アレックスは生に頓着があるわけではない。
だからといって死にたくも無い。
そう言う意味では世間の19歳と特に変わりがあるわけではない。
生について深く考えた事も無い。
労働階級の家庭に生まれた彼は明日の命より今日の晩飯を考える事が多い。
そもそもが生について深く考えるなんざ暇人か思春期の少年少女の仕事だ。
そう思えるアレックスはある意味では健全と言えるかもしれない。
ハイスクールは中退したがこの国では珍しい事でもない。
彼は未来という概念に対して希望も絶望も抱いちゃいない。
大人になるという事に対して何の感慨も無いし、ピーターパンシンドロームなんてゾッとする。
14の夏に初めて女を抱いた彼には個性を消してネットの世界を徘徊する人間の気持ちも理解できない。
他人に殴られない距離から物言う事に何の興奮も見出せない。
他国の学校では哲学の授業があると聞いた事があるが、それは良いことなのではないかと思う。
哲学を学ぶのではなく哲学と言う他人の意見を学ぶ事が大切なのではないかと思う。
少年のうちに『他人が存在する』という概念を学んでおくのは重要だ。
『他人が存在する』という認識を持って育てば自分が勝つまで口論をやめないなんていう阿呆は減るように思う。
勝ちたがるやつっていうのは阿呆が多い。
勝つ奴は阿呆ではない。
決定的な違いだがそれが阿呆にはわからない。
そんな事を考える程度にはアレックスという青年は普通の19歳である。
彼が普通の青年では無くなったのはミヤジという『10才の体の男』と出会ってからだ。
どうみたってイエローには見えない少年が極東の住民のような名を名乗るのところから胡散臭かった。
出会いも薄らとしか憶えていない。
兎に角アレックスはミヤジと出会い『永遠に行き続ける体』を与えられてしまった。
正確にはアレックスは死ぬ。
死してまたアレックスの記憶を持ちアレックスとして生まれてくる。
それは永遠に行き続けるそれと似ている。
転生に近いところではあるが彼は永遠にアレックスとして生まれてくる。
アレックスであった事を憶えたままアレックスとして生まれてくる。
80歳で死ねば次に生まれたときは80歳と1日で生まれてくる。
無論体は赤子としてだ。
彼にはシステム化された生が与えられた。
不死に酷似した生に初めは興奮もした。
生に頓着がなかろうが死ぬのは嫌だ。
自分が特別だと言う状況が彼を興奮させるのもまた彼が普通の青年だからだ。
だがこのシステムの残酷さに気付くのに時間はかからなかった。
不死が残酷である事などすぐに理解できた。
人は死後生まれ変わるのか、天国や地獄へ行くのか、星になるのか、土へ還るのか。
アレックスにはわからないが少なくとも彼はそのどれかの権利を失っってしまったのだ。
死を恐れて動けなくなる人間もいるがアレックスは生について考え動けなくなりそうになることがある。
だがそれはシステム化された生の中では許されはしない。
アレックスは永遠の命と引き換えに『傍観者達』という組織に組み込まれた。
『傍観者達』とはその名の通り世界を傍観する者たちの組織だ。
傍観者と言う単語は大抵が良いようには使われない。
彼、又は彼女らはその名の通り『傍観する』のが仕事だ。
世界のあらゆる出来事を傍観し、記録し続ける。
それは永遠の生を手にしてこそ可能な事だ。
よって『傍観者達』は全ての『出来事』に関与は出来ない。
目の前で命が奪われていようが手を差し伸べる事も許されない。
目の前で誰が死のうと『傍観者達』は傍観し記録しなければならない。
何ともタフな仕事だ、アレックスには向いてやしなかった。
昨日今日『傍観者達』に組み込まれたアレックスはまだ感覚は麻痺しちゃいなかったし、正義感ではなくモラルくらいはあった。
永遠に生き続けながらも何事にも干渉してはいけない。
彼の人生は(そう呼ぶにはあまりにも途方が無い)そのようにシステム化された。
それに抗うのか従うのか、それはまだわからない、これから始まるのだ。
「お前、2度生まれ変わったって言ったな」
アパートの地下にあるミヤジの部屋のソファーに腰掛けながらアレックスが聞いた。
開いた本から目を離さずにアレックスのとはまた別のソファーに腰掛けたミヤジという10才の少年の体をした男が答える。
「2度、死を経験した、俺は俺である以上生まれ変わってなどいない」
その言葉は10才の少年のものではない。
「どっちだって良いよ、そんなの」
アレックスは生と死の違いを聞きたいわけではない。
「ミヤジは体こそガキだがそこいらの人間よりはずっと生きてるって事だよな?」
「どうかな、俺が順当に寿命まで生きたとは1度も言っちゃいないがな」
ミヤジは本から目を離さない。
この子供大人は質問をされるのが嫌いなのだ。
「順当に寿命まで生きてたとしたらさ、80が2回と10才だろ、ミヤジは170は年を越した事になるよな」
「だったらどうした」
「いや・・・それまでどうしてたのかなって、アンタずっとここの育ちなのか?」
「そんな昔の事は忘れた」
「あ、そう」
アレックスもミヤジがまともに返答するとは思っちゃいない。
170と仮定する。
そうするとミヤジは2つの世界大戦をどこかで体験したのかもしれない。
いや『傍観者達』である以上体験はしなかったのかもしれない。
それから、ええと、なんだ、ああ、エルビスもビートルズもストーンズもジミヘンもクラッシュもリアルタイムだったのか。
それは素敵だな。
アレックスの思う170年はこれで終り。
何度も言うが彼は普通の19歳だ。
彼の170年史は幕を閉じ、現代へと思考は戻って来る。
パタン。
まるでタイムタラベルから帰ってくるタイミングを見計らったかのようにミヤジが本を閉じた。
「さて、仕事に行くか」
今日も何かを記録しに行く。
何を記録するのかは新参者のアレックスにはわからない。
アレックスに仕事を教えるためにミヤジが指導している。
2度死んだミヤジは淡白だ。
アレックスは今日もまた「出来事」を記録する事にウンザリしている。
アレックスの傍観は始まったばかりだ。