takam16の本の棚
です。バーチャルですが......


 リピーターという言葉がある。
どんな商売でも新規顧客はもちろんだが、リピーター、つまりは
何度もお店に来店してくれる固定客をしっかりと確保しておくことは
極めて重要だ。
スーパーや美容院・理髪店、メガネ屋、本屋.....
彼らは固定客を失った時がそのお店の終焉だ。
本屋を例にとると、
本屋の問題は新規顧客獲得の困難さ以上に、いままで足を運んでくれた
リピーターの著しい減少である。しかしながら
あてにならない読書世論調査ではあるが、読書人口は決して減っているわけではない。
その理由は本の入手経路の多様化によるところが大きい。

それらはネット、電子本、古本、マンガ喫茶、レンタル本の普及であり、
特に電子本がここにきて急速な伸びを示している。
ネットや電子本などについては個人情報を相手に知らせ、業者が管理しやすく、
その結果、顧客の囲い込みに成功しているためにリピーター率は比較的高いだろう。

しかし、読書という枠組みで最もリピーター率の高くかつ、利用期間の長いものといえば
それは図書館以外には考えられない。

図書館は「お客様」ではなく、「利用者」だ。だからリピーターという言い方が適している
とは限らないが、とにもかくにも無料で一定冊数借りることができるのだ。
例えば図書館を訪れて2週間の期限で「満冊」借りたとしよう。
2週間後、図書を返却に訪れてそのままウチに帰ればいいものを
新旧入り乱れてのインクのニオイがこちらの鼻孔をピクピクさせやがる。
本の大きさにとらわれない背表紙置きはこちらの視線を釘付けにさせやがる。
インクに誘われてなぜか足が勝手に動きやがる。
そして手に雀の涙ほどの汗をかきながらも、ちゃっかり貸出しカウンターに並んでやがる。
図書館にしかできないその吸引力にtakam16、すっかりメロメロだ。
おかげさまで図書館で借りた本が自宅の本棚から姿をなくすことはない。
ず~っと返却と借り出しは繰り返されてて数年が経つ。
自分の貸し出し情報は毎年の図書館の貸し出し冊数の記録に納められる。もちろん
何十万という貸し出しの中の1人としてだ。
しかし図書館のリピーターとはそういうものなのだ。
無料の魅力はもちろんだが、図書館が放つ光は金銭的魅力以外にも十分ある。

ところでtakam16の図書館利用にはある特徴を持っている。
それは朝の開館から閉館1時間前まで居座ることだ。
月に6~8日ある休みのうちの最低2日はこの過ごし方である。

すると、毎日通う方には負けるがそれでもtakam16は立派なリピーターじゃないか、
常連じゃないかと自負するわけだ。
その一方で当然図書館員の顔ぶれもお馴染みなために、

「よく来る人ねぇ。」

などと思われているのではないかと考えるのだ。
こう見えて意外とそのようなつまらないことが気になるタイプの人間である。
そこで、図書館で長居しやすい方法を練りたくなるのが今日のお話だ。

そのような周囲の視線を消し去るには3つの方法があった。

まず試したこと、
それは特定の図書館司書と挨拶をかわす仲になっておくという手口。

相談コーナーに腰を据えるのは図書館員の中でも司書の資格を持ちかつ、ベテラン
である場合が非常に多い。つまりは図書館職員内での存在度は高いはずだ。
相談コーナーは時間交代制だ。質問はあらかじめこちらで用意しておく。
実際、質問事項は山積みだ。
例えばブログの記事である本の記事を書くときに、当該書籍の背景を探るべく、
著者のインタビュー記事を探してもらう場合、司書を利用することにしている。
もちろん相談内容の目的は告げたりしない。
ブログ以外でもビジネス情報や歴史調査などでは司書を利用する。
ただし、司書は同じ方に質問することが肝心だ。
司書は質問の深さに比例するだけの働きをする傾向がある。
つまらない質問をすればそれ相応の応答しか期待できない。
質問が深く困難であればそれだけ懸命に探してくれる。司書の腕の見せ所だからだ。
すると相談で対面する時間が長くなってくる。
そこでいろいろな小話を挟みながら図書館業務の裏側や新しいネタを探ろうというのも
実は真の狙いであったりもする。
例えば新刊蔵書の納入情報をボソっと話してくれたり、
こちらの入荷して欲しい蔵書のリクエストに応えてくれたり
といった厚かましさを発揮するには特定の司書に質問し続けることで
できるひとつの特権だ。
本当なら誰が聞いても教えてくれるだろうが、貸し借りカウンターとの付き合いしか
なければそのような要望を積極的に出せるには遠慮が生まれてしまう。


さて、次のターゲットは図書館内の警備員だ。
実は狙って挨拶のできる警備員をつくったわけではなく、
ある日図書館の座席で居眠りをしてしまった。
すると、肩をゆする感覚にふと目覚めたtakam16の側で

「兄ちゃん、体の調子でも悪いんか?」

どうやら2時間は眠り込んでいたらしい。寝顔があまりにもひどかったのか、それとも
死んでいるとでも思ったのかは定かではないが、そのようなことがきっかけで
お話のできる警備員を図書館内に見つけることができたというわけだ。
いまでは挨拶を交わす仲だ。
館内の治安を守る人間によい意味で認知されるのは案外気分のいいものだ。
多少こちらが怪しいいでたちでも見逃してくれる。
決してしないが、もしも奇声を発したとしても大目に見てくれるだろう。
たいへんありがたいことである。

最後の3つめ。これはあきらかな確信犯的行動なのだが、
図書館の隣に喫茶店がOPENした。ちなみにそこは生涯学習センター内の一角なのだが、
その喫茶店をズバリ、実質的な読書喫茶としての場として使用したいというのが
こちらの考えだ。そして何時間もその場を読書の場として気兼ねなく居座るという
なんとも厚かましい手口だ。

そのためには少し忙しさの峠を越えた午後2時前後に訪れ、カレーライス&飲み物を
注文することであった。もちろん座席はカウンター。正面には従業員が漏れなくいるし、
そこは全国展開するような店舗ではない、個人のお店であることでチャンスは膨らんだ。
他愛のない話から入る。喫茶店の特に個人店の従業員はお客との世間話は嫌がらない。
おまけにお客という立場上優位に話を展開できる。
同じ時間、同じ座席、同じ注文、そして同じ従業員に1ヶ月で3度接した。
また滞在時間は徐々に増やしていった。
4度目のある日、カレーライスのご飯を大盛りにしてもらった。店側からのサービスである。
そして、ずっと接していた従業員は店のオーナー店長だということを知った。
これで読書喫茶のできあがりだ。
おかげさまで図書館を訪れて本を適当に選ぶとすぐさま喫茶店に駆け込み、
読書をさせてもらっている。コーヒーの一杯ぐらい当然注文するが、
公共施設の喫茶店は駅ビルなどの喫茶店の3分の2程度の料金でいただける。
また、図書館は無料がために利用するのが根底にあるため、
利用者はお金を払ってまで喫茶店に入ろうとは思わない。
従って喫茶店は昼を除いて常に空いている。

しかしながら当然喫茶店だ。誰もいないわけではなく、常連さんは他にもいる。
そして常連さんの多くはカウンターに座る。
訪れるたびにカウンターに座る常連さんが同じ顔なら会話のチャンスだ。
そして、その常連さんが実は図書館内の利用者の見えないポジションで仕事をする偉い人物
だとわかったとき、図書館のあらゆるしくみを知る絶好の機会を得たということになる。

図書館通いで人脈づくり。
どうやら2006年は通うのがますます楽しみになってきたようだ。


が、ちょっと待てと冷静になってみた。
こちらにとって都合が良いものでも相手にとってはどうなのかといういらぬ心配だ。
司書を1人に絞り込むようなことを言ったが、
司書の立場からしてみれば、なんで?ワタシって狙われてるの?
と悩んでいたりはしないだろうか....
確かに司書は美形だ。もしも司書が男だったらtakam16はどう扱っていたか
という問題だ。う~む。

知り合いの警備員とこちらは思っていても、
相手としては、実は最重要人物のリストの片隅に入ってやしないか?

喫茶店での居座りは相手はずっといてくれていいよと軽い調子で言ってくれるが、
実は知らぬうちに客寄せパンダとして利用されている恐れあり!?


