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takam16の本の棚
です。バーチャルですが......

思うところがあって
「本と本屋と図書館に魅せられて」は、
一時更新をストップしたいと思います。
読者の皆様にはご迷惑をおかけしますが、
ご理解いただければと存じます。
再び戻ってくる時期があるかとは思いますが、
その時はまたよろしくお願いいたします。


管理人 takam16
 
 
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takam16の本の棚
です。バーチャルですが......



・伊坂幸太郎    「死神の精度」      (文藝春秋)  2回ぶり4度目の候補 

・荻原浩        「あの日にドライブ」   (光文社)   初候補 

・恩田陸        「蒲公英草紙」      (集英社)   2回連続2度目の候補 

・恒川光太郎    「夜 市」        (角川書店)  初候補 

・東野圭吾      「容疑者Xの献身」    (文藝春秋)  3回ぶり6度目の候補 

・姫野カオルコ  「ハルカ・エイティ」   (文藝春秋)  4回ぶり3度目の候補



● 早かった候補作の発表

例年、候補作の発表時期は最終選考会の約1週間前である。ところが今回は1月17日の
最終選考会より約2週間早い1月4日。正月気分が抜けきらぬままの候補作発表で
鼻息を荒くしたが、一方で選考会まで間が開き過ぎると盛り上がるタイミングを失って
しまう。takam16としてはすっかり頭がクールダウンしてしまった。

この狙いは出版界の事情もあろう。候補作にノミネートされることで、当該作品がどんな
顔ぶれかを我々読み手側が確認することができる。実際、書店でのこれらの問い合わせも
多く寄せられると聞いた。
時間を与えることで自分のように調子が狂う場合もあるが、結果的にはなにが受賞するか
という読み手側での会話のネタとして一役を担ったといえるだろう。

問題は、この時間の空白が果たして業界の売上にしっかりと反映されるかどうかである。
書店の問題は流通だ。本来であれば書店側は候補作情報を事前に入手してひそかに在庫を揃え、
発表日の1月4日に候補作品を陳列したいのだ。ところが候補作の名目上の発表は1月4日
(1月5日新聞紙上で掲載)にもかかわらず、
実際には12月の中旬までに候補者は決定している。
業界では売上促進のためにもそれらの情報が知れ渡っている必要があってもいいのだが、
そうすると情報漏えいのリスクも考慮せねばならない。
よって秘密裏に事は進められるのが現状だ。

候補作情報を事前に知るためにはなんらかの仕事上の人間関係を構築せねばならないだろう。
しかし、1月5日に書店をいくつか巡ったが、一部の大手書店を除くほとんどは6作品の在庫は
まったくないか、あるとしても微々たるものだった。
出版社と書店との連携はあいかわらずさっぱりであり、それに重ねて書籍の売上が毎年下降して
いるのだからまったくお話にならない。さらには年間1000店もの閉店・廃業.....

結局多くの書店側は候補作発表後に出版社に注文するという方法になるものの、
流通に非常に時間がかかる業界なために注文品が入荷した頃にはすでに直木賞発表という有様だ。
そんなムダは嫌だというわけで、書店は直木賞候補作の話題の蚊帳の外に置かれてしまう。
ならば直木賞など無視して別の本を売ればいいのだが、なかなかその手段を講ずることができない
というジレンマが見え隠れする。そのような書店がそこら中に存在する。
これも金太郎飴書店の悪例の1つだ。
売れるものを売るよりも、売りたいものを売れ。前者の書店はだいたいがつまらない。



● 読み手は買わずに借りにいく

たとえ2週間の期間を設けたとしても、読み手が「買い」に走るかといえばそうではない。
いまは読み手が「借り」に走る時代で、それは小説にやたらと集中する。
例えば東野圭吾氏の「容疑者Xの献身」について
発表前の昨年12月27日と発表後の1月12日での予約数の変化を調べたところ

横浜市立図書館   928冊  → 1027冊
さいたま市図書館  543冊  →  618冊

これほどの予約があるにもかかわらずさらに予約が入っている。
1027番目の予約者はいったい何年後に読むことができるのかに興味は及ぶが、
直木賞以前に小説は買うまでもないという読み手の姿勢がはっきりわかる。
姫野カオルコ氏の「ハルカ・エイティ」の場合は

横浜市立図書館   119冊  → 127冊
さいたま市図書館   46冊  →  58冊

東野氏の作品と比べて認知度は低いが、これもけっこうな予約数だ。
数字を見て予約をあきらめた方が多いと見るが、
ちまたでささやかれている文学や物語の衰退を庶民の眼でみたわかりやすい
数字のひとつが図書館の予約件数チェックである。
受賞作が実際に決まった時の予約数の変化に注目だ。


● 自分の予想と照らし合わせれば.....

文藝春秋の3作品のうち、
伊坂幸太郎「死神の精度」、姫野カオルコ「ハルカ・エイティ」は予想通りであった。
文藝春秋は3作品が入ると豪語していたが、その3つめは東野圭吾「容疑者Xの献身」。
事前の予想では選考委員の時代小説への憂えに応える形で、城野隆「一枚摺屋」を
3番手に加え、容疑者Xは補欠の1番手とした。彼が過去の作品において選考委員に
作品の欠点を指摘され、嫌われたからだ。強く押せなかったのはその点であった。

他出版社からでは
集英社より恩田陸「蒲公英草紙」は予想どおりだったが、荻原浩が光文社から選出される
というのはまったくの予想外であった。光文社からの候補作品など近年お目にかかって
いないからだ。
てっきり集英社より「さよならバースディ」で選ばれると決め付けていた。
さらになによりもまったく眼中になかったのが、恒川光太郎 「夜市」だ。
takam16、不覚にもノーマークだった。角川書店は近年連続して直木賞候補作を
出しており、いろいろ予想したのだが、一押しの作品が見当たらなかった。
特に日本ホラー小説大賞作の恒川光太郎 「夜市」、これは彼のデビュー作。
デビュー作が選ばれる例に前回の三崎亜記「となり町戦争」があったが、それを考慮に
入れても本書は消した。他のブログでは彼の選出予想の記事も見られたが、
高をくくっていた。完全にしくじってしまったとしかいいようがない。
初選出作品を予想・推理するにはまだまだ修行が足りないらしい。
また、新潮社からの受賞作品がてっきりあると考えていた。
文春のライバルとは言われながらも、ノミネートにはよく挙がる出版社だからだ。
残念である。



● 読みもしないのにとは言うけれど

「読みもしないのに直木賞....」などと強気に出ているが、実のところ、目を通している。
ちゃっかり読んでいることは告白しておこう。
あらかじめ選出作予想にあわせて、本を買い、あるいは借りていた。
先にも述べたが選ばれた6作品中読んでいないのは恒川光太郎 「夜市」だけだ。
なぜなら先に言ったようにノーマークだったからだ。


● では推理に入る

確かに他の5作品は読んだ。うち2作品は記事のUPをした。
しかし、この直木賞の推理に内容や構成や笑いや涙などの感情移入は不要である。
あくまでも確率や傾向と対策が優先され、中身の話は二の次としよう。


直木賞は文藝春秋社がバックにつく賞レースだ。
そして、自社の売上に直結させることが彼らにとってのノルマである。
6作品中3作品が文藝春秋社からの選出だ。
特にここ数年、文藝春秋社選出枠の多さは目立ち、現在4回連続3作品が選ばれている。
そして実際に受賞するのも文藝春秋社が現在3回連続受賞している。

過去10年で文芸春秋社が受賞した確率 50%
過去 5年で文芸春秋社が受賞した確率 80%

近年、自社の贔屓がヒドすぎる。かつてはもっと他社にも開放的だった。
文藝春秋社の売上貢献とはいえ、あまりにも顕著すぎる数字は逆にいろんな疑いを持って
しまう。例えば企業の業績の問題とか.....


恒川光太郎  「夜市」 (角川書店)

すこぶる評判のよい作品だと聞く。ただし、デビュー作でいきなりの直木賞候補だ。
123回の金城一紀「GO」も確かにデビュー同然だ。ただし、著者は別の名前で
商業出版していた経験を持つ。
また、角川書店で初選出かついきなりの直木賞ということになると、
97回の山田詠美「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」まで遡らねばならず、
著書は決してデビュー作ではない。
唯一気になるのは、「夜市」に賞を与えた日本ホラー小説大賞
の選考委員に直木賞選考委員の林真理子がいることだ。
ちなみに彼女はこの作品を絶賛している。
他の選考委員に吹き込む可能性もなきにしもあらずだが、林真理子に他の聞き分けのない
選考委員を説得する存在感はまだ示すことはできないだろう。
ただし、本書のレベルは相当高いと読んだ人の多くが言っていることは確かだ。
しかし今回は見送り。次回作に期待したい。


荻原浩    「あの日にドライブ」   (光文社)

著者は直前の山本周五郎賞を「明日への記憶」で受賞した。山本賞と直木賞はライバル
関係にある賞であり、両賞の候補者の多くはカブっている。
今回、山本賞というチャンピョンベルトを巻いて、別作品で直木賞候補となった著者だが、
この場合、あるパターンが存在する。

山本賞を受賞した作家が直木賞候補にはじめて選ばれた場合、1度目は見送るパターンだ。

直木賞側としては歴史・伝統の面において山本賞を格下扱いにしたい。
本来は同レベルの賞であるにもかかわらずだ。よって、一度は直木賞は著者に試練
を与えるだろう。
今回は見送りだ。


伊坂幸太郎    「死神の精度」    (文藝春秋)

文藝春秋の1番手、近年の流れから今回の直木賞に最も近い作家の1人である著者。
4度目にして初の文藝春秋社からのノミネートだ。獲るべくして選ばれたという予想屋もいる。
しかし、ここは少し慎重になろう。
文藝春秋社の理想は、あくまでも初選出が文藝春秋社であるならば、喜んで自社から
直木賞作家を出そうという姿勢である。
つまり、初選出の出版社がその後の直木賞受賞出版社を左右するのだ。
伊坂幸太郎の初選出出版社といえば、新潮社の「重力ピエロ」だ。
最近20年間で新潮社初選出作家の文藝春秋作品受賞例は111回の海老沢泰久氏のみである。
しかも彼の場合、直前の山本賞で当該作品が受賞を逃したことに対する怒りの受賞だ。


* 新潮社主催の山本賞にノミネートされた海老沢泰久の「帰郷」は文藝春秋社の作品だった。
 それはおかしいと文藝春秋主催の直木賞は自社作品の「帰郷」を直木賞にした.....
 と予想している


