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2010年01月06日(水)

【愛することを目的とし】

テーマ:【人間関係:仕事に生かす聖書の智慧】

本日も立ち寄ってくださり

ありがとうございます。

こちらのお話からの続きです。

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10427812364.html


*************************


イエス様は、常に、人を愛するとはどうゆうことなのか

を教えていこうとされていました。


自分を愛し(大切にし) 他者と愛する(大切にする)とは・・・

聖書のすべての教えの根本にあるものです。


今回読んでおります聖書の箇所に

次のような箇所があります。


「イエスは言われた。「ダビデが、自分も供の者たちも、

食べ物がなくて空腹だったときに何をしたか、

一度も読んだことがないのか。
アビアタルが大祭司であったとき、ダビデは神の家に入り、

祭司のほかにはだれも食べてはならない供えのパンを食べ、

一緒にいた者たちにも与えたではないか。」


(新約聖書 マルコ福音書2章25-26節)


この物語は、

旧約聖書「サムエル記-上-」21章1-6節

に書かれているのですが、


ダビデという人が、自分の上司である王から

命を狙われ、危険を回避するために

逃亡生活を余儀なくされていました。


空腹で死にそうになって、共にいた部下(家来)と

共に神殿の祭司に助けを求めます。


祭司は、本当は、特別に聖別され、特別な祭司しか

口にしてはいけないとされていた供え物のパンを

ダビデと部下のものに与え

彼らは空腹を満たした・・・というお話です。


*************************


旧約聖書の神殿に関する規定からすると

祭司、ダビデ、そして彼の家来、


彼らは【規定違反】をしてしまったことに

なるのですが、


目の前に、空腹で倒れそうになっている人を

助けた祭司、それを食べたダビデ、家来・・・・

決して、責められることをした・・・

とは思えません。


時に、愛は【規則】を超えていくものであります。


**************************


・・・イエス=キリストの教えに戻りますが

キリストの敵である 【ファリサイ派の律法学者】

と呼ばれる人々が出てきます。


この人々は「律法」の専門家であり、

特に、ファリサイ派という派閥は


厳格に、忠実に、「律法」を実行することを

その使命としていた人々です。


彼らは、次のように

キリストを責めています。


「ファリサイ派の人々がイエスに、

『御覧なさい。なぜ、彼らは安息日にしてはならないことをするのか』

と言った。


***************************


「あなたのお弟子さんたちは、なぜ、ルールを守らない、

ルール違反だろう・・・処罰の対象だな」


というのです。


愛と規則どちらが大切か・・・


ではなく、どちらも大切なのですが


こと、聖書の律法(規則)は

【愛を実践するためにある】のです。


【愛を実践する】ということが目的なのです。


しかし、このファリサイ派と呼ばれる人々

その人々のこころには、愛は

ありませんでした。


規律を守ってはいましたが、その心は冷たく、

愛から遠いものだったのです。


それに対して、キリストは


『安息日は、人のために定められた。

人が安息日のためにあるのではない。
だから、人の子は安息日の主でもある。』


とお答えになりました。


その問いかけの中には

物事の「目的」と「手段」を倒錯しないように。

物事の「目的」や「意味」をまず第一に考え、

それから、その「手段」について考えなさい、


という教えが含まれています。


少し、現代の言葉を使うなら


「モチベーション(動機付け)」

「ビジョン(目的・目標)」

「ミッション(手段・行動」


という言葉で表現できる部分でしょうか。


「誤ったモチベーション」によって動機づけられた

「誤ったビジョン」を立てないように・・・。


常に・・・「何のために・・・」が問いただされる

ということなるのです。


****************************


教会では、心に愛がなく、「律法」だけを守ろうとすることを

『律法主義』と言っています。


それは、『律法(規則)』が不要だといっているのではなく

『愛のない律法主義(融通のきかない規則)が

問題である。』と言っているのです。


「規則なのでそれはできません」

確かに規則は大切なのですが・・・・


みなさまが暮らされる、身の回りの社会においても、

このような場面に遭遇しないでしょうか・・・。



繰り返しますが、

聖書の律法が書かれている目的は


「いかに自分を大切にし、他者を大切にするか」

ということです。


それが達成されるための具体的な行動指針(ミッション)が

