「末永く」

 

そして、交通費もお出しできないのに、ここに教えに来る講師さんたちは、心意気とモチベーションだけがその原動力。

 

だから講師の人数が倍になったとしても、いつ空中分解していくかわからない。

 

引っ越しや転勤や就職での退会はあるでしょうが、来れない時はペースダウンしても、「末永く」この活動に参加してもらえるように。

 

ここにいつか戻ってくる生徒たちのことを、彼らを教えた講師さんに報告できるように。

 

そんな高槻つばめ学習会になれるように、2年目の活動を心新たにスタートしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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クラシック音楽には詳しくない私ですが、モーリス・アンドレというフランスのトランペット奏者の演奏が好きでよく聴いていました。

 

世界的に不世出なトランペット奏者と言われるモーリス・アンドレですが、音楽エリート一家に育ったわけではなく、家庭を助けるために14歳から鉱山で父親と共に炭坑夫として働いていた苦労人であることを知ったのは後のことです。

 

彼の少年時代のエピソードに、仕事が終わった夜更けに夜空に向けてトランペットを吹いて練習していた話があります。

 

そのエピソードを知ってから彼の演奏を聞くと、夜空に向けてトランペットを吹く少年時代の姿が浮かんでくるような気がしました。

 

以前このブログで書きましたが、私が子どもの頃(高度経済成長期)には、プロ野球や大相撲、その他のスポーツの世界で頭角を現した選手には、家庭が貧しく、努力を重ねて第一人者になった人が多かったのですが、今はそういったことが難しい時代になりました。

 

高校野球の強豪校にいる選手が何万円もするプロテインを摂っているなどという話を聞くと、野球道具やスパイクを買うことすら厳しい環境にいた少年が、後の大選手、大監督になるような「ジャパニーズドリーム」はもう無理なんだろうかと、考え込んでしまいます。

 

最近そんなことを同世代の教育関係者の方に話すと、その方は、「ジャパニーズドリームは、もう芸能界とお笑いの世界でしか起こらないでしょう」と言われました。

 

たとえ小さな団体であっても無料塾の活動をしている私としては、いろんなことを諦めたくないと思いながら活動しています。

 

最近八王子つばめ塾代表の小宮さんから、つばめ塾の英語講師さんが自己紹介で話された言葉を聞きました。

 

「ここから国際的に活躍するような生徒を出したい」と。

 

それが、いかに遠く険しい道のりであるかは、実際に教えているその講師さんが一番ご存知のはずです。

 

それでも、敢えてそうやって公言することで、志を高く持つことを言い聞かせているように私には思えました。

 

「無料塾なんだから、このへんでいいんじゃないの」

 

一旦そのように思うと、あとは一事が万事。

 

水は低きに流れるの言葉通り。

 

向上心はなくなり、「ここはこうすればいいんじゃない?」という提案やアイデアも出なくなり、活動そのものが沈滞するような惧れを私は持っています。

 

苛酷な労働のあとで、夜空に向かってトランペットを吹いていたアンドレ少年の心の中にあったのは、未来への希望だったような気がします。

 

何かの分野で一流になったり有名になることが重要なのではなくて、誰もが希望を持って、自分なりの何かを目指して努力することができる社会になりますように。

 

高槻にいる、かつてのアンドレ少年のような生徒さんたちをこれからも応援していきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心が熱くなる種族

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最近卒業生がラインで、「中3を紹介しても大丈夫ですか」と送ってきて、そのあとに、「自分と同じような境遇です」と付け加えていました。

 

卒業したつばめ学習会を紹介してくれたことがとても嬉しかった半面、「自分と同じような境遇」という言葉に少しほろ苦い思いを持ちました。

 

無料塾を始めてまもない頃に、放課後支援をしている場所に行ったことがあります。

 

私が無料塾の説明をすると、相手の方が、「うちに来ているのは、ちゃんとした家庭の子ですから」と言われました。

 

最初意味がわからなかったのですが、要するに「おたくとは違う」と言いたいのだと理解しました。

 

その時に、「そうか。無料塾に来る子たちは、経済的なハンディに加えて、こういう世間の偏見も乗り越えていかないといけないんだ」と心しました。

 

