2006年09月06日(水)

【カーネル・サンダース】65歳からの再起①

テーマ:【偉業の原点にあるもの】

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【ミクシィ】わらし仙人さんの日記をご紹介します。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=258085459&owner_id=2056046

「65歳無一文、たった一人からの出発」

カーネル・サンダース物語

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わらし仙人は、人生を何時から始めても遅くはないと考えております。

日本では、伊能忠敬がおります。江戸時代ですが定年になってから

測量を始めて、日本地図を完成させました。

人間、やる気になればいつでも出来るんだと言うことが判ります。

きょうは、もっと、悲惨な境遇からスタートしなければいけなかった男の話です。

22歳ー「ランプ会社で倒産する!」
39歳ー「ガソリンスタンド経営、破産する!」
40歳ー「ガソリンスタンド、モーテル、レストランを始める」息子が病死、離婚。
49歳ー「火事の為に、レストラン、モーテル消失!」
51歳ー「大レストラン(142名)で再起する!」
65歳ー「無一文になる!」

65歳で、無一文、しかも、たった一人で、家族なし!

この男の名前は、カーネル・サンダースといいます。

みなさん、あのケンタッキーフライドチキンで、有名ですよね!

一度は、カーネルも諦めかけました。

「65歳から何ができるというのだ!俺の人生は惨めなものだった。

それまでの事業で借金を重ねて、それを返すためにカーネルは家も

土地も売ってしまった。それで、無一文になったのであります。



その時、カーネルは

「いったい、どうしてこのようになってしまったんだろう!」

と自分で考えてみました。

すると、カーネルは、人と話をするのが得意ではありませんでした。

もちろん、お客とも・・・。それで、いつしか、頭を使わなくて良い、

しかもお客と話さなくても良い仕事をするようになりました。



結局、「カーネルはいつでも、現実から逃げていたことに気が付きます!」

そうだったのか、「おれはいつも逃げていたいたんだ!」

そして、気が付きました。《苦しいから逃げるのではない逃げるから苦しくなる!》

誰もが、今からではもう。遅いと言う棺桶に片足突っ込んでいるのに、

はたしてもう一度チャレンジできるのだろうか・・・・・・・?

65歳の老いぼれた自分には誰も近寄ってこない。

誰からも相手にされない!辛い!悲しい!寂しい!

友人も、家族も無い!しかも、文無しだ!

でも、。《苦しいから逃げるのではない逃げるから苦しくなる!》

「そうだ、もう一度、老骨に鞭打ってチャレンジをしてみたい!

そうでなければ、俺はただの負け犬になる!」と

カーネルは思いました。

「おれは、全てを失ったけれど、まだ、失っていないものは何だろうか?」と

カーネルは寒くなってゆく湯切れの田舎町で考えた。

(つづく)

【カーネル・サンダース】65歳からの再起②
http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10019308923.html

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2006年09月06日(水)

【カーネル・サンダース】65歳からの再起②

テーマ:【偉業の原点にあるもの】

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【ミクシィ】わらし仙人さんの日記をご紹介しています。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=258888273&owner_id=2056046

「65歳無一文、もう一度最初から」

カーネル・サンダース物語②

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自分の垢切れた手を見ながら、カーネルは考えていた。

何といっても、もう65歳だ!肉体的にも精神的にも、

何時まで元気でいられるかは自信が無かった。

「さて、65歳で無一文、おまけに家族も無しのないないづくしだな!

まだ、自分にもう一度最初からやり直す時間は残っているのだろうか・・・・・?」

カーネルは、凍えそうな星空の下で、後悔にさいなまれていた。
形あるものは全て失った。死んでしまった息子や、母親のことを思うと

涙が止まらなくなった。


何日かは泣いてばかりいたが、ある日、突然に母親が幼い頃、

貧乏だったのに、自分が食べないで子供に作ってくれた

「フライドチキン」を思い出しました。

あまりにも美味しいかった、お母さん特製のフライドチキンを

思い出しました。

カーネルはそばで、母親の手伝いをしていて、

その天国の味をいまでも覚えていました。
「俺には、お母さんの作ってくれたフライドチキンがあるじゃないか!」

とカーネルは、僅かに残ったお金で、

懐かしいお母さんのフライドチキンの料理法を再現しました。

それから、捨ててあったオンボロトラックを貰い、修理して、

フライドチキンの材料を積み込んで、いろんな土地のレストランに

売り込みに行きました。


若いときに、通信教育で弁護士の勉強をしたのが役に立ちました。

カーネルは、マニアル(小冊子)をつくって、お店にゆき、従業員に

フライドチキンを食べてもらいました。


それから、このフライドチキンをお店で販売してみたい店主と、

フランチャイズ契約を結びました。
「これが、世界で初めてのフランチャイズだったそうです!」

たぶん、フライドチキンを売りに行っていたら、

今のように世界中に広まらなかったのではないでしょうか?

