ある人のブログを読んで。

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ある人のブログを読んでいて考えたことを備忘録代わりに今回の記事にしておく。


『何のために生きるか?生きるって何?』




生きることが楽しいことだと思う人はたくさんいる。もちろん、そう思う人も楽しいことだけじゃなく嫌なこと辛いことなども経験しながら日々暮らしている。例えば、日々の労働。食ってくために働き、働く以上嫌なこと思い通りにいかなくて落ち込むこともあるだろう。しかし、辛いのはそんな程度だ。作物の収穫までの農作業が大変なのと同じレベルだ。



生きることに疑問を持つ人もいる。しかし、それは、当然の労苦ではなく、やらなくてもいい苦労をしているかもしれない人だ。自分は良かれと思ってやっている労働、苦労、努力が水泡に帰す可能性があれば、空しい気持ちになってしまうだろう…  一種の怠慢の気持ちだ。




さらに、生きることに意義を見つけようとする人もいる。 これはハングリーな切迫した気持ちだ。

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世界初の人間の頭部移植手術計画2

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世界初の人間の頭部移植手術計画の続報です



世界初の頭部移植を今年やるらしいと噂のSergio Canavero氏率いるチームが、ラットの脊髄保護にポリエチレングリコールを使った実験に成功という論文発表があった。



Ren S, etal. Polyethylene glycol-induced motor recovery after total spinal transection in rats. CNS Neurosci Ther. 2017 Jun 14. doi: 10.1111/cns.12713. [Epub ahead of print]  http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/cns.12713/full



まだまだ道のりは遠く険しそうだ

2015年に人の頭部移植手術を早ければ来年中(2016年中)にやるかもと言われていたが、やはり、先延ばしになり、さらには、結局


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ニーバーの祈り

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ニーバーの祈りというのがある。


(『私たちに変えられないものを受け入れる心の平穏を与えて下さい。変えることのできるものを変える勇気を与えて下さい。そして、変えることのできるものとできないものを見分ける賢さを与えて下さい。われらの主、イエス・キリスト。アーメン。』というものだ。アメリカ神学ラインホルド・ニーバー1892–1971年)が作者であるとされる[1]、当初、無題だった祈りの言葉の通称。serenityの日本語の訳語から「平静の祈り」、「静穏の祈り」とも呼称される。

(Wikipediaより引用))



僕は個人的にはこれは間違っていると思っている。イエスは『明日のことを思いわずらうな』と言ってるのだから、長期的な心配・願望は人間のエゴだと思うから。

神中心で考え、とりあえず、今日、今、目の前にあることを一生懸命やればいいし、やるべきことはいっぱいあるはずだ、明日のことを思いわずらう前に。常に神のこと、今自分のやるべきことを考えるべきなのだ。


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感謝はする必要はない

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結局、感謝というのは、すべきではない!と今のところは結論づけよう。もちろん、現実社会の中では周りの人たちに感謝を伝えることは続けていくが。神とか世界とかそういう漠然とした存在に感謝をする必要はないということだ。


幼い子供が親に感謝したら、どうだろう?

幼稚園児が親に毎日ありがとうなんて言葉を一々言っていたら、おかしいであろう。

親も我が子にありがとうなんて言われても、そんなことは親の愛情に影響はしない、感謝すれなくても無条件に親は子供を愛しているのだから。


放蕩息子が実家に戻ってきたら、親に謝罪しようとしまいと感謝しようとしまいと、親は息子が心を新たに良い道に戻って人生を歩み直してくれたらそれだけで嬉しいはずだ。


感謝すべき対象は?

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宗教やスピリチャルは神に感謝すべきとか言うが、感謝すべき対象は、神以外にも、人間だったり、複数いて、全てに感謝しようとすると、一々すべてに感謝していられないほど沢山いる場合がほとんどだろう。自分自身に対しても感謝しようとすれば、なおさら。

結局、全てのおおもとである神に感謝すれば、それで済むのかもしれないが。


誰か一つに感謝の対象を限定してしまったら、本当の感謝にならないような気がする。


そもそも、神に感謝したら、神のご計画など、誰にもわからないはずなのに、塞翁が馬のごとく、何が結果的に良いことなのかわからないまま勘違いして感謝してしまう。神としては試練を与え、それに対して奮闘努力してもらいたいのに人間が感謝だけして茫洋としてしまったら全く意味がなくなってしまう。


感謝とは?

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感謝



感謝とは一体何なのか?

誰かによくしてもらって、助けてもらって、それが本当にありがたくて、その人に対して、お返しをしたい、極端な話その人のためだったら自分の命を犠牲にしてもいいくらいに自然に思えるような、そういう感情なのか(思考なのか)?


程度の軽い感謝は、誰かに親切にされて、その人に好意を持てて、他の人よりかはその人を優先してあげようと思うことか?


神かサムシンググレートか自然か世界か、とにかく、この世の目に見えない何かに対して、自分を生み出してくれてありがとうとか、とりあえず平和に過ごさしてくれてありがたいとか、そういう風に考えておくことが感謝なのか?