八王子つばめ塾の小宮さんは、「貧乏は単なるひとつのカテゴリーに過ぎないと思ってほしい。むしろそれをバネにしてほしい」ということを言われます。

 

ハンディのある境遇から、世を恨み、他人を妬むのではなく、それをプラスの方向に変えていこう。

 

無償で教えに来てくれるボランティア講師たちの気持ちに応えて、自分もまた、大人になった時に、人の役に立つような人材になってほしい。

 

そう考えてつばめ塾を作られたのですが、今も、つばめ塾に来て勉強している生徒の後姿を見ていると、「この子たちは、ここがないと塾に行かれずこうして勉強することができなかったんだ」という思いに胸が熱くなるそうです。

 

無料塾のような活動を始める物好き....じゃなくて志のある人は、この「心が熱くなる種族」なのだと思っています。

 

親子面接で

 

お母さんと二人でよその家にお世話になっている生徒がいます。

 

勉強させたいけど、よその家の食卓で、すぐに食事の時間が来て、寝る時間が来て、それができない。遠慮がある。

 

仕事を頑張って、早く引っ越したいと思っている。

 

せめて土曜日に勉強させてやりたいと思ってここに来ましたと言われます。

 

そんな言葉を聞くと、「ここを安心して勉強できる場所にしよう」と心に誓います。

 

講師面接で

 

「自分も中学時代、塾に行かれなかった。だから後輩たちのためにここに教えに来たいと思いました」と志望動機を話してくれた講師さんがいます。

 

実はこれで5人目です。

 

5回同じ経験をしても、面接でこの言葉を聞くとき、私の胸は同じように熱くなります。

 

結局これなんです。

 

前々回のことですが、福祉関係の方が見学に来られました。

 

その男性は、教室の後ろで、生徒と講師がペアで勉強している様子を見ていましたが、ポツリと言われました。

 

「なんか胸にくるものがありますね」

 

ここにもいました。

 

「心が熱くなる種族」が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月に入ってから、生徒と講師面接の怒涛のラッシュが続いています。

 

登録講師さんも35人となりそうです。

 

そんな中で、7月に実施する「歴史体験ツアーin Kyoto」の企画が進行しています。

 

きっかけは、公立高校入試前の生徒のひと言でした。

 

入試1か月前の追い込みに、とにかく理社に力を入れるんだよ。C先生がくださった歴史年表を頑張って覚えて!(ほぼ絶叫)と言ったものの、「歴史の年号が覚えられないから苦手」との言葉

 

単に紙の上での数字の羅列を覚えようとしても、それは苦痛でしかありません。

 

単なる暗記科目としてではなく、歴史に興味を持ってもらいたい。

 

今わたしたちが生きている現在も、長い歴史の流れの途上にあるひとつの通過点です。

 

先人が生きてきた道をたどっていく。

 

そして、現在の私たちと同じように泣いたり、笑ったりして生きてきた人間ドラマをもっとよく知ろうよ。

 

そうすれば、無味乾燥に思えてた歴史の年号も、ちょっと違ったものに見えてくるんじゃない?

 

それを知るために絶好の場所が、JRでわずか15分の場所にある。

 

「そうだ京都行こう!」

 

こうした意図をかいつまんで話して、「プランを立ててくれませんか」と頼んだのは、教員志望のY講師さんでした。

 

まだ入会したばかりですが、面接の時の意欲にあふれた受け答えを聞いて、彼ならやってくれそうという勘が働いたのですね。

 

私の話を聞いたY講師さんは、「一を聞いて十を悟る」というより、百を悟って、すぐにタイムスケジュールの作成、かかる費用の算出、事前学習の準備に入ってくれました。

 

Y講師さんとのやりとりの中で、私は次のように言いました。

 

このツアーのもう一つの意義は、これからも学生講師さんに、企画立案&実行をお任せしようと思っていることです。

 

無料塾は、講師が無償ボランティアだからこそ実現できる活動ですが、バイトに割ける時間を無料塾に来てくれる学生さんには、正直心苦しい思いがあります。

 

お金は出せないが、お金には代えられないやり甲斐や達成感を感じてもらって、それを他所でアピールしてもらうところまでいけば、多少はお返しになるだろうか。と考えているのです。
 

 