といろいろ思案しながらたるみきった頬をなんとか引き締めなければと
鏡を見ながら腕組みをしている今日の管理人でございました。


追記) ただいま多忙のため、コメント返しの時間が取れません。
   後日お返ししますのでしばしお待ちくだされ。
 

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白髪と黒髪、そして.....

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です。バーチャルですが......

 受ける予定の資格試験が一週間をきり、受験時代の図書館通いを思い出させる
ような懐かしい気分を期待して本日(先週の日曜日)はいざ図書館へ!!

図書館というところは、学生時代はほとんどを自習のために使っていた。
日曜日に行こうものなら、それは

行列のできる図書館

にとってかわる。だからこそ、朝一でカバンを場所取りのために置くと一度家に帰り、
開館時間近くになるとまるで正義の味方のようにうしろの列に並ぶ連中の
横を殿様気取りで通過して、一番先頭に陣取る。
ちなみに我が図書館では自習はOKである。

実際に開館すれば、もちろん先頭だ。物凄いダッシュで図書館のVIP席とも言われる
1人席(他人と向かい合ったりすることなく、、隣同士であっても敷居のおかげ
で隔離された気分が味わえる座席。もちろん机付き。)
へ一目散。の出方(敵とは席を狙う他の連中)を伺いながら、そして時には敵の動きを
けん制しながらの行動も必要だった。
まるで兵庫県の西宮神社の正月風景のようだったと、懐かしい限りなのだが、
受験、そして合格の目的を達成してしまえば、たいへん薄情なのだが図書館ともおさらば。
何故か、邪悪な気配でも感じるかのように寄りつくことはなくなった。

それでも働くようになると、本の1冊でも借りようかと思い、図書館に通い出すと、本は
借りると返さねばならないため、強制的にリピーターにさせられる。
そこで、返すことの面倒くささが気持ちを支配してしまえば、図書館には決して将来も用は
なかっただろう。
現実に面倒くささに支配された例を挙げると、それはビデオレンタルであった。
しかし、図書館による「強制的なリピーター獲得作戦」にはまんまと引っかかった。
目的もなく借りる本が意外に面白かったのだ。

すると、目からウロコ、棚からぼた餅というわけではないのだが、また借りて面白いのに
当たったらいいのになぁ.....
とまた目的もなく借りる。するとそれがまたまた面白い。
こうなりゃ無償のギャンブルだと勢いがついてしまい、借りて返してまた借りるの繰り返し。
すると欲というものが出るもので、今度は他の図書館でも借りたいなどと色気づく。

それは都道府県図書館であったり、勤務先の所在地の図書館であったり、近所の大学図書館
であったりと、その数は増加。勤務地は変更もあるからその都度利用登録を行い、
大学図書館は現在学外者開放に積極的だ。こちらも次々カードを作った。
借りれる限度を数えてみると、その数128冊だ。
まあ勤務地変更や住所変更などで実質使用できない、使用しない分も含めての数字だが
それにしても100冊以上もの枠は我ながら驚きである。

しかし、学生時代のような場所取りの気概や意気込みは今となっては昔の話、
さっぱり沸いてこない。それに1人席でなく、相席であってもちゃっかりと100円ショップ
で耳栓の準備もできているし、集中力を損なうことはないだろうと思い、しかしながら
日曜日にお昼から行くのはいくらなんでも座席確保は無理だろうということから、開館時間直前に
ちょうど到着するような状況にした。原チャリを使用したため時間計算は容易というわけだ。

いいかげん、寒くなってきたのに手袋もマフラーもせずの半キャップでの運転は冗談では
なかったと反省したのだが、開館時間ちょうどの到着は正解だった。というのも、子供が
少ない時代なのだ。自習目的に図書館を訪れる人はかなり減っているようだった。
列をつくって並ぶという活気は見られず、パラパラと入り口付近で寒さで縮こまりながら
開館時間を待つのはみんな老人。こういうところに高齢化社会の現実が見られる。


無理なダッシュを強いられることもなく、
1つのテーブルに4人が陣取る座席に着席。そのような座席は他にもいくつかあり、
誰も席についていないテーブルから1人ずつ埋まっていく。
このあたりは人間の心理だ。自分だって誰もいない4人使用のテーブルの座席に腰を落とす。

11時頃になるとさすがに混雑し始める。1人で陣取っていた席に新たな利用者が席に着く
と一気に各テーブルが埋まり始め、正午までには当然日曜日の図書館は俄然熱気を
帯びる。


さあ、4人使用席の確保、集中して自習ができるか否かは、残り3人の構成に懸かっている。



開館と同時に席を陣取ったtakam16がもちろん一番最初に座につく。当たり前だ。
1時間後、自身の座る座席の2番目の利用者のおでましだ。
それは黒髪の美女だ。
takam16、机の下で拍手をした。この場合、美男美女にかかわらず、2番目の人の座る
場所は1番目の人の対角線が通例であり、その美女もご多分に漏れなかった。そんなことより
このようなことをうだうだ言っているところでさっぱり資格試験勉強に集中できていない。


4人使用席の場合、最大のキーマンは3番目の人物と決まっている。
伸び伸びと集中力を保つにはこの3番目の理想は勉強の意欲をそそる人物、つまり学生でも
社会人でも女でも男でもいいから、自分と同じく自習目的の利用者を望むのだ。
また、3番目の人物は確実に自分の正面か、あるいは横に着席するのだ。
極めて重要だ。ところがである。


時刻は午前11時半。
ぷ~んと漂うこの異臭。それに敏感に反応したtakam16。その発信源はウシロだ。
後ろからその異臭を放つ者が徐々に近づいてくるではないか。

頼む、通り過ぎてくれ!! 天に祈りを捧げる。が、

「どっこらしょ。」

あー、オレの横に座りやがった。この異臭野郎。他に空いている座席はたくさんあるだろ。
なぜだ!

いや、それより美女の安否が気にかかる。美女は異臭野郎の正面に位置することに
なるからだ。さぞや顔を歪めていることだろうと気遣いの視線を美女に移したところ、

のほほ~ん
としているから、物事に怖気づかない凄腕の持ち主かと関心していたところ、よくよく耳を
済ましてみれば(takam16、現在耳栓使用中)、どうやら美女は

鼻づまりのご様子だ。クシュクシュ鼻が鳴る音がする。
つまり、風邪だか鼻炎だかしらないが、異臭を嗅ぎ分けることができない
ということだ。なんと幸運な美女...それにひきかえ健康ゆえのオレの不運。

異臭野郎は着席するや、手を頭の上に持ってきて伸びをしたり、ストレッチをしたりと動きが
激しい。そしてその動きにあわせるように異臭も元気いっぱい発射される。
これがズバリ、地獄というものか.....。我慢もいい加減限界だ。
耳栓をどれだけ急遽、「鼻栓」に変更したかったことか。
しかしここは堪えた。鼻に栓など入れたら逆に「鼻栓野朗」と思われる。

ここで最後である4番目ということにあいなる。こうなりゃ3番目の異臭野郎の
存在を忘れさせてくれる香りを願いたいものだ。例えばペパーミントの香りなら異臭と相殺される
だろう。特に強烈な奴を願いたい。


さあやって来た。身なりのいい初老の男性だ。その最大のチャームポイントは白髪だ。
司馬遼太郎氏以上のみごとな純白。その初老の男性がオレの正面、つまり黒髪の美女
の横の席に着いた。ツヤのある白髪のみごとなビジュアル。
これぞ純白の貴公子だ。

黒髪と白髪のセット。オセロを感じさせるこの並び....
と勉強への集中力などすっかり失せてわけのわからない思考にハマりかけたのだが
ちょっと待て。
今度もなんだ、このニオイは、おい!!

4番目は身なりは異臭野郎よりは確かにマシだ。だがそれを打ち消すこの
ニンニクのニオイはいったいどういうことだ!!
本来は異臭野朗の存在を打ち消すのが4番目の役割だ。なのに、ニンニク.....
お、おい、アクビをするな、オレは真正面だぞ。
ほぼ気絶である。このニンニクジジィめ、牛乳で口をゆすいでこい!!


