太陽と月のyoga*

*古代より受け継がれてきた叡智と生きる*


テーマ:

 

 

自分が欲しいもの

手に入れたいもの

なりたい自分

・・・

 

 

現代人は特に、理想と現実のギャップの中でもがいている方も多いかもしれません。

「現実は厳しい。。。」と嘆き苦しむ人と、

「世界は可能性に満ちている!」と目を輝かせて進む人と、

一体どんな差があるのでしょうか?

 

 

 

昨日は「バガヴァッド・ギーター講座」を開講しました◎

三連休の最終日、貴重なお休みの中、

講座に参加していただいた皆様には心から感謝いたします。

5時間という長丁場の講座でも、みなさん意識高く集中して話を聞いてくださり、

様々な質問や意見も飛び出した、とても有意義な時間とりました◎

 

 

 

その講座の中で、バガヴァッド・ギーターの大きなテーマの一つでもある「ダルマ(やるべき役割・義務)」についてもお話させていただき、

タイトルにもある「欲しいもの」と「必要なもの」の違いについても触れていきました。

このブログにも載せておこうと思います◎

 

 

 

現代の風潮は、

「個性を伸ばそう!」とか、

「好きなことをしよう!」とか、

特に自分自身のことがわからなくなっている人にとっては、

とても耳障りの良い言葉がメインストリームに並んでいます。

 

 

 

もちろんどの言葉もその通りだと思います。

でもその言葉の意図を表面上にしか捉えず、

個性と好きを、乱暴に使用している方も見かけます。

「好きなことだから何しても良い」。

個性を作り上げることに必死で「特別な何者かになろうとする」。

 

 

 

このような場合、個性や好きの裏側に、

認められたい、

注目されたい、

愛されたい、、、

というような自己愛=エゴが大きく影響しています。

 

 

 

ヨガでは、執着の大きな原因の一つに「好き・嫌い」という思いがある、と説きます。

とはいえ、「好き・嫌い」自体は時に問題はありません。

問題なのは、その「好き・嫌い」が暴走し、心を奪われてしまうと執着につながってしまうからです。

だから、「好き・嫌い」という思いに囚われすぎないようにし、

「好き・嫌い」という思いは一旦置いておいて、

「今この瞬間この場に生きている自分は、何をすべきであるか?」に視点をもつことが大切なのです。

 

 

 

「ダルマ(やるべき役割・義務)」を理解する上でのスタートラインは「自分を知ること」です。

自分に元々備わっている肉体的・精神的特徴や体力や気質を、客観的に観察し知ることが大切です。

つまり、自分の役割=ダルマを全うするために、

その特徴=個性を、生まれつき私たちは授かっているはずなのです。

 

 

 

火が温め照らすための特徴を備えているように、

水が冷やし流すための特徴を備えているように、

そのものが本来もつ特徴とすべきことは、必ずつながっています。

火が冷やしたり流すことを望んでも、それは宇宙に反したことです。

火は温め照らすことで、その特徴を活かし誰かの役に立つことができるのです。

だから、自分が元々備えている特徴を知ることは、とても大切なのです。

生まれつき得意なものも、ダルマに繋がる可能性が高いです。

生まれつき得意なものは、ヨガでは過去世でも練習し取り組んできたものと考えられるからです。

 

 

 

生まれつきの個性に正誤や損得はありません。

何かの障害をもって生まれた人さえ、だからこその役割を人生の中で全うできるはずです。

宇宙には正誤や損得、勝ち負けなどの概念自体がありません。

なぜなら全ては一つでつながっているから。

正誤や損得、勝ち負けなどの概念は、

私たちが頭の中で勝手に作り出してしまうものなのです。

 

 

 

だから、ジャッジメントなしに一旦自分をそのままに見てみる。

そうすると自分の特徴が見えてくるはずです。

例えば私なら、

・体力がある

・外向的な気質

・声が通る

・熱しやすく冷めやすいのに、ヨガだけはずっと続けている

・組織、集団行動が苦手

・情熱的である

・走り出すと周りが見えなくなる

・好き嫌いがはっきりしている

・・・

肉体的なもの、そして短所も長所もそのまま全部挙げてみます。

 

 

 

それができたら、その次が大切なのですが、

自分を取り巻く環境を冷静に見てみます。

・岩手に住んでいる

・雪国、車社会である=体を動かさないライフスタイル

・家族構成

・いつでもヨガを受られる環境が整っていない

・・・

 

 

今ここで私をとりまく環境のために、

私の個性を活かして、社会のためにできることは何か?

