中島朱実の世界

個人的思想から創作に至るまで、大衆的な記事とは180度違うことや非文学的な記事を羅列しています。

万人受けしないブログなので、記事の内容が合わないという方は、どうぞ退散なさって下さい。
コメントは承認制です。基本的には歓迎しますが、必ずしも反映される訳ではありません。
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山手のベッドタウンに一際目立つ大きな屋敷。そこに柳沢の運転する電動エルグランドが近づいた時、俺はまたしても度肝を抜かれた。まるで「ご主人様お帰りなさいませ」といわんばかりに門扉が開いたのだ。柳沢は顔色ひとつ変えることなく敷地に入っていった。だから、その助手席にいた俺は皮肉を交えて訊いてやった。

 

「あの門扉も電動なのか?」そりゃそうだろう。電動以外の何があるのだと思ったのだが、柳沢は「そうさ、電動でオートマチックだ。私の車だけに反応する」とさらりと言ってのけたのだ。クソったれが。こうも生活水準の違いを見せつけられると、こっちが惨めになるぜ。

 

自家用車が100台ほど入りそうな広い敷地。辺りは青々とした芝生で覆われ、その所々には深紅やら青紫や純白や黄金色など数えるのが疲れるくらいの色彩豊かな花々が植えられている。公園にあるような小さな遊具とその周辺を囲っているベンチ、真中には噴水がある。隅には申し訳なさそうに倉庫が建てられており、中には屋外パーティーも出来るようにと道具一式が揃っている。大きな炭火コンロに天然石で作られたオーブンまであるというこだわりぶりだ。

 

「藤倉こっちだ」柳沢に呼ばれた俺は玄関まで案内された。屋敷は3階建てであのサグラダファミリアをミニチュアにしたかような洋風建築だ。その敷居の高そうな扉は音もなく開いた後「良子、帰ったぞ!」という柳沢の声が響いた。直後に屋敷の中から「はぁ~い、今いくわ」という女性の声がした。忘れもしない。ソプラノを思い起させるような爽やかな声色、あの時のままだ。

 

恰好はエプロン姿だったが、容姿は俺の知っている良子そのものだった。良子は主人である柳沢に「おかえり」と言った後、俺のほうを向いて満面の笑みで出迎えてくれた。

 

「藤倉くん、久しぶり。会いたかった」

「ほ、本当だ」俺は声を絞り出すので精一杯だった。

「ダメだよ。それじゃあ、ちっとも藤倉君らしくないわ。あの頃のように言ってみて」

「えっ?」

「物真似よ。得意だったじゃないの」

 

ああ、すっかりと忘れていた。そうだった、高校時代のことだ。ちっとも面白くない物真似だったしクラスの女子からは気持ち悪がられたのだが、なぜか良子だけは俺の物真似が気に入っていたのだ。思わず俺は気障で慇懃無礼な男を装いながらも「ふっふっふっ。久しぶりだね、良子くん。お元気かね。また会えて光栄の至りだ」と再度挨拶をした。ソイツはとあるSFアニメのキャラクターなのだが、声優の声と俺の声が似ていたのだ。「きゃー、やっぱり藤倉くんだぁ」と良子は喜ぶ。子供かお前は。こんな場所で物真似をする俺も俺だが、求めてくる良子も良子だ。ちっとも変ってないと実感する。おかげですっかりと緊張が解けていた。そうだ、あの頃と同じだ。古き良き時代と。

 

「藤倉、満足か。さあ上がれよ」柳沢が館内に案内してくれた。すると「パパ、お帰り~!」という元気な声が聞こえた。現れた女の子は高校生くらいだったが、どこか良子に似ていて美人だった。

 

「紹介しよう。娘の奈緒子だ」柳沢に紹介された一人娘は「藤倉さん、はじめまして」と挨拶してきた後「本当、ママが言っていた通りだわ」と人懐っこい目で言った。すっかりと押され気味の俺は「ああ、よろしく」という言葉しか出てこなかった。

 

ここで俺は奇妙なことを思い出したのだ。

似ている。あまりにも似ているのだ。

 

今の仕事を世話してくれている周さんの会社へ面接に行った時の雰囲気だ。あれは、こことは別のビルの5階だった。エレベーターに乗って周さんの会社「㈱インサイド・アイランド」へ入った時の話だ。ハーブティーを運んできてくれた天真爛漫で人懐っこい女の子と出会った。その彼女は偶数階の住人、2階にある「マンガ喫茶NANAMI」の店長・七海だった。

 

確かに奈緒子は母親の良子に似ている。が、奈緒子の持っている愛らしい雰囲気はどちらかといえば限りなく七海に近いものがある。果たしてこれは偶然だろうか。

 

