2017年の途中からブログに向き合えなくなったのは、「言葉は無力」というか、言葉以上の現実に圧倒されることが多くなったことが原因かもしれません。

 

生徒もボランティア講師も人数が増えて、表面上活動は順調だったのですが、もっとこの活動の本質的な核になる部分で言葉の無力を感じていました。

 

学習支援以前の事情や課題がある子どもがいて、中途半端に関わるのではなく、関わるのか関わらないのか、という自問自答がありました。

 

自分自身が迷っていた時に、会いたいなと思った人がいます。

 

もう一昨年になりますが、高槻つばめ学習会のHPから問い合わせをしてきたシングルマザーの方でした。

 

「娘は、もう19歳だけれど、中学時代、塾に行かせてあげられなかったことを、今も可哀想に思っています。年齢は超えているけど、そちらで勉強させてもらえないでしょうか」という内容でした。

 

その当時は、今のように講師数も多くなく、受け入れるという選択肢がなかったのでお断りしました。

 

それでも、その後もずっとそのお母さんのことが、私の心から離れませんでした。

 

だから、活動の核になるものを見失っていたときに、このお母さんに会いにいこう、と思いました。

 

その方が働いているお店に行くと、20才ぐらいの従業員の女性が受付にいました。

 

お客さんが少ない時間を見計らって行ったので客は私一人で、なんとなく怪訝な表情のその若い女性に、「○○さんに会いにきたんですけど...」と言うと

 

「ああ、○○さんですか」とパっと表情が明るくなり、「○○さん、きょうはお休みなんですよ」と言うので、お菓子を言づけて帰ってきました。

 

その夜○○さんに、「活動する中で迷いがあって○○さんに会いに行きました。お店の若い人に慕われてるんですね」とメールしました。

 

次の返事が来ました。

 

 

 

昨日、茶山さんに接してくれた女の子も定時制で朝10時から17時までバイトしてから学校に行っている子です。

 

両親が働いていないので学費や生活費もだして頑張っている子なもんで、支えてあげなければと葉っぱかけて接しています。

 

何事もうまくいかないことが多いのは私でも一緒です。

 

が、そこで心が折れてては喜びも得られませんので、失敗は全然オッケーですので、諦めずいろんな形を試して下さい。

 

必ず何か見い出すことはできるかと思います。

 

私は今日もシップを貼りまくり、自分にエールを送り明日も朝から頑張ります。

 

だから、茶山さんも頑張って下さいね。

 

私でよければ後押しさせて頂きますから。フレ〜フレ〜茶山さん

 

 

○○さんや、この定時制に通っているような女の子を応援しようと思って無料塾を始めたのに

 

逆に励まされている

 

メールを読んで涙が出てきました

 

何やってんだろ、私

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝説の入江塾(1)

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かつて大阪にあった「入江塾」を知っている方はどれぐらいいるでしょうか

 

たぶん現在50代以上の方なら、灘校、東大合格者を次々と出した有名な学習塾の塾長であり、強烈な個性とカリスマ性でテレビに何度も登場していた入江伸氏の姿を懐かしく思い出すと思います。

 

いつも全身教えるエネルギーに満ち満ちていて、本気で生徒を叱責する姿。

 

高校野球やプロ野球の監督ですら、「昔のようなスパルタ式では今の若者はついていきません」という平成の現在。

 

入江塾のようなやり方は、もう時代遅れ。そこから学ぶことはないのでしょうか。

 

入江塾がスタートしたのは1957年。

 

その前年の1956年は、経済企画庁が経済白書の中で「もはや戦後ではない」という記述がされた年。

 

その後人々は経済的な豊かさを求めて、高度経済成長の波に飲み込まれていきます。

 

「一億総中流」という言葉が生まれたように、庶民であっても、「刻苦勉励すれば、社会的なステータスが得られる」という思いが強かった時代。

 