また、直木賞はなぜか作家の作家歴のようなものにこだわる傾向がある。
他の2人、東野圭吾、姫野カオルコと比べると彼の歴史はまだ浅い。
以上より、今回は見送り。



東野圭吾      「容疑者Xの献身」    (文藝春秋)

ならばこちらの文藝春秋作品はどうだろう。
正直小説分野においては久々に現在店頭でこれでもかとばかり山積みされ、
そして売れている。別の賞や雑誌の投票などでも1位に輝いている。
さらに著者の初選出は文藝春秋社だ。ここが伊坂幸太郎と比べて有利な点だ。
そして作家の実績を案外考慮に入れる直木賞の傾向を考えれば、
ここは無難に彼が受賞!! 
といきたいところだが、少し思案したい。

過去20年間に限定すると、22%、
過去10年間では     0%
過去5年間でも      0%

この数字は文藝春秋社から2度候補作になったにもかかわらず受賞できなかった
作家の直木賞受賞率だ。

古くは商業出版前の雑誌連載の段階で直木賞候補となることが多々あった。
それも含めての文藝春秋作品ということで何度も落ち続けてようやく受賞するという
例はしばしばあったが、時代はもう変わった。
雑誌連載作品が候補作になることは限りなくゼロに近い。
よって、近年に絞って数字をチェックすると、東野氏はここで受賞すると
いままで調査したデータにズレが生まれてしまう。
しかも以前よりこの件についてはさんざんブログでほざいてきた。
なのに東野氏は実績があって受賞にふさわしい....
などいえるわけがないじゃないか。
と少し感情が入ってしまったtakam16であるが、
ここはデータにより、今回は見送る。



姫野カオルコ  「ハルカ・エイティ」   (文藝春秋)

文藝春秋社からの選出で最も条件が揃っているのは本作品の著者である。

117回 文藝春秋 「受難」        落選
130回 角川書店 「ツ・イ・ラ・ク」   落選
134回 文藝春秋 「ハルカ・エイティ」  ?

だれでもいつかは2度目の文藝春秋作品候補作にノミネートされるチャンスが
訪れる。前出の東野圭吾も以下のとおりだ。

120回 文藝春秋 「秘密」  落選
122回 集英社  「白夜行」 落選
125回 文藝春秋 「片想い」 落選

125回の2度目の文春選出はチャンスだった。しかし、この時、同じパターンの
作家がもうひとりいた。

藤田宜永
114回 文藝春秋 「巴里からの遺言」 落選
117回 講談社  「樹下の想い」   落選
125回 文藝春秋 「愛の領分」    受賞


馳星周が122回に同じパターンで受賞を逃した時、受賞したのは

なかにし礼
119回 文藝春秋 「兄弟」      落選
122回 文藝春秋 「長崎ぶらぶら節」 受賞

黒川博行が121回に同じパターンで受賞を逃した時、受賞したのは
 佐藤賢一  「王妃の離婚」 集英社
 桐野夏生  「柔らかな頬」 講談社


これは推理だ。黒川氏のように姫野氏が受賞を逃す場合もあるかもしれない。
しかし、逃した場合には他の出版社からの受賞を考慮する必要がある。
しかしながら今回、他の出版社から選ばれる要素を見出すに適当なデータが見当たらない。




恩田陸        「蒲公英草紙」      (集英社)

連続入選に好感が持てそうだが、連続入選が受賞に直結する例はいずれかに
文藝春秋社作品が含まれている場合であり、また恩田氏の候補歴は

133回 角川書店 「ユージニア」
134回 集英社  「蒲公英草紙」

であるが、初選出が角川書店の場合、のちの受賞率はゼロである。
データはいつかは更新され、例外が生まれるものだが、
姫野カオルコの揃いすぎるデータの前では彼女の描く不思議な世界も無力といわざる
をえない。
ただし、実は今回の直木賞は2作受賞の予感がする。
あまりにも文藝春秋に賞を与えすぎており、少し歯止めをかける必要があろう。
よって、他出版社からという選択では
最も受賞に近いのをあえて探すならば消去法により、本作品ではないだろうか。
確かに角川書店からの初入選作家に直木賞は冷たい。しかし一方で
連続入選において、いずれも他出版社の場合でも30%は受賞の確率があるのだ。


このようなデータを調べてなければ、直木賞作家は東野圭吾で決まりと自分は
言っているだろう。また、感情に流されて彼に獲らせたいと思うだろう。
しかし、彼の作品はただいま売れ行き絶好調だ。今更直木賞をあげたところで
文藝春秋の本作品の売上の伸びしろはたかが知れている。
それにひきかえ、姫野カオルコの作品は決して売れ行きが順調というわけではない。
また、値段を見れば1995円もする。文藝春秋3作品の中でも他出版社を混ぜても
値段は一番高い。
また、姫野カオルコの次回作がどうやら文藝春秋社から出るとの話もある。
ならば、次作のオビには

「直木賞受賞後第1作!!」

と思考停止もはなはだしい文句を付けることができるのだ。
これを見逃す文藝春秋社でもなかろう。




● 結論

よって、134回直木賞受賞作品は

姫野カオルコ 「ハルカ・エイティ」 文藝春秋 → データによる裏づけ

と推理する。無冠の女王は直木賞を本書の主人公となった亡き伯母に捧げるであろう。


また、2作品が選出されるのであれば、

姫野カオルコ 「ハルカ・エイティ」 文藝春秋  → データによる裏づけ
恩田陸    「蒲公英草紙」    集英社   → 他出版社受賞への個人的切望で中でも
                           受賞に近いデータ

姫野 カオルコ
ハルカ・エイティ
恩田 陸
蒲公英草紙―常野物語
● 最後に 直木賞は大衆文学作品に与えられる賞である。よって話が飛躍しすぎたり、一部の固定層 にしか支持されない作品はあまり好ましくないと判断する傾向がある。 さらには ・上下巻モノ ・主人公が1人称 ・理由の説明がつかない殺人 は選考委員の嫌う傾向がある。 直木賞選考委員は生涯現役だ。 以前にも述べたが、選考委員は期間限定の入れ替え制にした方が好ましい。 いつまでも同じ選考委員では作品・作家の好き嫌いが出てしまい、 受賞にふさわしい作家がいつまでたっても選ばれないという理不尽を被る。 それが残念である。 最後まで長い文章にお付き合いくださった読者の皆様に感謝します。 現在多忙のため、記事は予約更新しております。 よって返事はあとになってしまいますことをご了承下さい。 また、予想が外れることがあったとしても、それはtakam16のぼやき 程度に解釈してください。 ありがとうございました。
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takam16の本の棚
です。バーチャルですが......


 リピーターという言葉がある。
どんな商売でも新規顧客はもちろんだが、リピーター、つまりは
何度もお店に来店してくれる固定客をしっかりと確保しておくことは
極めて重要だ。
スーパーや美容院・理髪店、メガネ屋、本屋.....
彼らは固定客を失った時がそのお店の終焉だ。
本屋を例にとると、
本屋の問題は新規顧客獲得の困難さ以上に、いままで足を運んでくれた
リピーターの著しい減少である。しかしながら
あてにならない読書世論調査ではあるが、読書人口は決して減っているわけではない。
その理由は本の入手経路の多様化によるところが大きい。

それらはネット、電子本、古本、マンガ喫茶、レンタル本の普及であり、
特に電子本がここにきて急速な伸びを示している。
ネットや電子本などについては個人情報を相手に知らせ、業者が管理しやすく、
その結果、顧客の囲い込みに成功しているためにリピーター率は比較的高いだろう。

しかし、読書という枠組みで最もリピーター率の高くかつ、利用期間の長いものといえば
それは図書館以外には考えられない。

図書館は「お客様」ではなく、「利用者」だ。だからリピーターという言い方が適している
とは限らないが、とにもかくにも無料で一定冊数借りることができるのだ。
例えば図書館を訪れて2週間の期限で「満冊」借りたとしよう。
2週間後、図書を返却に訪れてそのままウチに帰ればいいものを
新旧入り乱れてのインクのニオイがこちらの鼻孔をピクピクさせやがる。
本の大きさにとらわれない背表紙置きはこちらの視線を釘付けにさせやがる。
インクに誘われてなぜか足が勝手に動きやがる。
そして手に雀の涙ほどの汗をかきながらも、ちゃっかり貸出しカウンターに並んでやがる。
図書館にしかできないその吸引力にtakam16、すっかりメロメロだ。
おかげさまで図書館で借りた本が自宅の本棚から姿をなくすことはない。
ず~っと返却と借り出しは繰り返されてて数年が経つ。
自分の貸し出し情報は毎年の図書館の貸し出し冊数の記録に納められる。もちろん
何十万という貸し出しの中の1人としてだ。
しかし図書館のリピーターとはそういうものなのだ。
無料の魅力はもちろんだが、図書館が放つ光は金銭的魅力以外にも十分ある。

ところでtakam16の図書館利用にはある特徴を持っている。
それは朝の開館から閉館1時間前まで居座ることだ。
月に6~8日ある休みのうちの最低2日はこの過ごし方である。

すると、毎日通う方には負けるがそれでもtakam16は立派なリピーターじゃないか、
常連じゃないかと自負するわけだ。
その一方で当然図書館員の顔ぶれもお馴染みなために、

「よく来る人ねぇ。」

などと思われているのではないかと考えるのだ。
こう見えて意外とそのようなつまらないことが気になるタイプの人間である。
そこで、図書館で長居しやすい方法を練りたくなるのが今日のお話だ。

そのような周囲の視線を消し去るには3つの方法があった。

まず試したこと、
それは特定の図書館司書と挨拶をかわす仲になっておくという手口。

相談コーナーに腰を据えるのは図書館員の中でも司書の資格を持ちかつ、ベテラン
である場合が非常に多い。つまりは図書館職員内での存在度は高いはずだ。
相談コーナーは時間交代制だ。質問はあらかじめこちらで用意しておく。
実際、質問事項は山積みだ。
例えばブログの記事である本の記事を書くときに、当該書籍の背景を探るべく、
著者のインタビュー記事を探してもらう場合、司書を利用することにしている。
もちろん相談内容の目的は告げたりしない。
ブログ以外でもビジネス情報や歴史調査などでは司書を利用する。
ただし、司書は同じ方に質問することが肝心だ。
司書は質問の深さに比例するだけの働きをする傾向がある。
つまらない質問をすればそれ相応の応答しか期待できない。
質問が深く困難であればそれだけ懸命に探してくれる。司書の腕の見せ所だからだ。
すると相談で対面する時間が長くなってくる。
そこでいろいろな小話を挟みながら図書館業務の裏側や新しいネタを探ろうというのも
実は真の狙いであったりもする。
例えば新刊蔵書の納入情報をボソっと話してくれたり、
こちらの入荷して欲しい蔵書のリクエストに応えてくれたり
といった厚かましさを発揮するには特定の司書に質問し続けることで
できるひとつの特権だ。
本当なら誰が聞いても教えてくれるだろうが、貸し借りカウンターとの付き合いしか
なければそのような要望を積極的に出せるには遠慮が生まれてしまう。