「藤倉、どうかしたのか?」柳沢が訊いてきた。

「あ、ああ。少しだけ考えごとをしていた」

「・・・」

「いや、大したことないんだ」

 

大したことあるんだよ。俺は柳沢に差し出されたソファに腰かけた。柔らかかった。そこにお盆を手にした奈緒子がやってきて2人分のカップを置いた。中身を確認し口にした時、俺はまたしても驚かざるを得なかった。何と「マンガ喫茶NANAMI」で飲んでいたハーブティーそのものだったからだ。思わずアホのようにポカンと口を開けてしまった。

 

「では、ごゆっくり」奈緒子が2階にある自分の部屋に戻っていった後、柳沢は指をさして「あれでも来年に受験を控えているんだ。勘弁してやってほしい」と言った。その後は、良子が戻ってきて3人になった。

「折角だから、今日は泊まっていけよ。おいしい酒もあるんだ」なあいいだろ、と柳沢が良子に言った。良子は「勿論よ」と答えた後、俺のほうを向いて「奈緒子の隣に空き部屋があるから、そこでゆっくりしていって」と言った。

 

「何か手伝うことないのか?」

「何言っている。君は私の大事な客だ。大丈夫さ」柳沢が言い、隣にいる良子がにこやかに「うんうん」と頷いていたので、俺は2人の行為に甘えて部屋を貸してもらった。その後、柳沢夫妻は夜食の準備に取り掛かったらしい。

 

さすが上流階級の人間は違う。1人で使うには勿体ないくらい豪華は部屋だった。セミダブルのベッドはフカフカだ。冷蔵庫も用意されており、中には缶ビールや烏龍茶が入っている。ビジネスホテルも顔負けだ。これでWi-Fiまであったら笑っちゃうぜ。

 

そんな感心している時だった。

俺が寛いでいる部屋から声がした。

 

「藤倉」

 

しかし、誰もいなかった。

 

「ここだよ。この天才を忘れたのか?」

ベッドの下から声がする。俺は覗き込んだ。

 

どこかで訊いた台詞だ。俺は辺りを見回してやっとソイツを見つけたのが、人間ではなかった。偶数階で一緒だった青い目をしたネズミがそこにいた。鬱陶しいことにそのネズミは人間の言葉をしゃべるのだ。リキュウという名のネズミだ。

 

「ネズ公・・・なんでお前がここに」

 

リキュウはモタモタした足取りで出てきて「一応、ここは俺様の部屋なんだよ」偉そうにしていた。何を言い出すのかと思えば。

 

「藤倉。いい話を聞かせてやろうか」

「それよりも、だ。何でお前は(偶数階に)戻って来なかったんだ」

「戻りたかったよ。しかし、奴が許さなかった」

 

奴って誰のことだ。

 

「アンタも知っている4階のアイツだよ」

「4階。たしか、あそこのテナントは」

「そうだ、「ザ・かしや」。主人はあの小山田だ」

 

リキュウは少し間を置いた後、次のように言った。

 

「俺様は思い出したのだ。自分がどうやって生まれてきたのかをな」 

 

 

■お知らせ

 

お付き合い下さった「お化けビル」もいよいよ終盤にかかります。

が、ここで一旦お休み頂き来週は久しぶりに「思想」カテゴリーの記事をUP致します。

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■あらすじ

 

●新世界より(上)

 

1000年後の日本。豊かな自然に抱かれた集落、神栖(かみす)66町には純粋無垢な子どもたちの歓声が響く。周囲を注連縄(しめなわ)で囲まれたこの町には、外から穢れが侵入することはない。「神の力(念動力)」を得るに至った人類が手にした平和。念動力(サイコキネシス)の技を磨く子どもたちは野心と希望に燃えていた……隠された先史文明の一端を知るまでは。

 

 

●新世界より(中)

 

町の外に出てはならない――禁を犯した子どもたちに倫理委員会の手が伸びる。記憶を操り、危険な兆候を見せた子どもを排除することで実現した見せかけの安定。外界で繁栄するグロテスクな生物の正体と、空恐ろしい伝説の真意が明らかにされるとき、「神の力」が孕(はら)む底なしの暗黒が暴れ狂いだそうとしていた。

 

 

●新世界より(下)

 

夏祭りの夜に起きた大殺戮。悲鳴と嗚咽に包まれた町を後にして、選ばれし者は目的の地へと急ぐ。それが何よりも残酷であろうとも、真実に近付くために。流血で塗り固められた大地の上でもなお、人類は生き抜かなければならない。構想30年、想像力の限りを尽くして描かれた五感と魂を揺さぶる記念碑的傑作!

