悪とは何なのか?

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神が自分に似せて人間を創った。その際、人間には自由意志を持たせた。自由意志が悪の源になった。

神が自分に似せて人間を自由意志のある者として創った。神にも自由意志が当然ある。自由意志があるからこそ、悪を為す。従って、神も悪を為す(少なくとも過去為した)。しかし、悪を為すという概念は、もしかしたら、神のみ旨に背くことや神を欺くことかもしれず、その場合は、唯一神は自分自身を欺くことはできないわけで悪を為すことはなかったのかもしれない。

 

 

アダムは善悪を知る木の実を食べる前に悪を為した。善悪を知るということは一体何なのか?

自分が裸であることに気付くのが善悪を知ることなのか?

 

創世記第3

 

「それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。」

創世記 3:5 JA1955

http://bible.com/81/gen.3.5.ja1955

 

「すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。」

創世記 3:7 JA1955

http://bible.com/81/gen.3.7.ja1955

 

悪とは何なのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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意識→脳2

テーマ:

 

意識(魂)が脳に作用するというよりも、
意識(魂)が脳というスマホを操作し学習し応用していく・・・


生物学的な脳はその生まれ落ちた環境に従って言語をインストールさせていく。
意識(魂)は、その言語のアプリをいろいろ試し試し使っていく。

 

 

 

 

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意識→脳

テーマ:

脳の進化・発達が意識の創発を促したと考えるのではなく、

意識(魂)の作用が脳の成長を促し高度な認知機能を発揮するようにしたと考える方が矛盾が少ないように思う。


乳幼児が見せる意識の片鱗は、魂が充分とは言えないまでも、人間としてこの世に少しずつ表出しようとしているあかしとも見れる。




この世に何故わざわざ苦しみ悩みを感じる必要性があったのか、合理的な説明を求めるならば、魂同士の激しいぶつかり合い、喜怒哀楽、悲しみ悩みを通しての感動・愛を作り上げるためのものと今のところは考える


平穏無事な何も変わらない世界で魂だけが存在していても、それは無為自閉になってしまうから



もし、物質主義的な進化論や意識は脳の随伴現象に過ぎないという幻想論が正しいとしたら、意識が苦悩を感じる必要性はないはずだ。







意識はいつ発生するのか

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武田鉄矢・今朝の三枚おろし。


をよく聴いているのだが、


聴取者からの投稿で、

40代の脳外科医の先生が投稿してた。


2017年に神経学の学会誌に発表されたのだが、

他者の顔と自己の顔を識別し、自己の顔を認知する領域が右の下頭頂回~下前頭回のあたりの領域が活動することが分かってきたらしい。

この領域の活動は11歳頃までは見られず、

12歳頃からスイッチが入るようで、この時期が自分への認識が変化する時期ではないでしょうか、という内容だった。





もの心つくのは何歳頃からだろう?

8歳頃ではないだろうか?

人間は

①まず言葉を覚え、

②その後、世界を理解し始め、思い通りにならない現実を痛感し、

③思春期に、自己と他者の差異を痛感する。


意識が発生するのは、個人的には②の段階だと思う。

痛感するというのがキーポイントだ。


乳幼児期に泣いたり怖がったりというのは痛感ではなく、単なる情動だ。痛感するというのは不愉快に感じ、かつ、考えることだ。


だから、考えることのできない動物には意識はないであろうし、乳幼児にも意識はない。

ただし、脳というのは魂(意識)を受け入れるために段々成長していくわけで、そういう準備段階の乳幼児期は、所々で魂(意識)の片鱗を見せてるのかもしれない…


いや、矛盾してしまった…


何歳から考えるだろう?

何歳から意識があるのだろう?