【律法】という形で、わたしたちに示されているのです。


ところが、【律法学者】たちは、その解釈を間違って

【律法主義】にしてしまっていたのでした。


【律法】自体に間違いはありませんでした。

【解釈】に間違いがあったのです。


その間違いとは

【愛する】ということを抜きに

【律法】だけを守ろうとしていた

ところでした。


そこには、お互いを責め合う、

裁きあうことしか産まれなかったのです。


愛し合うというためにという

大切な目標や目的が見失われたところで

律法だけが、独り歩きをはじめ、


せっかくすばらしい愛の律法が

意味をなさなくなって、

形式化し、形骸化し、

人々を苦しめるだけになっていました。


そこで、イエス様は、まことの【律法(聖書のことば)】

を回復するために、お働きになったのです。


*****************************


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2010年01月06日(水)

【目的と手段の倒錯②】

テーマ:【人間関係:仕事に生かす聖書の智慧】

本日もこちらにお立ちより下さり

ありがとうございます。


【前回のお話】

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10426433663.html

の続きです。


****************************


イエス様には、いつも敵が付きまとっていました。

その敵は、なにかにつけて、イエス様の教えを

覆そうとする存在であり、常に議論を吹っ掛けて

イエス=キリストの愛の教えについて否定し、

いちゃもんをつけていたのです。


今回のお話も、そのような論敵との間に

繰り広げられた論争の一つでありました。


その論争は【安息日論争】と言われているものです。


イエス様は、その論争の根本には、

【目的と手段の倒錯がある】と

指摘されたのです。


本日のお話は、その論争の前提となります

【安息日の意味・目的】と【手段】ということに

ついてお知らせしておきます。


****************************


さまざまな解釈があろうかと思いますが

わたくしは、次のような点を

聖書から考えることができると思っています。


Ⅰ. 【安息日の意味・目的】


① 創造主なる神様の愛を確認する時

自分の存在する根拠の確認


②「罪の赦し」の確認(過去を清算)

  イエス=キリストによる十字架の救い  


③「希望」の確認(未来を描く)

  「復活」「再臨」を信仰をもってとらえる


①~③を通して「今を生きて行く力」

を充電するひととき


【安息】とは【やすらかな息=ほっとする】

ということですから、安心感を得るという

意味があります。


その【意味や目的】を達成するための

具体的な【手段】として


【7日に一度仕事を休む】ということを

聖書は、勧めています。


また、どのように【休んだらよいか】の

具体的な【細則】を【律法】として

記載しています。


***********************


さて、一つの言い方をするならば


【目的】これは、【意味】を考えることであり

人のこころの内【内面】にかかわる事柄


【手段】これは、【形式・型】

人の具体的な行動【外面】に関わる事柄


ということができるのではないでしょうか。


【内面】も【外面】もバランスよく

整える必要があると思います。


どちらも大切です。


しかし、今回、事例として取り上げております

【安息日論争】について言えば、

問題の要因は


安息日の【意味】や【目的】が見失われたところで、

【手段】についての議論のみが独り歩きを始めている・・


バランスを欠いているところにある・・・

と言えると思います。


それでは、本日はこのあたりで。


続きはこちらです。

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10427816300.html


*****************************


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2010年01月04日(月)

【目的と手段の倒錯①】

テーマ:【人間関係:仕事に生かす聖書の智慧】

みなさま、本日もこちらにお立ちよりくださり

ありがとうございます。


本日も、みなさまの上に神様の豊かな祝福と

お守りがありますように。


新しい年、ゆっくりと新年のひとときお過ごしに

なったでしょうか。


早い方は、お仕事初めでいらっしゃるかもしれません。

帰省された方は、ゆっくり休まれる間もなく

お仕事に就かれると思います。

ご自愛ください。


さて、みなさまは、今年の新たな目標、目的

モットーをお立になりましたか。


お立てになった目標が達成され

有意義な一年となりますように!!