 

 

■解説

 

恐竜の時代からすれば、我々人類の歴史など取るに足らないものであろう。始まったばかりなのか、それとも短命に終わってしまうのかは分からない。仮にもしも前者であるならば、人類はこの先、何らかの進化を遂げる可能性がある。それが生物的に変異して行くのか、或いは、人工的に作られたものになるのかは分からないが、いずれにしても物理的進化であることには変わらない。

 

本書では、現代(21世紀初頭)から1000年後の日本という近い将来を舞台としており、その時代に生きる人間はみな「呪力」と呼ばれる超能力を身に着けているのだという。別名サイコキネシス(PK)と呼ばれ、嘗ての常識では考えられなかったエネルギーを行使することが出来る。そんな人間たちが作っている社会であるからして、倫理面では徹底した管理がなされている。人類が自ら進化を遂げた以上、社会における文明は進化させる必要も無くなったという訳だ。「神栖66町」と呼ばれる自然豊かな町の中、人々は争うことなく平和に暮らしているのだ。

 

想像力豊かな人なら「新世界より(上)」の内容は、とても新鮮味を感じ取れるか、あまりのリアルさにより敬遠してしまうのかのいずれかになると思われる。ところが、私のように映像で育った者にとっては、活字から脳内で映像化するということが不得意だ。それ故「新世界より(上)」に関しては、その世界観に慣れるまでが大変だった。ページの殆どを神栖66町における社会構造や政治的特徴とか子供たちを超能力者として育成するまでの教育の様子とかに割いている為、話の進行がスローになり個人的には退屈だったと記憶している。

 

本書は主人公のヒロイン・渡辺早紀が語り手となるのだが、話は早紀の少女時代から始まる。

 

早紀は12歳の頃から他の子供たちと同じく呪力が発現し、小学校「和貴園」を卒業して呪力の訓練を行う「全人学級」に入学する。同級生の朝比奈覚・青沼瞬・秋月真理亜・伊東守と共に利根川上流に夏季キャンプに行った早季たちは、先史文明が遺した「国立国会図書館つくば館」の端末機械である「ミノシロモドキ」と遭遇する。早季たちはミノシロモドキから「悪鬼」と「業魔」の正体、呪力がもたらした文明の崩壊、そして現在の社会が作られた経緯といった禁断の知識に触れてしまう。人間1人が持つ呪力の力は核兵器をも上回るとされ、神栖66町最強の呪力を持つ安全保障会議顧問・鏑木肆星(かぶらぎしせい)なら地球を真っ二つに出来るほどの力があるという。勿論、兵器としての能力だけではないのだが、故にこうした同種族が争えば、それこそ世界が一瞬で崩壊してしまう為、この時代の人間には戦争を起こさせない為の傀死機構(けしきこう)が働くようになっている。いわゆる同種族である人間に向かって呪力を行使した場合、自爆的に死んでしまうのである。

 

「悪鬼」とは、こうした超能力者の中にあって例外的に傀死機構の働かない人間のことで、同種族の人間にとっては殺人マシーンと化す。又、「業魔」とは、自分の意思とは無関係に呪力を放出してしまう人間のことで、それこそ破壊神でしかない。嘗ては、呪力を獲得した新しい人間はごく少数だったが、少しずつ増え始め、やがては非能力者と完全に分別される存在になっていった。そこで起こったのが戦争である。首都の東京は世にも無残な形で残ってしまった。

 

秘密を知られたからには放置することが出来ない。

 

清浄寺の僧侶・離塵(りじん)は早紀たちの能力を封印、強制連行した。ところが、道中で思わぬ伏兵から襲撃を受け離塵は死亡。残された早紀と覚は伏兵たちに捕えられる。この伏兵たちとは、巨大化したネズミのことでバケネズミと呼ばれている。本来、バケネズミは人間に服従している種族なのだが、彼らの場合は外来種である「土蜘蛛コロニー」の連中だった。

 

コロニーとは昆虫でいうところのアリの巣みたいなもので、バケネズミも地下に穴を持ってコロニーを形成。1匹の女王と多数の従者で構成されている。知能が高い者なら、片言ながらも人間の言葉を喋れるバケネズミもいる。呪力を失った今、早紀と覚は何とか逃走を図る。結果的には別コロニーのバケネズミに捕まるのだが、こちらは上記の土蜘蛛コロニーと戦争中だった「塩屋虻コロニー」の奏上・スクィーラだった。雄弁で切れ者のスクィーラは「我々はまだまだ力が小さい。是非とも我が軍をお助け下さい」と早紀たちの超能力を求めてきた。ここはひとつ、黙って協力するふりをするしかないと考えた早紀は、覚と共に塩屋虻コロニーに案内されて盛大なもてなしを受けた。