さて、次のターゲットは図書館内の警備員だ。
実は狙って挨拶のできる警備員をつくったわけではなく、
ある日図書館の座席で居眠りをしてしまった。
すると、肩をゆする感覚にふと目覚めたtakam16の側で

「兄ちゃん、体の調子でも悪いんか?」

どうやら2時間は眠り込んでいたらしい。寝顔があまりにもひどかったのか、それとも
死んでいるとでも思ったのかは定かではないが、そのようなことがきっかけで
お話のできる警備員を図書館内に見つけることができたというわけだ。
いまでは挨拶を交わす仲だ。
館内の治安を守る人間によい意味で認知されるのは案外気分のいいものだ。
多少こちらが怪しいいでたちでも見逃してくれる。
決してしないが、もしも奇声を発したとしても大目に見てくれるだろう。
たいへんありがたいことである。

最後の3つめ。これはあきらかな確信犯的行動なのだが、
図書館の隣に喫茶店がOPENした。ちなみにそこは生涯学習センター内の一角なのだが、
その喫茶店をズバリ、実質的な読書喫茶としての場として使用したいというのが
こちらの考えだ。そして何時間もその場を読書の場として気兼ねなく居座るという
なんとも厚かましい手口だ。

そのためには少し忙しさの峠を越えた午後2時前後に訪れ、カレーライス&飲み物を
注文することであった。もちろん座席はカウンター。正面には従業員が漏れなくいるし、
そこは全国展開するような店舗ではない、個人のお店であることでチャンスは膨らんだ。
他愛のない話から入る。喫茶店の特に個人店の従業員はお客との世間話は嫌がらない。
おまけにお客という立場上優位に話を展開できる。
同じ時間、同じ座席、同じ注文、そして同じ従業員に1ヶ月で3度接した。
また滞在時間は徐々に増やしていった。
4度目のある日、カレーライスのご飯を大盛りにしてもらった。店側からのサービスである。
そして、ずっと接していた従業員は店のオーナー店長だということを知った。
これで読書喫茶のできあがりだ。
おかげさまで図書館を訪れて本を適当に選ぶとすぐさま喫茶店に駆け込み、
読書をさせてもらっている。コーヒーの一杯ぐらい当然注文するが、
公共施設の喫茶店は駅ビルなどの喫茶店の3分の2程度の料金でいただける。
また、図書館は無料がために利用するのが根底にあるため、
利用者はお金を払ってまで喫茶店に入ろうとは思わない。
従って喫茶店は昼を除いて常に空いている。

しかしながら当然喫茶店だ。誰もいないわけではなく、常連さんは他にもいる。
そして常連さんの多くはカウンターに座る。
訪れるたびにカウンターに座る常連さんが同じ顔なら会話のチャンスだ。
そして、その常連さんが実は図書館内の利用者の見えないポジションで仕事をする偉い人物
だとわかったとき、図書館のあらゆるしくみを知る絶好の機会を得たということになる。

図書館通いで人脈づくり。
どうやら2006年は通うのがますます楽しみになってきたようだ。


が、ちょっと待てと冷静になってみた。
こちらにとって都合が良いものでも相手にとってはどうなのかといういらぬ心配だ。
司書を1人に絞り込むようなことを言ったが、
司書の立場からしてみれば、なんで?ワタシって狙われてるの?
と悩んでいたりはしないだろうか....
確かに司書は美形だ。もしも司書が男だったらtakam16はどう扱っていたか
という問題だ。う~む。

知り合いの警備員とこちらは思っていても、
相手としては、実は最重要人物のリストの片隅に入ってやしないか?

喫茶店での居座りは相手はずっといてくれていいよと軽い調子で言ってくれるが、
実は知らぬうちに客寄せパンダとして利用されている恐れあり!?


といろいろ思案しながらたるみきった頬をなんとか引き締めなければと
鏡を見ながら腕組みをしている今日の管理人でございました。


追記) ただいま多忙のため、コメント返しの時間が取れません。
   後日お返ししますのでしばしお待ちくだされ。
 

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takam16の本の棚
です。バーチャルですが......

「2005年 読んだ本ベスト10」バトン
というものがちまたで出回っているようだ。
順位を付けるのは個人的に実は好きではない。
ましてや本という主観の極みで構成された創作物を公平に判断することは
不可能だ。
しかし、自分の印象度を比較として考えるのであればベスト10は可能だろう。


設問があるらしい。設問はアドリブであるべきであると考えている自分にとっては
正直息苦しいが、だからといって新たな設問を生み出せるのかと言われれば、
現状では黙秘権を行使する以外に方法はなさそうだ。
よって言うとおりにする。

【Q1】 2005年に読了した本の中で印象に残ったものを教えてください。
   本の刊行年度は問いません。
【Q2】 これらの作品について簡単に解説してください。


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第1位
「香田証生さんはなぜ殺されたのか」 下川 裕治  新潮社

民主主義とは多勢に無勢の世界だ。少数意見は結局は捻りつぶされてしまうのだ。
世間とはそういうものだ。
香田証生氏は危険なイラクに行った。そしてイラク聖戦アルカイダ機構により
日本の自衛隊撤退要求のカードの1つとされた。そして殺された。
世間は彼に対して大変酷かった。そして、WEBの世界ではこれでもかと言わんばかり
の「恥知らず」「迷惑」「アホ」「死ね」....
自分は実を言うと少数意見の側だ。
事件当時はブログを始めていたので彼について書こうと思ったがためらった。
WEBの多勢に自分は無勢だからだ。自分のサイトも攻撃されると思ったからだ。
彼の行動の賛否の決定打はイラク行きの「目的」にあった。
目的がイラクのためならよし、イラクのためでなければダメ、
目的が第一で、命は二の次にされた。そんなの聞いたことがない。
これぞまさしく日本の現状だ。そしてそれをアオったのはほぼすべてのマスコミだ。
著者は世界中をバックパッカーとして歩く男だ。
この事件を著者は日本で知った。一方、同年4月の人質事件は海外で知ったという。
この自国の彼に対する風当たりを著者はどう感じたのだろう....