そうなんです。カーネルは65歳までの自分の経験と母の思い出を売ったんです。

いわば、情報起業家の走りでしようか!


たとえ65歳で、無一文で、家族無しの男でも、自分の経験を売れば、

まだまだ、若いものには負けないのであります。

これは、団塊の世代の、もうすぐ定年退職するお父さんに、

心を込めて送りたい言葉です。

【いくつになっても、やり直すことは出来る!それが経験を売る仕事であれば・・・

思い出がオンリーワンの技になる!】
            カーネル・サンダース

カーネルが考えたのは、非常識な戦略です。

それは圧力釜に油を入れて、フライドチキンをつくるという方法でした。

これは、あまりにも危険で、料理人なら誰もやらない料理法でした。

でも、65歳で無一文、家族なしだからこそ、出来た業であります。

(30分かかる料理が7分でできるようになった)

65歳ーカーネル再出発する!
69歳ーアメリカで200店舗、カナダに6店舗
76歳ーレストラン600店舗
79歳ー日本に進出する!
89歳ー48カ国で6000店舗になる!
(最後は、10000店舗になった!)

決して最後まで諦めない!

決して最後まで希望を捨てない!

決して最後の最後まで生き抜いていく!!

 「カーネル・サンダース自伝より」

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これは知られていませんが、かれは稼いだ金を、

殆ど全て学校や教会、さまざまな慈善団体に

寄付しました。

65歳で無一文、家族なし
「また、無一文になって死ぬんだ!」

とカーネルは言った。
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●聖書のことば●


「『闇から光が輝き出よ』と命じられた神は、わたしたちの内に

輝いてイエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る力を

与えてくださいました。


・・・わたしたちは、このような宝(神の栄光を悟る力)を

土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のもの

であって、わたしたちから出たものでないことが

明らかになるために。


わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰らず、

途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず

打ち倒されても滅ぼされない。


わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています。

イエスの命がこの体に現れるために。


わたしたちは生きている間、絶えずイエスのために死に

さらされています。


死ぬはずのこの身にイエスの命があらわれるために。


こうして、わたしたちの内には死が働き、

あなたがたの内には命が働いていることになります。


『わたしは信じた。それでわたしは語った。』

と書いてあるとおり、それと同じ信仰の霊をもっているので

わたしたちも信じ、それだからこそ語ってもいます。


主イエスを復活させた神が、イエスと共にわたしたちをも

復活させ、あなたがと一緒に御前に立たせてくださると

わたしたちは知っています。


すべてこれらのことは、あなたがたのためであり、

多くの人々が豊かに恵みを受け、感謝の念に満ちて

神に栄光を帰すようになるためです。


だから、わたしたちは落胆しません。

たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても

わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。


わたしたちの一時の軽い艱難は、

比べものにならないほど重みのある

永遠の栄光をもたらしてくれます。


わたしたちは見えるものではなく、

見えないものに目を注ぎます。


見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは

永遠に存続するからです。」


(新約聖書 コリント人への第二の手紙4章6-18節)


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2006年09月05日(火)

【負債150億も『恵みのとげ』①】

テーマ:【偉業の原点にあるもの】

本日もお立ち寄りくださり、有難うございます。

先日の記事で、

【神の霊(=愛・力)】はラテン語で
【デュミナス(力・愛)・セウゥ(神】

『デュミナス』は『ダイナマイト』という言葉の

語源になっているということを

お伝えいたしました。

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10016616032.html


その愛を受けると、どんな困難や障壁も

乗り越えることのできる力となると

聖書には約束されているのですが


その力を実際に受けて、たいへんな困難の中にも

努力しておられる方のお証(あかし)をご紹介したいと

思います。


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【負債150億も『恵のとげ』】 才門正男さん

(飯網リゾート開発株式会社代表取締役社長)

