<元日本兵>1人は「日本人でなかった」 大使館員撤退へ

 【ジェネラルサントス(フィリピン南部ミンダナオ島)大澤文護、大平誠】ミンダナオ島で元日本兵の男性2人が生存しているとされる問題で30日、現地消息筋は、仲介者の男性(58)が、2人のうち1人と接触し「日本人ではなかった」と在フィリピン日本大使館側に伝えていたことを明らかにした。政府は生存情報自体があいまいなうえ、その確認も極めて困難と判断し、現地入りしている大使館員を数日中にも撤退させる方針を固めた。
 細田博之官房長官は30日午前の記者会見で、「政府関係者はマニラにいったん戻して仲介者と連絡を取ることも含め検討している」と述べた。
 関係者によると、仲介者は29日、ジェネラルサントス市近辺で1人に接触した結果について「面会したが日本人ではないことが分かった。今回、これ以上の確認は難しい」と話したという。
 仲介者は28日、毎日新聞の取材に、2人の元日本兵とは直接会ったことはなく、生存を示すような物証もないことを認めていた。
 一方、地元の有力英字紙・インクワイアラーによると、ミンダナオ島を本拠地とする反政府勢力「モロ・イスラム解放戦線(MILF)」のスポークスマンは「元日本兵について我々は情報を持っている」と述べた。MILF側がどのような情報を持っているかは不明だが、消息筋によると、MILF側は既に日本大使館に情報確認のために協力する意向を示しているという。
 しかし、こうしたMILF側の申し出には、日本政府との関係を構築して自らの政治的立場を強化する思惑もあるとみて、日本政府は、受け入れに慎重な姿勢を示している。

(毎日新聞) - 5月30日12時17分更新

-引用終わり-


ここ数日盛り上がった、元日本兵情報。

ここへきて、トーンダウン。

しかし、忘れてはならないのが、戦後引き上げできなかった大日本帝国軍人が存在することだ。

今回のニュースは、日本政府が積極的に活動してこなかった過去も明らかした。


 さらに、付け加えておこう…台湾出身の元日本兵 中村輝夫

という人をご存知の人は少ないであろう。(参考:http://www.vanyamaoka.com/senryaku/index884.html )(http://www12.plala.or.jp/kiss337799celeb/various/book/taiwan.htm

http://www8.plala.or.jp/say-hoo/koramu9.htm

今回の報道では、過去1972年の横井庄一さん、1974年の小野田寛郎さんの発見だけがクローズアップされていた。

しかし、1974年の小野田さん発見と同じ年に、モロタイ島で発見された、台湾高砂族の元日本兵、中村輝夫さんのことには一切触れられていない。

彼も、日本兵として御国の為に戦った一人である。

政府は歴史をもっと正確に伝え、御国の為に戦った人に心から敬意を表すべきでないのであろうか?

単に「靖国参拝」を続けるのではなく、正しい歴史と彼らへの感謝を表明すべきであろう。

この誠意を持った行動が、隣国の誤解を解いていくのではないだろうか?

マスコミもほとんど取り上げない、悲しい出来事である・・・。

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元日本兵 大日本帝国軍人

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第30師団の山川さん・中内さんか、確認急ぐ

 「本当によく生き永らえてくれた」。「奇跡」と言われた小野田寛郎さん(83)の帰国からも31年。戦後60年を経て、フィリピン・ミンダナオ島で元日本兵とみられる男性2人の生存情報がもたらされた。

 旧陸軍第30師団に所属していた山川吉雄さん(87)と、中内続喜さん(85)とみられ、現地では27日、日本大使館による確認作業が始まった。

 戦後、山岳地帯に取り残されたとみられる2人は、どのように暮らしていたのか。ほかにも生存者がいるとの情報もあり、日本の戦友たちは「安心して帰って来てほしい」と帰国を待ち望んでいる。

 「2人が見つかった。日本へ連れて帰る」

 各地の戦友会で作る「慰霊事業協力団体連合会」の会長の寺島芳彦さん(86)(埼玉県川口市)の自宅に、フィリピンから国際電話が入ったのは、25日午前7時すぎだった。

 終戦時、フィリピンから引き揚げて以来、現地での遺骨収集などを続けてきた寺島さんは、戦後60年の節目に入った吉報に、涙が止まらなかったという。

 寺島さんによると、ミンダナオ島で「元日本兵らしき2人の老人が生きている」との情報が寄せられたのは昨年8月。同島の山中で、材木の伐採作業をしているフィリピン人女性が、反政府ゲリラと接触した際、ゲリラたちの中に、偶然、年老いた2人の日本人がいるのに気付いたのがきっかけだった。

 この女性はすぐに、長崎県に住む日本人の夫に連絡し、夫は寺島さんに、「元日本兵に違いない。すぐに助けてやってほしい」と電話で依頼した。

 寺島さんは、手紙や電話で女性と連絡を取り合いながら、まず2人の身元を確認しようとしたが、伐採現場近くの山中は携帯電話の圏外で、女性が電話を持っていっても、2人と直接話すことはできなかった。しかも、2人は、女性に対し、「日本に帰ると、軍法会議にかけられて銃殺されるのでは」と帰国はおろか、名前を明かすことも拒んだという。

 女性は数回の接触の末、ようやく2人の名前を聞き出し、寺島さんが、元日本兵の名簿と照合したところ、第30師団捜索第30連隊の中尉だった山川吉雄さん、伍長だった中内続喜さんと氏名が一致した。

