2015年11月03日(火)

信仰って何ですか?

テーマ:【ご質問回答コーナー】
本日もこころのエステ・フィットネスに
立ち寄ってくださり、有難うございます。

ゴールデンウィークいかがお過ごしでしょうか。
みなさまのゴールデンウィークが
よい休日となりますように。

**************************

さて、自分の立場で働いておりますと
いろいろとご質問をいただく機会が多いのですが

やはり、
「『信仰』って何ですか?」

と問われることは多いですね。

質問をしてくださる方によって
答えは違ってはいますが、

わたくしが
「信仰って何ですか?」

と、ご質問を頂いた時は、
下記のようなお話をさせていただいて
おります。


**************************

まず、

【信仰】という言葉は、いろいろな意味で
本当に難しい言葉だと
思います。

ですから、わたくしは

「【信仰】という言葉は【信頼】という
言葉に置き換えてみてください
と申し上げています。

何かを【信頼】することって
大事だと思われませんかと・・・。

【信頼を築くこと】【信頼関係】
人間関係面でも、ビジネスシーンでも
重要になってくることだと思います。

**************************

さて、詳細は、別の機会にお伝えできればと
思いますが、「信仰」というお話をさせていただく上で

わたくしの中の、
【聖書】、【宗教】、【信仰】、【キリスト教】

という事柄について、それぞれをどうとらえているかの
概念(尚、これは、個人的・私的なものであることを
ご理解ください)をお伝えしておこう
と思います。

**************************

【わたくしにとっての聖書】
信仰の対象 神様の言葉、約束
 
人間の思い、意思を超えた神のご意志
限られた人間の価値観では測れないもの。
あまり人間的な解釈を加えず、そのままを
受け止めていけたらいいと考えるもの。 

**************************

【わたくしにとっての宗教】
 
こころの在り方を問う営み
自分にとっては「哲学」と同義語 
 
宗教(哲学)は、人間の考えられる範囲のもの
人間の考えられる常識の範囲を超えない。

こころの在り方ですから、人それぞれ、
さまざまな考え方があっていいもの。
   
イエス=キリストをただ信じて救われた人は
もっと仏教的な生き方をしてもいいのではないだろうか・・・。
などとも思っていたりします。

わたくしの先祖、曾祖父は浄土真宗の住職でしたし
http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10002089701.html

今、個人的には日本の神道と聖書の幕屋制度についての
共通点は研究課題です。
http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10003281182.html

決して、すべてが同じというわけではありません、

しかし、諸宗教と【共有できる事柄】を
たくさん聖書は含んでいます。

キリスト教が自らを絶対化し、そうでないものを
排斥しないようにするならば、「
「切り捨て教」(笑)とならないように、

自分たちだけが正しいとして、
そうでないものを排斥しない限り

その共有できる部分で、諸宗教とは対話、
歩み寄りができるとわたくしは思っています。


*******************************

【わたくしにとってのキリスト教】
 聖書”解釈”の一つ 方法、手段

仮に【聖書】を”野菜”とたとえると
 
【キリスト教】は、その”調理法”であり
また、”食器”等にたとえられます。

サラダにするか、温野菜にして添えるか 
和風にするか、洋風にするか
木の皿に盛るか、ガラスの器にするかetc.

すべての【キリスト教】が聖書を正しく【解釈】しているとは
限らない 自分の属している教団も含めて。
常に聖書は研究される必要があって、その研究次第では
【解釈】は変更を加えられるべきものであると思います。

【キリスト教】の【解釈】のことを【教理】といったり
します。

【聖書】は一つなのですが、【教理】はそれはもう、たくさんありまして
【教理】に基づいて、種々の【教派】(宗派)が生まれているのです。

現在、世界のキリスト教(プロテスタント)の中には
2000を超える教派があるといわれています。

【教理】は、人間の【解釈】(考え方、感じ方)
ですから、10人が読めば、10通りの解釈が出現
してくるのです。
そこで、お互いの解釈を持ち寄って、対話が
できればいいのですが、
【解釈】の相違の中で【対立】が起きているもの
事実です。悲しいことですが、

そのあたりの現状を憂いて、わたくし個人的には
       
【聖書】は好きなのですが、【キリスト教】は実はあまり好きではありません。

【聖書】はお伝えしたいのですが、【キリスト教】を伝えようとは思いません。

 
なぜなら、聖書は、キリスト教だけのものではないからです。
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、
ユダヤ教、イスラム教と 聖典として共有しているのです。
 
共有部分を、キリスト教では「旧約聖書」と表現してますが
それは、キリスト教の”解釈”にすぎないのです。

それぞれの宗教は
       
 ユダヤ教: 「聖書」+「タルムード」
 キリスト教:「聖書」+「新約聖書」
 イスラム教:「聖書」+「コーラン」

をもっています。

「タルムード」「新約聖書」「コーラン」とは、
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の
それぞれの”聖書”解釈(本)といえます。