 

バケネズミは呪力を持たない。だからこそ人間からは「生かしてあげる代わりに、私たちに対価を払いなさい」と命令される。そうだ、バケネズミにとっては人間の呪力が脅威なのである。だからなのか、スクィーラは密かに地下に工場を作り兵器を開発している。技術もそれなりにあり、それは嘗ての人類(今の我々のような存在)が築いていた物質文明を思い起こさせるほどだった。早紀たちは食事を与えられたが、どうやら彼らが好む味は若干薄かったようだ。

 

外来種の土蜘蛛を根絶やしにする為、普段は馬が合わない奇狼丸(きろうまる)率いる大雀鉢コロニーらとも援軍に引き入れたスクィーラは何とか目的を達成。又、この戦争に協力した早紀と覚も、そのお礼にこっそりと安全な場所に逃がしてくれたのだ。

 

早紀様、覚様には何とお礼を申し上げて良いのか。

またどこかで・・・という感じだった。

その後、早紀と覚は仲間と合流。呪力を復活させた。

 

ここから時代が2年後に進む。

 

土蜘蛛コロニーを殲滅したスクィーラは、人間たちから感謝され、野狐丸(やこまる)という名を拝名。野狐丸の塩屋虻コロニーは着々と戦果を上げていくに連れて規模を拡大していった。

 

だから早紀には不安があった。

このままスクィーラが私たち人間に対して反旗を翻すのではないかと。

 

更に26年の歳月が流れた「新世界より(下)」では、その懸念された場面に行き着く。自分たちは一体何者なのか。裁判の席で、その野望を持った雄弁で頭脳明晰なバケネズミがこういったのだ。

 

「私は〇〇だ!」と。

 

 

 

 

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奇数階に来てからは散々な苦痛を味あわされた。苦痛といっても種類は様々なのだが、俺の場合は、身体的苦痛、精神的苦痛、それに物理的苦痛の3つ全てを味あわされたのだ。まあ、身体的苦痛と精神的苦痛はいずれ時間が解決してくれる。しかし、物理的苦痛となればそう簡単には治らない。中でもジュンとかいう変な自称神出鬼没男によって奪われた所持金、これが痛かったのだ。

 

さてこれからどうすればいいのか。

 

腹が減って死にそうだ。カードを使ってレストランに入ってもいいが、後から口座引き落としが待っているかと思うと暗澹たる気分になる。今は有給のおかげで報酬が振り込まれているが、それも間もなく終わってしまう。偶数階に戻らない限り仕事が再開出来ないので、お金も入ってこない。クビになる訳ではないが休職扱いになる。困ったものだ。

 

それはともかく、俺がやって来た5階は、これまでの奇数階とは少し様子が違っていたのだ。13階のような混沌とした街ではなく、11~9階の刑務所のようでもなく、7階のような広大な樹海に怪しい魔法使いの住家があるという感じでもない。

 

5階はどこにでもありそうな山手のベッドタウンだった。といってもここがビルの中であることには変わりない。空を照らしている太陽の正体が何なのか、ポカポカとした陽気と心地よく流れてくる微風の正体が何なのかは分からない。晴れ晴れとした青空を入道雲がゆっくりと移動していた。多分、恐ろしく巨大な空調設備とか映像設備とかがあるのだろう。こりゃあスペースコロニーも顔負けだ。「明日の午前中は雨の予定です」なんてアナウンスが聞こえてきそうだぜ。

 

こんなところでボケっとしていても仕方がない。やはり腹が減って死にそうだ。どうやら近くに小さな喫茶店がある。出来ればファーストフード店のほうが良かったのだが、どこにあるのか分からない以上ここで我慢するしかなかった。俺は喫茶店の入口を開けた。なるほど、中は小奇麗にしてある。客は多いという程では無かったがまばらにいた。俺は出来るだけ目立たぬよう窓際の席を探したのだが、得てしてこういう場所には先客がいるものだ。チキショウめ、俺は望まれてもないであろう真中のテーブルに腰かけた。

 

すぐに注文を取りに来たので、ブレンドコーヒーとオムライスを頼んだ。店員が「セットにするとお得ですよ」なんて言ってきたので、「んじゃ、それで」と返事した。500円だ、確かに安い。俺は、店員が引き上げて出された冷水に口をつけた。おお、生き返るぜ。しかしだ、こんな真ん中で座っているとどうも落ち着かねえ。何か他の客からジロジロと見られているようだ。とにかくだ、腹を満たしたらすぐに出てやろう。

 

出されたブレンドコーヒーは非常に香りが良く、その暖かい液体が喉を通った時は五臓六腑に染み渡った。

 

「はい、オムライスです」

 

大きな皿に乗った丸々と太った黄色い物体にいかにも濃厚そうなデミグラスソースがかかっている。俺は考える間もなくスプーンで頂いた。うめえ、メチャクチャうめえぜ、このオムライス。もう周りのことなどどうでも良くなっていた。そんな食事に夢中になっていた俺だったのだが、おかげで席の後ろに人がいることなど全く気付かずにいた。

 

「藤倉?」

 

スプーンが止まった。今、誰か呼んだか?