そんな時代の風潮の中で、入江塾が目指したものは、ただ「受験勉強の勝者になってエリートになる」ことだけだったのか。

 

入江塾が閉塾になったのは1986年ですが、その時に読んだ新聞記事で、入江氏の言葉が印象に残っています。

 

「社会に貢献するエリートを送り出そうと思ってやってきたが、今の官僚の不祥事を見ると、自分がやってきたことは何だったのかと思う」というような内容でした。

 

いま格差が問題になっていて、私自身もその問題意識から無料塾の活動をしています。

 

その中で、上り坂の時代で、絶望的な格差を感じることなく「努力すればいいことがある」と思うことができた昭和の時代を、美化するわけではありませんが、時々思い出します。

 

その中で、スパルタ塾の側面ばかり強調されていた「入江塾」って、本当はどんな塾だったんだろうという疑問がわきました。

 

当時灘校や東大合格者数を誇っていた進学塾ですから、高槻つばめのような「無料塾」の参考にならないのではないかと思いましたが読んでみました。

 

『伝説の入江塾は、何を教えたか』

 

読んでみてわかりましたが、「入江塾」は、「エリートをたくさん送り出したスパルタ塾」などという一語で表すことができない「深さ」を持った塾でした。

 

ーつづくー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以前このブログで『パートタイムで社会貢献』という記事を書きました。その時に、『働きながら社会を変える~ビジネスパーソン『子どもの貧困』に挑む~』という本を紹介しました。

 

投資の世界で仕事をする著者や別に本業を持った仲間が、親と離れ、施設や里親家庭で生活する社会的養護下の子どもたちの支援や、施設のための資金調達を行っているのです。

 

こんな風に仕事を持った社会人が、「子どもの貧困」に関わっていることが新鮮だったから紹介したのですが、あれから1年以上たった今、高槻つばめ学習会にも多くの社会人講師の方が参加してくださっています。

 

こうして集まってくださった善意の総意というか、熱意の総量というか、そういうエネルギーを私は生かすことができているんだろうかと、いつも自問自答しています。

 

たしかに参加回数や時間で言えば制約はあるのですが、そしていつも「無理しないで、みんなの知恵と時間の持ち寄りでやりましょう」と言っているのですが、制約の中でも、もっと目指せるものがあるはずと、そんな気持ちでいます。

 

そして、この一年の活動の中で失敗したことも多いのですが、それをやったことについてはまったく後悔はしていません。

 

なぜなら、無料塾の活動では、失敗から学ぶことが多く、その「貴重な失敗」をするためには、結局やってみるしかないという結論になるのです。いつも。

 

それでも、いつも前のめりにやり過ぎるのはなぜだろう。

 

思うに、他の無料塾の主宰者の人たちに比べて、年齢的に人生の持ち時間が少ないからかもしれません。

 

彼らの持ち時間に比べると私の持ち時間は3分の1だから、逆に3倍速で進まなくてはいけなくて、でもフットワークは悪くなってるから前のめりで、いつも倒れそうなのです。

 

フットワークはよくないけれど、無料塾に関することでアンテナに引っかかる人には誰にでも会いに行くし、つばめ学習会について話を聞きたいというリクエストがあれば、その人のところにはせ参じます。

 

最近、生徒4人講師20人の頃の、焦燥感でヒリヒリしていた頃のことをよく思い出します。

 

生徒集めのために師走の風に吹かれてチラシ3000枚を配ったときのことも。

 

結局このヒリヒリ感を失ったら、悔しさも緊張感もなくなってお終いなのでしょう。

 

他のことでは、他人の思惑だとか、面子だとか、利害関係だとか、「オトナの事情」が絡んでくるのが世の常ですが、無料塾というフィールドでは、直球を投げ続けていきたい私です。

 

 

 

 

 

 

無料塾の主宰者は、多くのタレント(=講師)を抱えてマネジメント業をするプロダクションの社長みたいだとブログに書いたのが7カ月前。

 

一度うちのオーディションを受けてみませんか?