ですから、
決して「キリスト」教の「解釈」だけを絶対化して、
それを”正義”として、振りかざしてはいけないと
思っています。

キリスト教の「聖書の創造主は愛である」という解釈は
間違っていないと思います。

この愛が正しく理解され、全うされる時、
正義はそれに附随しておのずと全うされる
ものではないかと思います。

正義は大切なものですが、順番を間違うと
問題です。

もし、その愛なしに、正義だけが振りかざされると、
そこには戦争しか起こらない、そして、その戦いは
永遠に繰り広げられるのです。

聖書の神を「愛」と解釈しようとしている、
それをイエスという方を通して考える、
キリスト教の解釈は間違いではないと
思っています。

それで、わたくしは、今
”キリスト教の牧師”として
働いているのです。

*************************

まとまりのないまま、記しています。

上記、書いております記事をお読みくださる中で

それぞれについて、詳細、気になる発言
がありましたら、コメント欄にご質問
ください。。。それでは、失礼します。

本日もお読みくださって、有難うございます。


今日もみなさまの一日が良い日でありますように。


神様のお守りが豊かにありますように。




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2010年12月22日(水)

【ご質問回答コーナー(リニューアル中)】

テーマ:【ご質問回答コーナー】

いつも、弊ブログをお読みくださってありがとうございます。

こちらでは、読者の方々から寄せられた

ご質問にお応えしています。

聖書に関するご質問他、弊ブログをお読みになっての質問

なんでも、結構です。お気軽にお寄せください。


**************************


■『進化論と創造論をどう考えたらいいですか?』

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10012590224.html



■『生まれつき目の不自由な人』(ヨハネ福音書9章)

の解釈について

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10007473678.html



■『天国ってあるのですか?』

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10002190336.html


■『お金のお話で恐縮ですが、キリスト教での葬儀代に

ついてお尋ねしていいですか?』

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10002055106.html


■『アダムとエバとわたしたちが何の関係があるのでしょうか?』

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10002036722.html



■『どうして神は”善悪を知る木”を作られたのですか?

悪魔は神が作ったのですか?』

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10001624389.html


■『たった木の実一個を食べた失敗を神様は赦されないのですか?』

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10001960825.html


■『【三位一体】という言葉について教えてください』

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10000353307.html

「父なる神、御子イエス=キリスト、聖霊なる神の関係」

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10000359301.html


*****************************

本日もお読みくださり、ありがとうございます。

本日も神様の祝福、愛が皆様の上に満ち溢れますように。


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2010年09月18日(土)

【こんなこと絶対にやってはいけない】

テーマ:【ご質問回答コーナー】

Q.このようなネット記事を見たのですが

 どう思われますか?

http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20100913k0000e030021000c.html


***********************************


K様 いつもブログを読んでくださり、

ありがとうございます。


わたくしとしては、


こんなことは絶対やってはいけない!!


これが答えです。


キリスト教が誤解を受けますし、


わたくしは、大反対です。

憤りを覚えます。


紛争の種を増やしてはいけない。


このようなことをしても

何も解決しません・・・。


このような対立が起こること・・・

宗教というものの悲しい現実ですが、


どうか、このことで、

キリスト教のすべてが

こんなことをする・・・と


いうような誤解はなさいませぬよう

よろしくお願いいたします。


御質問ありがとうございました。


よろしければ、過去記事

【ユダヤ・イスラム・キリスト教】

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10004292625.html

お読みください。


*****************************


本日も、お読みくださってありがとうございました。

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2007年06月24日(日)

【KTさんとの対話から~カインとアベルの捧げものについて~】

テーマ:【ご質問回答コーナー】

みなさま、本日もお立ち寄りくださり

ありがとうございます。


最近は、一週間に一度の更新ペースに

なってしまってまして・・・(^_^;)


・・・それでも、足跡つけてくださったり、

ちょくちょく覗いてくださっていること

とても、うれしいです。

有難うございます。


さて、バベルの物語に関して、

話をすすめていますが


今日の記事はいつも、聖書を共に考えてくださっている

K・Tさんとの対話を、K・Tさんの了承を得て

記事にしてみました。


※ KTさん:グリーン部分です。

※ VOXY:おれんじ部分です。


*******************************


「タイゾーさん、お久しぶりです」

「ホント、おひさしぶりですね」


「ちょっと、最近お疲れちゃんですか笑」


「はい、ちょっと、いろいろありまして、ヘロヘロです。(^_^;)

ご心配くださって、ありがとうございます。

でも、今日もよく教会に来てくださいました。」


「はい。わたしも仕事が忙しくて、なかなか来れませんでしたけど・・・

ブログは読ませてもらっています。

前、記事を読んでいて、思ったのですが、

ちょっと尋ねてもいいですか?」


「どうぞ・どうぞ」


「カインとアベルの話なんですが、

どうして、神様はアベル献げものは、受け入れられて

カインの献げものは、退けられたんですか。

えこひいき!?とかじゃないんですよね??