―『百万人の福音 2006年1月号p20-23』より引用―


・・クリスチャンになってから、神様に与えられた試練。

会社が倒産したり、息子が少年院に入ったりと

一つひとつが試練であっても、すべてが神様からの

恵みであるということを、

この5年間実感させられています・・・。


2004年の10月にクリスチャンビジネスマン

異業種交流団体「インターナショナルVIPクラブ」で

飯網リゾート開発株式会社代表取締役社長の

才門さんは、このように講演した。


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2000年4月1日、不況の中、企業の連鎖倒産を予測して

企業再建型の法的手続きである民事再生法が施行された。

建設業界でこの民事再生法の”初”適用を受けたのは

大阪府岸和田市に本社のある中堅ゼネコン

才門建設株式会社だった。


当時、同社を経営し、今でも代表取締役社長を兼務している

才門さんは、同社再生の中で担わされた150億円の個人保証

債務を、「神様から与えられた『恵のとげ』」として抱え続けて

いる。


「試練の中で信仰をもっていなかったら、おそらくわたしは

今頃、世には存在しなかったと思います」と当時を振り返る。


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【バブル崩壊】


88年、34歳で父の後を継ぎ、(株)才門建設の社長に就任した。

同社は、関西が拠点のユニークなゼネコンとしてして

知られていた。


98年にはWTO(世界貿易機関)市場の国際入札で、

韓国の東亜建設産業と国際ジョイントベンチャーとして

初の日本国内受注に成功。


99年には品質保証に関する国際的な標準規格

ISO9001の認証を取得した。

ピーク時には二百六十億円の売り上げがあった。


「年中休みなく、運転者付きの高級車にふんぞり返り、

忙しそうに駆け回りました。会社では経営方針を

熱く語り、時にはマスコミから取材を受け、

様々な団体役員、異業種交流会の役職をこなし、

いっぱしの経営者のつもりでした・・・」


・・・そしてバブルが崩壊する。

金融機関の方針変更、ディベロッパーの倒産、

それによる再建処理のための資金調達と

瞬く間に会社の借り入れは増大していった。


それでも、資産を大きくすれば切り抜けられると

自信をもっていた才門さんは、業績の拡大に走り、

積極的な受注を重ねていった。


そのうちに無理に受注してきた案件に次々と

問題が発生してきた。


夜中にうなされて目を覚ましたり

不安にいたたまれなくなって般若心経を写経したり

朝まで歩いていたりする日々が続いた。


99年7月のある日、

たまたま立ち寄った古本屋で、故三浦綾子さんの

『新約聖書入門』を手にとった。


「最新のビジネス書ばかり読んでいましたから、

古本など買うことはありませんでした」


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【信じてから試練が・・・】


聖書など全く興味がなく、親戚にもクリスチャンは一人も

いなかったが、この本を時間を忘れて読んだ・・。


「この百二十円で神様は信仰への切符をくださいました。」


「『あれだけの試練があったから神様を信じることができたんだ』

と人からよく言われますが、私が聖書と出会った時期は

まさか、翌年4月に民事再生を申請するとは考えてもいない時期で

会社も利益こそは減っていましたが、過去最高売り上げを出し、

1年以上の受注をかかえていました。

むしろ、私の場合は聖書を信じて、信仰を持ちたいと思ったから

そこから、神様はいろいろな試練を与えてくださいました。」


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・・・毎月の入金予定が狂い出した。

施主から予定の支払いができないという通知・・・

資金を融資する共同組合の案件の入金がストップ・・・。

裁判で争った受け取り工事代金返還訴訟で敗訴、
支払命令の判決が出る・・・。

・・・すべてが何億という単位だった。

今まで隠していた問題が一気に噴出し、

資金繰りが数十億単位で狂い出した。


・・・「激流の数ヶ月でした。しかし、全部、原因が自分にある試練でした」


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【続きはこちらです】

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10016711626.html


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2006年09月05日(火)

【負債150億も『恵のとげ』②】

テーマ:【偉業の原点にあるもの】

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【負債150億も『恵のとげ』②】 才門正男さん

(飯綱リゾート開発株式会社代表取締役社長)