無償ボランティアについては、こんな風に書いてくれた講師さんもいました。

 

私が思うのは、「無償」というのは、金銭面のみを考えた場合のことであるということです。

私は、高槻つばめ学習会で学んだことを、自らの「仕事」に生かしていくつもりにしています。

 

加えて、自らの「人生」にも生かしていくつもりにしています。

 

私にとっては、ボランティアでありながら、決してボランティアではない・・・

 

 

今回のツアーでもそうですが、無料塾では、「次に何をすべきか」ということは、すべて生徒が教えてくれます。

 

走りながらやっていく中で、うまくいかないことが起こって、その原因を考えているうちに、自然に次のベクトルが見えてくる。

 

時には失敗もするけれども、やらないよりはやった方が絶対いい。

 

生徒と講師と、両者ともに、「高槻つばめ学習会」での体験で成長していくことができればどんなにいいだろう、と思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5連休がスタートした昨日、講師のSさんからメールが来ました。

 

帰省中の新幹線の中で、【英熟語のまとめ300】を自作したのでPDFを送ります。講師の皆さんからのアドバイスをお願いしたいです。との内容でした。

 

このSさんは、去年関東から関西に単身赴任で来られたのですが、単身赴任が決まってすぐ、まだ引っ越してくる前に、「無料塾の講師の予約をしたいです」という驚きのメールをしてきた人です。

 

講師がそれほど集まっていなかった時ですから、この「予約メール」は貴重でした。

 

実際に参加してからも期待に違わず、いろんなアイデアを出してくださって主宰者として助かっています。

 

このSさんだけでなく、他の講師さんやスタッフが、だんだん積極的につばめに関わるような空気が出てきて嬉しく思っています。

 

以前このブログの『風が吹いている』で書いたある生徒の事件。

 

本当の自分の気持ちを言えずに卒業を迎えてしまったこと。

 

この時に、「ああ、個人商店の限界だな」と思いました。

 

「茶山商店」としてどうにかこうにか店は回っていたのですが、やはり私一人の力や発想なんてたかが知れている、ということです。

 

もっともっと店を手伝いに来てくれている人たちに、助けを求めて、首を突っ込んでもらわなくちゃダメだと思い知りました。

 

ある時、以上のような顛末を『川添こども食堂』の太田さんに話したことがあります。

 

黙って聞いていた太田さんは、次のような例え話をしてくれました。

 

ビジネスの世界の例え話だけど、何か新しいことを始めた人が最初に踊り始めたとしましょう。

それを他の人は座って見ているんだけど、やがて一人立ち、二人立ち、最後に全員が立って踊り出す。こうならないとダメなんですよ。

 

ほかの例え話も面白いものでした。

 

監督の4つのタイプです。

 

理論を語る(野村型)

理論とパッション(星野型)

フィーリング先行(長嶋型)

黙って選手がすることを見ている(仰木型)

 

太田さんに言わせると、自分では何もしない仰木監督が究極の名監督になるそうです。

 

ちなみに、こうしたことを考えるきっかけを作ってくれた生徒は、『門出を祝う会』では、とても晴れ晴れとした表情で高校生活の希望を話してくれました。そして、入学後は制服姿で学校生活が充実していることを報告に来てくれてほっとしました。

 

これから入会してくる生徒さん、講師さんをメンバーに加えて新しい1年が始まります。

 

どの監督のタイプになるのかわかりませんが、だんだん遠慮がなくなってきて、迷惑を省みずに茶山理論を長々と語ったり、ベンチを蹴ったりしないように気をつけなくては...。

 

 

 

つばめの季節です。「水無瀬川のイワツバメ」

写真は、FBで見てどうしてもブログに載せたくて、島本町のふくしま保雄様からお借りしました。ありがとうございます。

 

 

これは本当のこと

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東大、京大、九大、東北大、そして灘校とスタンフォード大学まで。

 

これらは、うちに来るボランティア講師さんの学歴です。

 

進学塾や家庭教師センターなら、講師の顔写真の下にキャプションで学歴を華々しく入れるんでしょうか。

 

しかし、無料塾の主宰者とは因果なもの。

 

このような高学歴の方々に、決してイヤミではないけどクドクドと念押ししなくてはいけません。

曰く

 

