無為に無駄に徒らに時を過ごしてしまっている。日々の仕事や現実的な雑事で忙しくしてると、人生の意味について考えることをついついおろそかにしてしまい、なおかつ、一生懸命やっているという誤った充実感を抱いてしまうせいで最重要課題の人生の意味を考えることをしそこなっている機会損失の自覚もなく、慢心して過ごしてしまっている。考えて、何か手がかりが得られると人は達成感や自己効力感を感じて、充実した良い気分を味わえる。しかし、この良い気分というのは、単に、脳の報酬系にドパミンが放出されてるだけのことで、それは側座核を電気刺激されてるラットのようなものに過ぎない。

本当の悟りとか、人生の意味に対する答えとかは、そういうものではないだろう。たぶん、きっと、静かにしみじみ味わうような感慨深いものであろう。

それにしても、本当に大切なこと、ではない全然別なことでもそれに夢中になって取り組み何とかかんとか仕上げると達成感が得られて、本当は時間の浪費だったということに気づかないでしまっていて、それで日々が過ぎ去ってしまう…。   何をすべきかを考える前に何をすべきかを考える習慣をつけていきたい考える時間を作り、その大切な時間を他の世俗的な雑事に使うのではなく、忘れずに人生の意味について考えることに費やす習慣を。

修行や座禅なんかも、その行為そのものよりも、行為の最中に考える習慣を身につけることが本来の目的だったのではないだろうか。。


AD