感謝とは、目の前にいる人が、打算的にではなく、自己犠牲的に、何かをやってくれた時に生まれるものなのではないだろうか?


大した価値のないこんな自分なんかのために、こんな自分を助けても一銭の得にもならないのに、その人がいろいろやってくれたときに感じる申し訳なさが感謝なのではないだろうか?


全知全能かどうかはわからないけれど神が、何の造作もなく人を作り、気まぐれか何かで人の不幸を救ったとして、救われた人は神に感謝できるだろうか?


親がその財力で子どもを大学に裏口入学させたり、その人脈で子どもを知り合いの会社に就職させたり、そういうのは子どもは感謝するだろうか?


経済的にも社会的にも力のない親が、自分の力の無さなんかに臆することなく、子どもが病気になれば子どもをおぶって、病院をあちこち探し、医者に診てくれと懇願したり、子どもが学校でイジメにあえば、相手の子や親や学校にイジメをやめるよう訴えたり、、、そういう粉骨砕身する様を子どもが目の当たりにした時、子どもは親に感謝するだろう



放蕩息子が実家に帰ってきて親に感謝したのは、親に不誠実だった自分を親が許してくれたからだろうけど、親はどんな損害を被っていただろうか?

息子が家を出て行ってしまって親は心配で胃の痛くなる日々を過ごしていただろう。早く帰ってこい!と心の中で怒りに近い感情を抱いたりもしたかもしれない。親である自分のことを馬鹿にして自分の言うことを理解しなかったバカ息子に、外で野垂れ死のうとそれはもう自業自得だ!と腹が立ったりもしてたかもしれない。息子に期待して用意していた幸せの道をことごとく無駄にされてしまって、全てが骨折り損になってしまって


しかし、それでも、息子が何十年も経ってから、不意に戻ってきてくれた瞬間、いろんな辛い思い、苦労気苦労を全て忘れて、息子を許し、抱擁するだろう。たとえ、浮浪者のような悪臭を息子が撒き散らしていようとも。




感謝とは、自分のことを無条件に愛してくれる者が自分のせいで苦労してもそれでも変わらぬ愛を与えてくれていることへの、本当に心から申し訳ないというか、ありがたいというか、とにかく、苦しみを通しての感情なのだと思う


ありきたりになってしまうけれど、困難や問題がなくてハッピーエンドがあり得ないように、苦難や苦悩なしに感謝はあり得ないであろう



人間以外の動物には感謝はあるのだろうか?

犬やイルカなどには感謝というか恩義を感じる能力がありそうだ


感謝

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感謝という気持ち


これは実に高度な脳機能だ。


感情とも言えるし、思考とも言えるし、


とにかく、古来から人は感謝が重要だったし、きっと、ユダヤ教でもキリスト教でもイスラム教でも、仏教でもヒンズー教でも、大切な教えだったのだと思う。


サイコパスという反社会性パーソナリティの人は、共感のできない情性欠如者なのだろう。他人に対して心から感謝することはないのだろう、社交辞令としての形式的な感謝はできても。


下の本を読んでいて、途中までは全くくだらなく、内容の冗長さに耐えながら読んでいたのだが、最終章で考えるヒントが得られた。



感謝は、怨恨の反対の概念だろうし、さらに対極の概念は無関心だろう。


感謝は感情としての面もあれば、挨拶するというのと同じような社会的儀礼としての面もある。さらに、心理的には、人生の悲哀苦悩への防衛反応とも言える。世の多くの自己啓発系指導には、いろんなこと・人・世界に感謝せよというのがあるが、これも、認知を変えていく心理的訓練の一つなのだろう。


下の本の中で、考えるきっかけとなった箇所は、


279ページだ。


『感謝のどこが悪かったのだろう?』


感謝という感情というか思考というか、とにかく感謝というものを子どもに教えるときは、自由に自分で色々やりたいと積極的な自立心を持っている子どもの場合には、かえって、self efficacy の低下をもたらす危険性も考えていかなければいけない




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間違いだらけの子育て―子育ての常識を変える10の最新ルール

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すべては最高

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アメリカのアニメ(?)を見た。

 

レゴという作品だ。

 

この中で主人公は皆と同じ平凡な生き方からヒーローになる道を選んでいくわけだが、

 

この作品の中で出てくる歌が、僕にはとても印象に残っている

『すべては最高 みんなの真似して生きよう すべては最高 みんな一緒に』

 

アメリカは個性のない人を批判する風潮があるけれど、僕は個性がなく和を重んじる協調的な日本が好きだ・・・

 

 

 

 

 

 

 

原初の記憶

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お酒を断った日を忘れてしまうくらいのほうが断酒を成功できるであろう。
(飲酒したときの楽しさを忘れてしまったほうが断酒を継続できる。)

それは、産まれた日を忘れてしまっているのと似ている。
(僕の記憶の中で一番古い記憶は2歳か3歳か・・・)


お酒の楽しさを忘れた断酒成功者が
お酒の楽しさを思い出したら、また破綻するであろう・・・

産まれる前の記憶を忘れている今生きている人が
産まれる前の無の安住感を思い出したら・・・