これこそが自分自身のダルマ=やるべき役割・義務なのです。

自分の特徴を無視して「好き・嫌い」を基準にしても、自分と調和が取れないですし、

いくら自分の特徴に合っているからといっても、社会や環境を無視した行動は周りの負担になります。

しっかりとダルマを見極め行動に移せば、自ずと自分と社会との調和に繋がるはずなのです。

 

 

 

以上のことから私は「フリーランスでヨガを伝える」という選択をしました。

そこから全てが始まり、

今では、岩手の人達に寄り添うヨガの活動ができることに、心から喜びを感じます。

自分の特徴を活かすことができ、且つ人の役に立つことができる。

大変なことばかりの日々でもありますが、

自分らしくいきることができ、今私はとても幸せです。

 

 

 

実は岩手に移住するまで、「ヨガを人に伝える」なんて一回も考えたことはありませんでした。

自分のためにヨガをずっと練習していければいいと思っていました。

でも、岩手に移住することが決まった時に初めて「私はヨガを伝えよう!」と思いついたのです。

ヨガを初めて5年くらい経っていましたが、今考えても本当に不思議な決意でした。

 

 

 

「ヨガが好きだから、好きなことして生活したい」という気持ちよりも、

ヨガを練習し学んできたのだから、

それがまだ浸透していない環境なら、私はヨガを伝えるべきだろう。

なんとなくですが、周りの環境に後押しされたような気がしたのです。

そして、子供の頃は自分の元々の特徴や個性が大嫌いでしたが、

今思えば、外向き性格も、通る声も、

何かを伝えるために与えられた個性だったのかもしれないなと思い、今はとても感謝しています。

 

 

 

長くなってしまいましたが、

ダルマは「今ここの状況」によっても大きく影響を受けます。

東京にいたらきっと私はヨガ指導者になっていなかったでしょう。

同じように、例えば母になれば「母のダルマ」も全うすべきだし、

自分をとりまく環境、場所、タイミングもあります。

「私は何のために生まれてきたんだろう??」と壮大な迷路に迷うのではなく、

意識を「今ここ」に向けることで、自然と必要な一歩は決まってくるのです。

 

 

 

導かれるように進む。

そしてエゴは消え、「私という孤独」から「全体の一部」となり、大いなる流れに乗っていきます。

今ここの一歩一歩がつながり、その後ろに自然と道はつながっていきます。

正誤や損得、勝敗など、そもそも存在していない概念にとらわれ、

エゴイスティックな好き嫌いだけをコンパスのように使っていると、

宇宙の流れに反した方向に逆流・滞留しかねません。

「自分だけ」から「全体のために」。

そうすれば、自然と宇宙は私たちを後押しし、必要なものを与えてくれます。

私たちはもっと大きく、客観的・冷静な視野を持たなければなりません。

 

 

 

またまた長いブログになってしまいました!汗

でも、とても大切なことだと思うので、ここにもまとめておきました◎

ヨガの哲学は答えをあたえてくれるものではありません。

どのように生きていくかの視点や姿勢をあたえてくれるものです。

どのような一歩を踏み出すのかは、自分次第です。

 

 

 

マットの上での練習は、

自分を客観的・冷静に観察する目を養うことにつながります。

ポーズや呼吸法は、健康のためだけにあるわけではありません。

より良く生きるためのツールとして、

是非ヨガの練習をしてくださいね◎

 

 

 

 

 

kayo

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