ぷ~ん。横と前から悪臭が放たれる。異臭のコラボは最悪だ。
なのに鼻づまりゆえに
のほほ~ん
を決め込む黒髪の美女。
挟み撃ちの惨劇に知らんぷりをされたオレの精神状態はもうボロボロだ。


4人席のメンバーは

takam16 
異臭野朗。
黒髪の美女改め、鼻づまり女。    
純白の貴公子改め、ニンニクジジィ。



カンカンカンカン~!!!♪


ギブアップである。
もう他の座席に移動したくてもどこにも空いている席は見当たらない。

みじめな敗北に背中を意識的に寂しくさせながら、
来館した午前10時よりたったの2時間で自習を打ち切り、
図書館をあとにするtakam16。
図書を返すことも借りることもいっさい放棄し、寒空の中を
原チャリでこちらも寂しげな運転姿勢で自宅へ帰り、引きこもるtakam16
でありました。
 
 
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休むってどないやねん!!

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takam16の本の棚
です。バーチャルですが......

ブログ更新、11月になって初めての怠け者takam16です。

すっかり朝晩も冷え込み、日の出る時間も短くなりました。
他ブログ様はブログのスキンを秋らしく、あるいはパンプキンなものを
多く使っている中、独りだけとっくに冬色模様で記事発信をしております。


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さて、当記事の更新日である11月4日も含まれるのだが、
10月27日~11月9日「読書週間」と題して、各地で読書をすすめる運動が行われているのは
ご存知であろうか。

とは言っても、別に本屋で本が安くなるわけでもない。複数の本屋では出版社
の企画に便乗したフェアやサイン会などが催されているかもしれないが、
本屋で働いている者自体が「読書週間」の手ごたえや歯ごたえというものを
感じているかどうかは疑わしい限りである。
実際、こういう期間があるからといって、特別に売上がUPするという
天国を味わえるわけでもない。

数週間前になると、「読書週間」のポスターが問屋を通じて本屋に
送られてくる。
本屋はそれを店頭の任意のポジションに貼る。
それに乗じるフェアをするかどうかはお店の判断だが、数店舗を訪ね歩いて
みたが、特別なんだというわけでもなかった。

本屋にとって気になることとと言えば、フェアに便乗したことにより
大量に入荷された書籍達のフェア終了後の後始末、もうひとつは、
「読書週間」のポスターをテープ等で貼ったわけだから、それをはがすとき
に棚やガラスにテープの跡が残ることだ。前者は在庫過多による支払いの
問題だが、ちゃんと計画を立てているだろうから心配は無用だろう。
実は後者が気に入らない。ポスターを一定期間貼りっぱなしにすると
はがした後の跡形に最も気をつかうのは店長の役目だろう。


そんなこんなですべてが歓迎というわけでもない「読書週間」。
名目上は出版社、書店、問屋、そして公共図書館のバックアップでできあがった
ものだ。60年近く前からあり、比較的歴史は長い。


図書館などではフロアの空きスペースを使ってのさまざまな催し物が
行われている。それは読書にまつわるものであり、芸術作品にまつわるもので
あり、写真展の類であり、千差万別だ。
また、別室にて読み聞かせや紙芝居なども盛んである。

いろいろと知恵を絞り、なかなかいいもんじゃないかと独りでニヤニヤしながら
地元の図書館をうろついていたのだから、さぞかし他の利用者達は気持ち
悪かったことだろう。この場を借りて謝っておこう。


しかしである。側に図書館の開館カレンダーというものが用意されており、
ニヤついていた顔の緩みが一瞬にして強張った。

「なんで休みやねん。」


そうだ。なんで休みなのかがさっぱりわからない。図書館がいつどのように
休もうがいいだろう。月曜に休みたければそれでもいいし、利用者の反発を
受け止める勇気があるのなら日曜日に休館でもすればよい。

しかし、休むべきではない日というものが図書館には存在する。いや、存在する
と思っている。それは

11月3日 文化の日 である。



「読書週間」というものは図書館のテリトリーだ。そのためにフロアを存分に
使って文化物をアピールしているのではないか。なのに11月3日は休館日なので
ある。こいつはひと悶着しなけりゃあならないと思い、

「ちょっと、図書館員さん、アンタ、これはなんや?」

と悶着のリハーサルをしている最中に、


「そらぁアカンで、姉ちゃん。」

との声がした。その方向に首を向けると、1人のジイさんがすでにくらいついて
いる。図書館員は困惑を隠せない。

「図書館がなんで文化の日に休みやねんな。おかしいやないか。」

そうだ!そうだ!と自分も応援に駆けつける。もちろん心の中でである。

「そもそも文化っちゅーもんはやなぁ......」

とジイさんの説教が始まった。相手の図書館員はなんとか身振り手振りで
ジイさんの御託に対処しつつ、目線で仲間を呼びよせる。
職員が2人駆けつけた。うち1人はどうやら図書館のお偉いさんのようだ。


「ジイさん、大丈夫だ。俺が味方についているから。」

当然、心の味方である。

お偉いさんが言う。
「ですから図書館は祝日は休館ということに.....」


ちょっと待った~!!である。
「本と本屋と図書館に魅せられて」の管理人は、休日・祝日など関係なく
運営している全国の図書館を知っている。

そして文化の日にちゃんと開館している図書館が多いことも知っている。

東京都では足立区、中野区、渋谷区、新宿区.....八王子市、武蔵野市、町田市
.......

神奈川県では横浜市、平塚市、横須賀市、鎌倉市、藤沢市......

愛知県というと、名古屋市、豊橋市、豊川市、豊田市、犬山市、岡崎市......

北海道、宮城県、福岡県下の図書館でも開館している。
他の都道府県だって開館しているところはある。
全部が全部開いているわけではないが、文化の日に休館することがいかに
理不尽であるかということはどう考えてもわかるはずだ。

あとで家に帰って調べてみた。自分は大阪府である。するとどうだ。

大阪府立図書館  ×
大阪市立図書館  ○
豊中市      ×
吹田市      ×
泉佐野市     ×
岸和田市     ×
堺市       ×
茨木市      ×
藤井寺市     ×
高槻市      ○
池田市      ○
門真市      ×
箕面市      ×   ...........



すべてを調べるのは困難だが、この大阪府下のこの有様はなんだ!

データやアンケートにおいて活字文化が衰退していると危惧して
さらなる読書を薦める運動をしておきながら、これらの図書館はなぜ休む?

「読書週間」期間中の、しかも「文化の日」に公共図書館が休むというのは、
朝11時から昼の2時までを準備中にする定食屋と同じだ。
たこ焼きを買ってきたのに、食べてみたらたこが入っていなかったのと同じだ。
風邪で内科に診察に来たら、ウチは風邪は診ませんというのと同じだ。
銀行に入ったらそこはサラ金だったというのと同じだ。
女に抱きついたら実は男だったのと同じだ。



ジイさんはワーワー騒ぎ立てながら、渋々帰っていった。
そして自分も心の中でワーワー騒ぎ立てながら、ちゃっかり「満冊」借りて
帰った。



11月3日の文化の日、ついに行動に出た。
休館の図書館のドアにめがけて


「ドンドンドンドン、開けろよ!!
 ドンドンドンドン、開けろって言ってるだろ!!  
                             ドンドンドンドン!!」

ドラマ「積み木崩し」さながらのパフォーマンスであった。

そしてもちろん、それは 

「心の中」 

での出来事だった。


全く意気地のない男である。
  
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です。バーチャルですが......


うーむ、こいつはやっかいなことになってしまったぞ。


男女を問わずに次々と友人が餌食になってきた事件がある。
しかし注意すればそれは済むことじゃないかと友人には失笑ぎみに
諭したばかりだったのだが.....