自分自身の記憶をたどれない…


アメージングジャーニー

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死ぬことも痛いと感じることも苦しむことも大したことでないのかもしれない。本当に全く大したことではないのかもしれない。

苦しんで幸せになるよりも、初めから苦も幸もない無の存在でいたいと願う人にさえも、言い訳させないくらいの、本当に大したものではないのかもしれない。

あるいは、この世界に戦争や犯罪などの悪が何故存在するのか神を糾弾する人たちの言い分すら全くナンセンスにするほどに、本当に大したものではないのかもしれない。

もちろん、通常の常識範囲内である苦痛を想定しての話で、衆人監視のなか裸にされ重い十字架を背負わされ鞭打たれといった辱め・苦痛は別だ。

そうではない普通な苦痛や悩みや死はそれを通して何かを顕現する役割なり意義なりがありその為に受ける苦痛なのかもしれない。


神は幸せになるために苦しみや悪があることを是とはしていないし、この世にそんな苦しみや悪は存在してないと考えてるかもしれない。


イエスが友のために自分の命を捨てることほど大きな愛はないと言ったように(John15:13 人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。)、命を捨てる、死ぬことは、人間には苦しいことに見えても神から見たら大したことではないのだろう。


前置きはここまで。

4月4日から
映画「アメージングジャーニー」のDVDが発売された。
原作は「神の小屋 The Shack」世界中で読まれたロングセラー小説だ。

 

DVD アメージングジャーニー
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%BC-%E7%A5%9E%E3%81%AE%E5%B0%8F%E5%B1%8B%E3%82%88%E3%82%8A-DVD-%E3%82%B5%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3/dp/B078X67DF8/ref=sr_1_cc_1?s=aps&ie=UTF8&qid=1522916611&sr=1-1-catcorr&keywords=%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%BC

神の小屋
https://www.amazon.co.jp/Shack-William-P-Young/dp/0340979496/ref=pd_cp_14_2?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=0K9PCFX7ERTQJWD7DAX0

洋書 The Shack
https://www.amazon.co.jp/Shack-William-P-Young/dp/0340979496/ref=pd_cp_14_2?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=0K9PCFX7ERTQJWD7DAX0

 

子供を誘拐され殺された親の気持ちはいくら想像しても想像できるものではない。慰めの言葉もないものだ。世の中で一番苦しいことだろう。。。
しかし、これですら、神からしたら意味があるし、残された家族には考えさせられ、意義あるはずの恵みなのだ、きっと。

何かがあるはず。神も天国の子も喜んでくれる何かが・・・

逆説的発想で、マイナスをプラスに変えていかなければ・・・

 

 

 

 

 

 

 

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人生の意味を解くヒントをひたすら探す

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子どもは無邪気で怖がりで、そして明るい。

怖がりというのは悪いことではなく、良いことだ。内弁慶なのはダメだが、母親に甘えるのは悪いことではないであろう。泣いたり暴れたりして親を困らせ操作するのはもちろん良くないし。

とにかく、受け入れる、従う、自分の無力を自覚している、などは大切なことなんだと思う。


大の大人がこれから何を見習ったらいいか?


この世界や現実の大きさ、自分の思い通りにはいかないことに、受容と畏怖と、そして、明るさが大切なのではないだろうか?

明るさとは、自分にできる限られた遊びに笑いながら楽しむことだ。ウキウキした気持ちともまた違う。期待なんて持たず、ただ、目の前の不思議さ、綺麗さ、好奇心に素直に従い、飽くことなく遊ぶのだ。子どもは、楽しいことも、怖れ多いことも、ただ受け入れる。もちろん、泣いたり嫌がったりもするだろうが、子どもは知っている、親が医者に連れていって予防接種させるときどんなに泣いても避けられないことを。自分の力では避けられないことを。だから、注射のあとに、親を恨んだりしないし、機嫌悪くなったりもしない。不平不満をつのらせない。


過去を悔やんだりしなくていい。

ただ、いつも自分の小ささ、弱さ、非力さを自覚して、大いなる力に抵抗はしても結局は従うようにしたい。


こころの小ささ

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感情コントロールのできない子にも高次脳機能の低下した若者にも認知機能の落ちた老人にも体の痛みや苦しさの日々の病者にもわかる教えがあるはず。山上の垂訓のように、これらの人々こそ幸いなはずで、健常者や頭のいい人には盲点になりそうな教えが。
 
マタイによる福音書第5
こころの貧しい人たちはさいわいである。天国は彼らのものである
 
こころの貧しいとは一体なんだろう?
精神機能の弱いことだろうか?
ともあれ、おさなごのような純粋さ、人の教えを素直に聞く謙虚さがある人はあの世で天国に入らせてもらえるのは当然として おそれを抱く者、自分を傲り高ぶらず、世界に畏怖の念を抱く者が、重要なのではないだろうか?
 