―『百万人の福音 2006年1月号p20-23』より引用―

こちらhttp://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10016670767.html

からの続きです。

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2000年に和議申請、保全命令、そして4月に新しく施行

された民事再生法を初日に申請した。


債権者集会の日、3百人を超える債権者を前に

徹夜続きと心労で声もかすれて出せない才門さんの

姿がそこにあった。


左の眉毛は抜け落ち、頭には十箇所以上の

円形脱毛があった。


同年12月、大阪地方裁判所から民事再生の認可を

受けることができた。


建設業で全国初の認可、約170億円の債務が

免除された。


しかし、試練は続く・・・。


二週間後、会社の再生認可を最も支援していた

金融機関が、まさかの破綻。


さらに韓国における提携先で韓国トップのゼネコン

東亜建設産業も破綻するなど

信じられないことが続いた。


再生計画に必要な70億の受注が一気に吹っ飛んだ。


両者の破綻がもし、再生認可前だったら、

許可は受けられなかった。


「信仰がなければ、運が悪いとしか考えられなかった

と思います」

そして、20世紀最後のクリスマスに洗礼を受けた。


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【家族の事件と再生】


この間、家族にも様々なことが起こる。

長男は債権者集会の日に弁護士になる決意をして

国立大学法学部に編入した。


11月には、留学先から帰国した次男が

すれ違いざまに二人組みに一方的に殴られて

病院に運ばれる。


2001年2月には、スキー場でアルバイトをしていた

三男が暴行傷害事件の主犯で逮捕された。


「これさえも神様の奇跡と呼べるほどの配慮でした。

失明を覚悟した次男は、奇跡的に手術が成功しました。

何より私たち家族が、苦しみの中で憎むべき相手を

赦すことを教えられました。

また、三男は少年院の中で聖書を読むようになり

改心しました。

神様は、わたくしたち家族が新しく生まれ変わる

準備をしてくださったのです。」


************************

会社の債務170億は免除されたものの、才門さん自身は、

経営者として150億円の個人保証債務が残った。


「破産宣告をして、身ぎれいになって、表舞台に登場

することは考えていません。


この負債も『あなたがたは地上に富を積んではならい・・

・・・富は、天に積みなさい』という

聖書の御言葉を実践できるようにと、神様が整えて

くださったものです。


神様が傲慢にならないようにと、わたくしに与えてくださった

『恵みのトゲ』だと思って、それをずっと抱えていくつもりです。


私は罪深く、欲深い人間です。

もし自己破産して復活し、ゼロになったら、

また自分の中にさまざまな欲が出てくるでしょう。


少なくとも神様は、お金に対する貪欲を

捨てさせて下さったのです。」


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【赤字リゾート再建へ】


才門さんは、2004年3月に長野県上水内郡の旧牟礼村

(現飯綱町)から、大型リゾート運営会社である第3セクター

飯リゾート開発株式会社の再建のために招聘された。


長野市の北に隣接する旧牟礼村が、長野県地域開発公団と

飯綱山の東麓にリゾート地「飯綱東高原」を開発したのは、

バブルのまっただ中である80年代終わりごろだった。


広大な敷地にスキー場、オートキャンプ場、ゴルフコース

テニスコート、総合グラウンド、スーパースライダー

人造湖、温泉、別荘地、マンション群などがある。


村、県、企業がそれぞれの施設を開発するために

各第三セクターを設立し、運営してきたが、

バブル崩壊とともに経営が行き詰まり

毎年1億円以上の赤字を垂れ流していた。


才門さんが村を初めて訪れたのは2004年1月。

長野県の田中知事から委嘱を受け、

公共事業入札改革のための発注技術等検討委員会

委員として、長野県の建設現場をくまなく調査する中

で牟礼村にも立ち寄った。


訪問後、村からコンサルティング会社を通じて連絡が入る。

「飯綱リゾートの再生を手伝って欲しい。」


第三セクター飯綱スキーリゾートの大株主、

地域開発公団が05年に運営から撤退、

4年後に廃止されることが決定されていた。


単独運営を迫られた村は、経営の抜本的見直しのため

弁護士、コンサルティング会社と共に再生スキーム

づくりに入っていた。


当時、事業に携わる全職員は約百人、その中で改革を行ない

別事業体であったスキー場、ゴルフ場、温泉を合わせて

毎年約1億円近い赤字を、2年間で黒字にするという課題を

与えられた。


最初は、やはり孤独だった。

今までやってきたことを、外から来たよそ者が

何をするか分からない・・・と

赴任するとすぐ十人の職員が退職した。


同じような抵抗がいくつも続いた。

今まで官がやってきたことを民間水準のサービスに
変えていくにはいろいろな反発があった。


「当初はたいへん苦しかったです。本当にできるんだろうか。

ここに来たのは、間違った選択ではなかったのか・・・

と何度も思いました。」


**************************


苦しい時に神様は出会いを用意してくれていた。

現在は合併し、同じ飯綱町となった隣村旧三水村にある

株式会社サンクゼール(旧斑尾高原農場)代表取締役

久世良三さんとの出会いだ。


クリスチャンである久世さんは、会社の敷地内に

サンクゼールチャペルを建設。

久世さんの妻まゆみさんが牧会をしている

その教会に才門さんも通うことになった。


「久世さんとの出会いで救われました。もし、この出会いが

なかったら、自分自身がプレッシャーと孤独に押しつぶされて

いたでしょう。今では、神様を通じて心から尊敬できる兄さん

として慕っています。」


一年目の決算を終えた時、当初の計画を超えた成果を

出すことができた。


長野県下のスキー場の売り上げが軒並みダウンする中

飯綱スキー場もピーク時の3割に落ち込んでいた。


しかし、昨年は全体で107%、一割近い回復を見せ、

スキーブーム最盛期以来、初めての逆転カーブに

なった。


「神様がすごいと思うのは、人間が思いもつかないシナリオを

いつも書いてくださること。神様はありとあらゆるところで

想像していないところで扉を開けたら、必ずそこに新しいもの

を置いてくださっています。

でも、その扉を開けることは怖いことです。

なぜなら試練もそこにありますから・・・。


試練も待っているけれど、チャンスも待っている。でも、必ず

その試練はいつの日か【恵み】に変わっているんだ、

ということをこの5年で学ばされました。」


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◆クリスチャンビジネスマン異業種交流団体◆

 【インターナショナルVIPクラブ】

 http://vip-club.tv/

 【インターナショナルVIPクラブ八王子・才門さんのお証 2002年】

 http://fox.zero.ad.jp/~zat51247/vip_hp/a_saimon.htm

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2006年06月07日(水)

【二宮尊徳の言葉に】

テーマ:【偉業の原点にあるもの】

本日もお立ち寄りくださり、ありがとうございます。


わたくし、【ミクシィ】をしているのですが、

いろいろな方のところを巡っている中で

・・・どちらの方であったか、もう探せなくなって

しまったのですが・・・


ある方のミクシィに次のような言葉が紹介されていて、

感銘を受け、メモしていたものです。


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『道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である』