*************************


目標、目的 大切ですよね。

意識的に目標、目的を持つことが

よりよい人生の方向性を生み

行動のエネルギーとなります。


ですから、もし、間違った目標、目的を

立ててしまったなら、

行動の方向性が誤ってしまいます。


なにか行き詰ってしまう、

計画倒れに終わってしまうような場合

最初に立てた、目標、目的が

適切であったかが

問い直されなければなりませんね。


さて、その目標、目的を立てる上で、聖書は

一つの興味深い、示唆を与えてくれています。


そのお話を最初にまとめておきますと


【「目的」と「手段」を倒錯しないように】


ということになります。


「あれ、こんなはずじゃ・・・

「何かおかしい」、とか


また、不毛な議論や

まとまりのない会議になってしまった・・等


は、原因を突き詰めてみますと、多くは


【目的】と【手段】の倒錯にその要因が

あるのではないか・・・・と思われるのです。


では、そのことが指摘されている聖書の

お話をご紹介したいと思います。


****************************


「ある安息日に、イエスが麦畑を通って行かれると、

弟子たちは歩きながら麦の穂を摘み始めた。
ファリサイ派の人々がイエスに、「御覧なさい。

なぜ、彼らは安息日にしてはならないことをするのか」と言った。

イエスは言われた。「ダビデが、自分も供の者たちも、

食べ物がなくて空腹だったときに何をしたか、

一度も読んだことがないのか。
アビアタルが大祭司であったとき、ダビデは神の家に入り、

祭司のほかにはだれも食べてはならない供えのパンを食べ、

一緒にいた者たちにも与えたではないか。」

そして更に言われた。「安息日は、人のために定められた。

人が安息日のためにあるのではない。
だから、人の子は安息日の主でもある。」


(新約聖書 マルコ福音書2章23-28節)


****************************


上記の聖書の箇所をもとにしながら

これから、数回に分けまして

【目的】と【手段】の倒錯の問題を

考えてみようと思います。


それでは、今回はこのあたりで。

続きはこちらです。

http://ameblo.jp/taizo-bokushi/entry-10427812364.html


*****************************


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2009年11月26日(木)

【感謝と大丈夫のアンテナ】

テーマ:【人間関係:仕事に生かす聖書の智慧】

☆30秒で読める☆
仕┃事┃に┃生┃か┃す┃聖┃書┃の┃智┃慧 
━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛
平成17年(2005年)6月6日(月曜日)
参考 田中信生牧師 『今日も一日お元気で』

*******<「感謝」と「大丈夫」のアンテナを立てましょう>***********

貴方が立てるアンテナによって、貴方に来る情報が決まります。
「大変だ!」というアンテナを立てれば「大変だ!」がやってきます。

感謝というアンテナを立てれば、感謝が来ます。
どのような嵐のただ中でも、「大丈夫」というアンテナを高く立てれば、
「大丈夫!」という情報があなためがけてやって来ます。

心によいアンテナ(よい価値観)を立ててみましょう。

●聖書のことば●

「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。主はわたしを青草
の原に休ませ、憩いの水のほとりに伴い、魂を生き返らせてくださる。
主の御名にふさわしく、わたしを正しい道に導かれる。死の陰の谷を
行くときも、わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいて
くださる。」       (旧約聖書 詩篇 23編1ー4節)

********************************************************
◆今日も一日お元気で。ご健康、ご家族、お仕事、学びが
豊かに祝福されますように。


■□□□■□□□■□□□■□□□■□□□■□□□■□□□■
*****************************


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2009年11月11日(水)

【キリのいい人生を歩みましょう】(再掲載)

テーマ:【人間関係:仕事に生かす聖書の智慧】

☆30秒で読める☆
仕┃事┃に┃生┃か┃す┃聖┃書┃の┃智┃慧 
 参考【田中信生牧師】『今日も一日お元気で』

**********<キリのいい人生を歩みましょう>***************

木材などに穴を空ける時、キリが用いられますが、
人生の成功の窓を開けるためには、3つの【キリ】が必要です。
すなわち、踏みきり、割りきり、思いきり が鍵のようです。

【踏みきり】とは、思い煩わず一歩飛び出してみることであり、
【割りきり】とは、欲を張らないこと、
【思いきり】とは、早めに決断することです。


●聖書のことば●
「神は、人に臆病な心ではなく、思慮分別の心を授けられる」
 (新約聖書 テモテへの第2の手紙1章7節)

*******************************************************

■新しい一日になりました。今日も一日お元気で。
生活やお仕事の上に豊かな祝福がありますように。
ご家庭・ご健康が守られますように。


********************************


■本日も、立ち寄ってくださり、記事をお読みくださり、

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2009年10月18日(日)