 

声は席の後側からした。俺は振り向いた。年齢は俺と同じくらいだろうか、背が高くて瘦型だが、ひ弱な感じはしない。寧ろ健康そうで、それなりに肌は若々しい。身なりは高級そうなカッチリとした背広に身を包み、右手に黒いバックを持っている。靴も綺麗に磨かれており、いかにもビジネスマンという風貌だった。だが、俺はこの男を知っていた。

 

「柳沢か」

「ああ、やっぱり藤倉だったんだ。驚いたよ」

 

柳沢は高校時代の同期だった。親友でもあった。自分でいうのも何だが生真面目で不器用な俺とヤンチャで要領のいいアイツは良いコンビだった。柳沢は勉強こそ出来なかったが、運動神経がよく、ルックスも良かったのでクラスの女子からも人気があった。その女子の1人、マドンナ的な存在だった良子は今や柳沢夫人だ。

 

元々、良子は俺に気があったのだが、煮え切らない俺に愛想を尽かして、そんな彼女を親友が奪ってしまったというドラマのような話だ。以来、俺は柳沢と疎遠になり、別々の人生を歩むことになった。一体、あれから何年が経過したのだろうか。俺たちの間にできた「しこり」はもはや時効である。が、今はどうだ。俺は未だに独身でリストラに遭った身。一方のコイツは、一線でバリバリと働いて妻子持ちとくる。だから親友のことを羨ましいと思う反面、素直には喜べなかった。

 

「藤倉、本当に懐かしいよ。ここの席、いいかい?」

「あ・・・ああ」

 

俺と会えてそんなに嬉しいのか。柳沢は懐かしさのあまり、俺たちが仲良くやっていた高校時代の話から今に至るまでの話や、たわいのない世間話まで話題が尽きることはなかった。一方で、俺のほうもまた昔話を聞かされると、ふとそんな古き良き時代に戻ったような気がして、それはそれで若返った気分になった。

 

「どうだい、藤倉。これから私のところに来ないか?」

「が、しかし・・・」

 

誘われて悪い気はしない。だが、あまりにも急なことで心の準備が出来ていない。それよりもまた、柳沢の家には良子がいる。そっちのほうが気になったのだ。

 

「遠慮することないさ。良子だってきっと喜ぶよ」

「だが、急に押しかけるのはマズいだろ」

「家には連絡入れるよ」と言った途端、柳沢は背広に内ポケットからスマホを取り出して電話をした。どうやら良子の携帯にかけたようだ。短い通話が終わり電話を切った途端、柳沢の顔色が良くなった。

 

「藤倉、OKだったよ。良子も喜んでいる。早く君の顔をみたいってさ」

「本当にいいのか?」

「勿論さ。それに、ここも私に奢らせてくれ」

「おいおい。いくら何でも・・・」

「親友に会えたんだよ。これ以上に嬉しいことはないさ。私は本当に喜んでいるんだよ。だからこっちが感謝したいくらいだ。なっ、いいだろ」

「う・・・すまんな。じゃ、ごちそうになるよ」

「ああ、そう来なくちゃな」

 

正直言って助かった。この先どうしようかと思い悩んでいた矢先の出来事だ。飯を奢って貰うばかりか、家にまで招待してくれると来る。しかも、昔恋人だった良子まで待っていようとは。それにしても、分からないことがある。

 

なぜ、柳沢はこんな街に住んでいるのだ?