ま、まさかこのtakam16までが彼らの仲間入りをすることになる
とはなんとも遺憾である。



京都には桂川という川がある。それは下流へ行くと鴨川と合流し、山崎
付近で宇治川さらに木津川と合流、そのまま淀川という大河川となって
大阪湾へと伸びる。
一方、上流へ進めば桂川は流れがより急流な保津川となり、そこでは
亀岡から嵐山までの保津川下りを楽しむことができる。料金は決して安価
とは言えないが、関西人にとってはお気に入りの名物のひとつである。

そんな桂川に沿うようにして名神高速道路が走っている。そして、川の名称を
そのまま使った桂川パーキングエリアの和式トイレにおいて不覚にも
携帯電話をぽちゃりと落としてしまったのだ。

タイトルも便座に腰かけなどと生易しいものじゃあない。
胸ポケットという一見便利そうに感じるこのシロモノ。
こいつが毒気づきやがった。上体の角度を変えたらこのざまだ。
携帯電話を入れるには全く不適格である。

だから、

うーむ、こいつはやっかいなことになってしまったぞ。

というわけだ。

で、いろいろ思案するわけだ。
ぼちゃっとやってしまった携帯電話の回収方法はいかにすべきかという
ことをである。
水まみれになった携帯電話の安否ももちろん懸念材料だが、なにより回収
しなければ次に進まない。
そこで思案するのであるが、こんな修羅場(?)だからこそいろいろと浮かんで
くることがあるのだ。

この便器に手をつっこむということへの戸惑いと戦慄。
いったい、この便器に過去にどんな輩が用を済ましてきたのか.....
「公共」という言葉はとっくに市民権を得たよい響きの言葉だが、この緊急時
には決して声に出して読みたくない日本語である。

このように過去に人が使ったものを利用することについて思案した時に、
すぐに頭をよぎるのは「図書館」である。

現在・過去・未来に際限まで借り、しかも時には延滞までしてしまう「公共物」。
あの書籍達がどんな輩に読み継がれて現在自分の手元にあるのかと考える。

例えばだ。現在図書館で借りた本の中に

奥田 英朗
邪魔〈上〉
奥田 英朗
邪魔〈下〉
という書籍がある。痛快な書きっぷりでお馴染み、奥田英朗氏の作品である。 まだ読前の段階で痛快か否かはわからないが、文芸誌の連載モノなどを拝読するに、 ついつい笑いが止まらなくなる内容が多いから、「痛快」を期待しているの だが、 じゃあ、この前に借りた者というのはいったいどんな奴なのかというわけだ。 例えばページをペラペラめくろう。 100ページ目のソースのシミはなぜできた!? 129ページ目のアンダーラインはなんだ!? 190ページ目の間違いを指摘する赤ペンチェックはどういうことだ!? 310ページ目のこのちぢれ毛は誰のでどこのだ!! と、読書に集中できない自分が時々ある。 トンカツでも食いながら読書をしていたらソースをこぼしたのか? トイレや風呂で本を持ち込みやがったか!? はさみによる切り抜きはなにか利益になるものでも発見したのか? このページの血はどこの血だ? とツッコむ。 雑誌の類にもある。 図書館の大衆雑誌というものにはクロスワードパズルがつきものだ。 ちょっくら最新雑誌を拝読すれば、ご丁寧にもクロスワードパズルが完成している というのはいったいなんだ。 ダ・ヴィンチの表紙のきれいなお姉さんに黒マジックでヒゲやメガネを書くのは誰だ。 切手サイズのプレゼント応募券の切り取りは毎度恒例である。 なるほど、図書館で本を借りるのはちょっとおっしゃる方の意味が、こういう時 こそ理解できる。 と、トイレの利用者から図書館へ話が及ぶのは図書館にとっては迷惑この上ないの だろうが、じゃあ我が図書館の小便器の間隔が狭すぎるのはいったいどんな意図が あるのだとますますもって疑問がわいてくる。 それよりもなによりも、携帯電話だ。正直、ワシづかみしか方法はないのか..... 備え付けの紙を幾重にもあわせてツカめればその場はしのぐことができるだろうか。 しかし中途半端な体制ツカもうとして手が滑って再度ぽちゃり。その水しぶきが自分 にとんでこようものなら一大事だ。 もしもだ。もしも無事回収に成功したとしよう。するとこの拾い上げた携帯電話を そのまま維持することは強烈な苦痛を伴うだろう。じゃあ洗面台で携帯電話を ゴシゴシこするのか。 そして、この「公共」の場で電話を洗うなどという常軌を逸した行為を他人が 「やりやがったな。」 と内心でほくそえむのは当然だ。それ以外に電話を石鹸つきで水洗いする理由がない。 それよりもなによりも洗う行為自体が電話の命を絶つことにもなる。 だから困っているのである。 汚いついでに多少は掃除で綺麗になったといわれているヘドロが持ち味の 大阪ミナミの道頓堀の話でもしよう。 さて、野球事でとんちんかんちん一休さんな方もおられるのだが、 「我が」阪神タイガースがまもなく本年度のセリーグの優勝を決める日がやってきた。 このお祭りごとに漏れなく付いてまわるのが、名物 道頓堀のダイブ である。 現在、この道頓堀ダイブをやめさせるべく、近所の住民や大阪市が傾向と対策を練っている らしい。危険だし、かつては死人も出ている。 マスコミも正義づらをしてダイブ警報をニュースで発令している。 しかしである。このダイブを避けることはほぼ不可能である。鉄線を張り巡らせたり、 警備員を雇ったとしてもダイブする連中は必ず出る。名物化しているのだ。 法律の抜け穴以上に容易なことである。これを止めるためには 誰かと誰かが手や足を出しあうことになるだろう。 自分はダイブを肯定するわけでも否定するわけでもない。 ただし、ダイブをするとその人にとっては致命的な数日間を送ることをまずは 考えた方がよい。 あのヘドロに覆われたどぶ川の悪臭は異常なものだ。 かつてあるバライティ番組で道頓堀ダイブ経験者を募ったところ、20名ほどが 集まった。 彼らの話によると、飛び込んでからの周囲の扱いは最悪らしい。 まず、彼らの悪臭が通行人を近寄らせない。 次に、その悪臭をとらずに電車・バスに乗ることは許されないらしい。 では高くてもタクシーと思いきや、ずぶ濡れと悪臭漂う客を運転手が乗せる わけがない。 銭湯もお断りだそうだ。 よって、どこかの飲食店でホースを借りてヘドロと臭いをとるしかないのだが、 これも至難だそうだ。 ちなみに体に染み着いた悪臭は一風呂浴びて消えるものではないらしい。 次の日以降の生活を破壊するというわけだ。 これらのことより、道頓堀ダイブは思い出だろうがなんだろうが実行者にとって なんの利益もない。だから、やめておけ。臭いだけだ。 しかしながらそれとは別に我が阪神タイガースの優勝は非常に喜ばしいことである。 よって、名物「六甲颪(おろし)」を歌うことでこの記事を締めさせてもらうと 同時に、携帯電話における屈辱をこの歌でしのぎたいと思う。 六 甲 颪 六 甲 颪 に 颯 爽 と ~♪ 蒼 天 翔 け る 日 輪 の ~♪ 青 春 の 覇 気 美 し く ~♪ 輝 く 我 が 名 ぞ 阪 神 タ イ ガ ー ス ~♪ オ ウ、オ ウ、オ ウ オ ウ 阪 神 タ イ ガ ー ス ~♪ フ レ、フ レ フ レ フ レ ~♪ * その後、携帯電話の看病の日が続く....... ★☆★☆★☆★☆★☆★☆ 話題 情報 予定 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆ 10月より日テレ系土曜夜9時にて白岩玄さん原作の 「野ブタ。をプロデュース」 がドラマ化されます。 主演...山下智久、亀梨和也 ------------------------------------------- 10月からの新ドラマフジ系列火曜夜9時「1リットルの涙」の原作はこちら ------------------------------------------- 10月8日公開映画「空中庭園」 (主演...小泉今日子)の原作本はこちら ------------------------------------------- 10月29日公開映画「春の雪」(主演...妻夫木聡 竹内結子)の原作本はこちら
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どこでどう過ごす!?




2年連続3度目である。

一度言ってみたかった。もう一度言おう。




2年連続3度目である。


これは、管理人が自宅で過去にクーラーを使用しないデータである。
つまり、ただいま2年連続NOクーラーで過ごしているのである。
よって、汗びっしょりでブログを更新しているわけであり、
読者様からは

「最近のtakam16さんのブログ、ちょっと汗臭いですね。」

とお言葉を頂戴してしまえば、否定も反論もできない。

あいすみません。


そうなると、クーラーのある場所を探し求める必要に迫られるのは、
なんともずるい一面でもある。クーラーなしで過ごすと言いながら、結局は
よそ様の冷風を拝借するという算段だ。タチが悪い。


もう済んだことを言うのもなんだが、
8月6日は広島に原爆が落とされた日として今後も語り継がれるの
であろうが、同時にこの日は

「日本経済新聞のNIKKEIプラス1」

が朝刊と同時に配達された。土曜日の日経の名物である。その一面

「暑さからの避難場所 ~ お金のかからない方法」

はどうもこのブログに馬が合う記事であった。

ランキング10位中5位までを紹介しよう。
1位 百貨店
2位 図書館
3位 書店・古書店
4位 コンビニ
5位 家電量販店


5位の気持ちはよくわかる。家電オタク、デジタルマニアは買いも
しないのに品定めをするのが得意である。
4位は経験がない。コンビニは、売れ筋のみを置く場所と化している。
つまらないが、あえて言葉を送るなら、クーラーの効き目はピカ一だ。
1位の百貨店は残念ながらあまり縁がない。デパ地下がどんな風景
だったか忘れた。

