八田技師追悼墓前祭 馬英九次期総統のあいさつ原稿
テーマ:ブログ前のブログでもご紹介したが、今年の墓前祭には馬英九準総統がこられ、ご挨拶をされた。
その原稿(馬英九オフィス作成)が手に入ったので、ご紹介させていただく。(原文は中文、翻訳は当ブログ管理人)
2008年5月8日墓前際の馬新総統 あいさつ原稿翻訳
注意;この翻訳文は、馬新総統のあいさつ原稿の翻訳で、実際のあいさつとは多少異なる部分があります。
本日、私達は今日この場で、一人の台湾の農業と水利の友人「八田與一」先生を偲んでいます。
八田先生は石川県金沢市のご出身で、若干24歳で台湾にこられ、十年の歳月を全身全霊かけて烏山頭ダムと嘉南大しゅうを完成されました。嘉南大しゅうは1930年に完成し、当時、世界三大水利工事の一つでした。八田先生の設計された自然重力をうまく利用した水利系統で、ダムを中心として水を南北に分配し灌漑面積を広げ、農産物の収穫高を三倍にしました。
完成後から80年、土石を中心にして作られた灌漑系統とその運用によって、世界の北回帰線上では唯一成功した大型灌漑区となっています。(補足:世界中で北回帰線上のほとんどの地は、砂漠化している)このことから、私達は八田先生の貢献のみならず、嘉南農田水利会の歴代会長、職員の皆様の絶え間ない経営により今日ここに毎年の豊作が見られるのです。
台湾の水利工事は戦前にすでにしっかりとした基礎が出来上がっており、終戦後は、新しく石門ダム、曽文ダムが建設され、台湾の経済発展に大きく寄与しました。嘉南大しゅうは、水利工事の模範ということだけではなく、地面を痩せさせない(三年輪作をさすと思われる)という先駆的な管理手法をとり、1930年代には耕地面積が三倍になり、その収穫高も三倍となったというばかりではなく、降雨量の少ない北回帰線地帯に水源地帯を作り上げた。これは傑出した水利工事作品であると同時に、地形とうまくマッチさせた天然紀念シンボルだとも言えます。
台湾の日本時代(馬新総統は植民地時代と表現)での水利工事は、日本政府の政策の一環としてのものであり、総督府の主目的は台湾農民の豊かな暮らしを目指したものではなかったが、この水利工事は傑出した工事であったことは確かであり、同時に八田先生のまじめで創意には私も高く評価しています。それは、八田先生は仏教の信者であり、仏の前では人は皆平等であるという信仰から、台湾人も平等に扱いました。これは植民地の政府官吏としては真に尊い行為であります。
国家のリーダとして、私は常に目の前の挑戦に対して答えを出していくかを考えております。同時に後世に残る記念的値のある資産を残していけるように、台湾のすでに発展した産業の逆副産物といえる、農地の休耕田や水源の有効分配の問題、そして地球規模の温暖化問題に対する二酸化炭素排出問題などに対して真剣に取り組みたいと考えています。今月の総統主任後には、関係部署に対して、高度な国家発展計画という観点から、嘉南平原の植林振興案、農業推進による自然環境の改善などが嘉南大しゅうの使命として指示していきます。
台湾は、人情味のあふれる土地です。八田先生は青春と英知を嘉南平原に注がれ、毎年5月8日には私達は墓前際を行ってきました。これからも嘉南平原が水で潤されている土地であって欲しいと思いますし、八田先生の墓前祭が台湾と日本の人民の交流の架け橋であってほしいと願っています。
以上
実際の挨拶では、「私は、マーエイキュウです。どうぞよろしく。日本語はここまでです。」という日本語で始まり、馬氏は原稿を見ずに挨拶をされた。
実際の挨拶の内容に関しては、まもなく、録音されたものが手に入りますので、折を見てご紹介させていただくことにする。








1 ■貴重な情報
ありがとうございます。
自身が、ダムに立った日のことを思い出します・