 

ここは確かにベッドタウンみたいだが、厳密にはビルの5階だ。そうだな、柳沢たちに訊けばその謎めいた答えだって解るかも知れない。俺がこの5階にやって来たこと。その前にも話したいことがある。この変なビルで仕事を任せられ、大金持ちになったこと。更には、立入禁止区域の奇数階にまで行けたまでは良かったものの、13階で婦女暴行と名誉棄損の濡れ衣を着せられて11階の刑務所に放り込まれ、そこで知り合った自称怪盗男の梶と一緒に脱獄した挙句、これまた自称神出鬼没男のジュン様なる奴に持金を奪われたこと。魔法使いのババアに記憶を奪われたこと。いや、ジュンの話だとババアは魔法使いの駒に過ぎないということで、本体は別にいるということ。それと、今もなお警察から追われている身だということだ。う~ん、何だか訳が分からなくなってきたぜ。とにかく、俺はこの摩訶不思議なビルの正体というか、真実を知りたいからここまでやって来たのだ。

 

「藤倉、さあ乗れよ」

 

白いエルグランドだった。だが、このエルグランドは俺が知っている自家用車ではなかった。全く振動がしなければ、エンジン音もしないのだ。

 

「電気だよ。我が家では珍しくないがね」

 

クールに言った柳沢が運転する車内は、まるで絨毯が滑るように走るという感じだった。俺は内心、ここまで差をつけられると心中穏やかではなくなった。

 

そして、彼の家に到着した。

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以下は個人的主観による第一印象である。

 

今回登場する身長190cmを超える大男は、外見上とてもバブルな雰囲気を醸し出していると思うのだが、決して善良な人間には見えない。そんな彼がPVを通して歌っていたナンバー「True」は、何と21ヶ国のヒットチャートで1位を獲得した。ブルーアイド・ソウル系のバラードで、それを熱唱している存在感抜群の大男。故に私は勘違いをしてしまった。彼こそがスパンダー・バレエという名のシンガーだという大きな勘違いをしてしまったのだ。

 

スパンダー・バレエとはバンド名のことであり、大男はヴォーカリストの英国人トニー・ハドリー。バンドは1979年に結成、メンバーは以下の通り

 

トニー・ハドリー(V)

ゲイリー・ケンプ(G)

スティーブ・ノーマン(S・P)

マーティン・ケンプ(B)

ジョン・キーブル(D)

 

スパンダーとはベルリン郊外にある「シュパンダウ」という街の名前のこと。そこで見かけた落書きから当初のメンバーがバンド名を思いついたようだが、残念ながらどんなことが書かれていたかまでは分からない。ただ、確かなことは、彼らスパンダー・バレエもまたヴィサージやウルトラヴォックスと同じくニューロマの流行に便乗してマーケットに現れたということだ。

 

だから、初期の彼らはデヴィッド・ボウイの影響であろう中世風のファッションに身を包み、エレクトロニックな実験的音楽をやっていたのだが、人気面ではデュラン・デュランに大きく遅れを取ってしまった。商業的成功こそがバンドのコンセプトだと考えていたギタリストのゲイリー・ケンプは、そのイメージを一新することにした。プロデューサーにスティーブ・ジョリーとトニー・スフェインを迎え、3枚目のアルバム制作に取り掛かったのだ。

 

そして1983年。冒頭で取り上げた「True」はそのアルバムタイトルでもあり、彼らの音楽的方向性は従来の実験的電子音楽からブルーアイド・ソウルに傾倒したポップ・ミュージックへと変貌。外見もカッチリとスーツで決めており、アダルトな雰囲気に変わっている。

 

標題の「俺たちは世界へのチケットを買ったのさ」は、「True」で使われた歌詞の一部がルーツである。アンダーグラウンドで活躍しているスーパースター的存在、セールスなんかよりも己のスタイルに信念を持ち続けるアーティスト的存在、だが現実的にそのような人材は限られたごく一部の人間だけである。売れなければスターにはなれない。だから、時のムーヴメントに上手く便乗出来れば、二度とないチャンスを手にすることにもなるであろう。それこそ、世界へのチケットはすぐそこにあるのだ。

 

メジャーへの扉をこじ開けたスパンダー・バレエは暫く安定期に入った。しかし、これ以上飛躍することは出来なかった。結果的にメンバーはソロ活動に精を出し、バンドは解散。その後、印税問題が表面化。曲の殆どを手掛けていたゲイリー・ケンプとトニー・ハドリーら他メンバーの間で対立。いわゆる、印税がメンバー全員に分配されていないということが原因のようだが真相は分からない。それでも、バンドは企画されたワールドツアーに食い付き2009年に再結成するが2015年7月にハドリー脱退。新たなヴォーカリストを迎えることになった。

 

さて、ゲイリー・ケンプ率いるスパンダー・バレエは一体どこへ向かうのか。実は、このケンプ氏・・・映画「ボディガード」(1992年アメリカ)にも出演している。興味ある人は、こちらもご覧になってみては。

 

1) Gold / True

2) To Cut a Long Story Short / Journeys to Glory

3) Chant No. 1 (I Don't Need This Pressure On) / Diamond

4) True / True

 

 

 

 

 

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True True
 
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「藤倉さん、お気づきになりましたか?」

しわがれた女の声がする。

 