香田証生氏をバックパッカーと位置づけて、ニュージーランド、イスラエル、ヨルダン
と彼の足跡をたどった。そこで見えてきた著者のバックパッカーからの視点、
旅人としての香田証生。
自分は元は旅行社勤めの経験を持つ。しかし主に扱った仕事はツアー旅行だった。
つまりは安全・安心だ。一方のバックパッカーには危険・独りだ。
香田証生氏へのバッシングへの疑問に加え、バックパッカーとしての香田証生氏の心のうちを
思う著書に元旅行社員が興味を抱くのは自然の流れである。
注意してほしいのは、香田証生氏の殺された原因を科学的、論理的に記述した書ではない
ということである。あくまでもバックパッカーの気持ちに照らし合わせた
「旅」というものへの著者の考えを述べたものである。
下川 裕治
香田証生さんはなぜ殺されたのか
第2位 「アルジャジーラ 報道の戦争」 ヒュー・マイルズ 光文社 アラブのイスラム社会は一般の日本人にとっては非常に馴染みの薄い存在だ。 しかし彼らの住む地域、つまり中東からは日本人の生活になくてはならない石油を輸入している。 また、日本はアメリカの51州ではと皮肉られるほど、その影響を受けている。 そのアメリカが近年中東と対立関係にある。 表の顔は笑っている。しかし裏の顔は怒っている。 アメリカ路線に進む日本は情報においてもアメリカを 信じやすい。そこに突如あらわれた衛星TV局アルジャジーラ。 自由な報道や主張の許されないイスラム社会において、カタール国の首長の資金援助のもと、 サウジアラビアに疎まれ、パレスチナ自治府と対立し、アメリカ、CNNと反目しながらも 中立な報道を貫こうとするアルジャジーラの成り立ちから現在までの力強い姿を描いた本書に つい日本の報道姿勢を照らし合わせてしまう。 本当のアラブを知ることができるかもしれないと改めて感じた1冊と同時に アルジャジーラの陰部も感じとれた。権力争いを生きたカタール国のトップが開設したのだ。 いつかは権力の交代があるだろう。今の首長がいるから存在するアルジャジーラは 将来の首長のお気に召すかどうかという疑問も感じざるをえない。 その意味ではアルジャジーラは自由ではない。 しかし、彼らは報道の自由を貫くべく日々ニュースを届け続けるのだ。
ヒュー・マイルズ, 河野 純治
アルジャジーラ 報道の戦争すべてを敵に回したテレビ局の果てしなき闘い
第3位 「死亡推定時刻」  朔立木  光文社 冤罪がいかにしてできあがるのかを事件、犯人逮捕、起訴、そして裁判まで克明に 記した物語。本書のおかげで一連の事件から法廷までにいたる過程、手続き等の日数、 専門用語、そしてなんといっても罪を犯していない者が頭から容疑者という先入観で迫る 取調室という空間で精神的に追い込まれ、または警察が精神的に追い込んでいくかを 理解できる。そして、執拗な刑事の攻めに屈してついやっていない罪を認めてしまったら 取り返しのつかない結果を生むかを赤裸々に述べている。 物語という中でそのカラクリを解説を交えながら読み手に納得させる1冊。 勉強にもなり、メモをたっぷり取りました。
朔 立木
死亡推定時刻
第4位 「ぼんくら」  宮部みゆき  講談社 上下巻ある長篇時代小説ながら、主人公のなんともいえないぼんくらぶりに読み手までぼんくらに なってしまう1冊。人物描写をおもしろおかしく読ませようとする著者のこのシリーズ第1作。 江戸時代の庶民を滑稽に描いた笑いを含んだミステリーはそのしかけに違和感を感じる部分も あるが、それでもつい寝る時間を惜しんで読んでしまった。 現代小説の重さと比して、圧倒的な軽さを感じる宮部版時代小説、とくに「ぼんくら」シリーズ。 宮部みゆき氏には今にも増して時代小説に力を入れてもらいたい。 なお、長篇小説は気持ちが上向きの時に読むとよい。さもなくば疲れるだけだ。
宮部 みゆき
ぼんくら〈上〉
宮部 みゆき
ぼんくら〈下〉
第5位 「信仰が人を殺すとき」 ジョン・クラカワー 河出書房新社 個人的に宗教は必要なものだと思っている。それは日本には自殺者があまりにも多すぎるからだ。 3万人の自殺者が信じるなにかを持っていれば救われたかもしれないからだ。 しかし宗教は人をあらぬ方向に導くこともある。多々ある。 それは原理主義。 本書はモルモン教をテーマにし、その中でも固執な原理主義者が引き起こしたある殺人事件を ピックアップし、事件の真相をモルモン教の起源にまで遡り、原理主義ゆえのの問題点を浮き彫り にする。注釈と本文との往復の連続にてこずったが、モルモン教は名前こそ知りつつも 未知の領域でもあったため、勉強になった1冊。
ジョン・クラカワー, 佐宗 鈴夫
信仰が人を殺すとき - 過激な宗教は何を生み出してきたのか
第6位 「ハルカ・エイティ」  姫野カオルコ  文藝春秋 ある1人のおばあさんの自伝的小説だが、今現在を、それも明るく前向きに楽観的に生きる ことの大切さを感じさせてくれた1冊。 さまざまな分野の小説に挑戦しようとする著者の姿勢にも感服。 ストーリー性や娯楽性とは違った伝えたいなにかを本書は持っている。
姫野 カオルコ
ハルカ・エイティ
第7位 「死神の精度」  伊坂幸太郎  文藝春秋 主人公の職業は「死神」。この変化球がまず面白かった。 そのくせ姿形といった外見は人間そのもの。 死を宣告する対象にあわせて年齢や風貌を変えて相手に接触。死に値するかどうかを 判断の上、7日以内にしかるべき部署に報告するというヘンテコな仕事だが、 なぜかぐっと読ませるのは、主人公の死神の内面までは人間になりきれないという点。 「恋愛」「旅」といったものがイマいちピンと来ず、ご飯を食べても味がわからない、 お腹がすいた、いっぱいになったということもわからない、けれど「音楽」は最高。 当然交わされる死の対象となる人間との会話はこの内面のズレが見事に描かれ、 わかりやすい。一見飽きさせそうな死神の物語は短篇であるゆえに回避されている。
伊坂 幸太郎
死神の精度
第8位 「死体を買う男」 歌野晶午   光文社 文章で人を騙すのが得意な著者にまんまとハメられた1冊。 物語を物語で包み、さらにそれを物語で割れないように頑丈に包装したものをおまけに物語 という配送業者にお願いし、しかも送り先は物語というような作品!! というとわかりにくいだろうか....... 説明に困るのだが、しまった!騙された!!と思えば彼の作品を堪能した証拠となる。 そんな作品。あれ?内容は?
歌野 晶午
死体を買う男
第9位 「沼地のある森を抜けて」  梨木香歩  新潮社 人間という生き物は確かに生物界を支配しているかもしれないが、元をたどれば 結局はちっぽけなものなのかと感じさせてくれる1冊。 人間も他の動物も植物も、細胞までもが最初はある1つのものから始まったのだという 壮大なテーマを終着駅とするも、前半部分の奇想天外な出来事の数々、例えば ぬか床から発生した卵が孵ってしまうという非常識な始まりからは想像もできない展開。 また超現実的な人物を主人公にすると一連の奇抜な出来事がよりいっそう楽しめることも 改めて確認。人の生死や平和・戦争を考えるきっかけを与えてくれるという のは著者の得意技のひとつだが、ぬか床をきっかけにそれらを考えさせてくれるのは まさに必殺技だ。
梨木 香歩
沼地のある森を抜けて
第10位 「未来をつくる図書館」  菅谷晃子  岩波新書 他国の図書館の状況を知るには限度がある。我々利用者は自分の街の図書館にのみ関心があるし、 それが普通だ。だからこそ外国の図書館、しかもある特定の図書館の事情を知るのは なかなか難しい。そんな時に地元の図書館棚で思わず手に取った1冊。 図書館の役割が貸し借りにとどまらず、市民生活や情報の発信源となっているのは 日本ではほとんどお目にかかれない。ビジネス指南や履歴書作成指南をする司書。 生涯学習の窓口的な役割、学校教育における教師へのサポート、そして9・11テロ時に 図書館が果した役割......しかもこの図書館は市民の寄付で成り立っている。 寄付で成り立つゆえに不景気時に味わう苦労も伴うが、 市民による市民のための真の図書館が日本にもたくさんできることを願う。
菅谷 明子
未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―
番外 「昭和史」 半藤一利 平凡社 いいかげん本が黄ばむほどボロボロになっている大切な自宅所蔵本の1つ。 本来であれば順位は上位だが、1年でも何回か読んでおり、やむなくこの位置にした。 いかにして日本が戦争への道を選んだのか、選ばざるを得なかったかという昭和史講演 をとある中規模ホールで聞いているような本書だが、そこから現在にも受け継がれている 日本人の欠点までをも見出だしており、しかも的を得ている。 歴史認識において著者は左派であるとの前提の上に読み進めても、決して押し付けがましくなく、 戦争を知らない世代の入門書として、中学・高校生が読んでも悪書だとは思わない。 今後長く書店に陳列しても売上に貢献できそうな1冊。 そろそろ新たな半藤「昭和史」を買わねば原型をとどめなくなってしまいそうだ。
半藤 一利
昭和史 1926-1945
---------------------------------------------------------------  【Q3】 2006年一発目に読みたいものは?(読んでいる、読んだものでも可)      1発目なのか、2発、3発はダメなのか? おならのように..... 一発目... 紀行  「見ることの塩」  四方田犬彦     二発目... エンタメ「ララピポ」    奥田英朗     三発目... メディア「ご臨終メディア」 森達也、森巣博     四発目... 中国小説「漆黒泉」     森福都
四方田 犬彦
見ることの塩 パレスチナ・セルビア紀行
     【Q4】 このバトンを回したい人を2人まであげてください。      牛でも馬でも持ってけ、泥棒!!  いや、バトン。 <追記> 本記事は みだれ撃ちどの よりバトンを 強奪したものです。 また、このバトンの起源は辻斬りどの であります。 なお、設問の構成はとらどの を参考にしました。 みなさま、どうもありがとうございました。
 

takam16の本の棚
です。バーチャルですが......

生きている人間に必ずあるもの、

過去、現在、未来。

その中で過去と未来は人の生きた年齢に関係する。
歳を重ねるにつれ、人は過去の量が増加し、未来の量が減少する。
過去という量は年齢という数に比例する。
一方で、未来という量は年齢という数に反比例する。


本来であればこれがスジなのであろうが、日本に関して言えば、
この定説がずっと以前から崩れているようだ。
例えば若者の自殺者が非常に多い。
それは未来に希望が持てないことが理由の1つと言われている。
若いのに未来が小さいという矛盾である。
しかし、希望が持てないことがすぐに「死」につながってしまうという
発想はやはり訝しげに見てしまうが、それは彼らの問題というよりは、
周囲の問題、社会の問題と考える方がよさそうだ。
自殺をするという行為ではなく、自殺をしたいという思考の背景を探らな
ければ、この流れは止めようがない。そして自殺をしたいという発想が
浮かんだ時点で彼らの心はすでに八方ふさがりの状態だ。
誰かの手助けがなければ実行にうつすのはきわめて早い。
自殺をした人間を、自殺をした本人に問題があるという論調を耳にするが、
それはまさにいまハヤリの「自己責任」という言葉の負の部分であるだろう。

戦争を経験した国ゆえにしばしば比較される平和という言葉。
しかし平和であるからこそもっと考えたい「命の大切さ」が大変希薄であるのが
今の日本という国なのか。

だからこそ大切にしたいもうひとつ、
年齢にかかわらず、常に数量が変わらないもの、
それが現在である。

しかしながら現在は過去や未来に非常に左右されやすい微妙な位置づけである。
現在は過去や未来を十分に背負って存在する。言い換えれば、過去や未来なしに現在は
成立しない。そしてそれらのバランスの良し悪しが現在を決定するのである。
今そのバランスが崩れている。
人は多いもの、つまりは多数決が正しい、安心と解釈しがちなため、
例えば崩れたバランスを持つ者が多ければ多いほど伝播しやすいのだ。
オレもオレも、ワタシもワタシも。
幼女の誘拐や母親による子供の虐待などは同じことをする人間が多いとつい
安心してしまい、みんなもやっているから自分もという流れをつくりやすい。



人間にモレなくつく過去、現在、未来。
特に過去を陰部と位置づけるとちょっとしたミステリーができるというわけで
そういう作品はただいま垂れ流しのように乱発している。
だからであろうか、それらを明るく描いた物語に希少価値があると思い、
出会いを望んでいたのであるが、最近そういう本を読む機会に恵まれた。