               (二宮尊徳)


******************************


宗教が寝言にならないように・・・という願いで、

経済倫理の回復を願って・・・


弊ブログでは、
【仕事に生かす聖書の言葉】や

【偉業の原点にあるもの】というテーマで

記事にしてきたつもりでしたので、

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/theme-10000028097.html

上記の、二宮尊徳のこの言葉がピタリときた次第です。


聖書がいわんとしているところは、

最近のよく耳にする言葉では、コンプライアンス・・・という

言葉で表現されているようなところでしょうか・・・。


・・・・誠実、公正、正直・秩序(ルール)を遵守する

これらを実行して、決して、損をすることはありませんし、

最終的に必ず事業は守られます・・・。


・・・それらから、逸脱すると・・・

一時期、大きな利益が転がり込むようですが

必ず、裁かれる時があります・・・。


聖書に次のようなお勧めがあります。

旧約聖書、ダビデ王の詩、勧告です。


**************************


「神よ、あなたの慈しみはいかに尊いことか

あなたの翼の陰に人の子らは身を寄せ、

あなたの家に滴る恵みに潤い、

あなたの甘美な流れに渇きを癒やす・・。


命の泉はあなたにあり、

あなたの光に、わたしたちは光を見る。


あなたを知る人の上に

慈しみが常にありますように。

こころのまっすぐな人の上に

恵みの御業が常にありますように。


神に逆らう者の手が、

わたしを追い立てることを許さず、

驕(おご)る者の足が

わたしに迫ることを許さないでください。


悪事を働くものは必ず倒れる。

彼らは打ち倒され、

再び立ち上がることはない。


悪事を謀る者のことでいら立つな。

不正を行うものをうらやむな。


彼らは草のように瞬く間に枯れる。

青草のようにすぐにしおれる。


主に信頼し、善を行いなさい。

この地に住み、信仰を糧としなさい。


主に自らをゆだねよ。

主はあなたの願いをかなえてくださる。


あなたの道を主にまかせよ。

信頼せよ、主は計らい

あなたの正しさを光のように

あなたのための裁きを

真昼の光のように輝かせてくださる。


沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれよ

悪事で繁栄の道を行くものや、

悪だくみをするもののことでいらだつな・・・

怒りを解き、憤りを捨てよ。


自分も悪事を謀ろうと、いら立ってはならない。

悪事を謀るものは断たれ、

主に望みをおく人は、地を継ぐ。


しばらくすれば、主に逆らう者は消え去る。

彼のいたところを調べてみよ、

彼は消え去っている。


貧しい人は地を継ぎ、

豊かな平和に自らをゆだねるであろう


(旧約聖書 詩篇 36編8節-37編11節)


*************************


正直に物事に対応することがバカらしく 

思われてしまったりする世の中、

理不尽なことがありますが、

天の神は見ておられます・・・。


悪事を謀る者のことでいら立つな。

不正を行うものをうらやむな。


こころに留めていただきたい言葉です。

誠実さは、必ず報われます。


みなさまのお仕事やご事業が繁栄に導かれますように。


*******************************

(※【天の裁き】という言葉を使いましたが・・・補足として

人は、時に、弱さのゆえ、失敗し、時に犯罪行為に手を染めて

しまうことがあるでしょう・・・しかるべき社会的制裁、蒔いた種の実を

刈り取ることは免れませんが・・・。もし、

心から悔い改めて、誠意を尽くす時・・聖書の神様は失敗を赦し

もう一度、立ち上がらせ、修復してくださる方でもあります。

【神の裁き】というものには、その修復までが含まれます。)

**********************************



二宮尊徳     小梅太夫
               
「まぁ、まぁ、そんなに怒りなさんな・・          「・・・・・・」
天は見ておられる・・天の裁きにゆだね

・・・あなたは誠実を行ないなされ。」


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2005年10月05日(水)

偉業の源泉にあるもの

テーマ:【偉業の原点にあるもの】

☆30秒で読める☆
仕┃事┃に┃生┃か┃す┃聖┃書┃の┃智┃慧 
 
●偉業の根底を流れる源泉●

『多恵子は本当に可愛い。多恵子は私の生涯の十字架である
と同時にわたしの生涯の光である』(井深 大)

クリスチャン実業家、ソニー創業者 故井深大氏(享年89歳)には
多恵子さんという精神にハンディのある娘さんがおられます。

井深氏は盛田昭夫氏、大賀典雄氏といった経営者にソニー
の経営を任せ名誉会長になった際、ライフワークとして未来の
世の中のためには人材教育が欠かせないことを説き、その働き
のために時間と全エネルギーを注がれました。

幼児教育を初め
小中学生の理科教育振興のための資金づくり(ソニー財団設立)
日本の福祉制度改善(政府に働きかけ身障者工場福祉法が制定)
に尽くされた井深氏を根底で支えたのが多恵子さんの存在であり
愛する娘への思いでした。