10代からシニアまで、老若男女のタレント(才能)が所属しています。

 

と新しい講師の方を募集しました。

 

 

現在では登録講師は倍の40名となり、17歳から77歳までの年齢の幅もさることながら、人間の幅というか、得意分野、持ち味、職業など本当に多彩な方たちが集まってくださっています。

 

 

多くの講師さんが参加してくださる中で、いかに生徒の学習に連続性を持たせるかということが課題になってきました。

 

 

そのため塾用のテキストを統一したり、講師さんには一人一人の生徒のふり返りシートを書いてもらって、次回の担当者に申し送りをしてもらっています。

 

 

申し送りはリレーのバトンのようなもの。

 

 

「つないでいく」ということを大切にしたいと思っています。

 

 

ふり返りシートというのは、その回の学習で気づいたことを書いてもらうのですが、どうしても「○○ができなかった」「△△が苦手だ」みたいな書き方で終わってしまいます。

 

 

それはそれで間違った指摘ではないのですが、課題の解決を先送りしているような危機感を持ったので、以前こんなことを連絡網で伝えました。

 

 

ここでの授業は、「科捜研の女」シリーズをやる気持ちになってください。

 

毎回違う事件が発生するけれど、その回の最後には犯人が捕まって解決する。でもドラマとしては、同じシリーズで続いて行く。

 

犯人=その時点での苦手単元、苦手問題」ですが、最後には捕まえて終わってほしい。犯人が捕まらないで、永遠に to be continued は困ります。

 

 

こんな変なたとえ話でも意を汲んでくれるのが、ここの講師さんたちのすごいところ。

 

 

それからは、苦手単元が見つかったら基礎の基礎まで戻って説明してくれたり、説明だけに終わらず、演習をして苦手をつぶしていったり、ということが増えてきました。

 

 

先週の授業で、英単語を覚えるのに苦戦している中1生を教えていた教育学部3回生のYさん。

 

 

一緒に単語を発音したり、それを書いたり、ということを繰り返していました。

 

 

学習後に私のところに来て、

 

 

「フォニックスをやってみたらどうでしょうか。どうも発音とつづりを関連させて覚えられないようです。自分も大学の授業でフォニックスをやって、つづりと発音が結びついたので。教える先生もいるでしょう?」

 

 

そうかぁ。さっそく小学生の英語教室をしてくださっているY先生やK先生に相談してみよう。

 

 

それにしても、「次の配役は○○先生がいいんじゃないでしょうか」ってことまで提案してくるのがすごいなあ。

 

 

そんなことを考えていると、この日初めて来た講師のNさんが、前半授業を終えて帰っていきます。

 

 

 医学部の学生さんですが、電車に乗ってうちに来て教えてから、また電車に乗って個別で教えるのです。

 

 

市民劇団でボランティアで演じてから商業演劇へと向かう役者さんを見送るような気持ちになります。

 

 

演じるという点では同じ。

 

報酬という点では雲泥の差。

 

 

そういえばこの日は3人の新人講師さんが来ていました。

 

 

 初回なのに5分に1回ぐらい生徒を笑わせていたKさんのコミュニケーション能力のすごさに驚いたり、女子学生のKさんの志望動機は、「沖縄にいる祖父が放課後学習のボランティアをしているので志望しました」という素敵な理由だったけど、ここでのやりがいはどうだったかしら、と気になったり。

 

 

志望動機はそれぞれですが、集まってくださった熱意を生かして、そのおもいが生徒たちに伝わるように、プロダクションの運営側としては、ますます奮起していかなきゃと思うばかりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無料塾 day by day

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いま一枚の申し込み用紙を見ています。

 

高槻つばめ学習会の入会申込書。

 

「参加の動機」のところに、「勉強がしたいから」と一言大きく書いてある申込書。

 