普段通り・予定通りいかないと不機嫌になったり、自分の力を過信して慢心したり、ハイソな気分で優雅に過ごしたり、そんなのは人生の意味や世界に対する怖れとかとは対照的な態度であり、子ども、とくに幼な子は、明るく笑ったりもするけれど、それは、世界の中で自分の小ささを充分自覚したなかでの遊びや笑いだろう。

 

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哲学的ゾンビ

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躁鬱病でも統合失調症でも急性期の錯乱状態の時はもちろん、薬か陰性期かとにかく一見落ち着いた状態の時ですらも、なんだか普通とは違う、ロボットのような人間に思える。

精神病じゃなくても、人格障害でも、いや、健常者でも、一見まともに見える人はいくらでもいるけれど、それは本当はロボットのような存在、つまり、真の自我を持ってない存在なのではないだろうかと思えてくる。哲学で議論されることの多いゾンビ状態だ。

何故そう思えてくるか?

それは、世界の理不尽さに疑問を持たない人が少なくないからだ。

結局、それは人生経験の質の問題なんだろうが、より苦しく悩み多き人生を送っていれば気付くはずの、この世界の不条理を、多くの人は気付かずに生きてこれたからだ。

赤ん坊だって、幼児だって、学童だって、そんな世界の不条理や人生の意味とか考えることはないだろう。しかし、子どもは謙虚であるし、一応、受け入れる姿勢はある。


この違いは何だろう?


坂口恭平 続き 彼なら何と回答するだろうか?

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今朝の読売新聞の人生案内は50歳代の女性が相談してた。

幼い頃から不遇な環境で育ってきて、その後も誰も信じず、愛さず、寂しくつらい人生を送ってきたことを相談してた。

回答者は、天気がいいとか空が綺麗だとか、そういうことだけでも幸せを感じれる境地を目指した方がいいとアドバイスしている。

残酷な助言だ

まるでヒトラーの時代、アウシュビッツに収容されてる人にジャガイモひとかけら食べれるだけでも感謝するように、昨日処刑されなかったんだから自信をもって今日も生きれるはず(w)とアドバイスするようなものだ。

坂口恭平なら何と回答するだろうか?


人生にはどうしようもない環境、とくに幼い頃は親という絶対君主に虐待されても盲従しなければいけない状況もあり、本当に理不尽で不条理なものだ。


坂口恭平

テーマ:


感情や行動力が強い人は論理が破綻していても楽しく逞しく生きている。そういう人は人生に意味があるかどうかなんて問わないけど、人助けだってするし、多くの人から頼られる。一方、論理的だが悲観的で生真面目で引っ込み思案な人は、困ってる人に対して見て見ぬ振りをする。

どっちがいいのかなんて比較するつもりはない。むしろ、前者の人が果たして本当に良いのだろうか、考えてしまう…とくに一見良さそうにみえても中身はなく、むしろ、人生の本質から外れた方向に皆を扇動していくような人… 職場にもいたが、新しい改革を次々と起こし、その勢いに皆は頼もしく信頼するわけだが、長期的な視点からではなないのでやがて破綻し、その人も責任感はないので辞めていってしまう。



 坂口恭平

 

 

 

 


この人なんかは、困ってる人を助け、人とのつながりを大事にしている。自分の携帯電話番号を公表し、電話で相談にのっている。素晴らしい人だと思う…  が、本を読んでいると、いいことばかり書いてあって、なんだか、本当の苦悩を語ってないように思う…(自殺とか絶望とか表層的な言葉は出てくるが・・・)たぶん、この人自身も苦悩することが何度もあって、あまりネガティブにならないように自戒して、わざと暗いことは考えないようにしてるのかもしれないが。

 

 

 

僕自身は人生の闇の部分にもまっすぐ向き合いたいし、余計苦しくなることになっても仕方ない…

虐待やいじめ、痛み、苦痛、不公平・差別や人生の理不尽など、考えることが山積している。。。

 

 

ともあれ、坂口恭平という人の考えは時々参考になる・・・

 

 

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