さて、2位と3位である。
3位は書店・古書店ときた。
このデータで思い出したのが、書店時代に「購入率」というやつを
調査した記憶がある。つまり来店者のうち、何名が本を買ったかという
確率である。
結果は85%。これを上層部達が

「すごい数字じゃないか!」

と誉めるのだが、それはないだろ!と心でつっこんだ。管理人は気が弱いのだ。

気にくわないのは、我が書店のお客の目的は本を買うことのみなのだ。
ちなみに我が書店はテナントビルの一部に含まれるものではない。
単体でやっている本専門のお店だ。
それでいいじゃないかと言う者は言うのだが、それは不愉快だ。
つまり、お客側としては買う本がすでに決まっており、一目散にレジへ直行して
いるのである。そこには我が店舗の陳列法や商品構成に
「つまらん。」
と烙印を押されたようなものだ。
個人的には、立ち読み・座り読みはもちろんのこと、できることなら書店を
ぜひ待ちあわせ場所にして、おしゃべりの場としてもとことん使ってもらいたい
と考えていたのだが、上層部が、

「在庫と売上は比例するぞ!」

と古い慣わしを振りかざして息巻くものだから、お給料を貰っているものとしては

「へぃ。」

と言うしかない。だから狭い店舗に本をたっぷり置き、ビッグ書店の在庫に肩を
並べようなどとしたところで、意味はない。限りがあるのだ。
85%という購入率はそういう理由で好きではないということだ。

その点、新古書店の買わない方も大歓迎というのは、それがタテマエであろうが、
気持ちのいいものだ。ハタキでパンパンされることもない。
そういえば、ハタキでパンパンする本屋に久々に遭いたいものだ。


業界低迷の中、3位に書店が入るのはいかがなものかと言うのも確かだが、
そういう商品だ。逆に順位に入らなければ、まさに死活問題だ。
1人でも多く、購入予備軍を作っておくのは当然である。

2位にはやはり図書館がきた。1位でも驚くことではないだろう。
なにしろ無料で本を借りることができるというのは、やはり魅せられる。
すると

出版社・作家 vs 図書館

という構図ができあがる。そして
書き手・作り手の権利と公共・平等が共存することは非常に
困難なことである。


「日本経済新聞のNIKKEIプラス1」
の特集は、対比として

「暑さからの避難場所 ~ お金のかかる方法」

もある。

1位 コーヒーショップ
2位 喫茶店
3位 ファーストフード店
4位 まんが喫茶・ネットカフェ
5位 ファミレス


この中で、図書館、書店とともに併設されやすいのが、
「コーヒーショップ、喫茶店」
であり、多くはないが、見かける光景である。
よその国では定番の風景のひとつだろう。

喫茶店・コーヒーショップ&書店の組み合わせは
書店側が一抹の不安を感じるらしい。飲み物による書籍の汚れ
に敏感ということだ。
しかし、飲食店と書店の組み合わせは、やはり相性が非常にいい
と思っている。喫茶店で読書をする人の姿はビジュアル的にも
うなずける。まんが喫茶にはワンドリンク制で名目上併設している
ように感じるが、やはりここで言う話ではない。

喫茶店・コーヒーショップ&図書館の組み合わせというのは、
具体的には館内としっかり区別されて適切ではないかもしれないが、
同じ喫茶店で読書という意味では抜群の相性である。
ただし、出店する喫茶店側に条件が出される。それはある程度安く
することだ。コーヒー1杯200円台前半が相場らしい。
もちろん場所代は他よりも安い。しかし、図書館に来る利用者は、
第一にお金をかけたくないことをモットーにしている。
車の駐車料金すら、おい! とちゃちゃを入れる。
よって図書館に出店したコーヒーショップや喫茶店は、採算がとれていないか、
あるいは社会奉仕でやっている。そして、いつでも閉店する準備を整えている
ようだ。さらに喫茶店があるにもかかわらず、自動販売機や冷水機が
ちゃっかり用意された時にゃ~、手も足も出ない。


それよりも、なによりも、これらの一連のお話は
秋になったら、そして冬が来たらどうなのだということだ。
それを思うと、ちょっぴりキーを打ちすぎた。


夏の疲れは夏のうちにとっておこう。
ブログにも支障をきたす。

今は宮部みゆきの「孤宿の人」をがつがつ読んでいる最中だ。
寝る前に読む本としては全くふさわしくない。
面白くて眠れない。


  
 

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ニューヨーク公共図書館

テーマ:
☆★☆管理人takam16のバーチャルなお部屋 です。 ☆★☆
 

 白い枠に赤いデザインですっかりお馴染みになった岩波新書。
運転中にロードサイド書店を見つけるとすかさずチェックをすべく
来店するも、書籍のみでの経営はやはり苦難の道とでもいいましょうか、
たいていはビデオ・DVDレンタルを兼ねた形かつ、明らかに後者に
儲けが期待されるため(*一部では顧客のVHSからDVDへの変更に店側
が追いつかず、VHSの中古販売でなんとかやりくりしている)、
書籍部門のコーナーはしばしばがっかりさせられることもあります。
こういったロードサイド書店は岩波書店の本を見つけることに非常に苦労します。
老舗である当該出版社の本は「オール買い切り」であるため、店側としては、
売れないときの不良在庫はごめんだということで敬遠しがち。
しかしある日のこと、やっと岩波書店の新書コーナーを持つロードサイド書店
に出会ったことに少し感動しながらも棚を眺めていると、

「図書館」

のタイトルに過剰反応。動物の発情期でもないのに荒い鼻息ながらも再確認。

「未来をつくる図書館」

即決即断。だらだらした店員の接客を経て、車中で最初の数ページを読みました。

どうやらニューヨークの図書館にまつわるお話。とここで、アメブロ仲間の
「たまむしの家」の管理人、たまちゃんがニューヨーク市民であることを
思い出し、
「ニューヨーク図書館へ行ってきてよ!」

とあつかましいお願いに、しかとされることを覚悟していたのですが、
本人から承諾の知らせが。ここに、本書と実際の市民であるたまちゃんの体験
の整合性や相違点等をつきあわせながらの図書館話でございます。


さて、この本の著者は菅谷明子さん。メディア・リテラシー教育や公共、地域社会
にまつわる研究やその講演をされている方で、ニューヨーク図書館に関する取材を
約5年されたものを出版したのが本書。
数ある図書館の中で、ニューヨーク公共図書館を選んだ理由として、

「時代に対応したタイムリーで革新的なサービスを市民が求める形にして次々と
打ち出している姿勢」
「世界クラスの研究図書館と地域に根ざした分館を併せ持つユニークさ」

がニューヨーク公共図書館にはあると冒頭で述べています。

さてこのニューヨーク公共図書館は単独として存在するのではなく、地域分館や
研究図書館もあわせての呼び名であり、複合体です。
その中心的存在がマンハッタンに位置するのですが、ブルックリン、クイーンズ
各地区にもその地区の名称の図書館があり、各図書館が違った特徴を醸し出し
ながらも相互に連携しあっています。

ニューヨーク公共図書館の最大の注目点は、市民による市民のための図書館です。
建造物や運営予算の大半は市民の寄付により成り立っています。
また、図書館運営はNPO法人が行っており、スタッフ数は3700人だそうです。
市民でなければ利用はできないかというと、そのようなことはなく、
市外の方も年間100ドルで貸し出しカードが作れます。

例えば寄付で造られたもの(実際は改装)のひとつが、たまちゃんの紹介記事の
4番目の荘厳な雰囲気を与える画像、「ローズ図書室」です。フレデリック・ローズ夫妻
の1500万ドル(18億円)の寄付によるもので、名前の由来は寄付者からとった
ものです。場所はマンハッタンの中心にあるニューヨーク公共図書館です。
もちろん、ニューヨークの各公共図書館は著名人の寄付が主体です。
今日これらの図書館があるのはさまざまな寄付者のおかげだそうです。