この文字を見ていると涙が出てきますが、何度も見返してしまいます。

 

「勉強がしたいから」

 

なんてまっすぐな言葉だろう。

 

これを書いたときのまっすぐな気持ちを思い出したなら、きっと戻ってきてくれる.。

 

たったひとりでも、いるべき生徒がいないと空っぽな気持ちになってしまう。

 

こんな時に連絡を取りたくなるのは、卒業生の保護者の方であったりします。

 

何げない近況を聞くだけですが、元気にされていると、自分もこうして落ち込んではいられないと思い直します。

 

きっと大変なのに、元気な文面で書いてくれているのがわかるからです。

 

高槻つばめとご縁はありませんでしたが、一度問い合わせてこられた方で、長時間労働で大変な方がいます。

 

メールを送ると、返事を送りたくても忙しくて数日送れませんでした。と返ってくるような方なのですが、気がついたら私から近況を尋ねるメールを送っています。

 

本当にどちらが頼っているんだか、今ではわからない。

 

土曜学習会で生徒たち全員の元気な顔を見ること、高槻つばめを通じて知り合った保護者の方の近況が元気であること。

 

結局それが私のやる気の源泉なのですね。

 

さて明日の講師面接。

 

志望動機が、ひと味違います。

 

すでに塾講師をしているのだけれど、自分はお金のために教えているのか、それとも生徒の将来のために教えているのか、わからなくなるときがある。

 

だから自分の本質を知るために、うちでボランティア講師をしたいという希望があるのです。

 

「労働」と「ボランティア」の違いは?

 

報酬がなくても、やりがいは生まれるものだろうか。

 

無料塾を運営する側にとっても、永遠のテーマです。

 

こんな本質的な問いかけを、正面切って持ち込んで来る人がいることもまた、無料塾の面白さかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

少し前にテレビで『子どもを東大に入れた母親特集』という番組をしていました。

 

「小さい時から英語と日本語の両方で話しかけていた」

「小学生まで、一日のスケジュール管理を全部私がしていた」といった体験談の中で、あるお母さんが、「子どもに日本の良さを知ってもらうために、日本全国47都道府県全部を家族で旅行した」と話していました。

 

私は、まさにブルデューの文化資本の違いだなあと思って聞いていました。

 

ハワイ豪華旅行より、地味だけど実は日本全国を旅行する方が、コストも時間もかかります。

 

塾にお金をかけられるか、かけられないかといった経済格差も問題ですが、さまざまな体験の蓄積があるかないかによる文化格差も深刻です。

 

日本全国制覇は無理だけど、京都ならいろいろな文化資源があって、その中で日本的なものの真髄に触れる体験ができます。

 

ということで、生徒たちと「京都歴史体験ツアー」に行って来ました。

 

金閣寺と二条城を見学したのですが、プランを考えてくれた講師のYさんが、何かひとつ京都らしい和の体験を子どもたちにさせてあげたいと、抹茶体験を取り入れてくれました。

 

子どもたちは、二条城内の庭園に造られたお茶室で、お抹茶を実際に茶筅で立てて飲むという体験をしました。

 

金閣寺のバックの木々の緑、二条城で聞いた夏の落雷の音、そして初めて経験した抹茶の苦さ。

 

視覚、聴覚、味覚の3つで京都を堪能することができたでしょうか。

 

この京都体験は、これからも続けていきたいと思っています。

 

そしてテーマを深めていきたいのです。

 

京都の伝統工芸を知るためのものづくり体験をしたり、英語の講師さんと一緒に行って外国人観光客への道案内をしたり。

 

いま上映されている『花戦さ』がビデオになったら、それを見てから六角堂と池坊会館と大徳寺に行ってもいいかも..