失敗は挑戦したあかし

テーマ:【人間関係:仕事に生かす聖書の智慧】

☆30秒で読める☆
仕┃事┃に┃生┃か┃す┃聖┃書┃の┃智┃慧 
━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 参考【田中信生牧師】『今日も一日お元気で』

*************<失敗は挑戦したあかし>*****************

じっとしていれば、つまずく心配はありません。
足を速めれば速めるほど、つまずく可能性が大きくなります。
しかし、それと同時に、
必ず、どこかにたどり着く可能性も大きくなります。
何もしない代わりに失敗もしないというよりも、
何かに挑戦して失敗するほうが、
より豊かな人生を引き出すのではないでしょうか。

●聖書の言葉●


「わたしはすでにそれ(最高の目標、目的)を得たというわけ
ではなく、すでに完全な者となっているわけでもありません。
何とかして捕らえようと努めているのです。」      
     (新約聖書:ピリピ人への手紙3章12節)
           
****************************************************

■新しい朝、一週間が始まっています。
今日も一日お元気で。
ご健康、ご家族、お仕事が守られますように。

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2009年09月11日(金)

【ほほえみ、笑顔】

テーマ:【人間関係:仕事に生かす聖書の智慧】

******************************


「人間は笑う力を授けられた唯一の動物である」

       (グレビル)


「美しい笑いは家の中の太陽である」

     (サッカレー)


「薬を10錠飲むより、心から笑った方がずっと効果があるはず」

      (アンネ・フランク)


******************************


人が笑顔を取り戻せる時、それは希望を得た時ではないでしょうか。


「希望は人を成功に導く信仰である」

   (ヘレン・ケラー)


******************************

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2009年07月15日(水)

【トラブルをトラベルに換えて】(再掲載)

テーマ:【人間関係:仕事に生かす聖書の智慧】

☆30秒で読める☆
仕┃事┃に┃生┃か┃す┃聖┃書┃の┃思┃想 
 参考【田中信生牧師】『今日も一日お元気で』より

************<トラブルをトラベルに変えましょう>***************
「若い女性の関心事は3つのベルを鳴らすこと」
すなわち 食べる、しゃべる、トラベルと言われます。

最後のトラベル、旅は、人生みな共通することかもしれません。
トラベルとトラブルの語源は同じといわれています。
人生の旅にはトラブルがつきものですが、それを乗り越えてこそ、
本物の、また味わい深い人生を体験できるのはないでしょうか。

●聖書のことば●
 「神は人を耐えられない試練には会わされない」
  (聖書:コリントの第1の手紙10章13節)

**********************************************************

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2009年01月20日(火)

【変えることのできない存在意義、変えることのできる行動】

テーマ:【人間関係:仕事に生かす聖書の智慧】

昨日の記事からの続きを少し・・・


変えることのできるものと・・・

変えることのできないもの・・・


変えないといけないもの・・・

変えてはいけないもの・・・等


について、自分の思っていることです。


「変えることができないもの」

それを自分の言葉では

【存在意義】としています。


一方、


「変えることのできるもの」


変えないといけないもの

また、日々変わっているもの


については、自分のことばでは

【行動】【気持ち】としています。


*************************


【存在意義】とは、【being】

【行動】とは【doing】


というように言われていたりもしますが・・・


もうすこし、存在意義、ということを

自分の言いたい言葉に置き換えると


【存在意義】とは【ビジョン】

【行動】とは、【ミッション】



という、言葉を使うこともできるでしょう。


さて、【存在意義】とは、


【生きる意味】【生きる目的・目標】

といえるでしょう。


【生きる意味】が、あまり、ころころ変わる・・・・っていうことは

どうなんでしょうね・・・


一方、【行動】は、生きる【手段】、【方法】

という言葉に置き換えることができるでしょう。


生きる意味、目的は、変わらないのですが、

そのための手段、方法は、たくさんある


と思っています。


だから、ひとつの手段、方法に、固執することなく

変えて行っていいところは、変えますし

変えることができます。


【ビジョン(目標・目的)】が示されていない、

確立されていないところでは


【ミッション(行動指針)】は立てられない・・・


人は動かない、動けない、

変わることができない・・・ようです。


いわゆる「モチベーション(動機づけ)」

の領域といえるでしょう。


***************************


少々、具体性に欠け、抽象的な話になっておりますが・・・


悪い意味で「変わることができない」


それは、どうしてか・・・


存在意義、意味の領域が確立されていないから・・・

ではないでしょうか。


【存在する意味】

通常、人は意識してこのことを考えることって、

少ないのかもしれませんが・・・


でも、実は、ここが、安定せず、不透明ですと

ひとのこころは、不安定になります。


不安定とは、恐れですから・・・


恐ろしいから変われない・・・

自分の存在意義を失ってしまうかのようで・・・


それで、そのことに(本当は変わるべきなのに)