姫野 カオルコ
ハルカ・エイティ
粋なナイルグリーンのスーツを着て、"パリコレ"の会場を歩くモデルのように背筋を まっすぐにして歩く、褐色の髪をボブカットにした大正9年生まれの女性。 大正9年生まれだと今は85だ。世間の80代のバアさんを想像してもらいたい。 親戚、知人にいるならぜひ思い浮かべてもらいたい。 その姿、風貌は見る側にとって彼女の現在の姿である。 腰は曲がっているだろうか、白髪はひときわ目立つだろうか。 先述の定説に照らしあわせるなら、彼女は過去をたくさん持っており、残念ながら 未来は少ない。 ところが、 粋なナイルグリーンのスーツを着て、"パリコレ"の会場を歩くモデルのように背筋を まっすぐにして歩く、褐色の髪をボブカットにした大正9年生まれの女性。 なのだ。このような女性の生き様、つまりは過去を紐解いてみたいとは 思わないだろうか。 年齢と過去や未来の関連性を疑ってみたいとは思わないだろうか。 実は本書は 「実在の人間の、戦場での体験をはじめ、事実をもとにした小説」。 つまり、著者である姫野カオルコ氏の伯母をモデルにした自伝的小説だ。 名はハルカ、歳は本書では81になる。  第1章 ハルカ 80  第2章 少女  第3章 女学生  第4章 花嫁  第5章 姑  第6章 若奥様  第7章 母  第8章 女教師  第9章 人妻 第10章 娘 第11章 娘・その二 第12章 恋人 第1章では小学館発売のマンガ雑誌ヤングサンデーのグラビア取材ということで 取材者側が80の老婆という先入観を持ってハルカと対面する時の様を描いている。 それよりも、なぜ男性読者に支えられるこの雑誌に老婆が必要かという問題の方に 興味が沸く。まあそんなことはいいじゃないか。 てっきり老婆が待っていると思った取材者側、しかしそこに待っていたのが 粋なナイルグリーンのスーツを着て、"パリコレ"の会場を歩くモデルのように背筋を まっすぐにして歩く、褐色の髪をボブカットにした大正9年生まれの女性。 ハルカの生まれた時代に話がうつる。これより物語のはじまりである。 以上の章ごとのタイトルを点とし、点と点を結び、線で捉えることでハルカの 成長物語ができあがっている。実にストレートな路線だ。 2章から12章のタイトルを見ると 「おや?」と思われる方も多いだろう。 現在の女性の人生経験過程といえば 少女 → 学生 → 恋愛(女) → 仕事 → 花嫁 → 若奥様 → 姑 → 母 → .... 仕事は恋愛(女)の前かもしれないし、花嫁になっても仕事は続けるかもしれない。 ところが主人公のハルカはどうだ。 ①少女 → ②女学生 → ③花嫁 → ④姑 → ⑤若奥様 → ⑥母 → ⑦女教師              → ⑧人妻 → ⑨娘 → ⑩恋人 女学生のあと、いきなり花嫁と来ている。つまりは見合いだ。 この時代に生まれた者には恋愛の自由は限られていた。女性ならばなおさらの ことである。女性の社会進出は限りなくゼロに近い時代なのだ。 (女性の社会進出といえばは教師ぐらいなもので、実際ハルカは花嫁になるまでの 1年間教師の職に就いている) 次に注意したいのが、花嫁になったあと、事実上の若奥様となるのにしばしの空白があることだ。 ここでは間に姑が入っているのだが、この答えは簡単だ。 大正生まれの女性が花嫁になる時期がまさにポイントであり、ハルカの場合は彼女が20歳の時 だった。それは1940年、日本が戦争を始める1年前の出来事だ。 大正生まれの女性の結婚時期は必ず日本の戦争の時期と前後するのだ。 形だけの結婚を終えれば、男は次々に戦場に駆り出される。 そして、多くの女性はこの戦争で夫を失ってしまうのだ。 よって、ハルカの生きた時代を過去や未来をもとに考えると、彼女が成長するに連れて戦争という 出来事で未来が閉ざされてしまう時代だったのだ。 また、戦争という行為は人が必ずあるはずの未来や過去まで奪ってしまう。 よって、過去と未来のバランスや、それに支えられた現在などお話にもならない。 戦争を生きる時代、それは当時の日本においては今を生きるしかない時代だった。 ハルカの場合、夫は戦時中のケガで日本に戻ってきたことがかえって夫婦生活をスタートさせる という幸運だったのだが、女学生、見合い、結婚、そして出産という 順序を歩んだハルカに欠如していた人生経験、それは恋愛、つまり「女」の経験であった。 これも当時の日本と戦争が生んだ産物だ。 そこで、家庭の事情から女教師として働き始めたことがきっかけで別の男との恋仲を経験する ことになる。これが9章の人妻だ。そしてきっかけは第8章の女教師。 浮気や不倫がよいか悪いかの問題はひとまず棚に上げ、ハルカ、遅ればせながらの恋愛である。 しかし、恋というものは自らの若さを周囲にアピールする絶好の方法であろう。 ただし、決して浮気や不倫で夫婦関係に終止符が打たれることがなかった点にも注目したい。 実はハルカの夫の浮気が先である。しかもいろいろな女性と愛を育んでいる。 おまけに相手の女性がウチに乗り込んできたこともあった。 しかし、ハルカは決して感情をあらわにしない。夫にもなにもいわない。 なにもなかったかのように振舞う、あるいは振舞うフリをするのである。 そのうえで自分も別の男に恋をしてしまう。 そして自身の色恋経験により夫の気持ちもなんだかわかるということを前向きに学んでいるのが 面白い。その後も母としてのハルカやさらに歳を重ねていくハルカの話と続くのだが、 最終章の恋人。これまたすばらしい。人生の晩年に恋人だ。いいじゃないか。 このように紆余曲折の人生経験をインクに映し出し、しかも明るく軽やかに仕上げたのが 本書というわけだ。そして、各章のタイトルだけである程度の想像がつくというのもよい。 この物語が決してミステリーや犯人探しをテーマにしていないことが容易に想像でき、 その上で読んでみたいと思わせる。 「ハルカ・エイティ」は当時の人生経験の主なシーンをピックアップする形で描かれ、 それを 少女、女学生、花嫁....などと大きな枠として章立てる形をとる。 しかし、当時のハルカの人生を描くだけでは、それはその時代を生きた読者にしか伝わらない。 そこで姫野氏は次の点に注意したという。 ・若い人が読んで、この時代の話は今と違う別の世界のできごとだと思わないように工夫した ・読んだ人が嫌な気分にならないように工夫した その上で、本を読むのが大好きという人よりは読書はいくつかある趣味のうちのひとつです というような人をイメージして書いたつもりだ 文中にはハルカの生きた時代に同時に当時の社会情勢を織り交ぜながら描かれている。 戦争描写においては女、子供、年寄りはいうならば留守番だった。 彼女達は本土でアメリカの空から恐怖を肌で感じるハメになった。 B29、空襲、警報などの言葉が戦時中の時代描写に連発する。 これは戦った者の言葉ではなく、ただ下から見上げるしかなかった者が体験するのに使う言葉だ。 時代が進むと美空ひばりが塩酸をかけられた事件や佐藤栄作などの首相の話も出てくる。 時代を知る人々に向けられた配慮の1つである。 また、内田恭子(フジテレビアナウンサー)、根本はるみ(グラビアアイドル)などの固有名詞を出す ことで若者にも向けられている。特に若者に当時を伝える意味で恋愛や結婚、妊娠にまつわる 色恋ネタの比較描写は頻繁だ。おまけに女性の気持ちと男性の気持ちの比較描写もちゃっかり 文中に含まれており、老若男女の世代間、男女間という埋めようのないギャップの埋め合わせへの 挑戦も伺える。 ならば、戦争を決して知らないはずの姫野カオルコ氏がなぜ経験のない戦争にからむ話を書く 必要があったのかに興味が及ぶ。 その回答は文藝春秋社のPR雑誌「本の話 11月号」に載っている。 著者は両親が晩婚だった。 同級生の両親は若いぶん戦争中に子供だった人が多い一方、両親は戦時中は父が軍人だった。 だから、我が家にだけ戦争の影が暗く立ち込めている。 でも、その影をみつめてはいけないといったようなものも立ち込めている。 それがすごく苦しい。 だから戦争の落とした影を書こうと思った、 それが 「ハルカ・エイティ」であると。 そして 「読んだ人が嫌な気分にならないように工夫した」 というのはまさに、本書のモデルである主人公、それは同時に姫野カオルコ氏の伯母の生き方であり、 ハルカの最も魅力的な生き方は、 今現在を大切に生きること に尽きる。選択の余地のない結婚をした。戦争という重苦しさを経験した。夫の浮気もあったし、 自分も別の男に恋をした。歳を重ねる後半部分では確かに過去にあんなことが、こんなことがあった といろいろ回顧してしまう箇所もある。 しかし、なによりも今現在を大切に生きる女性ハルカ。その証が 粋なナイルグリーンのスーツを着て、"パリコレ"の会場を歩くモデルのように背筋を まっすぐにして歩く、褐色の髪をボブカットにした大正9年生まれの女性。 である。なるほど、男性漫画雑誌ヤングサンデーのグラビアを飾っても悪くはなかろう。 また戦争の話も浮気の話もまったく重さを感じさせない。 それは主人公の使う関西弁のおかげだろうか.... いや、年齢に左右されない過去や未来に支配されないハルカの現在の描き方が そうさせるのではないのだろうか。 過去は背負いすぎてはならない。 だからといって未来を追いすぎてもよくない。 そのぶん今を大切に生きればよいのだ。それがちょうどいい。 戦争の落とした影を書こうと思ったという本来なら暗くなりがちのテーマを 「読んだ人が嫌な気分にならないように工夫した」著者の新作を たっぷり堪能していただきたい。 さて、本書の主人公ハルカ、つまりは著者の伯母について、 公式ホームページに記述があった。 実在のハルカさんにも声援をおくってくださった読者の方へ 文章からは著者の伯母への想い、本書への想いが伝わってくるのだが、 ぜひクリックして読んでいただきたい。 最近、近所の公園でひなたぼっこをしているおじいさん、おばあさんの生き様を 興味本位ながらもちょっぴり真剣に覘きたくなる理由はまさにこの 「ハルカ・エイティ」を読んだからだと思う2006年の takam16でありました。
姫野 カオルコ
ハルカ・エイティ

正月書店注意報発令中!!

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takam16の本の棚
です。バーチャルですが......

2006年が始まりました。
子供の頃と比較すると、歳を重ねるにつれ、時間の進み方が
異様に早く感じるようになりました。
今年こそは毎日をじっくり噛みしめながら過ごしていこうと
考えております。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。



お正月は皆様、帰省かご旅行以外ではご自宅でゆっくりくつろいでいる
かと思いきや、案外お買い物に街へフラフラと出かけたくなるもの。
かつては1月1日にお休みだった各スーパー、ショピングモールも
無理やりシフトされたアルバイト、パート達の不満を背負って営業を
しております。

本屋でもそれは例外ではありません。
働いていた本屋ではもちろん正月もしっかり開店。
アルバイト、パート管理業務をしていたtakam16としては、
12月になると彼らをいかに正月にシフトに入れさせるかについていろいろ
思案するわけです。

パターンはいつも一緒。
主婦パート達は、主婦の権限を最大限に利用して、長期休暇を主張し、
そのために標的にされる学生アルバイト達は、主婦達のわがままと
不公平な扱いを受けたことへいいかげんご立腹。
主婦達が、実家へ帰るだの旅行に出かけるだのという口実を時間帯の関係上、
彼女達と共に仕事をすることのないことを利用して、学生バイトはシフト担当者
であるtakam16に

「主婦Aさんが実家に帰るというのは真っ赤な嘘です!」

と古い言い回しながらも先制口撃を仕掛ければ、主婦Aはお返しとばかり

「学生なんて冬休みで暇なんだからどんどんシフトに入れちゃいなさいよ!」

とこちらも自らが正月に仕事なんかさせられちゃ~たまらないと言う。
この醜い泥仕合、真正面からやってくれりゃ~楽なのに、
全部takam16経由というのがなんともやるせない気分。

そして今度は酒のせいですっかり水太りの店長どのが

「僕、正月休みますからヨロシクッ!!」

ゲホッ、ゴホッ。
世の中で最も汚染された空気を胸いっぱいに吸い込んだら体全体に毒素がまわって
しまった気分と同じぐらいブルーな瞬間。
店長という肩書きをここで使わずにどこで使うと言わんばかりの絶妙のタイミング。
そんなやりとりが12月に入ると盛んに飛び交う。3者の駆け引き、まことに
あっぱれぇ~♪

日々の駆け引きに翻弄され、同時に師走の忙しさに追われる中、
学生達が冬休みに入る12月下旬になると一時的にではあるが、彼らは
主婦達とも顔を会わす機会がある。

12月に入ったとたん、休みの奪い合いを間接的に披露した両者。
さぞかしお互いへの警戒心も強かろうと思いきや、レジ奥で
なんと店長も交えて談笑に花が咲いてやがる......