 

無限にアイデアがわいてくる京都

 

そのうち、本当に伝統工芸の職人や、和食の料理人がうちから誕生するかもしれません。

 

目標は高く、「京都を究める高槻つばめ学習会」にしておきましょう。

 

 

 

1周年を迎えました

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「高槻つばめ学習会」がスタートしてからもうすぐ1年になります。去年の6月25日に、生徒さんひとり、講師は私ひとりの1対1授業から始まりました。

 

去年の今頃は、生徒15名、講師35名の現在の活動など想像することもできず、講師の募集方法すらわからない状態でした。

 

「最初は私ひとりで少数の生徒さんを2,3年見ていこう。そうすれば、少しずつ理解してくれる人が現れるはず」と覚悟を決めましたが、一緒に会を立ち上げたメンバーはさぞ不安だったことでしょう。

 

あちこちで「無料塾」の説明行脚をしましたが、見知らぬ異国に一人で布教に来た宣教師のような心境でした。

 

その後ポツリ、ポツリと講師さんが集まるようになりましたが、肝心の生徒がなかなか増えず、生徒4人、講師18人の状態が長く続いたときには、もうダメかもしれないと何度も思いました。

 

せっかく熱意のある講師さんが集まってきても、それを生かす機会がなければ空中分解してしまう。

 

主宰者自身がダメかもしれないと思っていた時期に、本当に淡々と、でも誠実に暑い日も寒い日も教えに来てくださった18人の講師さんたち。

 

最近スタッフと話していて、「あの人たちは、苦労時代の糟糠の妻のような存在です」と言うと、「じゃあ、今来ている講師さんたちは新しい愛人なの?」と大笑いになりましたが、あの時の講師さんたちのブレない態度には、感謝してもしきれません。

 

不思議なことに、生徒数が増えなくて苦しんでいた時期に、なぜか活動を応援してくださる声を聞くようになりました。

 

そんな声を聞くと、何とか続けたいという気持ちになって、今まで続いてきたような気がします。

 

その後、ものすごいスピードで活動が変化して、それは現在進行中です。

 

最近保護者の方とメールのやり取りをしていて、最後に「末永くよろしくお願いします」と書いてこられました。

 

「末永く」

 

いい言葉だなあと思いました。

 

ここに来る生徒さんや保護者の方は、有料塾のような「お客さん」ではなく、一緒につばめ学習会を作っていく「参加者」なのです。

 

中学卒業後も、その行く末を見守りたいですし、これからいろいろあっても、どんな形でも、ここが戻ってこられる場所になるように。

 

だから「末永く」

 

そして、交通費もお出しできないのに、ここに教えに来る講師さんたちは、心意気とモチベーションだけがその原動力。

 

だから講師の人数が倍になったとしても、いつ空中分解していくかわからない。

 

引っ越しや転勤や就職での退会はあるでしょうが、来れない時はペースダウンしても、「末永く」この活動に参加してもらえるように。

 

ここにいつか戻ってくる生徒たちのことを、彼らを教えた講師さんに報告できるように。

 

そんな高槻つばめ学習会になれるように、2年目の活動を心新たにスタートしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラシック音楽には詳しくない私ですが、モーリス・アンドレというフランスのトランペット奏者の演奏が好きでよく聴いていました。

 

世界的に不世出なトランペット奏者と言われるモーリス・アンドレですが、音楽エリート一家に育ったわけではなく、家庭を助けるために14歳から鉱山で父親と共に炭坑夫として働いていた苦労人であることを知ったのは後のことです。

 

彼の少年時代のエピソードに、仕事が終わった夜更けに夜空に向けてトランペットを吹いて練習していた話があります。

 

そのエピソードを知ってから彼の演奏を聞くと、夜空に向けてトランペットを吹く少年時代の姿が浮かんでくるような気がしました。

 

以前このブログで書きましたが、私が子どもの頃(高度経済成長期)には、プロ野球や大相撲、その他のスポーツの世界で頭角を現した選手には、家庭が貧しく、努力を重ねて第一人者になった人が多かったのですが、今はそういったことが難しい時代になりました。