ただし、これらの寄付には並々ならない努力が必要で、NPOのスタッフが寄付を
お願いするべく、多くの資産家や富豪達と常日頃接触をし、具体的な金額の話を避け、
寄付の重要性を伝えることを前提とした活動が行われているようです。
とはいいつつも全部が全部寄付であるわけではなく、市から一定の予算も出るのですが、
やはり寄付による恩恵が図書館運営のカギであり、不景気は図書館運営にまともに打撃を
与え、開館日を減らさざるを得ないこともあるらしいのです。
資金集めの他の方法には
「友の会」、「寄付講座」があります。「友の会」の会員になることで会員費に比例する
ようによりよいサービスが受けられます。「寄付講座」は、寄付の意義というものを
伝え、市民の協力を促します。

ニューヨーク公共図書館の司書は本の紹介には留まりません。その中での注目は
・職業支援のための履歴書添削、ビジネス講座、各種案内は司書が主体となって
 行う点
です。この根底には、図書館を利用してもらうことで司書から学び得た市民が将来
ビジネスの場において社会で活躍した結果、今度はそれを寄付等により次の若い世代
のために還元するという社会循環を大切にしている点です。この社会循環は、第一線を
退いた高齢者にも活用されます。年齢に伴い社会から離れると孤独感を味わいがちな
彼らのために、例えば図書館が主催する講座やイベントの講師となってもらい、
社会の一員であることを高齢者にも認識してもらう、お年寄りから子供まで皆が一体と
なる社会の形成を補助する役割を司書は担います。
「子供まで」というのは、例えばたまちゃんもお子さんと訪れたブルックリン地区の
図書館は児童サービスが主な図書館です。

たまちゃん情報では、オンラインによる学年別「宿題ヘルプサービス」を司書が行って
いる点に魅力。本書では、自習室に宿題ヘルプのためのスタッフを置き、子供達に
合いの手を差し伸べているとのことです。
学校と図書館の関係も密接で、
学校の先生の指導カリキュラムの作成や相談を司書が主体となって行っているとの噂は
たまちゃんの取材によると事実とのこと。教育面においても図書館が大きな役割を
果たしています。

ニューヨーク公共図書館は、情報リテラシーの重要性をスタッフ全員が共通して
持っており、これに関する講座はもちろんあり、視野を広げてアメリカという見方を
すると、95%の公共図書館はネット端末を無料で提供しています。
ちなみにたまちゃん情報では、42丁目図書館の裏の公園にて、野外映画鑑賞や、
野外での各自PCを持ち込んでネットを楽しむ姿に本人は、ブルブル震えたとのこと。


このように、市民であるたまちゃんも刺激的な体験だったというニューヨーク公共図書館。
自分達が情報の発信源として市民とさまざまな分野で関わっていこうとしているのが
ニューヨーク公共図書館の姿です。

市民参加型で主体が市民であるこの図書館に学ぶべき点が多い日本の図書館。
利用者・職員双方が受身であり、お互いに見えない線引きがされていると
感じるのは、どちらに理由があるのかはわかりませんが、その見えない線は
非常に太い線であると感じます。

浦安図書館などはその意味では注目されている図書館のひとつですが、
近所の図書館は残念ながら、図書館はあくまでも図書館ということで他分野との
連携にはまだまだ乏しく、生涯学習センターも建物として独立しています。
司書も図書以外では良い返事を得ることはできません。
逆に、小さな市町村の図書館には市民一体型として、施設面での合体は見られるものの、
司書が求められる役割は図書のみでそれ以外の知識はまだまだのようです。

著者である菅谷明子さんは、本書のみならず、雑誌記事や論文等でも図書館の未来や
情報リテラシーについて、多くを述べています。ぜひご参考ください。


日本では、残念ながら寄付という精神はなかなか根付かないようです。
貯金・貯蓄の習慣に、国家財政の危機による国民の不信感の昨今、
日本の法人の寄付は5912億円。これはアメリカの3分の1だそうです。
一方、個人の寄付は日本が2189億円。アメリカの100分の1です。
(岩崎慶市の経済独言、サンケイ新聞より)

さらに先日の募金活動を謳って集めた資金を不正に取り扱った団体の事件が寄付への
消極的な姿勢を助長します。

ニューヨークの図書館運営を日本の寄付精神の話と結びつけるのは強引ではありますが、
市民が積極的に参加することで成り立つこのような図書館の有り様を知ることで、
ふと、寄付について頭がよぎった今日の記事でした。




画像付き、たまちゃんのニューヨーク図書館潜入ルポ
   6月9日記事「NYの図書館に潜入」
を参照

The New York Public Library のサイト


著者: 菅谷 明子
タイトル: 未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―
 


 昨今、図書館の利用に注目が集まりつつあります。
本を読み、または借りるだけの場所から、
音楽CDやビデオの視聴や貸し出し、絵画の貸し出し、
さらには貸出し業務の自動化、自宅のインターネットを
使っての貸出し状況の把握や予約など、便利になりつつある
図書館。しかしながら、我々利用者は図書館の奥深い利用方法
に残念ながら疎いのが現状です。同時にその利用方法を教わる機会
に恵まれませんでした。
図書館は、利用者の使い方次第で、大変な威力を発揮します。
レファレンスサービスなどの利用は、ひとつの例です。
利用者の質問のレベルに応じ、図書館員は最大限の努力に答えようと
してくれます。それは彼らの腕の見せ所です。



日本全国並びに世界にはさまざまな図書館が存在します。
市民図書館、都道府県図書館、国会図書館、専門図書館、学校図書館.....

1市民の感覚では図書館は市民図書館がベースです。しかし、自分の知らない
ところでは、想像のできないサービスが行われていたりもします。
そのような情報・サービス・意見・不満などを書き込むのが

★★★はい!こちら図書館情報局★★★

です。みんなで図書館の情報を共有しましょう。
さまざまな図書館ネタをお待ちしております。


コメント例) 

・今年から○○○図書館、祝日も開館することになってうれし~!

・○○○大学図書館が一般市民にも開放されるようになったらしいよ。

・○○○図書館の催し物、けっこう面白いわぁ。

・○○○図書館、なんか接客対応悪いねんけど、もっとちゃんとしてほしい。

・なんで1ヶ月も図書整理期間なん!!

などなど


 
  
 


 さて、図書館であります。
この偉大な空間で、これから先、

「二極化」

が始まろうとしています。

この「二極化」、
皆様愛用の図書館において、これからの数十年でいっきに
押し寄せる勢いです。その原因を作りそうなものの1つとして、
最近ちらほらと耳にするようになった

「図書館の本の予約が自宅のインターネットでできる!!」

ことに対する二極化です。その対象は

若者と中高年で、その境界線はパソコンの有無です。

パソコン操作、そしてインターネットの中心は若者です。
よって、インターネット予約ができるのは自ずと若者が中心です。
その予約が図書館に行かずとも自宅でできてしまうのは確かに
便利ではあるけれど、
果たしてパソコンに不慣れな中高年にとって、どれほどのメリット
があるのか、いや、むしろデメリットだらけだと思うのです。

いままでは来館、そして予約カードに書名を記入、それを図書館員
に提出し、彼らからの電話を待つというのが従来型でした。

それが、図書館内の検索画面からの予約が可能になり、
待ちに待ったというか、遂に現状における最終兵器を出してきたか
というのが正しい表現なのかは定かではありませんが、

「図書館の本の予約が自宅のインターネットでできる!!」

までになりました。

じゃあ、例えばパソコンができる管理人はこんなことをしちゃうよ
という風になります。

各出版社のサイトなどで情報を仕入れ、仮に文学賞受賞作品を知った
とします。いや、受賞候補作を知ったとします。候補作が5作品
あったとすれば、その5作品に対して

「インターネットで5作品すべて予約してしまおう!」

と考えます。邪まですが、考えます。
ちなみに我が街の図書館は最高20冊まで予約が可能です。
これからはそのように予約をして、必要がなくなれば予約取り消し
をすればいいとも考えます。
一方、中高年は情報格差が災いし、パソコンユーザーの遅れをとります。
情報をようやく知ったお年寄りはわざわざ図書館に足を運び、
通常の予約手続きをとろうとすると、予約数3ケタなどということが
起きるのです。いままで以上に。
そして3ケタの多くははパソコンユーザーが占めます。

図書の複本問題というものがあります。
1館が同じ図書を何冊も購入する行為です。
どの本を何冊入れるかというのは著者の認知度や本の話題性など
が左右されるそうです。図書の予約数などは将来の図書購入の
重要な参考データになります。しかしながら、上述のごとく

「とりあえず予約」

という利用者の安易な予約乱発は非常に気がかりです。


例えば、ある本を自宅のインターネットを使って探していたところ、
当該本が街の図書館にありました。予約待ちはなさそうです。
すると、他の人に希望の本を借りられないように