薄っぺらくも笑顔だけはちゃっかりマニュアル化されたその談笑風景に
「は、ハハハハハッ.....」

笑いもいいかげん乾ききってしまう。

で、シフト担当のtakam16も心の中ではいかに正月を悪意なく休もうかと
色気を出したかったのだが、なんだかこの談笑風景がシフト担当者を地獄に陥れる
ための臨時的な結束にしか見えなくなってしまうのだ。自らも邪な心を持つゆえの
単純な思考回路.........
シフト作成の過程で
主婦に嫌悪され、学生にののしられ、店長に無視されるという逃げ場なしの12月。

そうして四苦八苦した挙句、無念にも選ばれし数名の無気力な店員達が
普段にも増して無気力な風貌、態度で店頭を殺伐とさせている。

2006年の正月を仕事で過ごす日々だったtakam16。
意外に多い立ち読み客にまみれて、先に映る互いの視線を合わせようとしない
店員達の一挙手一投足を観察しながら、かつて書店でシフト担当であった自分と
この本屋のシフト担当者を重ね合わせていると、どうしようもなく
ニヤニヤと表情が緩み、さっそく周囲に不信感を抱かせるのでありました。


つくり話で固められた主婦達のお正月....
すでに修復不可能な学生達との関係....
正月は酒にまみれたヘビー級店長のあの体型.....   2002年正月回顧


自分にとって立ち読みとは、こうもむなしくせつないものでして.....

 

 

takam16の本の棚
です。バーチャルですが......


前回の記事はこちら


文 藝 春 秋
作品名 作家名 出版社
死神の精度 伊坂幸太郎 文藝春秋
一枚摺屋 城野隆 文藝春秋
ハルカ・エイティ 姫野カオルコ 文藝春秋
凸凹デイズ 山本幸久 文藝春秋
漆黒泉 森福都 文藝春秋
容疑者Xの献身 東野圭吾 文藝春秋
今回、文藝春秋社の候補枠は3枠あると予想している。 伊坂幸太郎  「死神の精度」 姫野カオルコ 「ハルカ・エイティ」 城野隆    「一枚摺屋」 が自分の推理するところでその理由と候補になった場合の受賞の可能性についても 前回述べた。 ただし、3番目の城野隆氏とその作品については直木賞のステップレース的であると 述べた松本清張賞受賞との結論に選考委員の希望も考慮して挙げたが、他の作家にもつい 色気が出てしまう。 また、伊坂幸太郎氏の講談社刊「魔王」のノミネートの余地も残すため、補欠として 3作品選ぶこととする。 ・山本幸久 「凸凹(でこぼこ)デイズ」
気になるのが著者の文学賞経歴にある集英社が主催する「小説すばる新人賞」である。 山本氏は平成15年度に「笑う招き猫 」でこの賞を受賞したのだが、 この新人賞の受賞歴を持った作家の直木賞候補者、あるいは直木賞作家はけっこう多い。 最近では133回に三崎亜記氏が小説すばる新人賞受賞作の「となり町戦争」でノミネート されている。 過去には熊谷達也氏も「ウエンカムイの爪」で新人賞を獲得後、「邂逅の森」で直木賞作家 となった。 古くは佐藤賢一、篠田節子もこの新人賞の獲得者だ。 山本幸久氏の「凸凹デイズ」は商業出版としては3作目、そして初の文藝春秋社からの出版だ。 ちなみに過去2作はいずれも集英社からの出版である。 今回受賞するかと言われれば正直難しいが、新人・新鋭作家の発掘が急務の現在の出版界、 そして最近直木賞候補の初選出が目立つ中、経験が浅いながらも山本氏の存在は無視できない ものがある。 ・ 森福都  「漆黒泉」
こちらもあまり知られていないかもしれないが、主に中国を舞台にしたミステリー、推理モノを 得意とする作家である。この作家も過去に松本清張賞の受賞作家であるが、それよりも今回 興味を持つのは、先の山本幸久氏も伊坂幸太郎氏もそうなのだが、 彼らはみんな、日本推理作家協会の会員に入っている作家である。 この推理小説・探偵小説の書き手が多く所属する日本推理作家協会。 実はこの会員メンバーが直木賞にノミネートされることが非常に多い。 ちなみに、協会は独自に日本推理作家協会賞、そして江戸川乱歩賞を主催しており、 いずれもバックには講談社がついている。 実際、これら2つの賞経験者が直木賞候補者となることもあり、以前触れた、講談社より初選出 された直木賞候補者がのちに直木賞作家になる可能性がどの出版社よりも高い理由にはこの 日本推理作家協会とそのバックの講談社が一枚かんでいると自分は考えている。 前回の133回直木賞候補者で日本推理作家協会会員を挙げると 恩田陸、朱川湊人、古川日出男 前々回の132回直木賞候補者は 伊坂幸太郎、福井晴敏、本多孝好 131回は 熊谷達也、奥田英朗、伊坂幸太郎、北村薫、東野圭吾、 130回は 京極夏彦、朱川湊人、馳星周、 ちなみに初選出作家は青字である。 ・東野圭吾  「容疑者Xの献身」
話題沸騰、人気急上昇の本作品である。だから正直気になったというのがホンネ である。年末発売の週刊文春でも圧倒的な差でNO1に輝いた本書を まさか2次選考委員が放っておくはずがないだろう。 ただし、データは東野氏が直木賞作家になるための楽観的データに欠けている。 文藝春秋社によりで2度候補になりながら、 受賞できなかった作家が直木賞を獲得する確率は 過去20年間に限定すると、22%、 過去10年間では     0% 過去5年間でも      0% 今回選出されれば3度目の文藝春秋社からの候補となる。ならば落選するのがいままでの パターンだ。彼が直木賞を受賞すれば彼は非常に作品数が多いため、フェアの1つは 簡単に作れるだろう。 しかし直木賞を獲らずとも、彼は十分出版業界に貢献している。 いまさら受賞せずともさらに上を目指せばよい。 よって今回は候補の可能性は十分あるが、受賞の可能性まで尋ねられるとNOというしかない。 それは彼の作品、実績の問題ではなく、単にデータの問題だ。 ◆講談社 今回、講談社からの候補作をいろいろ検証したが、 伊坂幸太郎氏が「死神の精度」が候補にならない場合の「魔王」での選出以外、 あまり魅力的な作家が見当たらなかった。 江戸川乱歩賞受賞作家の神山裕右氏や薬丸岳氏、不知火京介氏も考えたが、 いまいち突っ込んだデータがない。 詩人で小説家でもある平田俊子氏の「二人乗り」 日明恩氏の「埋み火―Fire’s Out」 も考えたが、結論が出なかった。 講談社からは2回連続候補作なしと予想はどうかとは思うのだが..... ◆集英社 ・荻原浩 「さよならバースディ」
なんといっても荻原浩氏の「さよならバースディ」を候補作ナンバー1に押す。 山本周五郎受賞者は8割以上の確率でのちに直木賞候補作にノミネートされる。 そして、直木賞側はさほど文学賞のレベルと差はないように感じる山本賞側に 格の違いを見せ付けるために1度目は候補に選んでおいて最終選考会で落とすのだ。 また、荻原氏は日本推理作家協会会員ではないが、小説すばる新人賞の獲得者だ。 そしてこの賞は集英社の主催。集英社代表というわけだ。 ・恩田陸 「蒲公英草紙―常野物語」
さらに集英社からはもう1作。前回の133回直木賞候補者から続けてノミネート されそうなのは彼女である。朝日新聞社の「ネクロポリス」も出版されているが、 最終選考会において過去、上下巻の長篇候補作は散々コケにされ、落選させられた。 また朝日新聞社は直木賞と縁が比較的薄いため、ここは集英社刊の本作品だろう。 ちなみに彼女も日本推理作家協会会員である。 おまけに、吉川英治文学新人賞受賞経験者というおまけも付いている。 過去のこの新人賞の獲得者で直木賞候補に選ばれた作家は 伊坂幸太郎、福井晴敏、恩田陸、諸田玲子、宇江佐真理、山本文緒、馳星周、 真保裕一、浅田次郎、宮部みゆき、大沢在昌、景山民夫、船戸与一、高橋克彦..... 過去の受賞経験から作家を見たときに最も直木賞に直結する賞と言える。 ・古川日出男 「ロックンロール七部作」
補欠として、恩田陸同様、前回のノミネート作家の連続入選を挙げておく。 彼は文藝春秋社から「ベルカ、吠えないのか?」でノミネートされた、つまりは文藝春秋社 から初選出された作家は同社の恩恵を受けやすいのである。 それでも次点にした理由は、単に上位2作品のノミネートの確率が高いと推理するまでだ。 ◆新潮社 さて、問題の新潮社である。山本賞を抱えている新潮社とは事実上のライバルだ。よって、 新潮社からの選出は山本賞からの選出も合わせて考えることがポイントとなる。 ここで押さえるべき点は ①山本賞にノミネートされたことがあるか。 ②山本賞に過去1度だけノミネートされた場合、その作品の版元は新潮社か。 当初の予想では梨木香歩氏の「沼地のある森の中で」が直木賞候補作に入ると信じていた。 しかし、それはとんだ勘違いのようだ。 彼女は山本賞にかつて新潮社刊の「家守綺譚」でノミネート(受賞ならず)された経験を持つ。 こういうパターンの場合、直木賞側としては新潮社以外の出版社からの作品を直木賞候補作 に出す。 「沼地のある森の中で」は新潮社だ。もしもこの作品が他出版社から出ていたら どれだけ良かったことかとつい腕組みをしてしまった。実に残念である。 「沼地のある森の中で」は、おそらく次期山本周五郎賞の候補作になるだろう。 そこで他の作品に目を向ける。山本賞のノミネート歴のない新潮社刊行の作品を考えると 2作品が浮上した。 ・畠中恵 「おまけのこ」市川拓司 「世界中が雨だったら」 その中ではシリーズものであるが、新潮社を代表して畠中氏の「おまけのこ」に奮闘して もらいたい。氏は山本賞にノミネートされても不思議のない作家だ。 よって文藝春秋社としては先手を打って山本賞にノミネートされる前に直木賞候補歴を 彼女の経歴に入れ込むことで畠中氏を育てた新潮社にプレッシャーを与えておくのだ。 さらには彼女は「怪(あやかし)」をテーマにした江戸時代小説を描く作家だ。 文藝春秋社の時代小説直木賞候補作推理の 城野隆「一枚摺屋」の2次落選の保険的意味合い としてこの時代小説を候補作として推理する。
◆角川書店 絲山秋子氏はいつの日か、直木賞になる要素は十分ある。彼女はかつて芥川賞3回連続候補作 に選ばれた経歴を持つ。角田光代氏も同じ経験を持ち、のちに直木賞作家となった。 今回は「ニート」という作品を発売しているが、もう少し時期を待ったほうがよさそうだ。 また、歌野晶午氏の「女王様と私」も考慮に入れた。 ただし、彼の作品は別世界のものだ。文章自体、または文章の節・章・構成等を利用して 読者を罠にはめる方法をとる。作品のタイプが直木賞にあわない気がする。 ◆幻冬舎、徳間書店 幻冬舎はとにかくエンターテインメントを大切にする。売れなければ本じゃないという考えの もと、奇抜な作品でしかも読者をとりこにする作品を世に送り出してくれる。 エンタメという概念において、それは直木賞の大衆文学に近いものである一方で、 文学という概念にしがみつこうとしない点において直木賞最終選考委員にケチがつく。 文藝春秋社に近いようで実際はまったく逆を進む出版社であると思っている。 それが幻冬舎が直木賞作品を出さず、直木賞候補作が少ない理由だと考える。 しかしながら、今期間には2人の作家を押す。そしてそのうち1人がノミネートされるだろう。 黒川博行 「暗礁」      幻冬舎 ・馳星周  「楽園の眠り」   徳間書店 ・安東能明 「ポセイドンの涙」 幻冬舎 3名とも日本推理作家協会会員であり、黒川氏、馳氏に関しては不名誉だがいつまでたっても 直木賞候補の常連だ。おそらく今回が最後のノミネート作になるだろう。
takam16の直木賞候補作品予想
作品名 作家名 出版社 選出回数
死神の精度 伊坂幸太郎 文藝春秋 2回ぶり4度目
ハルカ・エイティ 姫野カオルコ 文藝春秋 4回ぶり3度目
一枚摺屋 城野隆 文藝春秋 初選出
さよならバースディ 荻原浩 集英社 初選出
蒲公英草紙―常野物語 恩田陸 集英社 2回連続2度目
おまけのこ 畠中恵 新潮社 初選出
暗礁 黒川博行 幻冬舎 8回ぶり5度目
次点1 容疑者Xの献身 東野圭吾 文藝春秋 3回ぶり6度目
次点2 凸凹デイズ 山本幸久 文藝春秋 初選出
次点3 ロックンロール七部作 古川日出男 集英社 2回連続2度目
次点4 楽園の眠り 馳星周 徳間書店 4回ぶり5度目
次点5 漆黒泉 森福都 文藝春秋 初選出
◎...ほぼ確定予想   ▲...可能性あり。 注意1...伊坂幸太郎は講談社刊「魔王」のノミネートの余地を残す 注意2...城野隆が選ばれない場合、または伊坂幸太郎が「魔王」で選出された場合は      次点から繰り上げられるものとする 注意3...文藝春秋社の枠は3が最高とする この度は、「読んでもいないのに次期直木賞受賞作を推理する」にお付き合い下さいまして ありがとうございました。 今予想は、あくまでも直木賞を作品レベルとしてよりは出版社や確率、過去の受賞経験から予想する 形であるため、邪道と思われるかもしれませんが、 この賞が、機械が評価するのではなく人間の主観により評価するということ、 そして伝統もあり知名度も高い賞が人間の主観が理由でいかに公平性を欠くものであるかと いうことを過去のデータを参考にしながら示したものです。 しかしながら直木賞を決して嫌悪しているわけではなく、直木賞があるからこそ一連の記事を 書くことができたことに感謝し、また、直木賞に興味があるからこそこれらの記事を書いた捉えて いただければと存じます。 気軽な気持ちで、娯楽と思って読んでいただければ幸いです。 また、これをきっかけに直木賞という文学賞のみならず、本というものに少しでも興味を 持っていただけるのであれば、大変光栄です。 2005年の記事は今日で終了です。 また来年お会いしましょう。 ありがとうございました。 * 実際の直木賞候補作は1月初旬に発表され、最終選考会はその1週間後の予定です。
 