俺は目を覚ました。いや、正確には深い眠りに入ったというべきか。

見覚えのある場所だった。小さな館の中、これまた小さな椅子に腰かけていたのだ。館には俺の他にもう1人いた。四角いテーブルを挟んだ向こう側に魔法使いの姿をした老婆が腰かけていた。そうだ、この薄気味の悪いババアとも一度会っていたのだ。思い出したぞ、以前俺はここで奇妙な話を聞かされたのだった。

 

ただ、腑に落ちないこともあった。

 

以前もこの場所に来たことがある。どうやって来たのかは覚えていない。気がついたら何者かによって連れて来られたといったほうが正しいのかも知れない。今回もそうだった。いつ、誰によって連れて来られたのか分らないのだ。それよりも、もっと重大なことは、以前ここにいた時から、今回ここに戻された時までのプロセス。俺の中では、そこのところの記憶がすっぽりと抜け落ちているのだ。一体、俺はどこへ何をしていたのだ。なぜここにいるのだ。そんな、自分自身に疑念を持ちはじめた時、老婆がボソボソと喋りはじめた。

 

「いかがですか、奇数階の居心地は」

 

奇数階・・・ああ、すっかりと忘れていた。そうだ、俺は奇数階にやって来たのだ。確かに覚えている。だけど、どうやって移動してきたのだろうか。その手段は。暫く自分自身の記憶にアクセスしてみたが、どうも思い出せなかった。俺の頭は異常なほど老化してしまったのだろうか。だが、目的だけは覚えている。

 

そうだ、俺はビルの中にいるのだ。この変な館だってビルの一部に違いない。俺はこのビルの謎を解く為に奇数階に来たのだ。そういえばこのババア、おかしなことを言ってやがった。

ビルの偶数階はそこの住人も含めて俺自身が理想とした世界だとか何だとか、それから、この奇数階は裏世界であり、理想世界の副産物だと言っていた。

 

「ほっほっほっ、どうやら、そこの記憶だけは失われてないようですね」

「貴様か、俺の記憶を奪ったやつは」

 

何、記憶を奪うだって?

確か、そんな話を聞いたことがある。それもごく最近の話だ。誰かが言っていたのだ。記憶を奪う魔法使いの話。そいつが俺の目の前にいる。

「記憶を奪う? ほっほっほっ、また面白いことをいうのね。坊や」いつの間にかタメ口に変わっていた。

「坊やとは何だ。このババア、馬鹿にしやがって」

「ほっほっほっ、その怒った顔がまた可愛いわ。ああ、何だか心の虫がうずうずしてきたわ。藤倉さん、アナタを抱きしめてあげたいの。一心同体になりたいわ。さあいらっしゃい」

 

椅子から立ち上がった老婆が接近してきた。それはとても死にかけのババアの動きではなかった。とても人間業とは思えないほどのスピードだった。俺は逃げる間もなく、一瞬でババアに捕まってしまったのだ。俺は知らぬ間に床に叩きつけられ、マウントポジションを取られていた。俺の肩をババアの膝がしっかりとロックしている。身動きが取れなかった。

 

「や、やめろ。俺にそんな趣味はねえんだ、離してくれ」

「あら、怖いの? ほっほっほっ、アナタの恐怖した表情もとっても素敵。ホント・・・エクスタシーを感じちゃうわ」

「頼む、お願いだ。やめてくれ」

「い・や・よ」

 

老婆は柄にも似合わず薔薇の香りを漂わせ、唇を奪いにきた。ダメだ、自由が効かない。クソっ、こうなりゃ目を瞑るより他はねえ。ババアの顔さえ見なけりゃ何とか我慢できる。目を瞑って薔薇の香りから、そうだな・・・美女に接吻されるところでも想像するか。情けねえ話だが、今はそれよりか方法がない。

 

「あきらめたのね」

 

さっさとしやがれ。

 

「ねえ、もっと困った顔見せてよ」

「十分困っているんだがな」

 

アホらしくて物も言えねえ。勝手にしてくれ、自由にお持ち帰りくださいってやつだ。ババアはやっとその気になったのか行為に迫ってきたのだが、その瞬間、俯けになって倒れてしまったのだ。呆気にとられたのも束の間、その後方には鉄パイプを持った長身の男が立っていた。

 

「だから捕まるなといっただろ」

 

俺はこいつを知っている。そうだ、男の名はジュンだ。13階にある疎開屋本舗で会って以来だ。ジュンは右腕で敬礼の恰好をしながら眉に指を2本添えて「よぉ」といわんばかりの仕草を見せた。

 

「なんだ藤倉、その情けない恰好は。早く服を着ろ」

 