ハンディをもつ娘さんを通して日本の福祉政策の問題点を知り、
「どうしてもっと気を配ってやれなかったか」という親の思い、
自責の念でした。

しかし、同時にその娘を与えられたことを心から神に感謝し、
同じような境遇にある親御さんと共に社会福祉の改善のため
のエネルギーとした井深氏の神への信仰がそのような偉業の
原点にあります。(引用クリスチャン新聞9/12号 6面より)

●聖書のことば●

「さて、イエスは通りすがりに、

生まれつき目の見えない人を見かけられた。

弟子たちがイエスに尋ねた。
『先生、この人が生まれつき目がみえないのは、

だれが罪を犯したからですか?
本人ですか、それともその両親ですか?』

イエスはお答えになった。

『本人が罪を犯したからでも、その両親でもない。
神の業がこの人に現れるためである。』」
 (新約聖書:ヨハネ福音書9章1-3節)

***********************************************************

◆人間的に不幸(不利)と思われる状況が、
 わたしたちを不幸(不利)にさせるのではありません。
 置かれている状況にどう取り組むかという
 わたしの姿勢が問われています。
 神様の愛と救いを信じ、状況を生かすとき
 どのようなことも【神の業=愛】を知る場に変えられます。
 

******************************************************************


【関連機関ホームページ】
◆セブンスデー・アドベンチスト教団
http://www.sda.or.jp
◆東京衛生病院(荻窪)神戸アドベンチスト病院(北区)
 沖縄メディカルセンター(西原)ロマリンダ大学医学部(米国)
http://www.tokyoeisei.com/
http://www.llu.edu/
◆三育学院(短期大学・高校・中学・小学校・幼稚園)
http://www.san-iku.net/

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2005年07月20日(水)

【その生涯・生き方を学ばせていただいている人々】

テーマ:【偉業の原点にあるもの】

いつも、こちらにお立ち寄りくださりありがとうございます。


お子さんのいらっしゃるご家庭では夏休みですね。

3食準備される日々が続きますね。お疲れ様です<(_ _)>


夏休み・・・こどもさんたちがいろいろな有意義な体験

をされることを願っております。


**************************

さて、本日は、日本のクリスチャンの先達として
わたくし自身が読んだ伝記や人間模様で感銘を受けた

自分もこのように生きられたらいいな・・・と理想、お手本と

している 方々を少しご紹介しておきたいと思います。

もっと、もっと多くの人がキリストの愛を日本社会において
実践・貢献されていると思いますが、

狭い見識内ですみません。

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■生協の創始者:賀川豊彦氏

http://www.jrt.co.jp/tv/ohayo/20C/17Toyohiko/

■映画「石井十次」(松平健さん主演)の
石井十次氏
http://rupa.jp/juji/index.html

http://www.gendaipro.com/juji/

■グンゼ創業者 波多野鶴吉氏
http://osaka.yomiuri.co.jp/venture/kigyouka/2003/030708.htm

http://osaka.yomiuri.co.jp/venture/kigyouka/2003/030715.htm
http://osaka.yomiuri.co.jp/venture/kigyouka/2003/030729.htm


■ソニー創業者の一人:井深大氏
http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10000030059.html

http://www.sony-ef.or.jp/eda/welcome/ibuka/index.html

■資生堂 社長 池田守男氏
http://vip-club.tv/200504/chapter/meguro09.htm

http://www.aac.gr.jp/news/taidan_06.html


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「・・・わたくしが理想としている、お手本としている」

という意味は、わたくしが何か大きな事業を起こそうと

している・・・等ではなく、


イエス=キリストという方を信じる信仰を

どのように、実際のご自身の働きや生活に生かして

いかれたか・・・ というところです。


わたくしには、実感、想像することは難しい

それぞれの方が担われたお仕事の大きさ

また、責任の重大さ、筆舌にしがたい逆境、

苦難、苦労があったかと思うのですが・・・。



下記は、まったくの、わたくしの個人的な思い

また、信仰のお話なのですが


上記の人々の生き方に共通するものとして

次のような聖書のことばを思います。


「・・・わたしはすでにそれを得たというわけでなく、

すでに完全な者となっているわけでもありません。

何とかして捕らえようと努めているのです。

自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。

兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたと思ってはいません。

なすべきことは、ただ一つ・・・

後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、

神がキリスト・イエスによって、

上へ召してお与えになる賞を受けるために、

目標を目指してひたすら走ることです・・・。


いずれにせよ、わたしたちは

到達したところにもとずいて進むべきです。」 

(新約聖書 フィリピの信徒への手紙 3章12節) 


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上記の聖書のことばから得る教訓は多くありますが


①常によりよい目標を立て、それを見失うことなく、努力する。

②いろいろな困難はあるけれど、気持ちを上手に切り替えていく。

③一つ一つのステップの積み重ねが大切


を挙げることができるでしょう。

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2005年01月18日(火)