 

高校野球の強豪校にいる選手が何万円もするプロテインを摂っているなどという話を聞くと、野球道具やスパイクを買うことすら厳しい環境にいた少年が、後の大選手、大監督になるような「ジャパニーズドリーム」はもう無理なんだろうかと、考え込んでしまいます。

 

最近そんなことを同世代の教育関係者の方に話すと、その方は、「ジャパニーズドリームは、もう芸能界とお笑いの世界でしか起こらないでしょう」と言われました。

 

たとえ小さな団体であっても無料塾の活動をしている私としては、いろんなことを諦めたくないと思いながら活動しています。

 

最近八王子つばめ塾代表の小宮さんから、つばめ塾の英語講師さんが自己紹介で話された言葉を聞きました。

 

「ここから国際的に活躍するような生徒を出したい」と。

 

それが、いかに遠く険しい道のりであるかは、実際に教えているその講師さんが一番ご存知のはずです。

 

それでも、敢えてそうやって公言することで、志を高く持つことを言い聞かせているように私には思えました。

 

「無料塾なんだから、このへんでいいんじゃないの」

 

一旦そのように思うと、あとは一事が万事。

 

水は低きに流れるの言葉通り。

 

向上心はなくなり、「ここはこうすればいいんじゃない?」という提案やアイデアも出なくなり、活動そのものが沈滞するような惧れを私は持っています。

 

苛酷な労働のあとで、夜空に向かってトランペットを吹いていたアンドレ少年の心の中にあったのは、未来への希望だったような気がします。

 

何かの分野で一流になったり有名になることが重要なのではなくて、誰もが希望を持って、自分なりの何かを目指して努力することができる社会になりますように。

 

高槻にいる、かつてのアンドレ少年のような生徒さんたちをこれからも応援していきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心が熱くなる種族

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最近卒業生がラインで、「中3を紹介しても大丈夫ですか」と送ってきて、そのあとに、「自分と同じような境遇です」と付け加えていました。

 

卒業したつばめ学習会を紹介してくれたことがとても嬉しかった半面、「自分と同じような境遇」という言葉に少しほろ苦い思いを持ちました。

 

無料塾を始めてまもない頃に、放課後支援をしている場所に行ったことがあります。

 

私が無料塾の説明をすると、相手の方が、「うちに来ているのは、ちゃんとした家庭の子ですから」と言われました。

 

最初意味がわからなかったのですが、要するに「おたくとは違う」と言いたいのだと理解しました。

 

その時に、「そうか。無料塾に来る子たちは、経済的なハンディに加えて、こういう世間の偏見も乗り越えていかないといけないんだ」と心しました。

 

八王子つばめ塾の小宮さんは、「貧乏は単なるひとつのカテゴリーに過ぎないと思ってほしい。むしろそれをバネにしてほしい」ということを言われます。

 

ハンディのある境遇から、世を恨み、他人を妬むのではなく、それをプラスの方向に変えていこう。

 

無償で教えに来てくれるボランティア講師たちの気持ちに応えて、自分もまた、大人になった時に、人の役に立つような人材になってほしい。

 

そう考えてつばめ塾を作られたのですが、今も、つばめ塾に来て勉強している生徒の後姿を見ていると、「この子たちは、ここがないと塾に行かれずこうして勉強することができなかったんだ」という思いに胸が熱くなるそうです。

 

無料塾のような活動を始める物好き....じゃなくて志のある人は、この「心が熱くなる種族」なのだと思っています。

 

親子面接で

 

お母さんと二人でよその家にお世話になっている生徒がいます。

 

勉強させたいけど、よその家の食卓で、すぐに食事の時間が来て、寝る時間が来て、それができない。遠慮がある。

 

仕事を頑張って、早く引っ越したいと思っている。

 

せめて土曜日に勉強させてやりたいと思ってここに来ましたと言われます。

 