(読売新聞) - 5月27日14時9分更新

-引用終わり-



戦争がもたらした不幸…と言ってよいのだろうか。

日本帝国陸軍第30師団とは、もともと対ソ連のために編成された師団であったが、南方の戦局が危ういことから、フィリピンのミンダナオ島に派遣されたらしい。


しかし、終戦を知らなかったとはいえ、終戦から60年・・・彼らの日本人としての行動そして精神力には感服する。

ぜひ、帰国していただいて、まずゆっくりと休んで欲しい・・・・

ちょっと酷な話かもしれないが・・・出来るならば日本を再教育する活動をしていただければ。

そうか・・・・李登輝氏よりも四、五歳年上になるのですね。



ちょっと一つだけ・・・

「「日本に帰ると、軍法会議にかけられて銃殺されるのでは」と帰国はおろか、名前を明かすことも拒んだという。」・・・この下りには言葉足らずを感じる。

なぜ、軍法会議にかけられ銃殺されると考えたのか?

終戦を知らない彼らは、自分たちが「戦線離脱」したという陸軍に対する罪の意識が働いていたからではないでしょうか・・・故意でないとはいえ、規律を守ることを徹底的に叩き込まれた彼らには当然そう思うことなのです。
軍がやたらめったら軍法会議にかけて銃殺するような印象を与えかねないと思いましたので・・・



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教育と国力

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私と家族が日本を離れて、早10年の月日が流れた…。

子供たちは日本人学校にて教育を受けている。

海外にある日本人学校 は、日本の文部科学省の教育要領に則って子女に教育を行っている。

私たち家族も日本を離れて暮らしているため、あまり意識していなかったが、日本人の学力低下が顕著らしい…


参考にしてみたのが、社会実績データ図録 学力の国際比較 である。

国際学力比較


資料からは、日本人の学力が軒並み低下していることが読み取れる。

文部科学省も「ゆとり教育」の効果がなかったことを認め、学習要領も元に戻しつつある。

中華人民共和国は参加していないが、香港、マカオ、韓国の学力の高さを見ると、沿岸部は低くはないと予想できる。

香港、マカオ、韓国・・・・愛国教育を洗脳的に行っているアジアの地域。

このまま行くと、近い将来、日本の企業が優秀な香港や韓国、そして中華人民共和国の会社に乗っ取られ、日本人はその企業で働くようになるのではないか?

そして、日本人が彼ら幹部に対して不満をぶつけている・・・・そんな日本でよいのか?



天地がひっくり返るような明治維新を成し遂げた原動力

江戸幕府が開国し、明治維新を支えた日本人の学力は相当高かったらしい。

彼らは、寺子屋へ通い藩校を出たエリートだったのです。その上、一般人の識字率も高かった。

そのお蔭で、海外に飛び出していった輩が諸外国の優れた点を日本に持ち帰り、知識が一般に広がるのも早かったのです。


戦後復興、経済成長を支えたもの

明治維新後、富国強兵政策の下、アジアの雄として欧州勢からの植民地からの開放を主旨とし、日本は戦争へと向かっていった。欧州勢からの植民地解放は成し得たが、深みにはまり、敗戦。

敗戦から、この目覚しい復興を支えたのは、一般層の人たちで、彼らの学力が高かったからこそ戦後復興がスムーズになされたのです。資源に乏しい日本が「教育」に力を入れてきたからこその、日本の財産だったのです。


現在と何が違うのか・・・

あくまでも主観となるが、現在の教育と戦前までの教育で何が違うかといえば、現在の教育は、目的がはっきりしない。戦前までの教育は、子供は国の財産として教育がなされた。その根幹を成すのが「教育勅語 」だと思うのです。悠久の日本人の道徳文化を凝縮し、教育の礎としたのが教育勅語なのです。

一つ一つを噛み締めて呼んでいると、日本神話、武士道に脈々と流れる日本人の道徳文化を感じる。

「孝行」「友愛」「夫婦の和」「謙遜」「博愛」・・・「遵法「義勇」 これこそが日本人なのである。

日本人が日本人足るべく事を教育するのである。

戦後、戦勝国からこの日本人の精神をそぐために押し付けられた憲法をはじめ、さまざまな政策によって、日本人としての誇りが失われていった。

その際たるものが日本政府の弱腰外交であろう。

グローバル化されていく世界の中であるからこそ、日本人としての個性が必要なのではないか?

それは、決して「君が代」「日の丸」の問題ではない。

親兄弟を愛し、夫婦が愛し合い、隣人を愛し、国を愛するという普通のことが「歪曲」されて、「君が代」「日の丸」問題として愛国の精神が論議されてしまうこのことが大きな問題なのだ。


私も戦争には反対する。しかし、反戦を謳いながら日本人固有の文化、歴史を否定することには声を大きくして反対する。


日本は古には自国のことを「大和」と名乗った。大きな「和」をもつことの出来る民族なのだ。

アジアの平和、世界の平和は日本がリーダーシップを取れるかとれないかに懸かっているといっても過言ではないと思っている。

そのためには、日本人としての誇りを持った教育が何をおいても必要であろう。

さもなければ、利益だけをむさぼる「餓鬼」だけがはびこり、日本は見誤ったグローバルという波によって海の藻屑として消えていくだろう。




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