固執してしまう。。。変化に躊躇してしまう・・・


ということはないでしょうか・・・。


人間の世界は、どんどん変わります。

また、人は、その変化になんとかついていかないと

いけないという思いに、あせります、あわてます・・・


なので、人間世界だけに

自分の存在意義を見出そうとすると・・・

ふりまわされてしまうことになります。


周囲の状況に、他人に、自分自身に

そして、なんだか自分の人生なのに、自分の人生じゃ

ないような不透明感に、落ち着くことができず・・・


なので、わたしは、人間の価値観を超えた

神様の愛の価値観に、普遍的なものに

自分自身の存在意義をまず見出し、安心し、


絶えず変化をせまられる人間社会で


不安に巻き込まれながらも、


時にアップアップとしながらも、


できるだけ安定を取り戻しながら、

ハンドルを握りながら、

舵をとりながら・・・

自分自身の歩まないといけないところ


「変えるべきか・・・」「変えないでいいものなのか」

「やはり、変えよう」等々と判断、決定しています。


【存在する意義、意味】

これがはっきりしておくと楽ですね。


「変えても」「変えなくてはいけなくても、(たとえ、本当は変えたくなくても・・・)」


一方


「変えなくても」「(たとえ、本当は、変えたいのに・・・)変えられなかったとしても」


勇気をもって「変える」

勇気をもって「変えない」


そこに自分の決定、自分の自由意思を

行使できますから。


自分自身のことですが、わたくしは

神様に良い道を選ぶことのできるように

判断力、情報、知恵、勇気を求めながら

決定をできることは、

なによりの安心感です。


********************************

●神学者ライン・ホールド・ニーバーの祈り●

『変えてはならないものを受け入れる心を与えたまえ。
 変えるべきものを変える勇気を与えたまえ。
 変えるべきものと変えてはならないものとを

見分ける英知を与えたまえ』

●聖書のことば●

「わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力とを身につけて
あなたの愛(価値観)がますます豊かになり、

本当に重要なことを見分けられるように。」

 (新約聖書 フィリピの信徒への手紙1章9-10節)


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2009年01月13日(火)

【必ず解決の道がある】

テーマ:【人間関係:仕事に生かす聖書の智慧】

*****************************


「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものは

なかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられない

試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう

逃れる道をも備えていてくださいます」

  (新約聖書 コリント人への手紙10章12-13節)


*****************************


聖書は、創造主なる神様の人間に対する

約束の言葉が集められ、まとめられたものです。


聖書の旧約聖書・新約聖書の【約】とは

契約の「約」であり、それは、「約束」の「約」

でもあるのです。


創造主は、

創造主を信じるもの(=契約を結んだもの)

に約束されています。


「耐えられない試練には遭わせない」と。


このことは、何よりの安心感になります。


これは、【何も問題が起きない】ということでは

ありません。


【解決できない問題】は、身の回りで起こらない


ということです。


実際、わたしが直面する問題は、

山積しています。頭を抱えていますし、

悩んでいます。


でも、それらに向かうときに、

この聖書の言葉を信じるとき


わたしは、

「これは、必ず解決できる、解決できる時がくる。。」


と思いながら、取り組めるのです。


また、上記の聖書の箇所に

【逃れる道】とありますが、


これは、問題から逃げるということは意味しません。


「解決策が他にもある」

「解決の道はたくさんある」

「これだけが解決の道ではない」


と解釈できるものです。


そのように思えるとき、

あきらめなくてよくなります。

絶望しなくて、よくなります。


時間を待つことができますし、

長い目でみようと思うことができます。


みなさまにも、この安心感を

得ていただきたいです。


******************************


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