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です。バーチャルですが......

第134回直木賞受賞候補作の発表は年明けの週末、
そして直木賞の最終選考会は1週間後の木曜日に行われ、
受賞者とその作品が発表される。
候補者のもとには12月の中旬までにはすでに封書か何かで
知らせが届いているはずだ。
候補作品の一般向けの発表が来年というだけのことだ。


当ブログでは10月より数回にわけて
「読んでもいないのに次期直木賞受賞作を推理する」
などと大それたタイトルで皆様にお付き合いいただいた。

「読んでもいないのに何がわかるのか?」
という意見が多々あるのは承知の上である。ならば逆に質問しよう。

「読んだら何かわかるのか?」

創作物というデリケートなシロモノを評価するのは機械ではない。
人間なのだ。しかもその人間はただの人間ではない。
「物書き」というこれまたデリケートな創作物を生み出す人間が評価
するのである。
よって、どれだけ感動を呼ぶ作品であろうと、どれだけ本屋で売れ筋と
言われようと、彼らの持つ主観がすべて優先される。
そして彼らの持つ主観は凡人の理解を超越したものだ。
過去にどれだけ優秀だと言われた作家が受賞を逃しているか、
世間にたっぷり認知された作品がどれだけ受賞できなかったか、
数えるだけ時間の無駄というわけだ。

凡人の理解を超越した主観を持つ彼ら、つまりは直木賞選考委員は
現在以下のメンバーで構成されている。

阿刀田高氏  70歳 1995年より選考委員
五木寛之氏  73歳 1978年より選考委員
井上ひさし氏 71歳 1982年より選考委員
北方謙三氏  58歳 2000年より選考委員
津本陽氏   76歳 1995年より選考委員 
林真理子氏  51歳 2000年より選考委員
平岩弓枝氏  73歳 1987年より選考委員 
宮城谷昌光氏 60歳 2000年より選考委員
渡辺淳一氏  72歳 1984年より選考委員  

直木賞にしばしば言われる問題点の1つは選考委員達の高齢化である。
実際、直木賞候補に名を連ねる作家はたまに20代や50代以上の年齢の方が
候補になることもあるが、多くは30代~40代に非常に多い。
それに比べて9名の選考委員のうち6名が70代である。
この点において、年齢にはもっとバラつきがあった方がよい。
歳がその人の評価のすべてとは毛頭思わないし、文学の世界が年齢とともに
蓄積される人生経験がゆえに深みのある世界を構築できることはまぎれもない
事実であろう。
しかし、昨今の情報化社会における急激な社会の変化のおかげで
世代間ギャップというものが日常生活にしばしば見られることを考えるならば、
文学作品においてはよりいっそう世代の違いゆえに生まれるギャップは甚だしい。
選考委員側が候補者側に積極的に心を開くのであればよいが、選考委員もそれぞれ
選考基準を持っているはずで、さらにその基準に変化はさほどない一方で彼らは
確実に歳をとっていくのだ。

「最近の若手作家は.....」

などという言葉が出る度にそれを感じてしまうのである。

そして選考委員の上記のの高齢化の手助けをしているのが、2つめの問題点である
「選考委員生涯現役制」だ。
4~5年に一度は選考委員の入れ替えは必要だ。
なのに、この制度では選考委員が辞退を申し出ない限り、死ぬまで選考をすると
いうわけだ。
短いものでは3名が2000年より選考委員をしているが、もう5年もやっている。
渡辺淳一氏は21年、井上ひさし氏は23年、そして五木寛之氏にいたっては
なんと27年間も選考委員の座にいるのだ。
はたしていつまでやるつもりなのか。
各選考委員には選考基準があり、当然ストーリーや文章の構成、候補者の個性に
好き嫌いが生まれるのは自然である。歴史や伝統は確かに大切だ。しかし
このあまりにも保守的な姿勢は新たなものを生み出す力の邪魔になりはしないだろうか。
いいかげん、ルールを変えたほうがよい。
これだから当ブログのように傾向や対策、データにこだわった推理が可能なのだ。
批判と同時にこの場でお礼も申し上げたい。

読んでもいないのに次期直木賞受賞作を推理したくなる理由はこの保守的ゆえに
生じる受賞パターンというものがあるからだ。
ただしそれを言うならば、最終選考委員よりは2次選考の文藝春秋社員に物申した方が
よいのかもしれない。

直木賞の選考過程を確認しておこう。

①関係者350人によるアンケート調査
↓
②文藝春秋社の社員数十名が下読み&議論し、評価し、候補作決定
↓
③海千山千の選考委員による2時間の議論・話し合いで受賞作決定


毎回5~7作品選ばれるのが一般的だが、ここ最近の傾向は7作品が選出される。
よって今回も7作品が候補作として選出されることを前提に話を進めていく。
現状では候補作予想である理由から
②の2次選考委員の腹の中を予想しながら考えていきたい。

まずは7作品をどう出版社別に振り分けるかだ。
上記の直木賞選考過程の①と②はクセ者だ。

アンケートや投票のみなら正しい数字が出るも、議論や評価までに物事が及ぶと
特に②の文藝春秋社員の存在が腑に落ちない。
出版社が主催する賞ならば、自分の出版社の作品にできるだけ有利になるように
仕向けることなど簡単だ。
過去の直木賞候補作においても、前回は7候補中3候補、前々回も7候補中3候補
が文藝春秋社の作品だ。
よって今回も3候補を文藝春秋社、あとの4つを他出版社と推理する。
まずは文藝春秋社の候補作予想を行う。