アンドリュー・カーネギー(1835-1916年)の背景②

テーマ:【偉業の原点にあるもの】
みなさま、本日もご来訪くださり
ありがとうございます。

今回のテーマは【偉業の原点に】
アンドリュー・カーネギーの背景②です。

【引用図書】
この人の生涯に学ぶ
信仰と愛に生きた11人
久保有政編著 
レムナント出版 p.10-13より



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【寝台車会社への投資が成功】

ペンシルベニア鉄道に就職して六年後、カーネギーは、
ピッツバーグ線区の責任者になっていました。

ある日、発明家のウードルフ氏が、自分の考案した寝台車の
模型を持って来ていました。それまでは、寝台車というもの
はなかったのです。

寝台車を見たとき、カーネギーは、これからは長距離列車の
黄金時代となるだろう、と予感し、カーネギーは寝台車の
ための会社に投資しました。

このとき彼は、はじめて事業のために、銀行に融資を頼み
に行っています。

この投資は大成功でした。のちにカーネギーが所有すること
になった巨大な資産の最初の種子が、このウードルフ寝台車
会社に投資したことによって、獲得されたのです。

この投資で得た資金をもとに、彼は数年後、自分で鉄橋の
製造会社を設立します。

当時の、鉄道の橋の多くは、まだ木製でした。
しかし彼は、近い将来、必ず鋼鉄製の橋の時代が来ると
予測したのです。

鉄橋の製造会社の経営も大成功を収めました。

そのため、彼は30歳を契機に、それまで、13年間勤務した
ペンシルベニア鉄道を辞職し、完全に独立します。
そして、自由な夢を追いかける事業家となりました。

以後の彼の事業はすべて、この鉄橋の製造会社が基本と
なって、起こされ発展していきます。

このように、全米で有数の富豪となった
若き実業家カーネギーの財テクは、
決して奇抜なものではありませんでした。また、
特殊な幸運に恵まれたわけでもなかったのです。

彼は、働きながら貯蓄をし、それを頭金にして
自分の家を買います。家の支払いが終わると、今度は
その家を担保に入れ、堅実な株式投資を始めます。
その背後には、賢明な両親の協力もありました。

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彼は、働きながら、常に勉強を怠りませんでした。
時代の流れを読み取る鋭敏な知力を養い、
先見性のある決断を下していく能力の向上に努めたのです。

そして会社設立前から顧客を確保するという慎重さも忘れま
せんでした。

そのように並々ならぬ努力の末
自分の投資を着実に成功させ、彼は、やがて鉄鋼業において、
全米一の事業を展開するようになります。

彼が鉄鋼製造業に携わった背景には、それが社会の繁栄と人々
の幸福を増す一助となる、という彼の強い信念がありました。

彼は単に、「いかにして富を得るか」を考えたわけでは
ありませんでした。彼の思いの中心は、「いかにして
富を生かすか」というものでありました。

彼は明確な「富の哲学」を持っていました。

その考えは、彼の著書などを通して知ることができます。
その中心となるものは

富豪の幸福は、社会に利益を与えることにある

というものでした。

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「富豪でなければ味わえない満足と、幸福というものがある。
その幸福とは、自分が生きている間に、公益を目的とする
財団法人を組織し、そこに基本財産を寄贈することである。
そして、それが生み出す利益が、社会を潤し続ける状況を
自分の目で確認することである。

そのような行為が、富豪の生涯を高尚なものにし、神聖な
ものにすることができる。キリストは

『あなたがたの手で、あの人たちに何か食べ物を与えなさい』
    (新約聖書 マタイ福音書14章16節)

と教えられた。その心さえ忘れなければ、富める者が、
との富と能力を使って、貧しい兄弟たちのために働く方法は
いくらでもある。」

「わたしが、富豪と呼ばれる人たちの義務だと考えることは
次のようなものである。

まず、自分にどれだけの収入があったとしても、贅沢を避け
つねに質素に暮らすことである。

自分の財産のうち、妻子には、生活が成り立つ程度の小額の
資産を与える。それを越える資産は、
社会から運用を託された財産と考えなければならない。

自分は、たまたま、財産の管理者に選ばれたのである。

財産の運用はつねに、どうしたら財産の信託主である社会
の利益になるかを熟慮した上で、行わなければならない。
それは、信託財産の管理者として、当然の義務である。」

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カーネギーはこのように、富は社会から自分に託された
信託財産であって、社会や人々のために用いなければならない
という堅い信念を持っていたのです。

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次回は、カーネギーの慈善行為の理念について
「寄付は、自助努力のある人々に対して行え」という
内容で、ご紹介する予定です。


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2004年12月14日(火)

アンドリュー・カーネギーの背景①

テーマ:【偉業の原点にあるもの】
本日、「大富豪の方程式」様のblogにおうかがいしたところ
「アンドリュー・カーネギー」について記事にしておられましたので

わたくしの立場からも、ご紹介できるところ、お伝えしたいと
思いました。およそ10回シリーズとなると思います。
更新は不定期で、来年にもまたがってくるかとは思います。