「そうですね・・・もちろん、えこひいきではなくて、

意味があることなんです。


これは、この聖書の箇所からだけだと何故?

っていう疑問が残りますよね・・・

多くの人がそのように思われますね。


これは、神様の定められた犠牲制度ということ

と関係してきまして・・・

旧約聖書の中でも大きなテーマなのです」


「犠牲制度・・ですか」


「はい、犠牲制度・・・わたしは、これが、

旧約聖書のテーマの中でもっとも大切

で中心テーマといってもいいと考えています。


犠牲制度とは旧約聖書で人の罪が赦されるために

神様の定めれた儀式とされています。


その旧約聖書の犠牲制度の儀式の中で

最も大切な意味、本質は、その儀式を通して

【人の罪が赦される】【神と人が和解する】

というものなのです。」


今、バベルの記事の中では

不信感っていうことがキーワードと、お伝えしていますが

【不信】の行き着くところは、【分裂】で・・・

しかし、その分裂の対極にあるのが

【和解】ってことになるのです。


人々の不信感をとりさるためにも、そして、不信によって

分裂してしまった、人と人、人と創造主との

関係の回復・和解のために、

その犠牲制度が定められたのです。」



「ん~???なるほど・・・そうゆう風に

展開していくわけですか・・・今、少し、追いつくのに

時間がかかる気がします・・・」


「大丈夫ですよ。【分裂】から【和解】へ向けての聖書の物語は

長い長いものになるのですが、・・目指すところは【和解】なのだ

と知っておいてください。」


***************************


さて、犠牲制度のお話に戻りますが


犠牲制度、その人の罪が赦される・・・

ということを考えたときに


そこで、捧げられる捧げもの、それは

【物】ではなく、【命】である必要があったのです。


「物ではなく、命ですか?」


「ええ、そうなんです。モノではなく【いのち】なのです。」

・・さて、KTさん、カインの捧げ物はなんでしたか・・」


「【土の実り】・・・と書いてありますね。」


「はい、そうですね。【土の実り】・・・というのは、

農作物(野菜・果物など)・・と考えておいてください」


「カインの献げ物は農産物・・・。」


「ええ。そうなんです。

それでは、アベルの捧げ物はなんでしたか?」


「創世記4章4節 でいいですか?

『羊の群れの中から肥えた初子を持ってきた』

と書いてありますね」


「そうなんです。子羊なんですよ

ちょっと、ここで考えてみていただきたいことが

あるのですが


野菜を調理するときと、動物を堵殺して調理する

としたら、どちらにこころの痛みがあります?」


「えっ、調理ですか?考えたこともなかったですけど」


「あっ、すみません。ちょっとたとえが唐突でしたけど・・・

白菜をざっくり、包丁で二つに割るということ、

生きた羊を包丁で、真っ二つにしようとすることと

どちらに痛み、葛藤があるでしょうか・・・・

ってことなんですけど・・・」


「・・・あぁ・・そういう意味ですか・・・

羊を真っ二つにした経験はないので(苦笑)

・・・そりゃ、羊を堵殺する方が、

痛みがあるでしょうね、っていうか、絶対

できませんけど・・・(^_^;)」


「そうですよね・・・。つまり、それを捧げるときの痛みの

問題なんですけど・・・

カインの捧げ物には痛みは伴わないんですよ。

しかし、アベルの捧げものには

痛みが伴うんです・・・もちろん、地の産物野菜も

ある意味、確かに”いのち”はもっていると

言えるでしょうけれど・・・


野菜を引っこ抜く、刈り取って持ってくる

・・ということと

動物の首を切る・・ということにおいては、

全然、痛みが違います。



「・・・なるほど・・・捧げ物をする時、その捧げ物をする者の

こころの在り方が問われている・・・ということなのでしょうか・・。」



「はい、そうなんです。それが、この物語の核心部分なのです」


残念ながら、カインのこころは、神様の要求されて

おられるところの犠牲について理解しておらず

大切な気持ちを捧げていなかった・・・。


アベルは、犠牲制度の意味を理解していて

神様の要求されているところの犠牲を

きちんと捧げていた・・・ということなのです。


犠牲制度とは、人間の罪が赦されるところ・・・

その場において、動物が人の身代わりになって

血を流して・・・その血が神殿に捧げられて

罪が清められる・・・という儀式です。


人は・・・自分の罪によって、

罪のない動物が殺されてしまった・・・


自分の身代わりになって、苦しみながら死ぬ子羊の姿を見て、

そのことを痛む場・・そして、もうこれからは、罪を犯さないように

しよう・・・と決意する場 なのです。」


【>>この記事の続きを読む】


********************************


ここまで記事をお読み下さりありがとうございます。

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<コメントをくださる皆様>
いつもありがとうございます。スパム防止のために
承認制をとっております。すぐに反映されない場合が

あります。申し訳ございませんが、ご了承のほど、

よろしくお願いいたします。


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