文 藝 春 秋
作品名 作家名 出版社
死神の精度 伊坂幸太郎 文藝春秋
一枚摺屋 城野隆 文藝春秋
ハルカ・エイティ 姫野カオルコ 文藝春秋
凸凹デイズ 山本幸久 文藝春秋
漆黒泉 森福都 文藝春秋
容疑者Xの献身 東野圭吾 文藝春秋
その文藝春秋社刊の作品、最有力候補作は 伊坂幸太郎氏 「死神の精度」だ。
伊坂 幸太郎
死神の精度
候補実績は129回の初選出から数え、過去5回中3回選出されている。 新潮社の「重力ピエロ」 → 講談社の「チルドレン」 → 角川書店の「グラスホッパー」 そして今回、満を持しての文藝春秋社からの出版だ。 実は同じく、講談社からは「魔王」という作品も出版されている。
伊坂 幸太郎
魔王
どちらが選出されるかに議論の余地は残すが、講談社の「魔王」は同出版社の「チルドレン」と同じく 雑誌「エソラ」に掲載されたものの書籍化だ。この場合、同じ系統から選出するよりは 別の系統から選出する場合がなぜか多い。ましてや今回は身内の文藝春秋社だ。 「魔王」で選出されれば、文藝春秋枠が1つ空き、他の新鋭作家にもチャンスが訪れる意味では いいのだが、文藝春秋社としては伊坂幸太郎ブランドを我が物にしたいのだ。 なぜなら、伊坂氏はライバルの新潮社がこの世にデビューさせた作家だ。 ここで伊坂幸太郎を受賞させねば、来年の新潮社側の山本周五郎賞で「魔王」が大賞を 獲りかねない。ここは新潮社側との駆け引きだ。 文藝春秋社員である2次選考委員にとっては伊坂氏デビューの恩人新潮社に恥をかかせる チャンスだ。 伊坂氏が直木賞を獲ってしまえば、山本賞側は伊坂氏に賞を獲らせることができなくなる。 過去3度の落選は他の出版社だ。気にはならない。 しかし「死神の精度」は文藝春秋社刊の作品なのだ。 ここは是非とも伊坂氏を我が社が誇る直木賞にさせたいと願うのは自然だろう。 あとは最終選考委員達のデリケートな琴線にふれさせることができるかの問題である。 しかしながら上の予想とはまったく逆の話になるが、所詮伊坂幸太郎は自分達が育て上げた作家 ではないという派がいても当然である。数十名の2次選考委員にそれぞれ意見というものもある だろう。 これについては過去の傾向に基づく話で以前にも触れたが、 「文藝春秋社は直木賞候補として初選出された出版社が自分の出版社でなければ冷たい。」 というデータがある。 伊坂幸太郎氏の直木賞初選出作品は新潮社だ。 「初選出が新潮社の場合、直木賞作家になれない確率 82、3% (該当は17つ)」 他の出版社も挙げると 初選出が角川書店の場合  同じく 85.7 % (該当は7つ) 初選出が幻冬舎の場合   同じく 100 %  (該当は3つのみ) 初選出が集英社の場合   同じく 58.3%  (該当は12) 初選出が講談社の場合   同じく 33.3% (該当は18) 初選出が文藝春秋の場合  同じく 43.8% (該当は32) 。 また、初選出が新潮社で受賞作品が文藝春秋社の場合は20年間で 海老沢泰久氏1人しかいない。 つまりこういうことだ。 文藝春秋社には彼らの編集方針があり、新潮社などには彼らの編集方針がある。 だから書き方や構成が違う場合もある。 そのうえで最終選考委員は何十年経っても同じ選考委員なのだ。 彼らはよく1人の作家を点として捉えるのではなく、線として捉えようとする。 前作との比較をした結果、最終選考委員が受賞を見送ることは選評等を拝読すると 非常に多い。 一方でいろいろな出版社で候補作になると、作品というものは作家と出版編集者 が二人三脚で創り上げるわけだから、作品の姿勢がコロコロと変わりやすい。 そこで作家の評価が前回の作品より上がったり下がったりするのだ。 ましてや、作品の多くは文芸雑誌の連載を経たものが実に多い。 本としての出版は今でも、実際は2~3年前より執筆したものがようやく終了した ことで、次に本というパッケージにし、商業出版として売り出すための、 そして執筆時と出版時の数年間の空白を埋めるべく本の最後によく見るコメントで ある加筆や修正という作業を行うのだ。 従って、出版時期がそのまま作家の執筆した順番に比例するわけではない。 現に「死神の精度」は平成16年度の日本推理作家協会短篇賞を受賞しており、 この賞の対象期間は前年の1年間、つまりは平成15年に執筆した作品なのだ。 けっこう古い作品である。 そして、同じ出版社かつ同じ編集者で選出された方が作家の伸びや成長ははっきりする。 さらにはそれが身内の文藝春秋社ならなおさらだ。 そこで、文藝春秋社は可能性の高い別の作家に気を配ることを考える。 その1番手が 姫野カオルコ氏の「ハルカ・エイティ」である。
姫野 カオルコ
ハルカ・エイティ
2年半、新たな商業出版のなかった姫野氏の復帰第一作というとおおげさかも しれないが、彼女の直木賞候補歴を記すと 117回 文藝春秋 「受難」 130回 角川書店 「ツ、イ、ラ、ク」   今回 文藝春秋 「ハルカ・エイティ」??? 文藝春秋社は自分の出版社から候補作を出したのであれば、一定条件のもと、 再選出の面倒を見てくれる。 そして、55%以上の割合で文藝春秋社が初選出の場合は文藝春秋社で受賞できるのだ。 その一定の条件とは、 「候補作として文藝春秋社から選ぶのは2度まで。」 最近20年間では角田光代氏、朱川湊人氏、奥田秀朗氏、藤田宜長氏、なかにし礼氏、 笹倉明氏、高橋義夫氏が文藝春秋社2度目の選出で見事受賞を果している。 姫野氏はまさしくこのパターンだ。久々の出版が文藝春秋社というのも説得力がある。 ただし、この2度目のチャンスをものにできなかった場合、文藝春秋社は最近20年間 では面倒を見てくれない。 文藝春秋社によりで2度候補になりながら、 受賞できなかった作家が直木賞を獲得する確率は 過去20年間に限定すると、22%、 過去10年間では     0% 過去5年間でも      0% 横山秀夫氏、東野圭吾氏、宇江佐真理氏、馳星周氏、黒川博行氏、 小嵐級八郎氏、東郷隆氏、今井泉氏、山口洋子氏 はこの罠にはまった作家達である。 姫野カオルコ氏が候補作になると予想する今回、彼女にとっては 事実上最後のチャンスである。 さて、文藝春秋社第3の候補作を考えるならそれは 城野隆氏の 「一枚摺屋」 になるであろう。
城野 隆
一枚摺屋
最終選考委員の平岩弓枝氏が前回の選評において時代小説の衰退に憂えているのだ。 こういう「お神」の声を2次選考委員は無視するわけにはいかない。 しかしながら、聞き覚えのない彼がなぜという疑問が生じる。無理もないだろう。 その答えに次のように応える事ができるだろう。 132回直木賞候補  山本兼一  「火天の城」 132回直木賞候補  岩井三四二 「十楽の夢」 120回直木賞候補  横山秀夫  「陰の季節」 この3人の作家に共通するのは、松本清張賞受賞作家である点だ。 松本清張賞の対象は「ジャンルを問わぬ良質の長篇エンターテインメント」である。 受賞歴で直木賞候補者・候補作を推理するのはしばしばあるパターンであるが、 この松本賞、実は文藝春秋社による文学賞なのである。その証拠に 山本氏と横山氏の2人は松本賞受賞作品がそのまま直木賞候補作となっている。 これに時代小説衰退を憂える選考委員の選評を読むと 城野隆氏はそのままダイレクトに直木賞候補に名乗りをあげるのに十分だ。 つまり、松本清張賞は直木賞候補作になるためのステップレースであるといえる。 つづく....
 

takam16の本の棚
です。バーチャルですが......




1テーマ5つ。その5つに順位はない。
あくまでも5つは限りなく等しい。


①[管理人の外出時、漏れなく付いてくるファイヴ]
1 タオル
  吸収力が極めて悪いハンカチの類では、帰宅時にはもうビショビショだ。

2 耳栓 
  集中力には欠かせない必需品。なぜか仕事中にもしていることがあり、
  耳が遠いと人は言う。

3 ペットボトルにウーロン茶
  おかげでトイレが近うございます。タオルがビショビショになる原因も
  ここにあり。

4 付箋
  実はネタ集め。元来は仕事の発想の補助的役割も、いつのまにやらブログ
  のパートナー!?

5 3色ボールペン
  色分けしながら付箋に記入。黒ばかりが減って困っている。

②[使用頻度の高い化粧品・医薬部外品・医薬品ファイヴ]

1 8×4
  春夏秋冬シュッシュシュッシュ♪。以前8×4臭いと言われたことがある。

2 養命酒
  1500円台の特売の時期を常に狙っております。 

3 正露丸
  お腹を下すことが多いため、使用頻度が増しております。
  ただいまニオいの出ない正露丸トーイエーにご熱心。

4 シーブリーズ
  こちらはシャンプー前に使用する毛穴スッキリクレンジング。
  イキイキとした健康的な髪を育んでおるつもりです。

5 デパス
  肩こり等は病院から出るこの薬ですべて解消されます。
  市販では売ってないのであしからず。

③[お気に入り女優ファイヴ]
1 長澤まさみ
  彼女の出演するTV番組は他のどのような番組にも優先されます。

2 小川範子
  子役時代からほとんどなにも変わっていません。
  本の読み聞かせは彼女にお願いしたいものです。

3 宮本信子
  故伊丹十三の妻。マルサの女、スーパーの女などの作品での演技を
  拝見すると、人に元気を与えてくれます。悲しい役より断然楽しい役
  でこれからもお願いします。

4 国仲涼子
  思いっきり純情なイメージでCM出演がやたらと目立ちはじめています。
  個人的には耳は出さない方がいいかと....

5 櫻井淳子
  魅力は顔で演技できるところ。次の日に顔が筋肉痛なんてことがありそうな...

④[DVDに録画してまとめて一気に見たいアニメファイヴ]
1 未来少年コナン
   コナンといえば、やっぱりこちら。誘拐されたラナを取り戻すためコナン達が
   インダストリアに潜入するあたりから俄然盛り上がります

2 トム・ソーヤの冒険
   こちらもインジャン・ジョーが人を殺すシーンあたりから管理人はヒートアップ
   します

3 みなしごハッチ
   ハッチを襲う動物達がまるでケダモノのようにみえます。
   特に人間はバケモノです。

4 ミスター味っ子
   味王が口から火を吹くシーンは毎度爆笑しております。ちょっとやりすぎの感も...

5 マイッチングマチ子先生
   プチエロエロですみません。

⑤[最近の疑問ファイヴ]
 アニメキン肉マンにおける当初は残虐極まりなかったはずのラーメンマンが
  第2回超人オリンピックにおいて突如無口でシブイラーメンマンに変わったわけは
  なんらかの圧力?

 キャスターの草野仁がやたらと体を鍛える理由

 あまりにも選手のプライベートエピソードを乱発するマラソン解説増田明美

 なぜ女性はタバコを美味そうに吸わないのか?吸う時の渋い顔にはご用心。

 負けてもよく頑張ったで済ますバレーボール中継。そんなことで
  強くなれるはずがない。 
   

5 × 5 で 25。 今日は25日。まことに恐縮です。
 
 
注意) このテーマはバトンではありません。