そんな言葉を聞くと、「ここを安心して勉強できる場所にしよう」と心に誓います。

 

講師面接で

 

「自分も中学時代、塾に行かれなかった。だから後輩たちのためにここに教えに来たいと思いました」と志望動機を話してくれた講師さんがいます。

 

実はこれで5人目です。

 

5回同じ経験をしても、面接でこの言葉を聞くとき、私の胸は同じように熱くなります。

 

結局これなんです。

 

前々回のことですが、福祉関係の方が見学に来られました。

 

その男性は、教室の後ろで、生徒と講師がペアで勉強している様子を見ていましたが、ポツリと言われました。

 

「なんか胸にくるものがありますね」

 

ここにもいました。

 

「心が熱くなる種族」が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月に入ってから、生徒と講師面接の怒涛のラッシュが続いています。

 

登録講師さんも35人となりそうです。

 

そんな中で、7月に実施する「歴史体験ツアーin Kyoto」の企画が進行しています。

 

きっかけは、公立高校入試前の生徒のひと言でした。

 

入試1か月前の追い込みに、とにかく理社に力を入れるんだよ。C先生がくださった歴史年表を頑張って覚えて!(ほぼ絶叫)と言ったものの、「歴史の年号が覚えられないから苦手」との言葉

 

単に紙の上での数字の羅列を覚えようとしても、それは苦痛でしかありません。

 

単なる暗記科目としてではなく、歴史に興味を持ってもらいたい。

 

今わたしたちが生きている現在も、長い歴史の流れの途上にあるひとつの通過点です。

 

先人が生きてきた道をたどっていく。

 

そして、現在の私たちと同じように泣いたり、笑ったりして生きてきた人間ドラマをもっとよく知ろうよ。

 

そうすれば、無味乾燥に思えてた歴史の年号も、ちょっと違ったものに見えてくるんじゃない?

 

それを知るために絶好の場所が、JRでわずか15分の場所にある。

 

「そうだ京都行こう!」

 

こうした意図をかいつまんで話して、「プランを立ててくれませんか」と頼んだのは、教員志望のY講師さんでした。

 

まだ入会したばかりですが、面接の時の意欲にあふれた受け答えを聞いて、彼ならやってくれそうという勘が働いたのですね。

 

私の話を聞いたY講師さんは、「一を聞いて十を悟る」というより、百を悟って、すぐにタイムスケジュールの作成、かかる費用の算出、事前学習の準備に入ってくれました。

 

Y講師さんとのやりとりの中で、私は次のように言いました。

 

このツアーのもう一つの意義は、これからも学生講師さんに、企画立案&実行をお任せしようと思っていることです。

 

無料塾は、講師が無償ボランティアだからこそ実現できる活動ですが、バイトに割ける時間を無料塾に来てくれる学生さんには、正直心苦しい思いがあります。

 

お金は出せないが、お金には代えられないやり甲斐や達成感を感じてもらって、それを他所でアピールしてもらうところまでいけば、多少はお返しになるだろうか。と考えているのです。
 

 

無償ボランティアについては、こんな風に書いてくれた講師さんもいました。

 

私が思うのは、「無償」というのは、金銭面のみを考えた場合のことであるということです。

私は、高槻つばめ学習会で学んだことを、自らの「仕事」に生かしていくつもりにしています。

 

加えて、自らの「人生」にも生かしていくつもりにしています。

 

私にとっては、ボランティアでありながら、決してボランティアではない・・・

 

 

今回のツアーでもそうですが、無料塾では、「次に何をすべきか」ということは、すべて生徒が教えてくれます。

 

走りながらやっていく中で、うまくいかないことが起こって、その原因を考えているうちに、自然に次のベクトルが見えてくる。

 

時には失敗もするけれども、やらないよりはやった方が絶対いい。

 

生徒と講師と、両者ともに、「高槻つばめ学習会」での体験で成長していくことができればどんなにいいだろう、と思います。