「生徒目線に立った指導をお願いします」

 

「自分が出来るからと言って、『こんなこともわからないのか』オーラを出しただけで、生徒たちの気持ちはいっぺんに離れて行きますからね」

 

「説明過多になり過ぎて、生徒が分かった気持ちになっても、実際やらせてみるとわかってないことも多いんです。「わかる」じゃなくて「できる」まで根気よくやらせてください」

 

プライドが傷ついてムッとする方がいるかと思いきや、無償ボランティアで来られている人というのは、とにかく「真面目」「誠実」「一生懸命」を絵に描いたような方が多く、試行錯誤しながら取り組んでくださっています。

 

無償で来てくださっているということに対して、私も今までは遠慮があって、「お客様」に接するようなところがあったのですが、いやいやこれではいけない。

 

エエカッコしたって仕方ない。

 

まずは現状を知ってもらって、そこから一緒に上を目指していかなくてはと思い始めました。

 

常々言うのは、無料塾というのは、ヤドカリ状態の会場、週1回の頻度、自習室のなさと、いろいろ制約があるけれども、それを言い訳にしないで、不可能と思われることに挑戦していきたいということです。

 

そのために、皆さんのお力を貸してください。ということを頻繁に言うようにしました。

 

誰かすごい人ひとりの力ではなくて、時間の持ち寄り、労力の持ち寄り、そして、それぞれの講師の持ち味や得意分野を生かすこと。

 

学歴だけではなく、講師の人間性や懐の深さ、気遣いが出来るか否か、生徒の現状への想像力といったものも大切な要素です。

 

そして一番大事なことは、最初から完成された組織、出来上がっている組織ではなくて、今から創り上げようとする新しい場所に来たチャレンジャーたちの集まりだということです。

 

最近嬉しいことは、講師さんが自分から、いろいろなことを提案したり、実際に行動に移したりしてくださるようになったことです。

 

生徒たちに、ノートの取り方や字の書き方、プリントの整理など、勉強以前に習慣づけてほしいことを、わかりやすくイラスト入りで書いたプリントを自作してくれたり。

 

「高校に入った生徒の勉強も見ますよ」という申し出から、一人の生徒の高卒後の目標や学校生活について話ができたり。

 

これまでと違い、身内意識で生徒たちのことを語れるように変化してきたことが、とても嬉しいですね。

 

「つばめ学習会に来る講師さんたちの一生懸命な姿を思い出して、夜涙が出てくるときがある」

 

何人かの人に言った言葉で、みんなビックリしますが、

 

これは本当のことなんです。

 

 

 

 

 

 

思えば遠くに来たような

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長かった中3ロス症候群からも立ち直って、新年度の教室運営に忙しい日々を送っています。

 

今年度、講師さんたちが使う不要になった教材を私のフェイスブックで募集したところ、63件ものシェアがあって、あれよあれよと高槻のあちこちから教材が集まってくる毎日。

 

これは夢じゃないんだろうか

 

忘れもしない。

 

ちょうど1年前の今頃、まだつばめ学習会がスタートする前に、摂津富田駅前のベンチにすわって、「無料塾というのを高槻でやりたいんです」と熱弁をふるう私を、隣で「うんうん」と頷きながら聞いてくれていた今はスタッフをしている優しい野村さんの姿が目に浮かびます。

 

せめて30代が熱く語るならわかるものの、60近いおばさんの話を、それも「無料塾」という聞きなれないものを始めたいという妄想に近い話を、あれだけ真剣に、素直に聞いてくれる人が身近にいたということ。

 

だからこそ今の活動があります。

 

その時に、野村さんに繰り返し私が言っていた言葉。

 

「押しつけがましくなく、自然体でやりたいんです」

 

何かを始める時には、ついつい 「私の正義」を声高に叫んで、結局その押しつけ感に抵抗を感じて、ひとの心が離れていく、ということが起こりがちです。

 

そうではなく、自然に、毎日ご飯を食べたり、仕事に行ったり、音楽を聞いたりするように、日常生活の中でボランティアを続けていく。

 

できる時にできることをお願いする。やってみる。

 

歩みはゆっくりでも、その中で見えてくるものを大切にしようと思ってきました。

 