「じゃあインターネットで予約をして、取り置きをしてもらおう!」

と考えます。誰でもそう考えます。図書館カウンターの棚は、常に
予約のための取り置きでいっぱいです。
一方のお年寄りは、わざわざ図書館に足を運んだあげく、借りたい本を
インターネットユーザーに占領され、閲覧すらできない状態となります。

いやいや、お年寄りは我々と違い、働いていないのだから、
来館機会に恵まれているじゃないか。
それでも説得力に欠ける。若者は休みの日に来れるじゃないか。
やはり公平ではありません。


パソコンの使い手の上手下手はさほど影響を及ぼさないものの、
パソコンに無知な方と比べた時の圧倒的な彼らの不利をどこで
補うのかは、これから大変注目すべき点です。

予約規制を行うのか、来館者に有利なルールを考えるのか、
予約取り消しになんらかの罰則をつけるのか。

新しい試みをすると、古い方法に慣れた人は、なかなかそれを
受け入れようとはしません。それはどのような世界においても
存在します。歴史を振り返っても同じです。悩みどころです。

自宅のインターネット予約ができる図書館などはまだまだごくわずかです。
しかし、まもなく急激な変化が訪れます。これより市町村の合併などを
経てパワーアップする可能性のある各都市の図書館。最先端の技術を
取り入れた図書館に並ぼうと同じような図書館が生まれます。


情報格差は避けられません。そして
このような情報格差を埋めるためにも、図書館側は積極的に
利用法をレクチャーしなければなりません。

OPACの検索機に不慣れな方は多くいます。
普及の初期段階である自動貸出機などはさっぱりわからないでしょう。
館内でインターネットによる図書の予約方法を理解するのは至難です。

これらを習得したとしても、図書館の利用法は無限大です。
特にレファレンスからは驚くようなおいしい情報を手に入れることも
可能です。
地名からそれにふさわしい小説を紹介してくれたり、
時代背景や登場人物からもおいしい物語にありつけます。
企業や文化の手っ取り早い情報は書籍紹介のみならず、
Webサイトまで紹介してくれます。
図書館司書はそのような情報網をかなり集積しています。

また、著作権にまつわる講義は図書館こそができる業務です。
本と常日頃接している図書館員にとって著作権への理解は必須です。
これらの講義は図書館の多目的室なり、生涯学習センターなりで
提供が可能です。

「図書館利用講義」
「レファレンス講義」
「情報リテラシー講義」
「著作権講義」

受けますよ、僕は。


生活に図書館がなくても我々は生きていけます。
しかし各国の図書館においては、図書館を起点とした生涯学習はもちろん、
図書館がきっかけで新たなビジネスの芽が生まれるなどという例が見られます。
高齢者へのサービスが図書館施設に備わっています。
医療サービスもあります。
図書館での調査・研究を通じて、司書からのビジネス支援を受けたある
利用者が、将来独立、起業し、それを図書館に還元するという形もあります。
専門図書館も数多くあります。


循環型社会はリデュース、リユース、リサイクルなどの環境方面で有名ですが、
知的レベルにおいても循環型社会は可能です。


学生時代の図書館での研究・調査(←レファレンス利用、支援)
  ↓
社会人として自立・活躍
  ↓
起業・独立で資産・名誉を得る
  ↓
図書館に寄贈、寄付、知的レベルの還元、市民講座の講師
  ↓
生徒がノウハウを学ぶ、図書館での調査・研究(←レファレンス利用、支援)



これからの図書館の数十年間は、まさに新たな息吹が誕生する数十年です。



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第18回三島由紀夫賞受賞作品

・「六○○○度の愛」  鹿島田真希さん   (「新潮」2004年2月号収録)


第18回 山本周五郎賞受賞作品2作

・ 「君たちに明日はない」
  垣根涼介さん

・ 「明日の記憶」
  荻原浩さん 


に決定いたしました。おめでとうございます。

  


関西地方も春の穏やかな季節でございます。
今日は遅ればせながら冬物の衣類を整理整頓し、
部屋の模様替えと大掃除でドタバタしている管理人であります。



「図書館で借りた本は返却期限内にしっかり返そう。」

と誰の頼みもなく勝手に正義づらをしているtakam16。
これは前々回の記事に述べたとおり、
図書館側から延滞者に向けられる返却通知のハガキ代や電話代が
しゃれにならない額になっているということを知っての訴えかけ
なのでありますが、延滞者の処置・罰則については、現状では
「貸出停止処分」
が精一杯のようであります。
大学図書館などでは、延滞者の掲示板貼りだしという荒技がありますが、
学内利用者にとっては身内での話だからよいものの、学外利用者が
貼り出されてはこっ恥ずかしい限り。
実際は電話による返却要請という形をとるようです。
大学図書館利用の際には学外の方はご注意ください。

さて、図書館をおもう存分利用するならば、図書・CDを借りたり、
AVブースで名作映画を見たりと、その楽しみは増える一方なのですが、
その一方で、次のような話を小耳にはさんだのでご紹介します。

レファレンス・サービス利用経験 30%

レファレンス・サービスというのは、簡単に申し上げますと
図書館、主に中央図書館などで貸出し返却カウンターとは別に設けられた

「調査・相談コーナー」

のこと。これを利用したことがある人が30%しかいないのはなんとも
もったいないじゃないか!!
というのが本日の「お題」であります。

なお、この「お題」と併用する形で、
井上 真琴著 「図書館に訊け!」 

の文中の引用を用いながらお話をいたします。

著者曰く、「図書館初級読本」でありますが、最初に以下のようなことを述べています。


図書館の怖いところは、利用者の感心やレベルに応じて、その相貌と機能をかえる
ところにある。このため、自分は十分利用できていると自認していても、知らず知らず
のうちに稚拙な利用法で終わっていたりする。自分が成長しない限り、相手も変わっては
くれないのだ。    


つまり、利用者は図書館を最大限活用できていないことを冒頭に著者は述べています。
そのことを前提に本書は利用の仕方、特に大学図書館における利用法について述べ、
主にレファレンスに重点をおいているのですが、それは大学図書館のみならず、
公共図書館においても可能です。公共図書館でもレファレンスの重要性は以前から
言われており、昨今においては「自動貸出機」の設置による功の部分、つまり、人員を
貸出し業務以外の仕事に配置させることができ、その1つが
レファレンス・サービスというわけです。

ではレファレンス・サービスを僕が実際に利用した時のことををご紹介します。

例えば以前、浅田次郎著 「蒼穹の昴」を読み、自ブログにおいても感想記事を発信したの
ですが、読後感が個人的にすこぶるよろしかったということで、休みを利用して本の返却
ついでにレファレンスを利用しました。
こちらからの注文は以下の3点です。

① 「蒼穹の昴」を書いたきっかけや著者のインタビュー記事、他人の書評があるか。
② 「蒼穹の昴」の時代背景を描いた他の作家の作品はあるか。
③  ①②をふまえた上で比較・検討すると同時に、清国(中国)における文学が
   どのようなものかを知りたい

3点とも正直言うと非常に困難な注文です。しかし、この3つの質問をする以前に家に
インターネットができる環境を持つのであれば事前に調べておくことも大切です。
そのイロハイ) Webcat Plusで検索する

あるキーワードを入力すると、1000万近くの書籍・雑誌・文献の中から紹介して
くれる最大級の活字検索機で、国立情報学研究所によるものです。ただし、連想検索の場合、
絞込み検索ができないという難点がありますが、時として「宝物」に遭遇します。


ロ) 国立国会図書館蔵書検索システムで検索する

国会図書館は国内で発行されたあらゆる出版物を所蔵することを法により定めています。
官報や企業の社史なども検索できます。
雑誌記事索引による検索により、おもわぬ発見もあります。


ハ)アマゾン検索機で検索する

最も利用頻度の高い検索機ではないかと思います。ただし、雑誌記事や商業出版物で
ないものについては網羅していません。


この3つを調べても目的にたどり着けなかった場合に、最後の切り札「レファレンス・サービス」
の活用です。

最大のポイントは、
質問内容に応じて、最大限応える努力をしてくれる点です。

本の場所を尋ねれば、その場所を知らせてくれます。
トイレの場所を尋ねれば、その場所を教えてくれます。
そして、
先述のの3つの質問をすれば、その3つの質問に応えようと懸命になってくれます。
両者はまさにイコールの関係です。
質問が難題であればあるほど、彼らは「本当の力」を発揮するのです。


① 「蒼穹の昴」を書いたきっかけや著者のインタビュー記事、他人の書評があるか。
② 「蒼穹の昴」の時代背景を描いた他の作家の作品はあるか。
③  ①②をふまえた上で比較・検討すると同時に、清国(中国)における文学が
   どのようなものかを知りたい

「蒼穹の昴」は1996年に単行本が発売され、2004年に文庫化されました。
当時のインタビュー記事や書評など見つかるのかとたかをくくっていた自分が
あさはかでした。
1996年に4つ、2004年に5つもの資料を探し出してくれました。
これにはビックリ。惚れたぜ!!