いつの間にか、俺は素っ裸にされていた。今、ここに倒れている老婆の仕業なのか。果たして人間にこんなは早業が出来るのだろうか。

 

「このババア、殺したのか?」俺はジュンに訊いた。

「あん? 死にはしないよ。そんなタマじゃない」

「まったく訳わからねえことばかりだ」

「藤倉、話は後だ。とにかくここからズラかるぜ」

「ああ、そうしよう」

 

その時、館の外のほうで小さな足音が遠ざかったような気がした。

 

俺はジュンに連れられて館を出た。

すると驚いたね。その周辺は果てしない木々に覆われていたのだ。光を全く通さない樹木の群衆、地面は不安定になっており油断していると足元を取られてしまう。それだけじゃない。光が全く当たらないせいか、凍えるような寒さである。

 

「こんな場所、どうやって逃げるんだ」俺は思わず漏らしてしまった。こんなことなら、薄気味は悪いが、あの館の暖かい部屋でババアに好きなようにされていたほうがマシだったかも知れない。

 

「大丈夫だ、任せておけ。俺の言う通りに付いてきたら抜けられる」

俺たちは、樹海に入った。

 

「それにしても、どうしてここが判ったんだ」俺はジュンに訊いた。

「ふっ、お前はやはり偶数階の住人だな。教えておいてやる。ここ奇数階では、このジュン様を知らない奴はいない。俺は神出鬼没なんだよ」

「あのババアは何者なんだ」

「ああ、あいつか。ただの婆さんだよ。魔法使いの道具だ」

「魔法使い? じゃあ、本当にいるのか」

「お前、記憶が断片的にしか思い出せないんじゃないのか?」

「確かにそうだ。思い出せないことがある」

「あの時、お前は俺と別れた後、お前は金王御苑に行った」ジュンが言った。

「ああ、そうとも。そこで俺は濡れ衣を着せられたんだ」俺は思い出したように言った。

「魔法使いの仕業だな。警察に捕まる前に、その魔法使いが細工したんだよ。お前、本当に誰にも会わなかったのか?」

「俺が警察に? う~む、思い出せん」

「だろうな、お前はあの後、刑務所にいれられた。そこで、自称怪盗男に連れられて脱獄中だったんだよ」

「何だって?」

 

ここまで忘れていようとは。それにだ、このジュンという男。何でそんな事まで知っているんだ。涼しい表情をして語ってくれたのだが、俺はこいつに警戒心を抱かずにはいられなかった。兎にも角にもだ、今はこの得体の知れない神出鬼没男に従って樹海を抜けるしかない。

 

「なあ、ジュンよ。ここは一体何階になるんだ」

「刑務所が11階、刑務所の周囲の濠が9階、で、この樹海が7階だ」

「俺の逃げてきた経路か。それにしてもビルの一角がこんなにも広いとは恐ろしいぜ」

「だな。しかも、7階から下は1ヶ所だけだ。もう少し骨が折れそうだ」

 

時間は刻々と過ぎていった。

 

そういえば、何も食べていない。カードは無くなっている。恐らく刑務所にいる時に没収されたんだろう。

 

「何で俺を助けてくれたんだ」俺は訊いた。この凍えるような寒さと疲労。何か喋っていないと気が持たないからだ。

「何でかな。そこんとこは俺にも解らないんだ」

「とにかくだ、ありがとよ」

「礼をいうのはまだ早いぜ」

 

この果てしない徒労というべきか。気を失いかけたことは何度かあった。

奇跡的にも樹海の中から下へ降りる5階の入口へ達していた時は、もはや何も考えられなくなっていた。そんな中、ジュンはまだまだ体力が残っているようだった。

 

「ここでお別れだ」

「今度こそ、ありがとよ」

「礼には及ばないぜ」

「どういう事だ」

「ほれ、忘れ物だ」

 

ジュンが投げつけてきたのは、何と俺のカードだった。

 

「所長から取り戻してやった。まあ、報酬はタップリ頂いたがな」

 

後で判ったことだが、口座に貯金していた額の9割が奪われていた。

 

「世の中、厳しいからな。だから騙されるほうが悪いのさ」

 

どこかで聞いた台詞だった。

ジュンは続けた。

 

「お前の記憶はいずれ取り戻せる。まあ、せいぜい頑張れよ」

 

悔しさと情けなさ、自分の無力さを呪った。

それでも俺は一つだけジュンに訊いた。

 

「何で魔法使いは俺の記憶を奪ったのだと思う?」

「さあ、何でかな。ひょっとしたら・・・」

 

と、ジュンは唾を飲み込んだ後、別れ際にこういった。

 

「魔法使いは、お前に惚れたのかもな。ハハハ、じゃあな」

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