最初は、ボランティア講師さんを募集してもまったく反応がなかったのが、一人二人と集まって来て、その数は20人以上となり、今は事務をやりたいという方まで出て来てくれています。

 

先週、私の自宅や土曜学習会の会場まで車で大量の教材を運んでくださったお顔も知らなかった方たち。

 

雨の中。重い教材を持って階段を上がってくださったり、旦那様や奥様まで一緒に運んでくださったり。

 

御礼を言うと、「いやあ」と手を振ってニコニコしている。

 

その笑顔を見れただけでも、この活動をしてよかったと思います。

 

知人は、「季節協力者というか、毎年この時期になったら、みんなに教材の声かけるわ」と言ってくれました。

 

3月に開いた卒業生の『門出の会』では、「合格おめでとう」の看板やおにぎりを、野村さんのご近所の方が手作りするお手伝いをしてくださいました。

 

「また来年もさせてね」

 

そう言ってくれたそうです。

 

毎年3月になったら、つばめの卒業生のためにお手伝いをしたいと言ってくれる人がいる。

 

できるときに、できることを、無理しないで続けていく。

 

生徒の進路で悩んだ時に相談に行かせていただいた人

 

地元のオヤジとして、これから思春期の難しい男子生徒に話をしてもらおうと思っている人

 

活動を続けていくなかで、講師やスタッフではないけれど、つばめに関わってほしいなあと思う人が、どんどん増えていきます。

 

皆さん、ふだんは本業で忙しいです。

 

でも、時間と労力を私たちの活動に少しだけ割いてくださる方が集まったら。それぞれの知恵を集めることができたら。

 

新しい可能性が広がっていくと思います。

 

そんな地域の人々の善意が集まる磁場のような場所になっていきたいと思います。

 

 

 

 

気迫は胸を打ちます

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公立高校の入試が終わり、合格発表までが長く感じられる日々。

 

中3生のいない昨日の学習会は、久しぶりに少人数の生徒と向き合うことができました。

 

その間に、入会希望の親子面談をしました。

 

4月から中学生になる男子とお母さんに学習会の内容を説明してから、お母さんに向かって、個別の講師を調整しないといけないのと3月25日はお休みなので、4月1日からこちらに来ていただきましょうか、という話で終わりかけたときのことです。

 

「来週の18日から来ることはできませんか」

 

それまで黙って大人のやり取りを聞いていたその男子が聞いてきました。

 

真一文字に結んだ口元と真剣なまなざし

 

一日でも早くここに来て勉強したいというその子の気持ちを感じて、入試が終わって虚脱感に陥っていた私はハッとしました。

 

無料塾という活動は、いったん始めたら停滞することは許されない。

 

次に向かって出来ることを惜しみなくやってくださいと、その男の子から訴えられているように感じました。

 

さっそく登録講師さんに連絡を取ったのは言うまでもありません。

 

その日は、4月から中3になる生徒について、英語のN講師さんとじっくりその生徒の学習目標について話し合うことができました。

 

その時に、「こんなに生徒のことを深く考えてくださっていたのか」と、初めてわかった自分の浅さが恥ずかしかったです。

 

交通費も自腹で来てくださるボランティアの方たち

 

彼らが本気で望むことは・・・

 

本気で生徒の学力を上げること

 

 無償で来てくださっているのだからと、遠慮して言いたいことも言わないのは、むしろ失礼に当たる。

 

本気でぶつかれば摩擦も誤解も生むかもしれないけれど、目指す方向性が同じであれば、言いたいことを言い合って、活動の本質に近づくことが先決です。

 

最近、地元で子どもたちに高槻ウェーブという高槻まつりの時に踊る踊りを広めている方とお話をする機会がありました。

 

その方は、

 

踊り終わった子どもたちの顔を見ると、汗が玉のようになって鼻の頭にこうやって浮いている。

 

緊張して踊ってたんでしょうな。

 

もうそれを見たら、なんというかたまらんのですわ。

 

ああ、これを見るためにやってるんやと思います。

 

 

やってることはちがっても、私たちも気持ちは同じです。

 

「18日から来ていいですか」

 

思いきって聞いてきた時の真剣な表情

 

その真剣な気持ちに応えることが、大げさですが、この会の使命だと思っています。