「蒼穹の昴」の時代背景は清朝末期です。そこには多くの著名な人物を物語に登場
させているのですが、紹介してくれた索引は
「歴史・時代小説 登場人物索引 単行本篇・アンソロジー篇」

登場人物をその索引から調べると、他の作品にたどりつけるという掘り出し物。
これにも驚愕。愛してるぜ!!

最後は清文学についてでした。すると、書庫からボロボロになった索引モノと中国文学
を持ち出し、清文学の代表的作品
「世界文学全集3 紅楼夢」
を読むことを勧めていただきました。
これにはたまらず、 ○○○○がちびったぜ!!

これらの業務に費やした時間は50分ぐらいでした。
図書館の奥の深さと、探索能力、一生懸命さに
心の奥で涙したぜ!!

これらの情報収集により、改めて「蒼穹の昴」を読んでいます。今度は
著者自身のこの本に対する思いを理解しながらの読書。
マジで楽しいぜ!!


ただし、あくまでも図書館内の規模が備わっていなければ、いいレファレンス業務が
できないことも確かです。実際、別の小さな図書館ではよい回答は得られませんでした。
図書館員の実力というよりは、蔵書がないと探索にも限界があるということなのでしょう。
だったら、国会図書館やWebcatを使って、他館を紹介ならびに取り寄せしてくれ
と心の中で思うのですが、それもこちらから歩みよらなければ図書館員は奥の手を
出してこないあたりは、

質問内容に応じて、最大限応える努力をしてくれる点

はこのことを意味しています。もちろん
井上 真琴著 「図書館に訊け!」でもこれらについては触れています。図書館も借りるだけじゃつまらない。
使えるものはどんどん使おう。
特にレファレンス・サービスはしびれるぜ!!  

さて、図書館ネタということで、ブログを1つ紹介。    
「見習司書の読書日記(たぶん)」
という図書館にお勤めの方のブログ。タイトルは読書日記とありますが、時々
図書館業務の裏話や図書館利用者の目線に降りての図書館講義が妙に親近感を誘います。
図書館の資料分類で使われるNDC(日本十進分類法)の講義はよかった。うん。
どうやら僕と同じ都道府県の某図書館にいるとのことなので、ひょっとしたら
図書館カウンターにおいて知らず知らずのうちに膝をつきあわせていたり、(ないかな)
ニアミスの可能性もあるということで、ただいまtakam16は鋭利捜査中ってな
わけで、管理人さんはビクビクしているとのこと。
大丈夫! takam16は温厚なのさっ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

第36回大宅壮一ノンフィクション賞稲泉 連 著 「ぼくもいくさに征くのだけれど」
高木 徹著 「大仏破壊」
に決定いたしました。おめでとうございます。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

4月20日に松本清張賞の受賞作品が発表されます。
前回は、山本兼一さんの 「火天の城」でした。この作品は、先ごろの直木賞の
最終候補作にも選ばれました。   





             

新型登場!?   

テーマ:
 


さて、前回の記事では

図書館は延滞金を導入せよ!!

と鼻をふくらませながら豪語したtakam16ではあります。
もちろん書籍8冊とCD2冊もしっかりと返却し、またちゃっかりと
書籍を8冊CD1枚を拝借しています。
これ以上の延滞は注意しようと心に決めたのですが、やはりなんらかの
罰則は設けないと、遅れグセというものは直らないもの。
図書館関係者の読者様からもしっかりとお叱りのお言葉を頂戴したと
いうことで反省するも、やはり

公共図書館でも延滞金を!!

と、お口はすっぱい管理人。図書館法でお金を取らないルールがあるのなら、
そんなルールなんかやめちまえぇぇぇぇ。

図書館員をこれ以上困らせるのはもうやめよう.....


というわけでお天気のすこぶるよい日に久々に我が街の図書館を訪れたので
すが、4月になって心機一転したのは人間だけじゃなく、図書館もそうだった、
というお話であります。


図書館に入館して右側を見ると、あいも変わらず、「リサイクル図書コーナー」に
群がる庶民達。takam16も一緒になって群がってしまったよ。
ハ イ エ ナ ~。
今回は雑誌のバックナンバーばかり。ちっ、来るのが遅かったわい。

まあ、それは3月となにも変わらない風景なのですが、
盗難防止装置を通過して、真っ先に視界に飛び込んできたものがありました。


「 じ ど う か し だ し き 」

なんだ? 新型か? もう一度

「 自 動 貸 出 機 」

遂に出たよ、おい。噂は耳にしてはいたが、ま、まさか我が街の図書館が導入するとは.....

5分ほど意識が朦朧となりながらも(?)、お目当ての「エサ」にありつくtakam16。
先述した、書籍8冊とCD1枚(ロッド・スチュワートを借りました)を手にして向かった
先はもちろん、例の「自動貸出機」。この緊張って瞬間!!気持ちいい。


この新型マシーン「自動貸出機」。既に導入されているところもあり、
海外ではより進んでおり、国内においても学生の方なら
大学図書館などではいくつかは導入済み。国会図書館などもコピーの申し込みや資料請求は
コンピュータで行います。
公共図書館に関しては日本に相対的に図書館の数が少ないことを解決するのが先
ではありますが、今回はマシーンの話ですので割愛するとして、いくつかでは導入されています。

導入先としては書籍としても紹介された浦安市立図書館、調布市立図書館、茨城県立図書館......
そして我が図書館。

「自動貸出機」の登場により、図書館員は貸出しに関しては現在こそ人とマシーンの併用が
できるものの、次第に図書館員の貸出し業務はなくなり、または著しく減ることで、
人員を削減することができ、効率という点においては納得。人員を削減しなかったとしても、
余った図書館員をレファレンスコーナーに配置させることができ、あるいは館内をより隈なく
まわり、きめ細かいサービスを提供することも可能です。乱れた図書資料の整理や返却棚の整理
に時間をかけることもできます。

一方で、導入してまもないことが理由なのかはわかりませんが、しばらく「自動貸出機」が
視界に入る座席に腰を下ろしていたのですが、約1時間、誰も3台設置された「自動貸出機」
を使用せず、利用者が貸し出しを、図書館員のいるカウンターを通していたことは少々気になりました。

既存勢力 vs 新規参入

といった近頃の構図と比較してしまうのですが、新規参入にはまだまだ入り込む余地はないように
感じました。これらもガソリンスタンドのセルフと同じく
慣れなのでしょうが、セルフスタンドの場合は値段が安いという利点がある一方で、
「自動貸出機」は少し時間がかかる感は否めませんでした。

誰も使ってくれないので、よいお手本がないなぁと思いつつ、いざ挑戦。
すると、美女らしき声でコンピュータからアナウンスが。

美女 「利用カードをバーコードを表に向けて置いてください。」

美女 「バーコードを表へ向けて1冊ずつ所定の位置に置いてください。」

美女 「ご利用、ありがとうございました。」


美女は少々余計なのですが、要は

「アナウンスと画面のパネルを使って自分で貸出し手続きをする。」
というわけであります。

ただし、いまのところ不人気であることは確かなわけで、好奇心旺盛な子供達が訪れる
土日にどれだけ受け入れられるかでしょう。
お年寄りには残念ながら、既存の方法がお好みだと思いました。

そして先述した
「図書館員をレファレンスコーナーに配置」

のレファレンスの件について、次回お話いたします。




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第36回大宅壮一ノンフィクション賞稲泉 連 著 「ぼくもいくさに征くのだけれど」
高木 徹著 「大仏破壊」
に決定いたしました。おめでとうございます。


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4月20日に松本清張賞の受賞作品が発表されます。
前回は、山本兼一さんの 「火天の城」でした。この作品は、先ごろの直木賞の
最終候補作にも選ばれました。