烏来 高砂義勇兵慰霊碑
テーマ:ブログ2月8日に移設され除幕式を終えたばかりの高砂義勇兵慰霊碑が、2月24日を期限として、撤去されるかもしれないと聞き、居ても立ってもおられなくなり、烏来に向かって車を走らせた。
現場に到着したときには、思ったより人も少なく、メディアも原住民電視台、東森新聞、公視、産経新聞支局長が来ているくらいで、あとは烏来タイヤル族の方々が数人慰霊碑の前で雑談をしている程度だった。
(写真:台北県建設局長・蔡麗娟と高砂義勇隊紀念協会タリ・ワタン(簡福源)理事長)
そして、午前11時30分ごろ、台北県建設局長がメデイィアを前に、タリ・ワタン理事長に慰霊碑の撤去?の通達を始めた。
通達の内容は、「公共の公園内に慰霊碑を設置するための過程において、書類に不備があった」「また、公共の場にふさわしくない、日本語の表現がある」との理由で、本日中に一旦撤去を行うとの内容であった。また、撤去したものは十分に注意して保管するとのことであった。
後から聞いた話であるが、23日の段階で、原住民の方々は県政府の意見に従おうという意向で動いていたらしいが、建設局長が話をしている最中には、周りの原住民から、力強い撤去反対の掛け声がとんだ。メディアからも申請に於ける何に不備があったのか具体的に説明しろという意見が出たが、局長の返事は「専門ではないので、その辺はわからない」との、わけのわからん返答があっただけ。そして、本日の午後には、問題のある碑を撤去することを言い残して、去っていった。約二十分間の出来事であったが、大きな騒ぎにはならなかった。
その後、高砂義勇隊記念協会の皆さんで会議を開き、基本的には政府の方針に従うこととしたらしい。
2月6日の除幕式のあと、またまた偽原住民(父親は外省人)の高金素梅によって、中国人らしい論法で日本軍国主義によって原住民の尊厳が傷つけられたなどとわけのわからんことを中国系のメディアが大きく取り上げだしたものだから、台北県政府も動かざる得なくなった。ちなみに、昨年末の統一地方選挙で、台北県長が民進党から、国民党の周(元国家調査局)と変わっていたことも大きいファクターである。
(元義勇隊 秋野孝之氏(日本名)右と原正次郎氏(日本名)中央男性 背中の女性は、中央研究員民俗学研究所の 黄智慧女史)
長老のマサ・トホイ(日本名 原正次郎氏)といろいろ立ち話をしていたところ、突然後ろのほうから日本語で「バカヤロー お前らは何をしに来たんだ!」と叫びながら入ってきたのが、元義勇隊の秋野孝之(日本名)であった。彼は、ちょっとお酒が入っていたが、慰霊碑が撤去され始めたと思ったらしく、あわてて乗り込んできたようだった。そうでないとわかると、落ち着きを取り戻し、周りの人たちと雑談を始めた。
秋野氏は、昭和6年1月5日生まれで、終戦間際の数え年16歳で志願兵として入隊し、バタン、フィリピン、ニューギニアを転戦したという。彼と直接話をさせていただいたが、彼らこ高砂義勇隊であり、日本人より誇り高き精神を持つ人たちである。秋野氏は自分たちこそ「日本人精神」を持って戦ってきたものであると言いながら、「台湾は原住民のものである」「その原住民のものである台湾の緑、空気、土を守るために日本軍に入隊して、戦ったのだ」と力強く語ってくれた。
誇り高き戦士である。
24日午前の慰霊碑写真 一部が黒いビニールで覆われている。
(産経新聞記事) http://www.sankei.co.jp/event/takasago/0704.html
(台湾週報) http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/06/060209b.htm
(ヤフー新聞 産経記事より) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060225-00000011-san-int
(高砂義勇隊 ウキペディア) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E7%A0%82%E7%BE%A9%E5%8B%87%E9%9A%8A














1 ■ひさしぶり
ひさしぶりのアップのサインですぐやってきましたが、・・・・
高金素梅には靖国訴訟といい今回の件といい、実に腹が立ちます。
撤去されたり、カバーされたり・・・残念でなりません。
引き続きアップ楽しみにしています。(^_-)-☆
サイト引っ越したりバタバタしています。