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①【貧困を追い出してやる】

②【寝台車会社への投資が成功】

③【富豪の幸福は、社会に利益を与えることにある】

④【寄付は、自助努力のある人々に対して行え】

⑤【富をもって死ぬのは不名誉である】

⑥【67歳で実業界を引退、社会事業に進出】

⑦【富に生きず、富を生かした人】

⑧【富に関する聖書の約束】
 (1)主の教えに従って歩むならまことの富を
    築く能力が与えられる

 (2)富の中で主を忘れるなら、あなたは必ず滅びる

 (3)富を神と隣人のために用いるなら、
    あなたは後の世まで豊かに祝福される 

【引用図書】
この人の生涯に学ぶ』信仰と愛に生きた11人
久保有政編著 レムナント出版 p.6-27より

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巨富をつくり、それを人々のために生かした大富豪
アンドリュー・カーネギー(1835-1916年)

アンドリュー・カーネギーは、一時は米国における鉄鋼生産を
ほぼ独占し、アメリカ最大の富豪の一人となった人物です。

しかし、彼は、いわゆる
「自分のために地上に宝を積む」(新約聖書マタイ福音書6章19節)
富豪ではなかったのです。自分の築いた富を、常に社会に効果的に
再分配することを考えた人物でした。

彼のその「富の哲学」は、今日も多くの人々に影響を与えています。
彼が、無一文の生活からどのようにして富を築き、またそれを
どのように社会に還元していって行ったのでしょうか。

*****************************

「貧困を追い出してやる」

カーネギーは、もとはスコットランドからやってきた貧しい移民の子
でありました。

カーネギーは、正規の学校教育を10歳までしか受けていないのです。
そのころ父親が失業し、家庭が貧困の中に落ち込んで、学校に
通うことができなくなったのです。

しかし、カーネギーは、その貧困の中でも、決してくじけませんでした。
「もし、できるなら、いつか貧困という狼を、家の中から追い出してやる」
と彼は決意したといわれています。

彼が12歳のとき、彼の一家は仕事を求めて、アメリカに移住しました。
カーネギー少年も、アメリカの紡績工場に、糸巻工の見習いとして
就職します。

そこで、彼は、はじめて自分の労働で得た賃金を得ます。
1ドル20セントの週給をはじめて手にしたとき、
「わたしがどれだけ、誇らしく思ったかは、どのようにしても言い表す
ことができないだろう。」と彼は語っているようです。

しかし、紡績工場で働きながら、彼が最初に考えたことは
賃金を得ること以上に、「勉強の時間を得る」ことでした。
毎日の労働時間のあと、彼は、日曜日をもつぶして簿記の勉強に
没頭するのです。

やがて、彼は紡績工場の事務員に抜擢されます。
しかし、そこで実際の企業経営の数字を見、簿記の知識をもって
彼が気づいたことは、当時の花形産業であった繊維工業が
すでに時代遅れの業種になりつつあることでした。

カーネギーはその後、18歳になるまでに4度、転職を行っています。

4度目の就職先は、ペンシルベニア鉄道でありました。
最初の月給は35ドル。これは当時のアメリカ市民としては、
一人前以上の収入でした。

ペンシルベニア鉄道に就職して、しばらくたってのこと
日頃、カーネギーを可愛がってくれていた上司のスコット氏が突然、

「君は今、500ドルの資金を調達できるか?」

と尋ねてきた。

「じつはアダムス通運会社という株式会社があるんだが、
そこの10株の株式をもっている人が亡くなって、
遺族に株式の処分を頼まれている。
一株は額面50ドル、10株で500ドルになる。もし、その株を
買うつもりがあっても資金が足りないということなら、
不足分はわたくしが立て替えよう。今のところ、毎月1%
の配当をしていて、経営状態も健全な会社だ。」

という話でした。
この話は、カーネギーにとって大きなチャンスでした。

しかし、カーネギーの家には、500ドルというような大金は
ないことはわかっていた。けれども、カーネギーはためらわずに、

「500ドルなら、何とかなります。ただし、少し時間をください」

といって、帰って両親に相談しました。すると母は

「この家を抵当に入れて、500ドルはオハイオの叔父さんから
借りましょう。わたしが明日にでも頼みに行きましょう」

と言ってくれたのでした。その家はもともとローンで買ったもので
親子3人の働きで少しずつ返済し、やっと自分のものになったばかり
でした。


株券は、こうしてカーネギーのものになったのです。
やがて、その配当として、5ドルの小切手が会社から送られてきました。

友人の一人は、その小切手を見て

「アンディ(アンドリューの愛称)、素晴らしいぞ、君は資本家に
なったんだ!!」

と喜びを共にしてくれたのでした。

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次回更新時は「寝台会社への投資の成功」です。










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